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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇>参院選・年金問題/広がる不安 制度刷新の時

(2019年7月17日) (山形新聞『思考の現場から』 7月15日付)

与野党の党首らが、参院選に向け有権者に訴える主要テーマに年金が急浮上した。夫婦の老後資金として公的年金以外に「約2000万円が必要」との試算が金融庁から発表され、国民の年金不安・不信は一挙に深まった。年金を巡る問題を浮き彫りにしてみよう。

破綻隠し

安倍晋三首相は、年金に関しこう強調した。「野党は年金問題で財源に裏打ちをされた具体的な提案は何もせず、不安ばかりをあおっているが、負担を増やさずに年金を増やす打ち出の小づちはない」。年金財政は積立金の運用益でむしろ強化されている、と反論した。
だが、年金不安は政府の不手際から生じたのであって、野党があおって作り出したものではない。その上、04年改革の「100年安心プラン」を超える打ち出の小づちの否定を見れば、制度改革の意志はありそうにない。これを有権者がどう判断するか―。
野党の筆頭、立憲民主党の枝野幸男代表は、年金の不備を訴える。非正規雇用者などは、老後にどうやって2000万円をためたらいいのか、こんな状況でどうして消費税を引き上げることができるのか、と。基礎年金の最低保障機能を強化すべし、との公約は、制度改革を一歩前へ進める。
人手不足の中、生産年齢人口(15歳〜65歳未満)に占める働く女性の割合は、昨年ついに5割を超えた。しかし、非正規雇用が圧倒的に多く、非正規雇用の割合は、男女を合わせ全雇用のほぼ4割に達した。
他方、非正規雇用者や自営業者が加入する国民年金の実質未納率は、約60%にも上る。国民年金財政は破綻同然だが、財源の不足分は正規雇用者らが加入する厚生年金の保険料収入と積立金から補てんされ、破綻は隠される。
現状の公的年金は、現役勤労者の所得からの月々の強制徴収(厚生年金)と自発的な納付(国民年金)で原資が賄われる。少子高齢化が進んで就業人口が先細りとなり、収入が低い非正規雇用が増えれば、年金財政は確実に悪化を続ける。これが年金危機の本質だ。
制度の持続性が危ぶまれる以上、制度を設計し直すほかない。だが、その財政実態を知ろうにも、政府は公的年金の健全性を5年に1度チェックする肝心の「年金財政検証」を未だに公表していない。

積立方式

日本維新の会は唯一、年金制度の抜本的見直しを打ち出す。松井一郎代表は、年金制度を「現在の賦課方式(現役世代の払った保険料が高齢の受給者に支給される)から積立方式に見直していく大胆な改革が必要だ」と説いた。積立方式とは、現役世代が若いうちから年金資金を積み立て、老後にこの積立金を運用益と共に、自分の生活資金に充てる方式。積立方式は今や年金先進国の主流だ。
日本の公的年金に対する国際的な評価は、依然低い。世界最大級の米年金コンサルティング会社、マーサーの2018年度の評価で日本は世界34カ国中、じつに29位。とりわけ「持続可能性」の評点が低い。
評価はトップにオランダ、2位デンマーク、以下フィンランド、オーストラリア、スウェーデンと続く。上位の多くは積立方式を基本にする。維新の会は、自らが提唱する積立方式案の内容を説明し、政府や議会の改革論議に火を点じてほしい。

不公平感

広がる年金不安は、長期経済停滞と世代間分断の原因ともなる。国際通貨基金(IMF)は今年の各国別実質経済成長見通しで、日本は先進7カ国(G7)中最下位の1.0%。2020年は、0.5%とさらに下がる。経済の勢いは、超金融緩和にもかかわらずゼロに近づく。
政府は今年1月、「戦後最長の景気拡大」と公表したが、庶民に好景気の実感はない。経済停滞が続く真因の一つは、家計の豊かさを示す、自由に使えるお金となる実質可処分所得が増えないためだ。社会保険料の負担増が、GDPの約6割を占める個人消費を冷やし続け、経済の好循環につながらない。
可処分所得は、ここ数年増えつつあるとはいえ2017年時点でリーマンショック時の2008年水準をなお8000円近く下回る。2人以上の勤労者世帯の1世帯当たり1カ月間の可処分所得は、17年平均で43万4415円(総務省「家計調査」)。08年当時は3年連続増え、44万円を上回っていた。
消費低迷には、年金不信からくる将来不安の影響も大きい。若者の多くは、年金の賦課方式で現役世代の若者に重くのしかかる負担は「割に合わない、不公平」と感じているのだ。年金の現行制度は、将来への不安を強めるばかりか、世代間の支え合いを分断する働きをする。「令和」の新時代、こうした公的年金の大欠陥を改め、制度を刷新する時である。