■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第86章 中小企業受難の恐れ
                ― 政府系金融機関改革

(2005年6月27日)

 政府が検討している政府系金融機関の統廃合で、最大の「存在意義」とされた中小企業向け融資が、大幅圧縮を余儀なくされる恐れが出てきた。仮にそうなった場合、企業数で99%を占め、日本経済を底支えしてきた中小企業の“非常時の資金繰り”に重大な支障が生じ、経済の土台自体を揺るがすのは必至だ。

中小企業金融は切り捨て

 既に政府は、複数の主要紙に小泉純一郎首相を含む政府筋の話として「中小企業向け融資の大幅縮小」をリークして、アドバルーンを上げた形だ。これをみても、統廃合の具体的検討を進める政府の経済財政諮問会議(議長・小泉首相)は、この方向でまとめたい意向とみられる。その伝えられる「青写真」によると、現行の政府系8機関を2機関に統廃合する。存続2機関は、国内向け金融が日本政策投資銀行、海外向けが国際協力銀行を軸に考えている、とされる。中小企業向け融資は民間金融機関と競合する、とされ、各紙とも「廃止を含む大幅縮小の方向」と報じた。中小企業向け融資で例外的に生き残りそうなのは「新興企業の設立費用向け融資」(東京新聞5月22日付)と、かなり限定される雲行きだ。

逆風に向かう経営

 問題は、この統廃合の「青写真」が、中小企業の多くが直面している厳しい現実を無視していることだ。この「現実」は、経営と対銀行交渉という二つの面から成る。
 まず、中小企業の経営は一部を除いて好転していない。いまなお全体の7割が赤字に陥り、トヨタをはじめ過去最高の活況に沸く大手上場企業をよそめに、中小企業の景況は「一進一退の足踏み状態」が続いている。中小企業金融公庫による取引企業900社の最新調査をみても、売上げは3月まで2カ月連続で「増加」が「減少」を上回ったものの、4月に入って傾向は再び逆転、「売上げ減」の企業のほうが多くなった。
 日本経済の弱肉強食化が進み、大企業と中小は収益力でますます格差を広げているのだ。
 このように景況の二重構造が生じた背景に、大企業のリストラと併せ、中小の下請けメーカーや納入業者に強いた部品・素材のコストカットで大手が潤っている面がある。その代表例が、日産自動車やセブンーイレブン・ジャパンだ。セブンの場合、“買い叩き”続きで利益がさっぱり取れない、との声が納入業者から聞こえる。大企業の翼下に中小企業が共に繁栄する従来の「共存共栄型」から「一強制覇型」の自己中心的生き方に、大企業の多くが変身しているのだ。

民間銀行の態度急変

 中小企業が当面する、もう一つの「現実」は、1997年の金融危機を境に民間銀行の中小企業向け融資態度が大きく変わったことだ。米国流の「金融検査マニュアル」を基に金融検査を実施する方向に、金融行政が98年に舵を切る。これを引き金に、民間銀行は一挙に「選別融資」に乗り出した。とくに国際的な業務を展開している都市銀行は、自己資本比率(総資産に占める自己資本の比率)を国際決済銀行(BIS)の統一基準である「8%以上」維持する必要から、比率算出の際の分母に当たる貸出資産の圧縮に迫られた。結果、取引先企業に対し貸し渋り・貸し剥がしに走り、倒産を多発させたことは記憶に新しい。
 貸し渋りを受けた企業の多くが、政府系金融機関に資金の安定供給を求めるようになったのは、当然の成り行きだった。こうして、中小企業は一般の融資については商工中金、設備資金では中小企業金融公庫、小規模企業・個人業者は国民生活金融金庫と結び付きを深めていく。現在、倒産件数が減少傾向にあるのも、政策金融の存在が大きい。
 民間銀行はいま、不良債権処理の進展で融資を積極的に働きかけてきている。新規開拓を狙った「無担保融資」も織り込む。だが、中小企業側は慎重だ。中小企業で組織する社団・神田法人会の役員は「こちらの経営が悪化した時とか先方の都合で、いつ何どき手の平を返されるかわからない」と、不安をのぞかせる。とくに資金が緊急に要る「非常時」に貸し渋られる心配が大きい。多くの経営者は「晴れた日に傘を貸し、雨が降ると取り上げる」と銀行を“定義”したマーク・トウェインと同じ思いなのだ。

政策投資銀行の不可解融資

 政府系金融機関の2003年度の貸出残高は、8機関で計92兆5622億円。毎年増やしている地方自治体向け融資の公営企業金融公庫を除けば、一様に貸出の横バイもしくは微減が続いている。うち中小企業向け3機関の貸出残高は、各7兆-10兆円の計27兆4726億円。政策融資全体の30%を占める。
 これに対し、大企業と中堅企業向け長期資金を供給する日本政策投資銀行の場合、貸出残高は14兆8408億円と、公営企業金融公庫(約25兆円)、国際協力銀行(約20兆円)に次ぐ規模だ。政府は原子力発電所建設など超長期の融資案件にはリスクが大きいため、民間銀行では対応困難、として、国内業務用の政策金融機関として存続させる構えをにじませる。
 だが、同行は三菱商事が03年に完成した地上32階地下3階の「品川三菱ビル」(東京・品川)と、02年に竣工した地上48階地下5階の「電通本社ビル」(東京・汐留)の2つの超高層ビルに、合わせて数100億円を長期融資している。民間金融機関が対応できる融資案件だから、これが「民業圧迫」に相当することは疑いない。このような優良大手企業向け融資を国の財投資金を使って行うからには、国民に納得のいく説明をホームページなどで行う責任があるはずだが、同行は一切公表していない。
 このように、政策金融といっても役割と機能と実態はマチマチであるため、経済財政諮問会議はそれぞれの「存在意義」(働き)を洗い直すことから、改革の検討作業に取り掛からなければならない。さもないと、従来同様の形(数合わせ)だけの、実質なき「改革」で終わる公算が大きい。