■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第260章 エネルギー危機の実相(上)/食料高騰、高インフレへの道

(2026年5月26日)

ホルムズの火種消えず

ホルムズ海峡遮断が長期化するリスクが収まらない。日本政府は石油・天然ガス・石油由来製品の供給を年内は続けられるメドを得た、と発表した。しかしホルムズ海峡が元の通航自由に戻らない限り、世界経済はエネルギー供給難によりエネルギー価格の上昇、次に食料価格の高騰、さらにインフレ亢進に見舞われ、累積的に悪化する、と世界銀行は4月、警告した。
海峡の運航復旧が長引くにつれ、その影響は日本にも時と共に押し寄せる。日本の受難も、エネルギー危機→食料価格高騰→高インフレの順に波及する。その兆候は既にくっきりと現れた。
エネルギー自給率、食料自給率ともG7中最低水準の日本が被る影響の度合いは、すこぶる大きい。エネルギーと食料は、国民の生存と安全に日々欠かせない基本要素だが、中東危機は日本のエネルギー・食料事情を根底から脅かす。

ここで日本経済のエネルギー状況の危なっかしい立ち位置をざっくり確認しておこう。
エネルギー白書2025によれば、日本のエネルギー自給率は、わずか15.3% (2023年度)。これに対しエネルギー生産で世界最大の米国の自給率は106.7%と輸出余力がある。北海油田を持つ英国が67.5%、原子力重視のフランス49.3%、再生可能エネルギーに注力のドイツが35.3%。
日本の自給率が極端に低い理由は、発電の7割程度を安価で入手が容易な化石燃料に依存しているせいだ。そのほとんどを海外に頼り、最大消費の石油は中東依存9割超という現実がある。ホルムズ封鎖は日本のエネルギ―危機に直結するわけだ。

食料事情も心もとない。農水省によると、食料自給率はカロリーベースで38%。4年連続の横バイで、主要先進国中、最低レベルは一向に改善されない。ここ数年、夏の異常な暑さによる主食用コメの供給不足が目立つ。しかも生産に必要な化学肥料原料のほぼ全量を海外に依存している。
コメ政策も揺らぎ続ける。昨年の「令和コメ騒動」。石破前政権が打ち出したコメの増産方針を高市政権は撤回し、「需要に応じた生産」に転じた。これは“市場の動きに需給を任せろ”を意味し、事実上、食料安全保障政策から肝心要のコメを除外した等しい。中東危機が、日本が抱える深刻なエネルギー・食料の安全保障問題を浮き彫りにした。

危機の長期化に備える

政府の対応はどうか。赤沢経産相は5月6日、日本最大の原油輸入国、アラブ首長国連邦(UAE)を訪れ、担当閣僚からホルムズを通らずに別ルートで原油2000万バレル(消費量の約10日分)を追加調達する合意を取り付けた。ホルムズ東南のオマーン湾に面したフジャイ港から原油を輸送する。UAEは5月1日、石油輸出国機構(OPEC)から脱退したばかり。自国の裁量で増産できる。大型原油タンカー「出光丸」のホルムズ通過に続く外交的成果だ。
政府は「緊急激変緩和措置」としてガソリン、軽油、重油などを価格抑制するため事業者に補助金支給を実施(ガソリンで小売価格を全国平均1リットル当たり170円程度に抑制)する一方、消費の8カ月分ある石油備蓄を取り崩し、市場に回した。
所管省庁が石油由来産業に対し川上(商社、石油精製会社など)から川中(プラスチック等の加工業者など)、川下(卸・小売業者など)に及ぶ各業界団体からの聞き取り調査を実施。結果、手術用メスの洗浄剤、カテーテル、半導体製造用ヘリウムに至るまで「年内は供給に心配ない」と公表した。

こうした政府対応を受け、消費者のパニック買い騒動は起こらずに済んだ。政策の初動段階はひとまず波乱なく収まった。
だが、供給不安や投機心から事業者の買い増し・売り惜しみが起これば、たちまち問題化する。現にナフサ由来製品の一部は、溶剤や容器、包装のように供給不足から高騰しだした。カルビーのポテトチップス包装のカラー印刷が白黒に変わった。
危機の長期化に備えた政策の本番はこれからだ。
まずは、政府の「国民への危機対応の呼び掛け」から始める必要がある。首相は国民に事態への理解と消費抑制行動を呼びかける必要がある。

ウィンストン・チャーチルは、第2次大戦勃発後の首相就任時、優勢だったナチ・ドイツの英国侵略の脅威を国民に正面から訴え、徹底抗戦を呼び掛けた。Vサインを含むチャーチルの強固な戦いの意志表明が、国民の士気を高め、結束させた、とされる。危機に向き合う政治の明確なメッセージの重要性を示す。
高市首相はしかし、これまで国民にエネルギー消費節減への協力を呼び掛けていない。「心配いらない」シグナルを送るばかりで、支持率を落とさぬよう“危機隠し”を図ったかに見える。
これでは一般国民がエネルギー消費を控えようと本気になりそうにない。ガソリンは上限なき補助金で低価格に抑える一方、消費量は変わらない、いびつな状況を首相はいつまで続けるのか―。
この財源が税の補助政策から現時点で、日本のガソリン価格は欧州はむろん米国よりも安価に留まるが、長期間は通用しない、一時しのぎに過ぎない。

次世代エネルギーを急ぎ実用化

エネルギー安全保障の第1要素は、「安定供給」である。原油の中東依存は1973年に始まる石油危機を受け低下していく。
1980年代には原発の導入で中東依存度は7割を切った。が、2011年の福島第1原発事故後の原発稼働停止を受けて中東依存を再び深め、石油は今や1次エネルギー源で最大の34.8%(2024年度)を占めるまでになる。
自然エネルギー利用は依然、低い。資源エネルギー庁によると、発電に占める再エネ比率は、わずか22.9%(23年度)。天然ガスが1位の32.9%、2位が石炭の28.3%、再エネ比率は、EUや主要各国レベルを下回る。
日本は自然に恵まれ、海に囲まれている。太陽光、風力、地熱はふんだんにある。自然エネルギーは全て国産であり、なくなることもない。それなのになぜ、再エネ導入が伸びないのか。
生成AI進化に必要な電力増と脱炭素に応じられる原発利用の拡大を図る政治圧力が強まる。だが、原発には固有のリスクと不安がある。再エネの拡大を優先的に図るのがスジだろう。
自給率が低いまま再エネ導入が遅れた根本的な理由は、政策判断の誤りとみる。政治中枢が大局観を見失い、既成権益に囚われていたのではないか。

注目すべきは、世界6位の広大な海域を持つ日本の海洋と温泉の恵みに象徴される熱い地下水だ。地熱資源量は世界3位と推定される。
福島沖実験の失敗データを生かした浮体式洋上風力発電の確立を急ぐ。南鳥島近辺などで確認された「燃える氷」と呼ばれる次世代天然ガス資源「メタンハイドレート」。小さい尾根や壁に取付が可能な次世代太陽電池「ペロブスカイト」。これらの早期実用化も、重要度を増す。エネルギーやプラスティックのリユース・リサイクルも欠かせない。
戦略眼でエネルギー政策を根本から立て直す好機が、期せずして到来した。