■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇>南極で氷河崩落の危険/世界で海面急上昇〈差し替え版〉

(2017年11月1日)

今年の夏、ゲリラ豪雨、迷走台風、記録的長雨と三つの「極端現象」(過酷な異常気象)が日本列島を襲った。 世界各地でも極端現象が多発している。地球温暖化が予想以上に急速に進んでいる影響だ。氷の融解が早まっている南極で、氷河・氷床が海に崩落して大幅な海面上昇を引き起こす危険が現実化する可能性も出てきた。

真夏の怪

この「真夏の3異変」は、人びとに気候がこのところひどくおかしくなっているという実感を抱かせた。7月5〜6日に北九州を襲った豪雨は、福岡県朝倉市、大分県日田市などに滝のように降り注いだ。 5日の朝倉市の1時間降水量は129.5ミリに達し、24時間降水量も545.5ミリと統計開始以来の最大値を更新した。
18日と18時間にわたって迷走を続けた台風5号。発生場所、進行経路、存続期間のどれもが並みの台風ではなかった。台風は普通、北緯10〜15度の赤道近くで発生する。ところが5号の発生海域は、日本に近い南鳥島近海だった。
7月21日に発生した後、太平洋上を反時計回りに回転しながら東に向かい南下。31日には「非常に強い台風への勢力を強めた」(気象庁)。その後ゆっくりと北上して九州に接近後、8月7日に和歌山県に上陸した。8日に日本海へ抜け、9日にようやく温帯性低気圧に変わる。日本列島に上陸した台風としては最長寿だ。
この“長寿の秘密”は、海面水温が30度Cを超えていたためだ。海面からの盛んな水蒸気を得て台風のエネルギーが保たれ、発達したのである。台風が発生する海面水温は28度以上とされるから、一段と高温だったのだ。
8月に入ると、長雨と日照不足が東日本の太平洋側を中心に続いた。東京都心では8月1日から21日まで21日連続の雨降り。これまでの最長記録、77年8月の22日に次ぐ長雨だった。
この3異変に共通するのは「大雨」である。東京都心部の8月の雨量は例年に比べ22%増えた。逆に日照時間は、計83.7時間と観測史上最短。 気象庁によると、1時間当たり50ミリ以上の雨が降る頻度は、2007〜16年の10年間でアメダス(70年代に導入された自動観測所)1000地点当たり年平均232.1回に上る。1976〜85年の10年間に比べ33.5%も多いことが分かった。
気象庁の「予報用語」では、1時間当たりの降水量50ミリ以上は「非常に激しい雨」と定義される。この強雨の降る頻度が、70〜80年代に比べ3割超も増えているのだ。 「近頃やたらと激しい雨が多い」という人びとの実感を裏付ける。

地球温暖化の爪痕

なぜ、おかしな異常気象が続発するのか。基本要因として、地球温暖化の影響がある。 世界各地で多発する極端現象は、地球温暖化がもたらす症状だ。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は13年に発表した第5次評価報告書で、人間活動を主な要因とする地球温暖化が、気候を一層不安定にして気候変化を極端化している、と認定。 世界規模で寒い日が減って暑い日が増え、欧州、アジア、オーストラリアの大部分で熱波の頻度が増す一方、ゲリラ豪雨のような大雨の頻度や強度が増していると指摘する。
さらに、産業革命以後生じた気候の温暖化は「数千年間にわたり前例のないものだ」とし、「地球の北半球では1983年〜2012年は、過去1400年において最も高温の30年間だった可能性が高い」と強調した。
同報告書によると、世界の平均地上気温は1880年以降、2012年までの130年余りの間に0.85度上昇。日本の平均気温は1898年以降100年当たり世界平均より一段高い1.15度の割合で上昇した。 国際社会が2015年12月に採択した、地球温暖化対策に取り組む「パリ協定」以後も、温暖化は止まらない。

昨年の日本と世界の年平均気温は、観測史上最も高い値となった。米海洋大気局(NOAA)によると、3年連続で最高記録を更新した。
そして今年―。地球温暖化に伴う極端現象が、日本ばかりか世界中で多発した。熱中症による死者、豪雨、洪水、農作物被害、干ばつ、山火事、給水制限などが相次いだのだ。
5月下旬にはパキスタンを熱波が襲い、気温53.5度を記録。6月にはアラブ首長国連邦(UAE)やイランで50度を超え、南欧や東欧でも40度以上の高温が続いた。 7月には米カリフォルニア州デスバレーで50度を超えた。8月に入ると、メキシコ湾で発生した大型ハリケーン「ハービー」が米テキサス州を襲い、洪水被害を広げた。 降水量は米本土に上陸したハリケーンとして観測史上最大。死者は50人以上に上り、被害総額は過去最大だった05年のハリケーン「カトリーナ」を上回った。

地球温暖化がもたらす被害はこの先計り知れない。IPCCは温暖化対策が進まないシナリオだと、21世紀末の世界平均気温は20世紀末に比べ2.6〜4.8度上昇する、と予測した。
日本の場合はどうか。気象庁の予測によると21世紀末に年平均の最高気温は全国平均で4.5度上昇する。北日本太平洋側では4.9度、東日本太平洋側で4.3度、同日本海側で4.5度、西日本の太平洋側で4.1度上昇する。 高緯度地域ほど上昇が大きい。特に北海道で気温上昇が著しい(図1)。
蒸し暑くてやりきれない今の夏の気温が、さらに4度以上も上がる雲行きなのだ。しかも、今年の夏を特色づけた1時間50ミリ以上の滝のような雨の年間発生件数は、今世紀末に全国平均で2倍以上になる、と気象庁は予測する。

南極は大丈夫か

気温の上昇は海面水温の上昇につながる。案の定、NOAAによれば2016年に地球の平均海面水温も気温と足並みを揃え、観測史上最高を記録した。つれて平均海面水位も6年連続で最高値を更新した。 日本列島周辺の海も、水温の上昇が著しい。夏には南方で30度を超える(図2)。
こうした中、大気と海洋の温暖化で地球上、最も顕著に姿を変えつつあるのが北極と南極だ。そして両極の変化が、地球全体の大気と海洋に重大な影響を及ぼす。
ここ数年の現地調査で注目を集めているのが、南極大陸で氷の融解が予想以上に進んでいる状況だ。潜水して氷の底面を調べたところ、大陸の西側に比べ温暖化が進んでいないとされる東側の東南極でも、暖まった海流によって氷が下から融けている様子が判明した。
仮に温暖化で陸上にある巨大な氷河・氷床が緩み、海に崩落するような事態となれば、全世界の海面水位が急上昇する危険が生じ得る。その場合、太平洋などの島しょ国や沿岸部にある各国の大都市が、水没する危機に見舞われる。

世界で最も気温の上昇が大きい地域の一つに挙げられる南極半島。今年7月、同半島東岸の「ラーセンC」と呼ばれる棚(たな)氷(ごおり)の一部が分離して海に浮かぶ氷山になった。棚氷とは、陸上にある氷が押されて海に張り出した氷の塊だ。 浮かんだ氷山の面積は、5800平方キロと三重県とほぼ同じ大きさで、重さは1兆トン超にも上る。観測史上最大規模の氷山だ。
南極半島西側にある英国のファラデー基地の観測によると、この50年間で現地の気温は2.5〜3度も上昇した。温暖化が進んで棚氷が融けて亀裂が生じ、崩れたのは明らかだ。 半島にはもともと三つの棚氷があったが、先端部分の「ラーセンA」は95年に、これより内陸寄りの「ラーセンB」は02年に崩落して海に流れ出ている。
棚氷の崩壊は氷河崩壊の「危険な兆候」だ。棚氷は陸の氷河が海に流れ落ちるのをせき止め、安定させる役割を果たしている。棚氷が崩壊すれば、背後で支えられていた氷河・氷床が動き出し、海になだれ落ちる可能性が一挙に高まる。 02年に崩壊した「ラーセンB」の場合、12000年以上も前から存在していたとされ、東京都を上回る面積の大棚氷だったが、わずか1カ月足らずで崩れた。

ここで南極大陸の氷の融解と崩壊が地球環境に及ぼす脅威について素描しておこう。南極大陸(図3)は、日本のじつに約37倍の面積を持つ。米国とメキシコ合わせたくらいある広大な大陸だ。 平均標高は2010メートルで全土が氷河・氷床に覆われ、降雪によってその厚みが維持されている。氷床の厚さは平均1856メートルとされる。加えて、陸上の氷河・氷床に押し出された棚氷が海に張り出している。
国立極地研究所の資料によると、主な棚氷だけで10を数え、主な氷河は46に上る。世界中の真水の6割以上がこの南極大陸の氷として閉じ込められている。仮にこれが全て融けるようなことがあれば、世界の平均海面水位を57メートル上昇させる、との推定もある。

「島原大変肥後迷惑」再現の恐れ

南極大陸のもう一つの特徴は、ほぼ中央を貫く南極横断山脈を境に西側と東側とで奇妙なことに温暖化状況がまるで異なることだ。崩壊した半島のラーセン棚氷は西南極に属し、この地域は地球で最も温暖化が進んでいる。
ところが、西南極の目立った温暖化と対照的に、東南極は温暖化は進んでいない、とされてきた。北東の沿岸にある昭和基地では温暖化は観測されず、内陸の南極点付近はむしろ寒冷化している、と言われた。 2015年には衛星データから南極大陸の氷床は降雪により融ける分を上回って厚くなっていると主張したNASA(米航空宇宙局)の科学者ジェイ・ツワリ氏らの学術論文が論議を呼び、南極の気候の謎めいた複雑さを印象付けた。

こうした中、最近になって海に浮かんだ棚氷の底面を温暖化した海流が融かしている実態が確認されたのである。 米ニューヨーク・タイムズ紙(国際版5月28日付)とナショナル・ジオグラフィック誌(7月号)が1面トップや第1特集で東側を含む南極の氷が崩れつつある現状を写真やルポルタージュで活写した。
オーストラリアの調査チームは、東南極の大氷河「トッテン氷河」が薄くもろくなり、崩壊する可能性が出てきたと発表した。トッテンの崩壊は、世界の海面を平均4メートル上昇させる、と推測する研究者もいる。
融解の進む西南極では、荒天になりがちなアムンゼン海に面した「パインアイランド氷河」が崩壊の危機にあることが判明している。棚氷の先端から数十キロ内陸にある氷河と棚氷の境界線(接地線)にまで暖かい海水が浸入した結果、棚氷が昨年完全崩壊したのだ。

しかし最悪のシナリオの一つは、西南部にある南極最大の「ロス棚氷」の崩壊だろう。ロス棚氷は、日本の国土よりも広く、フランス全土くらいもある。すべてが崩壊すれば、全球的な海面水位が5メートル以上上昇する、と言われる。 気温上昇による上からの氷の融解に加え、暖まった海水による下からの融解が進めば意外と早く崩壊する可能性がある。
昨年2月には、ロス棚氷が約5000年前の縄文時代に暖かくなった大気と海で比較的短期間に大規模に崩壊した、との新説を東京大学と海洋研究開発機構が共同発表(図4)し、「将来も起こる可能性がある」と警告した。 近年、ロス棚氷の融解がかなり進んでいるとの報告もある。海洋研究開発機構の斎藤冬樹・技術研究員は「ロスは安定していないと言う人も研究者の中にいる」と明かした。

今後の悪いシナリオは、温暖な海水が棚氷を下から融かし続けて崩壊させ、背後の氷河・氷床が支えを失って海に崩落することだ。 しかし、さらに最悪のケースは、暖まった海水が氷床の下にある陸の谷間を通って奥深く内陸に浸入し、氷床の底を次第に融かしていくシナリオだ。そうなると、氷床がある日、突然崩壊する可能性も出てくる。
仮に最悪のシナリオが現実に起こった場合、南極発の津波が発生し得る。実際に「山体崩壊」という、山が海に崩れ落ちて津波を発生させ、多大な犠牲者を出した事例が、江戸時代後期の寛政4(1792)年にあった。 「島原大変肥後迷惑」と呼ばれた、雲仙普賢岳の噴火に伴う眉山(まゆやま)崩壊による津波発生だ。同年5月、強い地震で眉山が崩れ、有明海になだれ込んだ。発生した津波が対岸の肥後国(今の熊本県)を襲い、約5000人の死者を出したという。このときの津波の高さは10メートル以上と伝えられる。
高波・高潮の研究で知られる佐藤愼司・東京大学社会基盤学専攻教授は「氷床崩壊は(あるにしても)突然ではなく、ジワジワとだろう。津波の大きさ、スピードなどの程度は、氷河・氷床の(崩壊部分の)体積と海への突入速度で決まる」と語る。
世界で海抜1メートルにも満たない低地に1億人以上の人々が暮らしている。1960年のチリ地震津波では、約17500キロ離れた日本をも襲い、津波による多数の死者を出した。最悪シナリオが現実に発生すればどうなるか―。
政府は今年6月に決定した国土強靭化アクションプランをより実用的で有効な具体案に練り直し、大都市ばかりでなく地方にも目を配り、最悪の非常事態に今から備えなければならない。





(図1)夏と冬の平均最高気温の将来(今世紀末)変化(上昇温度)

出所: 気象庁「地球温暖化予測情報第9巻」


(図2)日本近海の平均海面水温分布図

出所: 気象庁「気候変動監視レポート2016」


(図3)南極大陸
(白地図をもとに筆者作成)

(図4)ロス棚氷の概念図

出所: 東京大学大気海洋研究所