■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第83章 難航する「事業資金」調達の舞台裏/
         道路公団民営化

(2005年3月31日)

 ことし10月の道路公団民営化を前に、肝心の民間からの事業資金調達のメドが、依然立っていない。数千億円に上る巨額の貸付けに対し「担保」となる収益見込みが不透明な上、国土交通省側が求める「5年間固定金利」に民間金融機関が協力を渋っているためだ。
 国交省・公団側と融資交渉を続けているメーンバンクのみずほコーポレート銀行は、日本道路公団が民営化されて設立される新会社3社の業績の先行きを「かなり厳しい」とみる。「本業(道路建設・管理事業)から利益を上げられない。とても危なくて貸付けられない」というのが銀行側の本音のようだ。
 なぜ、公団側は資金調達につまずいているのか―。浮かび上がってくるのは「利益創出できずに赤字が続いて貸付けが不良債権化する恐れさえある」という金融関係筋の予測だ。

融資が決まらない理由

 道路4公団民営化のスケジュールは、3月末までに主要課題を整理して事務素案を取りまとめ、4月から政省令の公布、新会社と独立行政法人の日本高速道路保有・債務返済機構の設立委員会の立ち上げへと進む段取りとなっている。
 関係筋によれば、公団の民営化シナリオでは、融資交渉は3月末までにまとめなければならない。にもかかわらず、交渉が難航し、資金調達のメドが立たないという現実は、重要な意味を持つ。それは、巨額の資金需要が目の前にチャンスとしてぶら下がり、しかも法律で借金を「政府保証」しているのに、融資が決まらないからである。通常なら、どの銀行も「当行にぜひとも」と乗り出してきておかしくないが、現実には腰が引けているのである。では、なぜ腰が引けているのか。
 国交省側がみずほ側と融資交渉しているのは、民営化される10月から2006年度が始まる来年3月まで6カ月間の「暫定期間」の道路建設・管理(維持、補修)資金を手当てするためだ。
 同資金需要は、同公団が3分割されて設立される新会社3社(東日本、中日本、西日本の各高速道路株式会社)で年間8000-9000億円台に上る。10月から06年3月までの半年間の資金需要は、総額4000-5000億円規模とみられる。交渉がまとまれば、巨額融資のためみずほは協力銀行を100行ほど組織し、シンジケートローンを実施する方向だ。
 国交省側は資金需要を事業債と借入れで賄おうという考えだが、交渉は早くから暗礁に乗り上げた。
 関係筋によれば、もたつく理由は、資金が巨額に上るのにそれに見合う「担保」となるべき収益見込みがはっきりしない、つまりリスクが巨大すぎる、という点に尽きる。「わけの分からない事業に巨額の資金を貸付けるわけにはいかない」(同筋)という言葉に、銀行側の不安がにじむ。

巨大なリスクに尻込み

 みずほ側が当座のリスクとみなすのは、1. 工事代金が計画より膨らむリスク、2. 工事期間が計画より延びるリスク ― で、「一定期間内に道路建設資金が予算内に収まること」を求める。事業資金が計画ベースよりも膨らみ、つれて貸付量も増えてしまう事態を恐れるのだ。
 こうしたリスクを抱える以上、貸付けに対してきちんとした「担保」を求めるのは、金融機関としては当然の対応といえる。
 しかも、国交省は公団の財投資金などからの全借金を「45年内で償還する」ことが法律に定められたことを受け、極力低い金利水準にして「5年間固定」で借りる方針を決めている。貸付期間10年で2%強の金利水準だが、市場の変動リスクから「とても応じられない」と金融・証券機関側は尻込みしている。
 交渉がまとまらないのは、こうした「マーケットの論理」に国交省側が理解を示さず、「お役所の論理」で法令をタテに対応してくるためだ。同省は「赤字にはならない。法律(高速道路株式会社法)で新会社の借金を政府保証するから、(新会社の借金を引き取り管理する)機構は必ず償還する。心配いらない」などと主張している。またある時は、交渉の足踏みに苛立った国交省幹部が「貸すのか、貸さないのか」とみずほ側に迫る一幕もあったという。
 どだい民間側と「話す言葉」が違うのである。金融ビジネス言語と役人言語。「バベルの塔」の話ではないが、互いに言葉を理解し合えずに不信が深まっている様子だ。
 だが、みずほ側が融資に慎重な姿勢を崩さない根本の理由は、新会社の収益見通しが不透明なせいだ。みずほ側は、経営の先行きを5年くらいは相当厳しい、とみる。赤字続きの可能性も否定していない。
 仮に二期連続赤字なら、形式上、金融庁から「不良債権」の烙印を押される。そこで当然、貸付ける巨額資金に対し「きっちり返済できるか」を慎重に見極める必要があるのだ。

財務実態は依然霧の中

 新会社3社の事業見通しが不透明であることは、主に二つの事情による。一つは、公団の財務諸表に民間会計手法を適用して道路資産の減価償却と除却処理を実施した場合、実際はどのような資産内容と営業損益になるのか、依然確認されていないためだ。
 厳格に民間手法ではじくと、道路4公団の優等生とされた日本道路公団さえ実は債務超過に陥っている、と早くから疑われていた。
 02年10月には日本経済新聞と朝日新聞が「民間基準なら債務超過」と報じている。ところが、民営化のあり方を審議していた政府の道路関係4公団民営化推進委員会は、新聞へのリークは公団の責任問題と猪瀬直樹委員らが反発、真相究明に入るどころか疑惑にフタをしてしまった(当時、川本裕子委員は「債務超過の疑義がある限りは、資金調達の困難さなどの面から民営化のイメージを持つことはむずかしい。正確な財務状況の把握に努め、・・・委員会で議論すべき」と要求したが、容れられなかった)。
 結果は、リーク元の犯人捜しが公団内で始まり、翌03年6月に藤井治芳総裁(当時)による片桐幸雄氏ら公団内改革派幹部・社員の地方追放人事が行われたことは記憶に新しい。
 片桐氏はその後、公団が隠していた、債務超過を示す「幻の財務諸表」について「文藝春秋」誌に公表し、のちにその存在が確認されている。
 公団の財務実態は、このように本当はかなり痛んでいる疑いが濃いが、公団はいまなお公式にはこれを認めていない。財務内容の真相は依然、ミルク色の霧の中にあるわけだ。

SA・PA事業も不透明

 もう一つ、新会社の事業見通しを不透明に、不安にしているのは、新会社の収益源が不確かなためだ。この見方は、近藤剛・同公団総裁が振りまくSA(サービスエリア)・PA(パーキングエリア)事業の拡張などによる楽観論にもかかわらず、公団幹部の間にも根強い。これは法律で本業(道路建設及び維持、補修などの管理)から「利益」を認めないところから来ている。本業で利益を出せない以上、SA・PA事業の拡張や委託事業のコストダウンなどで利益創出を図らなければならないが、「到底、十分な利益は見込めない」というものだ。
 道路公団の03年度決算をみると、道路料金収入が業務収入全体の実に98%(2兆699億円)を占める。公団の民営化法で、この本業の収入に利益を含ませることは禁じられた。
 これが、金融機関には新会社に「収益不安がある」と映る。巨額融資に二の足を踏ませる理由である。
 利益を本業以外から生み出さなければならない。となると、休憩施設のSA・PA事業を新展開するしか事業拡大の道はない。SA・PA事業収入は現在、年間約3500億円。これを1兆円規模に引き上げよう、と公団は皮算用する。
 だが、この事業展開も近藤総裁の期待通りに進展しそうにない。

 公団は昨年秋、外資系コンサルティング会社にSA・PA事業の拡大と多様化について検討を依頼し、地域産品を中心とした生鮮やアウトドア用品の販売、コンビニ、ナショナルブランドを持つ地域の専門店、地場料理店の導入、クレジットカード事業、ホテル事業、インターチェンジ周辺の開発、情報通信サービス事業などを提案している。
 近藤総裁は「これからは高速道路の時代。鉄道の時代は終わった」と胸を張る。具体的には、このコンサルタントの提案を生かし全国約530個所のSA・PAを根拠地にニュービジネスモデルをつくり、高速道路ネット時代を築こうという考えだ。
 新事業メニューはこのように多彩に揃い、総裁の意気も盛んだが、問題は、公団にSA・PA事業のノウハウがないことと、事業拡張に設備投資資金と人件コストがかかることだ。
 公団はSA・PA事業を自らは行っていない。傘下の2財団法人(道路サービス機構とハイウェイ交流センター)に任せ、この2財団が民間企業にレストランや売店などのサービス事業を外部委託している。
 新会社はこの二財団を解散させ、SA・PA事業を引き取って直営する方向だが、公団自身は事業のノウハウを持たないため、現在の売上高を三倍に増やす「1兆円売上げ構想」の実現は容易でない。少なくとも3、4年で実現する話ではない。
 しかも、SA・PAの事業活性化には相当な設備投資資金と要員の投入が必要となることが、収益見通しを一層不透明にしている。「総裁の外向き発言は夢物語に近い」との声も公団内部にある。

まやかしの民営化

 公団は民営化に向けコストの大幅削減と各種料金値下げの成果を上げてきた。本業からの利益が禁じられている以上、今後もコスト削減を進めていかなければならない。その方法は、高コストのファミリー企業向け外部委託事業を自ら直接行ったり、競争入札方式に改めるなどだ。
 だが、問題は、売上げ利益を増やす新たな収益源を生み出さなければ、収益力を得られず、将来の完全民営化など到底、期待できない。
 しかも、高速道路の建設は続く。形式的には新会社が新規建設を採算上の理由から断ることができる、とされる。しかし、目の前にある仕事を拒否することは、まずはあり得ない。
 仮に新会社が建設を拒否したとしても、国交省は自らが直接、税金を財源に「新直轄方式」で建設に乗り出すか、地方自治体の道路公社(地方道路公社法に基づく特別法人)に「有料道路方式」で建設してもらう構えだ。
 新会社の完全民営化はおぼつかず、道路資産を握る官僚機構(独立行政法人)が誕生し、不採算な高速道路建設に歯止めが掛からない ― 「まやかしの道路公団民営化」である。