■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
連載「生きがい年金」への道(6)/焦点は支給開始年齢引き上げ―「超長期」移行が条件

(2013年2月6日)

安倍晋三・自民党政権の内政の最大の焦点は、大胆な金融・経済政策と並んで社会保障制度改革となる。 社会保障は12月の衆院選で大きな争点とはならなかったが、それはすでに民主、自民、公明の三党合意により国民会議を設けて制度改革に取り組むことで合意していたからだ。 新政権は、この既定路線に沿っていよいよ制度改革の中身を決める。

スタートを切った国民会議

社会保障制度改革国民会議の第1回会合は、総選挙前の12年11月30日に開かれた。ここで委員15人の互選により会長に清家篤・慶応義塾長が選任された。 会長代理は、清家氏の指名で遠藤久夫・学習院大学経済学部教授。委員会は今年8月21日までに結論を出す。このあと出席委員が1分程度の自己紹介を行った。その中で、年金制度についてとくにノートすべきコメントを引き出しておこう。

▽伊藤元重・東京大学大学院経済学研究科教授 
二つのことだけ申し上げたいと思います。一つは、制度というのは、限られた資源の中でやるわけですから、どこを重要視して、どこを抑制するかという、いわゆるトレードオフということが話の非常に重要な点になると思います。そういう意味では、どこを重視するのか、どこをきちっと押さえていくのかということを議論したい・・・もう一つは、(中略)大変なスピードで少子高齢化が進んでいるわけですから(中略)いかに長い期間、制度を生かすかということになってくると、いろんなことに対してどういうふうに抑制効果を働かせていくかということが極めて重要だと(以下略)。
▽駒村康平・慶応大学経済学部教授 
社会保障全体を通じると、やはり少子化の問題と雇用の問題、これに対応しなければ、きちんとした社会保障制度にはならないと思います。制度横断的で、制度の整合性がある仕組みを目指した議論をしていきたい・・・。
▽神野直彦・東京大学名誉教授 
(財政学の)観点から見て、日本の社会保障制度で気になるのは、それぞれの制度が有機的に関連づけられていない、個別個別が体系立って関連づけられていないという姿が見えてきます。
▽西沢和彦・日本総合研究所調査部上席主任研究員 
(問題意識の)一つは社会保障の持続可能性です。高齢化が著しく進んでいく中、(中略)負担を上げて給付を削らないと長持ちしないですし、将来の世代にツケを残してしまう、(中略)税も社会保障の役割を果たせるように、給付付き税額控除ですとか議論が出てきております。そういった(税と社会保障の)境界にも関心を持っております。
▽清家会長 
経済の発展、成長による生活水準の向上の結果、私どもは長寿社会を実現したわけでありまして、この長寿社会を真に喜ぶことができるような質の高い、そして持続可能性のある社会保障制度を確立し、将来の世代にしっかりとそれを伝えていくにはどうしたらいいかということを、専門家としての責任を持って、しっかりと考えていかなければならない・・・。

68歳への引き上げ案の背景

これを補足して言うと、年金に詳しい委員の考えはおおむね次のようになる。
伊藤委員は、富裕な高齢層の負担を増やし若者世代の負担を軽くしようというのが持論だ。駒村委員は税負担で最低保障年金を創設し、世代間不公平をなくして持続可能な年金制度をつくることを提唱する。民主党案がこれに近い。
西沢委員はデフレ下でもマクロ経済スライドを発動して年金給付を抑制し、「負担増・給付減」による制度の持続可能性を訴える。
初回は出席しなかったが、権丈善一委員・慶応大学商学部教授は、現行制度の存続論者だ。ただし制度維持のために、給付抑制は欠かせないとする。
議論のカギを握る清家会長は、記者会見で「議論は排除せず、中立的に取り上げる」と述べたが、「支給開始年齢引き上げ」が議論の焦点となるのは間違いない。

清家氏は長寿化でも働ける「生涯現役社会」づくりが持論。11年5月、第6回社会保障改革に関する集中検討会議で幹事委員として次のように語った。
「日本より高齢化しないような国、たとえばアメリカなどでさえ、年金の支給開始年齢の引き上げをすでに具体的に始めていることなどを考えれば、具体案の中に年金の支給開始年齢の引き上げは入れるべきである。具体的には、たとえばいま、2025年までに報酬比例部分を65歳に引き上げるとしているのを前倒しするというのでもいいし、あるいは基礎年金の部分の支給開始年齢を65歳以上に引き上げることを考えていくことでもいいと思うが、やはり年金の支給開始年齢の引き上げという重点化を行う、つまり自助でできるところはしっかり自助でやり、しかし、本当に年金でしか生活できなくなったときには、きちんとした年金をもらえるようにしておきましょうということを、重点化という意味で改革案に含めるべきである」
11年秋に、世間をエッと驚かせた政府の「年金支給開始年齢の68歳への引き上げ検討」も、この清家案が布石にあったのだ。そこで、「支給開始年齢の引き上げ案」を検討してみる。

海外主要国の現状はどうなのか ― 国際比較するに際し、まず日本の立ち位置を確認しておこう。
日本の厚生年金支給開始年齢は、段階的に引き上げられる。老齢厚生年金の定額部分(基礎年金)は、1996年の年金改正で男性が2001年度に受け取り始めた人から13年度にかけて60歳から65歳に引き上げられる(女性は5年遅れ)。
報酬比例部分についても男性は2025年度までに、女性は30年度までに65歳に引き上げることが2000年改正で決まっている。現在はその途上にあり、2013年度から(女性は18年度から)3年に1歳ずつ引き上げられる。ただし国民年金(基礎年金)の支給開始年齢は、65歳と変わらない。

引き上げの背景には、平均寿命の伸びがある。1985年当時と比べても現在は男性が約五年、女性は約6年伸びている。
国立社会保障・人口問題研究所の将来推計(中位)によれば、65歳の人の平均余命は2055年には男性22.09年、女性27.31年となり、男女共05年実績に比べ約4年伸びる見通しだ。長寿化の流れは、止まりそうにない。
日本は世界最長寿国であり、さらに平均寿命を更新する勢いなのだ。

支給開始年齢引き上げの条件

一方、米国では2027年までに66才から67才への引き上げを決めている(図表)。
英国も、ゆくゆくは65歳から68歳に引き上げる途上にある。女性は2020年までに60歳から66歳に引き上げて男女同一とし、さらに2024年から2046年にかけて68歳に引き上げる。社会保障に手厚いドイツも、2012年から2029年までに65歳から67歳に引き上げる方針だ。米、英、独はいずれも近い将来、67歳か68歳に支給年齢が上がる。
フランスは、60歳からと早い。「2018年までに62歳に引き上げ」と主要国の中で最も余裕を見せる。
日本の民主党政権がモデルとみなしたスウェーデンは、61歳以降は受給開始時期を本人の選択に委ねるが、保証年金の支給開始年齢は65歳だ。

少子高齢化の最先進国、労働人口の減少、深刻な財政難に直面する日本が、現行制度に立つ限り支給開始年齢引き上げを検討するのは当然、と言えるかもしれない。しかし、引き上げを決める場合に考えなければならない前提条件がある。
それは、引き上げの決定から開始、開始から完了までに相当の期間をかけて徐々に移行しなければならないことだ。これは年金生活への負の影響をできるだけ軽減するためである。
これまで日本の移行期間は短すぎた。たとえば、厚生年金報酬比例部分の60歳から65歳への引き上げに際しては男性の場合、決定から開始まで13年、開始から完了まで12年の計25年。
これを米国と比べると、移行期間の短さがはっきりする。米国が65歳から67歳への引き上げを決めたのは、約30年前の1983年。引き上げ開始が20年後の2003年、完了がさらに24年後の2027年。開始から完了まで実に44年かけているのだ。米政府の年金生活者への配慮がうかがえる。

英国の場合も、年金支給開始年齢を65歳から68歳に引き上げる決定が2007年。引き上げ開始が2024年、完了が2046年と、決定から開始までに17年、開始から完了までに22年と、計39年もかけている。
ドイツでは65歳から67歳への引き上げ決定が2007年。完了は2029年で、計22年。ドイツの引き上げにかける期間は日本と大差ない。
参考になるのは決定から完了まで「40年前後」にわたる米、英のケースだ。このように超長期の制度設計だと、国民にとって将来の生活設計を早くから描いて経済的に準備でき、安心感も得られる。政府が年金設計を短期間で変えるようだと、年金への不信・不安感は強まり、保険料の未納にもつながる。米英並みの「40年前後」の超長期設計を取り入れるべきだろう。

日本の現行制度では厚生年金の報酬比例部分(2階部分)の支給開始年齢は「3年に1歳ずつ」のペースで段階を踏んで引き上げられる。「65歳支給」が完了するのは2025年度。男性は1961年4月2日以降に生まれた人から定額、報酬比例部分とも「完全65歳支給」となる。
現状は、「3年に1歳の引き上げペースをもっと早められないか」といった議論が厚労大臣の諮問機関、社会保障審議会年金部会でも出されている。1歳引き上げると厚生年金の給付費は約0.8兆円縮減できる、と厚労省は試算する。
しかし、「1年に1歳ずつ引き上げ」にペースに早めたとすると、何より1954年生まれの人の生活を直撃する。仮に、2015年に62歳、16年に63歳、17年に64歳に引き上げるスケジュールに前倒しすると、1954年生まれの人は1歳年を取るごとに毎年、支給開始年齢も引き上げられてしまう。そうなると、65歳に達する2019年まで年金を全く受け取れない。
こうして見ると、開始年齢の引き上げには、相当の期間をかけるのが望ましことがはっきりする。年金制度の枠組みはいったん決めたならば、“中途解約”しないことを原則としなければならない。

高齢者の雇用確保あってこそ

同時に、引き上げに合わせ雇用の空白を生まぬよう、高齢者向け雇用を確保する必要がある。幸い日本の高齢者は就業意欲が高い。内閣府が08年に60歳以上の人を対象に「いつまで働きたいか」と調査したところ、「70歳以上まで働きたい」「働けるうちはいつまでも」との答えが合わせて7割超を占めたほどだ。
2004年改正では、60歳から65歳への支給開始年齢の引き上げに合わせ、企業に対し 1. 定年の引き上げ、2. 継続雇用制度の導入、3. 定年の定めの廃止 ― のいずれかの措置を取ることを義務付けた。
具体的には、昨年の法改正で企業が定年年齢を65歳まで引き上げる、もしくは、希望者全員について65歳までの継続雇用(再雇用)を行うように求めた(今年4月施行)。
しかし、それは二つの理由から簡単にいかない。一つは、企業は国内外で生存競争して淘汰の波にさらされているため、活力と能力のある働き手を求めないわけにはいかないこと。もう一つは、人は高齢化するほど自己向上心と努力の程度、能力などで個人差が開いていくためだ。

60歳を超えて経験に裏打ちされた有能な働き手がいる半面、働きが鈍りやる気が失せた者もいる。企業としては高齢者の個人差が大きいために「希望者全員」の雇用継続はリスクが大きすぎる。まして業績が急悪化し存亡の瀬戸際に追い込まれた企業は、希望者の雇用継続どころかリストラを選択せざるを得なくなる可能性もある。
「希望者全員の再雇用」には個人の能力の実態を無視したムリがあり、法律で義務付けたところで企業の100%実施はどだいあり得ない。
高齢者の雇用確保はたしかに、今後も減少が見込まれる労働人口を増やし、年金財源を確保するためには、女性や外国人の就業増と同様に有効だ。だが半面、企業は人件費を抑えようとするため、若者の雇用にブレーキが掛かる。
現実に、企業の多くはこの雇用政策について来られないのは明らかだ。現行年金制度では、仮に支給開始年齢を引き上げたところで、長寿化と労働力人口減、非正規雇用増、これに伴う「年金の支給増・納付減」が続く限り再び支給開始年齢を引き上げざるを得ない。抜本対策は、現行制度とは別の、新制度で立て直すほかにない。




(図表)
出所)厚生労働省「第4回社会保障審議会年金部会資料」 など