■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇>プーチンの似顔絵

(2022年6月27日)

プーチンの戦争が止まらない。プーチンがロシア政権を握る限り、交渉による解決は望めそうにない。なぜなら、ロシアの侵攻はプーチンの独裁権限と妄想的世界観と支配欲が引き起こしと見られるからだ。プーチンの似顔絵をスケッチした。

ピョートル大帝を尊敬する独裁者

2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻で無残に破壊され、災禍を逃れる避難民を見て、筆者は5月、日本に逃れたウクライナ避難民への支援プログラム「With Refugees」を有志と立ち上げた。早速訪れてきた母子ら一家3人のサポートを開始、目下、希望する仕事(ヨガ・インストラクターなど)を見つける就労支援に取り組んでいる。 支援に乗り出した動機は、プーチンの戦争の残酷さと長期化の可能性を直感したからだ。
プーチンの言動を見るうちに、英国の歴史家アラン・バロックの「Hitler and Stalin」(未邦訳)に描かれた2人の独裁者が頭をよぎった。プーチンは2人から深い影響を受け、統治手法を学び、気質と狂信性も受け継いだかに見えた。その後の戦争の推移から「プーチンは勝利を得るまでは決して戦争を止めない」との見立てが、確信に深まった。
なぜ、プーチンはすでに大失敗がはっきりした戦争を止めないのか。そう思うと現れてきたのは、1991年にソ連崩壊直後に訪れたモスクワの夕暮の目抜き通りの光景だ。大勢の人々が集まって横列に並び、持参したモノや食料品、宝飾品を手にぶらさげたり看板を掲げて売っている。 当時、そのうらぶれた光景をKGB(ソ連国家保安委員会)諜報員のプーチンも目撃したに違いなかった。

プーチン政治の本質を考える上で、欠かせないのがプーチンの統治思想と出身母体KGB(現FSB=ロシア連邦保安庁)の役割だ。まずプーチンはロシア史上どんな偉人を尊敬し、自らの政治家像を抱いたのか。
強力な独裁者には、共通する特性がある。飽くなき支配欲、権力の渇望、民族主義・国家主義、排外的な世界観、成功から生じる傲慢などだ。プーチンは初代ロシア皇帝のピョートル1世(在位1682-1725年)を尊敬する人物に挙げている。ピョートルは18世紀初頭のサンクトペテルブルクの新都建設で名高い。 スウェーデンとの長期に及んだ大北方戦争で勝利を収め、国家の名称を「ロシア帝国」と定め、「ピョートル大帝」と称されるようになる。行政改革、海軍創設などと共に西欧化改革を強力に推進したことでも知られる。 ウクライナの関係では、コサックから自治権を取り上げ、ロシア支配を強化している。だが、西欧化は、ピョートルを「ロシアの伝統の破壊者」とみるスラブ主義者からは反発を受けた。この点で、欧州嫌いのプーチンとは対照的だ。
プーチンが真に尊敬し、その統治手法を見習ったのは、むしろヨシフ・スターリンではないか。

ピョートル大帝 ヨシフ・スターリン


スターリンの統治手法を継承

独ソ戦(ロシアの言う「大祖国戦争」)を勝利に導いたスターリンの評価は、ロシア人には抜群だ。ロシアの独立系世論調査機関「レバダセンター」が発表した二つの調査報告が注目された。
1つは、ウクライナ侵攻後の5月、軍事作戦がつまずく中、プーチン大統領の支持率が1月の69%から83%にも上ったことだ(表)。われわれには想像もつかない高支持率である。2つ目が、「人類の歴史上、世界で一番偉いと思う人」のトップの座をスターリンが占めたことだ(21年5月に実施)。 日本や欧米の「残忍で非道な独裁者」という評価とは逆に、ロシア人の39%がスターリンを第1位に挙げた。2位はレーニンの30%、3位に帝政を批判した詩人プーシキンの23%、4位にピョートル大帝19%、プーチン15%と続いた。2000年代に入るとかつてのスターリン批判は影を潜め、ロシア国民の4割前後がスターリンを「世界で一番偉い人」に格上げしている。 ロシア人の大多数は今なお「強い独裁者」を敬い、待望していることが分かる。

スターリンの統治手法は、国内の2000万人にも上るとされる大粛清や日本人のシベリア抑留にみられるように、粗暴で冷酷この上ない。しかしそれが、戦時には有効に働いた。独ソ戦でドイツ軍を屈服させた冷厳な指導下の「徹底抗戦」は、スターリンなしでは考えられない。驚くべきは、人命の軽視だ。 最前線では、敵前から逃走する赤軍兵士を背後にいたコミッサール(政治将校)が射殺したと伝えられる。
こうした統治性で、プーチンはスターリンに似ている。双方ともに排外的国家主義(スターリンはトロツキーらと一線を画す「一国社会主義」を標榜)、西欧的価値の民主主義・自由主義を軽蔑し、敵対するとみなす少数者を迫害する恐怖政治を敷き、戦争に臨んだ。 プーチンはスターリンと、おそらくは目下、打倒目標に掲げる「ネオナチ」の始祖・ヒトラーからも多くを見習い、その恐怖手法を取り入れたに違いない。

プーチンの支持率
出所:Levada-Center


大ロシア主義の世界観

戦争に突き進んだプーチンの精神の基底には、いびつな世界観がある。
プーチンのウクライナ観は、「ウクライナは本来ロシアと一つ」というものだ。ロシアの一部地域という認識だ。ウクライナという国をそもそも認めていない。ウクライナの歴史が示すのは、つかの間のウクライナ独立だ。1917年のロシア革命を機に結成された「ウクライナ中央ラーダ(ラーダは評議会を意味するウクライナ語)」が翌18年1月に「ウクライナの完全独立」を宣言する。 が、内戦状態の中で進駐したドイツ軍によって解散させられ、わずか14カ月で消滅した。ウクライナ人の独立心は盛んだったが、帝政ロシアとソ連の支配下で長い間抑え込まれ、ソ連が崩壊した1991年に独立国「ウクライナ」はようやく誕生した。
歴史を見れば、ロシアのルーツともされるキエフ公国はモスクワ公国(14世紀成立)より早く10世紀に全盛期を迎え、キリスト教を広めた。だが、プーチンは、2008年のNATOブカレストサミットで当時のブッシュ米大統領に「ジョージ、ウクライナという国はないんだよ」と言ったとされる。

2000年にロシア大統領になったプーチンが抱いた悲願が「強いロシアの復活」だ。冷戦時代、世界を米国と二分する力を誇示した、ソ連の栄光を取り返すことである。プーチンは、そのグランド・ストラテジーをアレクサンドル・ドゥーギンの地政学から得たとされる。
ドゥーギンの主張の中核は、ユーラシア主義とも呼ばれる、ユーラシア大陸を支配する「大ロシア主義」である。廣瀬陽子・慶応大教授によると、ドゥーギン理論はロシアの世界統治のための闘争継続を説く。「西洋主義、米国の戦略的支配、リベラルな価値による支配の拒否」を共通の基本原則とする。 そしてロシアの最大目的は、全欧州の「フィンランド化」であるという。その目的実現に、ロシアの特務機関による破壊、不安定化、誤報・偽情報プログラムと共に、他国に攻撃や圧力を掛けるための天然ガス、石油、天然資源などの有効活用が重要な役割を果たす、と強調している。
これは前任指導者のゴルバチョフとエリツィンとは逆方向だ。プーチンはゴルバチョフのペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)、エリツィンの民営化、自由化の軌道がロシアを弱体化したと睨んだ。これによってロシアをカオスと無政府状態に追いやったと信じたのである。

大ロシア主義を信奉するプーチンが、ロシアの勢力圏を離脱してNATO加盟を図るウクライナを許せない「裏切り者」とみなしたのは明らかだ。
プーチンのウクライナ侵攻への執念は、凄まじい。今回の侵攻が始まったのは2月24日。クリミア併合を狙った2014年の戦争の開始も同じ2月24日だ。双方とも冬季オリンピック終了直後に始めている。14年当時はソチ五輪。ソ連崩壊後初の開催となり、安倍首相も開会式に出席した。その閉会式の翌日、侵攻を開始した。
今回は北京五輪。米欧日が外交ボイコットをする中、プーチンは習近平・中国国家主席と並んで開会式に参列、大会終了を待って侵攻を開始した。侵攻は計画通りに、虎視眈々とタイミングを狙っていたわけだ。


情報統制し恐怖政治

プーチン統治が、当初は民主化の方向に傾いたかに見えたが、結局は情報を支配し恐怖政治に行き着いたのは必然であった。恐怖政治の象徴が、敵対者や「裏切り者」の暗殺である。独裁権力者にとって邪魔者は消えなければならない。 プーチンが大統領に就任した2000年以後、「邪魔者」の投獄、不審死、暗殺が相次いだ。

プーチンの邪魔者の筆頭として真っ先に思い浮かぶのが、ロシアきっての反プーチン活動家アレクセイ・ナバリヌイだ。2011年に政権与党の統一ロシアを「詐欺師と泥棒の党」と呼んで以来、反プーチンデモを繰り返し呼びかけて逮捕・起訴され、21年には黒海リゾート地の豪邸を「プーチン宮殿」と暴く動画を公開。目下、詐欺・横領罪・法廷侮辱罪などで懲役9年の刑を受け収監中の身だ。
ナバリヌイが毒を盛られた紅茶で危うく死にかけたのが20年8月。シベリアのトムスクからモスクワに戻る旅客機内で体調が急悪化、意識不明の重体に。ロシアの病院は「毒物は検出されなかった」としたが、ベルリンの病院に運んで検査したところ「紅茶に毒が盛られた可能性が高い」と判定された。毒殺未遂だ。ところが、療養先のドイツから帰国した21年1月、直後にモスクワ空港で拘束された。

もう一つ、プーチンが敵視する存在が、政権になびかないジャーナリストだ。5月の米CNN報道によると、プーチン統治下、全部で34人ものジャーナリストが暗殺された。その中には、チェチェン紛争でのロシアによる工作など真相を暴露しようとした独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」(21年のノーベル平和賞が編集長ドミトリー・ムラトフら2人に授与)の女性記者アンナ・ポリトコフスカヤも含まれる。 彼女は2006年10月、モスクワ市内の自宅アパート内で射殺された。その2年前には機内で紅茶を飲んで意識不明の重体に陥った。
ロシアのオリガルヒ(新興財閥)も、恐怖政治から無縁でない。ウクライナ侵攻前後から7人もが、自殺などとされた不審死を遂げたと報じられた。
これら事件すべてにKGBを衣替えしたFSBが関与した疑いがある。
だが、戦争の長期化と共にプーチン式統治は綻びを広げる。その持続可能性はゼロに近づく。