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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> 米景気、二極化進む/ニューヨーク、5人に1人が食費補助

(2014年9月8日)

米国の経済の二極化が進んでいる。長期にわたる金融緩和を追い風にニューヨーク株式市場は市場最高値を更新し、雇用統計など各種経済指標も好調だ。 その半面、所得格差が拡大して貧困層が増え、ニューヨーク市では5人に1人が市から食費補助(旧フードスタンプ)を受けて生活をやりくりしている。

生活実感は悪化

米商務省が7月30日に発表した4〜6月期の米国の実質国内総生産(GDP)は市場の予測を上回り、年率で前期比4 %増と、大幅な成長を示した。
これに先立つ7月初めには、雇用統計の大幅改善を受けて「米国の景気は復調した」との見方が市場に広がり、ダウ平均は1万7000ドルの大台を超えて史上最高値を更新した。 株価は8月に入っていったん調整局面を迎えたが、その後は盛り返し、再び最高値をうかがう勢いだ。
新規に上場する企業も増加を続け、ITバブルが絶頂に達した2000年以来の活況を呈している。
金融の中心地ウォールストリートは08年9月のリーマン・ショック前の投機的な金余り状態に戻りつつある。米連邦準備制度理事会(FRB)も、金融バブルの再燃を警戒しており、今年10月には米国債などの追加購入による量的緩和を終了する方針を表明している。

しかし、一般市民が直面する米国の実体経済は、全く様相を異にする。 筆者が7月に訪れたニューヨークで、市民に経済状況を聞いたところ、生活実感から口々に「悪化している」と答えた。資産を持つ一部の富裕層はますます所得を増やしているが、物価上昇により、ほとんどの市民の生活は逆に貧しくなっているという。「10年前より生活が苦しくなっている」と明言する主婦もいた。

大学エリートも失業

ニューヨーク市が実施している貧困者向け食費補助事業を見ると、市民の貧困化傾向がはっきりと浮かび上がる。かつては「フードスタンプ」と呼ばれた市の「栄養補助支援プログラム(SNAP)」事業は、申請が認められれば、夫婦世帯で年収2万ドル弱(月収1594ドル)以下の低収入者に対し1人当たり133ドル余の食費補助金が支給される。
市当局によると、昨年11月時点でニューヨーク市の人口約830万人の22%に相当する約180万人がSNAPの支援を受けている。「5人に1人」がこれで食費の一部を賄っているわけだ。支給額は増加を続け、07年より70%も増えている。
ウォールストリートの盛況とは裏腹に、正規雇用がなかなか増えず、増えるのはパートタイムの非正規雇用ばかりという雇用状況も、貧困者が増加する一因だ。
名門、コロンビア大学で英語学の博士号を取得したクイーンズ地区に住む30代半ばの女性は、希望の就職先が見つからず、やむなくマンハッタンの眼鏡店に勤めたものの、経営不振からリストラされ失業した。大卒の夫も希望の仕事が見つからず失業中だ。
20代後半の青年は、大学院でコンピューター工学の修士号を取得したが、専門知識を生かせる就職先が見つからない。今はやむなくタクシー運転手に。しかし「時間が取られすぎ、自分の時間が少ない」と仕事に満足していない。条件がよい就職先を見つけるまでのつなぎの仕事、と割り切っている。

住民に話を聞いてみると、物価が他の都市より高いニューヨークでの生活は、夫婦と子供の3人家族で年収8万ドルでも苦しく、余裕のある暮らしには10万ドル以上必要という。理由の1つに、高水準の医療費がある。たとえば日本では救急車を使った救急医療措置は無料だが、ニューヨークでは救急車で運ばれると2200ドル(23万円)以上かかる。高額の医療費を払えずに個人破産した例も聞く。
ニューヨークの就業者の半分近くは年収3万ドル以下の貧困状態にあるといわれる。社会地位のある名士が破産や廃業に追い込まれるケースも出てきた。最近、ブルックリン区の弁護士会長がオフィスの家賃を払えずに廃業したことが話題に上った。

路上たばこ売りで悲劇

  7月には市民の生活苦を象徴する事件が起こった。たばこをばらにして1本50セントで通行人に売っていた男が、不法販売の容疑で警官数人に取り囲まれ、路上にねじ伏せられて首に腕を回され、窒息死した事件だ。この一部始終をビデオ撮りした市民が、地元のデイリーニューズ紙にビデオを持ち込んだ。ビデオには無抵抗の男が「息ができない」と何度も訴えながら息絶えた様子が映し出されていた。
同紙の報道によると、首を絞めた警官は動かなくなった男に「息を吸え、息を吐け」と指示しただけで、7分以上も放置し、死なせてしまったという。市販のたばこは現在、1箱20本入りでいずれも10ドル以上する。そのため、2年ほど前から買い控えたり、お金のない人向けに路上でのばら売りが始まった。この光景も、ニューヨーク市民の生活苦を示すひとコマだ。

一般市民の生活が厳しくなった背景に、前述した「希望した仕事が見つからない雇用環境」がある。短期的な収益を重視する米国では、成功する大企業ほど人件費圧縮に熱心で雇用を増やしたがらない。
金融業が中心となった「グリード・キャピタリズム(強欲資本主義)」が幅を利かせる米大企業では、経営トップが年収10億円以上の高給を得ることもある。その経営理念は「自分たち経営者には手厚く、一般従業員への配分は薄く」であり、主要なコストとなる人件費は極力抑制する姿勢が顕著だ。
こういった流れの先端を行くニューヨークでは、企業や医療機関も人員数を最少限に抑えている。そのため外から電話を掛けても取る人が少なく、繋がらないケースが頻繁に起こる。こうした企業文化をニューヨークのある知識人は「人間資本主義の欠如」と評した。
FRBは7月末、米経済の成長に弾みがついたことを認める一方で、失業率は若干下がったものの成長の割に「ジョブ・マーケット(仕事市場)の改善は後れている」との懸念を示し、米国社会のいびつな姿を浮かび上がらせた。