■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
連載「生きがい年金」への道(8)/負担増に悲鳴上げる経済界―同友会が新年金制度モデル

(2013年4月1日)


世界もあきれる

社会保障制度改革国民会議に抜本的な制度改革案を期待するのは、日程上からも難しい。だが、それでも「あるべき将来像」を描くことは当然、可能だろう。“制度内改善”にとどまる限り、制度の空洞化は止まらないからだ。
世界の目も厳しい。米国大手の年金・財務コンサルティンググループ「マーサー」が発表した「2012年度グローバル年金指数ランキング」によると、日本の年金制度は世界の調査対象国18カ国中17位のブービー賞(図表1)。 若干の改善がみられるとし、評価点は前年度の43.9から44.4に上昇したものの、アジアの中でもシンガポール、中国、韓国に次ぐワースト2位だ(最下位はインド)。

ランキング・トップはデンマークで82.9。以下オランダ、オーストラリア、スウェーデン、スイスと、ベスト5はすべて欧州勢が占めた。 新たに調査対象国に加わったデンマークが前年度トップのオランダを退け、唯一、Aランクの80点以上を獲得した。十分な給付水準と積立金に加え、優れた資産構成、法令の整った個人年金制度などが高く評価された。
これに対し日本は最下層の評価点「35―50」のDグループにランク付け。上位の中国、韓国及び下位のインドも同じグループだ。
Dグループの評価は「いくらかの好ましい特性はあるが、大きな弱点や手抜かりがあり、これらの改善なくしては有効性と持続性に疑問」とされる。 日本の場合、健全性(Integrity)は比較的高く、中国、韓国を上回る63.3。十分性(Adequacy)は中国より一段低いが韓国よりは上の46.1。これに比べ持続性(Sustainability)はかなり低く、中韓を下回る28.9。「日本の制度は持続性に欠ける」と国際的にも見られているのだ。これが日本の年金制度の最大の課題であることを、マーサーの調査分析はあらためて示した。

8月21日までに改革案をまとめる国民会議の議論は、どのように進んでいるのか。2月19日の第四回会合で、興味深い進展があった。
この日、経済界、労働界の四団体からヒアリングを行った。その中で筆者の見るところ、日本経済団体連合会(経団連)の斎藤勝利副会長・社会保障委員長と経済同友会の伊藤清彦常務理事が、年金制度改革案を考える上で重要なメッセージを提示した。
経団連が示したのは、事業主(民間企業)とサラリーマンが担う社会保険料負担の重さである。負担はすでに米国や韓国といった競争相手を上回っているという。国民生活に大きな影響を及ぼす企業と勤労者の負担の重さを軽視してはならない。
経済同友会が示したのは、現行制度に取って代わる、すっきりとした新年金制度案である。これは制度改革に際し、説得力のある「たたき台」となり得る。

根拠法に盛られた理念

しかし、この二団体の提言に踏み入る前に、国民会議設置の根拠法となった「社会保障制度改革推進法」に触れておこう。なぜなら、この法に制度改革の「基本的な考え方(理念)」が盛られ、これに基づいて改革が実行されるからだ。
同法第2条には、次のようにある。
1. 自助、共助及び公助が最も適切に組み合わされるよう留意しつつ、国民が自立した生活を営むことができるよう、家族相互及び国民相互の助け合いの仕組みを通じてその実現を支援していくこと→キーワード「自助、共助、公助の適切な組み合わせ」。
2. 社会保障の機能の充実と給付の重点化及び制度の運営の効率化とを同時に行い、税金や社会保険料を納付する者の立場に立って、負担の増大を抑制しつつ、持続可能な制度を実現すること→キーワード「給付の重点化・制度運営の効率化、持続可能な制度」。
以下、3. で「社会保険制度を基本」とし、4. で「国と地方自治体の社会保障費負担の主要財源に消費税を充てる」旨、記されてある。

このうち1. の「自助、共助、公助の組み合わせ」への合意は簡単でない。これは人生観・社会観に関わるからだ。そして、それぞれの重みをどの程度と見て役割分担を考えるかによって、年金制度の仕組みが変わってくる。たとえば、「自助」を重く見れば相対的に「公助」に当たる税金の投入が少なくなる。「自助」よりも社会の助け合い、国の支援を重視すれば税負担は重くなる方向だ。
筆者は人の生活上、自助・共助・公助の比率について「4・3・3」くらいが適当ではないかと見る。自助努力の重要性を第一に、地域共同体と国が国民を同等に支えるイメージである。
しかし、仮に筆者と似たような理念だとしても、格差社会の深まりから来る低所得者の増加、これに起因する保険料未納の拡大という社会現象を考慮しないわけにはいかない。そうすると、非公平性是正の観点から「基礎年金への税の負担増」といった結論に賛成することになるかもしれない。
このように、国民会議の結論は「自助、共助、公助の適切な組み合わせ」をどう考えるか、つまり委員の人生観・社会観を基本にして、社会・経済の現状や将来見通しへの判断が加わる方向になる。

増え続ける「固定コスト」

経団連の斎藤副会長が主張したのは、社会保険料の負担額が重くなり過ぎて、このまま増え続ければ制度の持続可能性が危ぶまれる、国際競争上も著しく不利になる―ということだ。
「事業主の負担する社会保険料につきましては、2025年度には総額約12兆円も増加する見込み」と斎藤氏は数字を挙げた。この負担額の見通しは、他国に類を見ない急速なペースで進む少子高齢化を背景に、2050年時点で生産年齢人口(15〜64歳)が約3000万人以上も減少する見込みと、高齢化に伴う社会保障給付費の毎年の増加見込みから来ているという。
むろん、事業主と共に保険料を負担する勤労者世帯あたりの社会保険料負担も、増加の一途だ。同負担は2025年度には、11年度に比べ年間約25万円増える見通し、と斎藤氏は指摘した。

社会保障というと、ともすると保険料負担者の事業主のことを忘れがちだ。厚生年金でいえば保険料負担は労使折半で強制徴収されるから、企業は社会保険を税金同様と見なし、「固定コスト」と考える。
だから、業績が良くなればこの固定コストを利益で吸収できるが、赤字になれば吸収できずにズシリとこたえる。アベノミクスで昨年11月から株式や金融の市場心理は、急好転した。実物経済にもその好影響が現れてくるのは時間の問題だが、現段階では自動車、電機など輸出産業が円安の恩恵から業績を急回復させているものの、全体ではなお不況のトンネルから抜け出していない。

負担、もはや限界

しかし、景気がどんなであれ社会保障給付費は膨らみ続ける。つれて社会保険料は毎年、増加する。
厚生年金保険の場合、2004年改正により保険料負担の上限が「2017年9月から保険料率(年収比)18.3%(本人負担、事業主負担各9.15%)」と定められている。この上限に向け、保険料率は景気におかまいなく毎年0.354%ずつ引き上げられる。
08年9月のリーマン・ショック以後、デフレ不況で名目GDP(国内総生産)もサラリーマン所得も減っているから、増え続ける社会保険料負担の重みは段々と厳しくなるのだ。
斎藤氏が続けた。「2009年度時点の社会保障給付費の負担額は約95兆円でありましたが、そのうち民間事業主の負担する金額はおよそ22兆円と、全体の約23%を占めております。・・・税負担額39.2兆円のうち約3割、すなわち10兆円強に相当する金額は企業の負担によるものでございます」

このような“重たい負担の認識”に加え、日本の若者(15〜24歳)の失業率(2011年8.2%)が欧米や韓国よりも低い点を強調、経済界としては「若者の就業機会を積極的に提供してきた」と主張した。
そして結論として、「家計や企業がさらなる負担増を受け入れることは限界」と言明。「社会保険料負担の際限なき上昇を今後とも放置することとなれば、消費の抑制や生産コストの上昇、立地競争力の低下、雇用創出の阻害等」が起こり、経済活力が失われ、産業の空洞化が加速し「負のスパイラル」が深刻化する、と説いたのだ。
 社会保険料の恐いところは、法人税とは異なり、赤字であっても雇用者を抱える企業は社会保険料を負担しなければならないことだ。斎藤氏は、経済界としては「社会保険料のこれ以上の負担の増加は容認できない」とキッパリ述べ、「社会保障と税の一体改革」ならぬ「給付の財源である社会保険料と税の一体的な見直し」が急務、と訴えたのである。

注目すべき同友会モデル

これは経済界による「ノーモア負担増宣言」と言ってよい。「社会保険料と税金の企業負担はもはや限界」と告白しているのだ。
この“経団連告白”は、すでに決まっている厚生年金保険料率の法定上限18.3%をさらに引き上げようとの動きを牽制する。保険料引き上げは、もうムリなのだ。企業がこれ以上の負担はゴメンだと音を上げたのを見れば、サラリーマンの家計の方も同様に社会保険料負担は限界に来ていることが明らかだ。ある上場大企業の元役員(69)が筆者にこう語った―「いまの現役は可哀想だ。給料が上がらないのに保険料と税負担が上がる。生活を締めるしかないのだから」。
保険料収入が上がらず、給付費がこのまま増加し続けるとなれば、年金財政は破綻の道を行く。ではどうするか―。
政府・日銀のインフレ2%目標で発動の下地が整った「マクロ経済スライド」の完全適用、高額年金受給者の給付見直し、高所得者の年金カットや社会保障給付向け増税、支給開始年齢の引き上げ―などが検討されよう。

こうした“制度内改善”と並行して考えなければならないのが、新しい年金制度モデルだ。この点で、経済同友会が2月19日の会合で提示した年金制度のニューモデルは、いいタイミングだった(図表2)。
伊藤清彦常務理事は、こう切り出した。
「年金制度ですが、一階部分の基礎年金については、老後における最低限の生活を保障するため、新基礎年金制度を創設し、65歳以上の全国民に、1人月額7万円を給付します」
何やら民主党の最低保障年金を連想させるが、どこが違うのか。財源は、全額年金目的の消費税だという。消費税で基礎年金部分を賄うのだから、個人の保険料負担は要らなくなる。「廃止となる」のである。
そうなると、たとえば非正規労働者や自営業者は国民年金保険料を払わないで済み、いま実行されるなら月額約1万5000円の出費が浮く。
「・・・したがって、基本的に負担増にはならないと考えております」と伊藤氏は指摘した。魅力的な提言ではある。だが、高額所得者はその分負担が減ってますます富裕の立場になるから、不公平性が増すのではないか。これに対し伊藤氏は語った。
「高額所得者にも給付しますが、公的年金等控除を縮小し、将来的には総合所得課税の下で同控除を廃止します」
心配無用、高額所得者に対しては所得課税の形で対応するというのだ。

では新年金の二階部分は、どうなるのか。伊藤氏によれば、最低限の生活保障を超える二階部分については民間金融機関などが運営する「新拠出建年金制度」を創設する。収入のある国民は誰でも任意に加入できる。
新制度の導入に当たり、すでに保険料を払って積み立てた現在の厚生年金報酬比例部分はどうなるのか。
伊藤氏はこう説明した。
「現在の厚生年金報酬比例部分は、約50年かけて積み立て方式に移行し、最終的に廃止します。現行の基礎年金、厚生年金において企業が負担しております保険料相当分は、過去期間にかかる年金純債務の処理に充てるとともに、新たな二階部分となる新拠出建年金に拠出します。したがって、長期にわたって企業の負担は原則維持されます」
一階部分は消費税を財源とする基礎年金制度、二階部分は新たな契約型拠出制度に改変する、というのである。新制度のディテールは今後、詰めていくことになるが、検討すべき年金制度のニューモデルであることは間違いない。




(図表1)マーサーによる年金制度ランキング結果一覧
出所)マーサー「グローバル年金指数ランキング(2012年度)」 

(図表2)経済同友会が提言する年金制度設計


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