■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第125章 「脱官僚」の看板倒る / 鳩山内閣の危うい行方

(2009年11月26日)

はじめに筆者の政治的立場を断っておきたい。劇的な政権交代の以前から、筆者は一貫して民主党による政権取りに期待し、その改革意欲を支持してきた。民主党の要請を受け4回にわたり国会で意見を述べたほか、同党の勉強会にも2度呼ばれて講師を務め、微力ながら貢献した。野党時代の民主党には総じて心をオープンにして広く知識や情報を求める気風があり、改革への意思と誠意ある対応を頼もしく感じたものだ。自民党と比較するとヤワだが、「ウソをつかない青年政党」といったイメージがあった。
ところが、政権を取った今、そのイメージは色あせる。

「脱官僚」の看板倒る

鳩山内閣は政権交代1ヶ月余りで、早くも「脱官僚依存」の大看板を放り出した。斎藤次郎元大蔵(現財務)事務次官を郵政三事業を展開する日本郵政の社長に起用したのだ。続けて、副社長4人中2人に旧大蔵省OBの坂篤郎氏と旧郵政(現総務)省OBの足立盛二郎氏を就けた。さらに、人事院総裁に江利川毅・前厚生労働事務次官を起用した。
かつて「国民が最も怒っているのが官僚の天下りだ」と国会で述べた鳩山首相だが、自らが主要ポストへの天下りを解禁した。この変節ぶりに、有権者の多くが戸惑っただろう。共同通信社が日本郵政社長人事直後に行った全国世論調査によると、対象者の61.4%が鳩山内閣の方針と「矛盾する」と回答している。
ところが、鳩山首相は「決していわゆる天下りをあっせんしたということではない」(11月2日の衆院予算委員会)という。その後、内閣は「天下り」を定義し直し「府省庁のあっせんを受けずに再就職先の地位や職務内容に照らし適材適所の再就職をすることは、天下りに該当しない」(11月6日の衆院議院運営委)とした。
政府が直接任命すれば天下りではない、というわけだ。すると、民主党が野党時代の昨年春、国会同意人事での官僚OBに対した同意拒否は何だったのか。日銀総裁候補として福田内閣(当時)が推した武藤敏郎・元財務事務次官を民主党が多数派の参院で拒否し、断念に追い込んだのは記憶に新しい。

これだけみても、民主党の「変節」は明らかだが、この結果として今後も繰り返すことになる「任命型天下り」の後遺症は重い。なぜなら、天下りは単に「あっせんか否か」の方法論の問題ではないからである。
天下りはふつう、官僚が単独で自らの意思で行うのではなく、組織として省庁があっせんもしくは推薦、政治からの“一本釣り”などの形で行うものだ。これがなぜ国民にとって等しく「害毒」かというと、ひとたび実行されると、官僚組織が天下りで自らを養う道を確保し、そのポストを代々、後進に「指定席」として継がせるからである。天下りルートはシステム化され、繰り返されるからである。
つまり、官僚は個人ではなく「組織人」として天下るわけだ。今回もこの組織の習性が再現された。斎藤氏が務めた東京金融取引所社長の後任は元大蔵省印刷局長、日本郵政副社長に就任した坂氏の前ポストの日本損害保険協会副会長の後任に元国税庁長官の就任が決まった。民主党が野党時代に批判した「後輩の呼び寄せ」による指定席ポストの確保である。江利川人事院総裁の場合も、前任総裁は郵政事務次官OBだった。

天下りをシステム化

天下り自体が組織として行われるゆえに、偶然にもみえる天下りでも、その始まりをきっかけに、次の「仲間」に受け継がせて慣行化させるのである。したがって天下りは「一時のもの」ではない。官僚ネットワークの人事資産として、同じルートが継承されていくのだ。
しかし問題は、これに留まらない。官は天下りルートを確保するために、補助金や業務委託費を使った天下り先の法人に競争入札によらずに相手を予め特定する随意契約で高額の業務委託や工事契約を行う。こうやって、この先もずっと天下りの受け皿であり続けるよう、法人側に経済的恩恵を提供するのである。
近年、批判を受けて官庁や独立行政法人(独法)の随意契約は幾分減り、競争契約が増えつつある、と指摘される。だが、これも実質は公正な競争契約ではなく「偽装競争契約」なのである。会計検査院が9月に発表した独法の契約状況などに関する検査報告によると、1. 入札公告の期間を故意に短くして周知できないようにする、2. 契約内容を不明確にして参入を見合わせるようにする、3. 「過去の実績」などの条件を付け、新規参入を締め出す ― などの手口で、多くの独法が競争契約を偽装し、特定の契約先に決まるように仕掛けていた。その結果、一般競争契約で「一者応札」の割合は実に48.1%(08年4月〜12月)と半分近くに上っている。

このように天下りの経済的影響は、深刻だ。ことごとく不公正取引を持ち込んで、利権を官のネットワークで独り占めするからである。
こうした天下りの弊害を野党時代の民主党は、しっかりと学習したに違いなかった。それが政権を握った途端に、怪しげな定義を持ち出して天下りの正当化を図った。
筆者はこの現実を目の当たりにして、残念ながら民主党は平気でウソをつくようになった、との失望を抱かないわけにはいかない。
だが、考えてみれば、鳩山内閣が「脱官僚」から「官僚依存」へ舵を切る予兆はあった。

“官詰め”内閣

政権交代後まもなく、筆者は内閣官房の関係者から政権中枢に財務官僚を中心に官僚勢力が急速に浸透している、との情報を得た。首相官邸はことごとく現官僚と前官僚によってポストが埋められ、行政刷新会議の事務局も同様に“官詰め”状態というのだ。
民主党内でも前官僚が台頭し、49歳の「副総理」とも呼ばれる松井孝治官房副長官(経済産業省出身)と、43歳の古川元久内閣府副大臣(大蔵省出身)が牛耳っている。2人とも「親官僚」で、民主党と官僚ネットワークの接点に立って鋭意、活動中だという。内閣が「政治主導」を実現するために人事委員会のような機関を設け、民間から広く知恵と発想を集める工夫もしていない―。

こうした情報は、その後の取材で裏付けられた。はっきりしてきたのは、鳩山政権が「脱官僚」を掲げながら、実は運営を早々と官僚と官僚OBに委ねていることだ。そういえば、前原誠司国交相ら野戦軍指揮官は大胆に改革を進める一方、官邸は行ったり来たりする構図が、今になると理解できる。いわばジキルとハイドが同居しているのである。これを使い分け、政権を取るまではジキルが出て、有権者を引きつける「脱官僚」と「天下り根絶」をスローガンにしたふしがある。全ては政権を取るための選挙向けポーズだったのか―。
それが事実なら、国民は鳩山政権の行方を楽観視できない。その政策運営に対し警戒気味に注意して掛からなければならない。政権の動向はわれわれの生活に直結するから、悪夢のシナリオも一応考えておく必要がある。
そこで、新政権の揺れて一貫しない政策運営を透かせて、近未来を占ってみよう。

悪夢のシナリオ

悪夢のシナリオは二つある。一つは財政破綻だ。
ひと言でいえば、鳩山内閣は「大きな政府」に向かっている。行きすぎた格差の是正は重要な政策課題だが、民間経済の成長戦略を欠くために分配の財源をどこから捻出するか、という問題に直面している。目下、進行中の「事業仕分け」で来年度の歳出を目標通り3兆円以上削ったとしても、税収不足から前年度並みの国債発行(補正後44兆円)は避けられそうにない。
となると、借金財政はさらに悪化する。筆者が本誌でも指摘したように、「埋蔵金」の大規模発掘が唯一、財源創出の有効な手だてだが、内閣が動く気配はいまだにない。「財源なき分配」はいつまでも続かず、財源手当てをしなければ財政は破綻への道を転がるほかない。

二つめの悪夢のシナリオは、国家公務員制度改革の失敗がもたらす「肥満政府」の誕生だ。鳩山内閣は来年1月に始まる通常国会に改革法案を出す方針をすでに表明している。法案がどんな内容になるか―。
最もあり得るケースは「労働基本権(団結権、団体交渉権、スト権)が全て認められ(現行はスト権などに制約)、65歳定年制(現行は60歳。民間では65歳定年制導入は上場企業で約1割)が決まる」新制度だ。公務員制度改革を担当する仙谷由人・内閣府特命担当相はこう語る―「(労働基本権を)認める法体系を考えなきゃならんと思います。・・・国は「倒産しない」という特殊性を持っているわけだから、余程のガバナンスをきかせない限り、政府だって緊張感を持続できない。だからこそ、自律的な労使関係を新たに再構築する必要があるんじゃないか・・・人事院勧告体制を続けるわけにはいかない」(週刊ダイヤモンド11月14日号)。

「役人天国」誕生の恐れ

この発言から、労働基本権を手にした労組と使用者側の国との交渉に、給与改定なども委ねる、と受け取れる。マニフェストに沿った発言だ。天下りあっせんが公約通り廃止となると、公務員の数は通常、一挙に膨れ上がる。増大した公務員コストは税金で賄うから、国民負担は俄然重くなる。
そうなると「国家公務員の総人件費2割カット」と謳った民主党公約をどう実現するのか?
地方分権化を進め、国の役割を地方に移管して国家公務員の定員を大幅に削減する施策が、まずは緊急に必要となるだろう。しかし、労働系弁護士のキャリアを持ち「親労組」の仙谷氏に、思い切った定員削減が期待できるだろうか。
民主党政権は労働組合を支持母体とし、組合団体から多額の政治献金を受ける。官僚や党にも、労組出身の有力者が複数いる。内閣官房長官の平野博文氏(パナソニック労組)、経産省の直嶋正行氏(トヨタ労組)らである。

最悪のシナリオは、次のようになる。定員削減をしっかり行えず、やむなく天下り法人の独法の事業を再び政府内に引き取ったり、再官業化した日本郵政グループに再就職をあっせんする、つまり天下りさせることだ。肥大化させた官業で、過剰公務員を養う構図だ。その口実に、「独法全廃」や「天下りの根絶」が使われる可能性もある。
「独法の政府内引き取り」で考えられる有力法人として、独法の造幣局、国立印刷局が思い浮かぶ。これらの事業はもともと財務省内で実施されていたが、2003年4月に本体から分離され、独法として設立された経緯がある。これを再び国営化する。その動きが真っ先に出てくるかもしれない。

国家権力と直接結び付き、国民生活と向き合う公務員制度が、仮に公務員の数ばかり肥大化してガバナンスを失った場合、国民にとっては恐るべき事態―「大きな非効率政府」が出現する。それは税金を浪費し、規制権限をやたらと強めたがる厄介な政府にほかならないだろう。結果、政府公認の「役人天国」となり、国民は政府の干渉と税に苦しむ可能性も否定できない。
民主党内の改革を志すジキル博士ともども、ハイド氏の悪だくみを挫いていかなければならない。