■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第72章 「道路」よりも抵抗勢力が広範囲に根を張る「郵政」/
            「官製経済システム」をぶっ壊せるか

(2004年5月27日)

 ついに小泉首相にも波及した国会議員の国民年金未納・未加入―。負担する側の国民にとって、これは手ひどい「裏切り」であり、今国会での成立が見込まれている公的年金制度改革関連法案の「負担増」は到底、受け入れ困難だ。国会議員たちが保険料を納めていない状況で、どうして国民はさらなる負担増を法律で義務付けられるのか。
 議員の未納・未加入問題は、二つの教訓を残した。一つは、多くの政治家のモラルの低さ。もう一つは、公的年金制度のわかりにくさと役所の広報不足だ。
 しかし、年金制度の複雑さ・わかりにくさを解消し、消費税の財源への導入と絡め簡素化・一元化する抜本改革の実現は、容易でない。なぜなら、「政治」と、これと結託する「官」が、抜本改革を本気でやろうとは考えずに、これまで何度も先送りしてきたからだ。「改革」のたびに出てくるものが、国民の負担を増す「改悪」とあっては、だまされ続ける国民の政治不信は深まるばかりだ。
 在期4年目に入った小泉政権が、7月の参院選を前に打ち出した「郵政民営化」。「改革の本丸」に、果たしてどんな成果が期待できるのか。

道路公団改革の無惨

 はじめに、法案が既に衆院で可決され、参院に送られた「道路四公団民営化」について公団内部の受け止め方を報告しておこう。理由は、小泉改革の重要な柱と位置付けられたものの、結局はごまかし工作で処理された道路公団改革に目を凝らすことで、郵政民営化の行方も予測できるだろうからだ。小泉改革の「道路」は本丸「郵政」に通じる回廊だったわけだが、小泉首相は昨年12月の政府案決定の際、道路族と官僚たちに難なくそこを明け渡している。
 その後、現場で何が起こっているか。世論の批判に応え、近藤剛・新総裁は軌道修正を図ったのだろうか。コロコロと態度を変えて周囲を悩ます総裁に近い、ある公団幹部が辟易しながら語った。
 「近藤さんはSA(サービスエリア)、PA(パーキングエリア)の事業展開を(目下)考えていて、近く(5月後半)対外的なプレゼンテーションも予定しています。だが、いろいろやっても所詮、民営化はできない。政府出資の株式会社(特殊会社)をつくるだけです。上場はできない」
 SA活用事業、旅行業、道路網を活用した光ケーブル事業など、事業拡張をあれこれ考えてはいるが、本業(道路建設・管理)以外はどれも新規事業なので難しい。その本業も、通行収入から利潤を得ることは認められていない。「利益相当分」は40兆円に上る借金返済に回されるのみとなり、大借金を抱えるため資金調達にも「政府保証」が必要なようでは、株式上場など土台、ムリなのだ。
 このように新会社は、はじめから「上場不能会社」と運命付けられていたわけだが、その必然性は民営化の「仕組み」がもたらした。同幹部は、こう断言する。
 「(道路資産の保有と建設・管理を切り離す)“上下分離”を決めたことで(事業の)構造が決まった。まやかしの民営化になった」
 つまり、この発言は「仕組み」づくりこそが民営化の成否を分ける決定的要素であることをあらためて示した。“上下分離”したことで、新会社は資産も経営の自主性も持たない、看板だけの「民営化会社」として運命付けられたのだ。
 最近、公団情報がめっきり減ったことに読者はお気づきであろう。これには理由がある。別の公団幹部によれば、近藤総裁がやりたがっている新事業を国交省は実はやらせたくないのだという。同幹部が明かした。
 「現在、あらゆる新事業はストップしている。国交省が新事業をやらせたくないのは、やらせると自分たちのコントロールが効かなくなるからです」
 新事業でしか活路を見出せない新会社の苦しい台所事情にもかかわらず、上下分離方式の生みの親である国交省は、事業の「新しい芽」さえ抑圧しているのだ。監督官庁は悪しきシステムの効果的な運用に対しても、統制不能になるのを恐れて厳しく制限しているのである。
 では、「道路」よりも抵抗勢力が広範囲に根を張る「郵政」は、どのような決着をみせるのか。

中間報告は具体論を回避

 政府は4月26日の経済財政諮問会議で、郵政民営化の中間報告を決定した。その骨子は、1. 2007年4月から5-10年程度の移行期間を設けて郵便、郵便貯金、簡易保険の三事業を段階的に民営化する、2. 新規の郵貯・簡保の「政府保証」は廃止する、3. 預金保険料の支払いなど民間と同一の競争条件にする ― などだ。
 ただし、どういう民営化の事業・組織形態にするのか、28万人いる日本郵政公社職員の雇用をどうするか ― といった基本問題には一切踏み込まず、先送りした。
 つまり、7月の参院選を前に紛糾を呼ぶ具体論は極力避けた、といえる。
 しかし、中間報告をよく読めば、見かけ倒しの「改革」で決着することは目に見えている。小泉首相は参院選に勝って政権を保持すれば、民営化案を公約通りこの秋に政府決定することに違いないが、その内容がまたも「まやかし」に終わることも疑いないのだ。
 その理由は、おおむね次の3つから成る。
 1. 民営化の意義として第一に強調している「国民の利便性」の向上は、本来の狙いである財政・金融改革と相容れない、2. 竹中平蔵・経済財政担当相が示した「5原則」〈資料1〉にのっとって民営化の具体像を煮詰める、としているが、この「竹中5原則」がそもそもの間違い、3. 道路公団民営化で見せた小泉首相の抵抗勢力と手打ちした「変節」― などだ。
 つまり、このままいけば、今秋にまとまる政府の最終報告は、問題は先送りして現状容認型の結論になるのは必至だ。いや、民営化前の公社と民営化後の新会社に対し、利便性向上のため「事業の自由」を与える結果、事業の独占性を一段と強化してしまう「改悪」すらあり得る、とみられるのだ。郵貯も簡保も、定額貯金の引き出しや契約件数の下落から、民営化を前に公社は往年の勢いを取り返そうと懸命なのである。
 以上の理由のうち、3. については先述したので、1. と 2. についてやや詳しく述べよう。

「利便性の向上」の罠

 中間報告は、郵政族が主張した「ユニバーサルサービス」については「定義を含め引き続き検討」とした。これは一歩前進だといえる。「ユニバーサルサービス」を前提にすれば、現状の郵政三事業の郵便局ネットワークを含めた「丸ごと容認」になってしまうからだ。
 とはいえ、報告は「民営化を通じてそれぞれ(窓口ネットワーク、郵便事業、郵貯、簡保の4機能)が市場で自立できるようにすることを通じて、事業間の適切なリスク遮断を行いつつ、それぞれの機能が十分に発揮されることによって、良質で多様なサービスが安い料金で提供できるようになり、国民の利便性を最大限に向上させる」とある。
 つまり、郵便局の持つ「利便性」の機能は民営化を通じて最大限発揮させるようにする、という主旨である。この文脈からは、現在の局数約2万4700の縮小は考えにくい。利便性を最大限に向上させるには、ネットワークの維持が欠かせないためだ。
 だが、そうなると改革の主眼である財政・金融改革と矛盾する。財政が破綻に向かい、金融もなお健全化から遠い日本特有の財政・金融の危機的状況を改革する意志を欠いている、と言わざるを得ないのだ。
 「利便性」の意義が第一の改革案なら、郵政族議員と官僚は喜んで受け入れるだろうが、容易な受け入れほど「改革」からは離反する。
 郵政改革の本旨は、民間金融を圧迫し、金融市場機能を歪め、「国民のカネ」である郵貯と簡保資金を財投システムを通じて公共事業などに分配する現行の公的金融システムの抜本改革にあるのだ。それは巨大な官業システムと国債購入に資金を放出する資金プールを取り壊し、溜められた国民の資金を民間市場に開放する大改革なのである。
 郵貯と簡保資金の合計で約360兆円、民間の預金と保険の約6割にも匹敵する資金の民間解放だ。まさしく政治家が確固とした意志と明快なヴィジョンで真剣に取り組まねばならない大仕事である。
 ところが、その中間報告が「利便性の向上」を真っ先に強調しているのだから、先が知れている。族議員と郵政官僚たちは「利便性の向上」を逆手に取って、民営化の準備期間(07年3月まで)に、新事業や簡保の新商品販売を相次いで試みることになろう。「利便性」を押し出せば、改革の足が引っ張られ、官業を利するのは自明なのだ。

「竹中5原則」の誤り

 中間報告は「竹中5原則」に沿って、「民営化の具体的なビジネスモデルや組織のあり方について検討を加え、最終報告をまとめる」と明記している。
 「竹中5原則」は、「郵政民営化の検討に当たってのポイント」として竹中経済財政担当相が昨年10月3日に発表している。それは、1. 活性化、2. 整合性、3. 利便性、4. 資源活用、5. 配慮 の5原則から成る。
 このうち、本来の改革を歪める恐れがあるのは、「利便性原則」と、「資源活用原則」、「配慮原則」の3つだ。「利便性」について、地域住民へのサービスを国が配慮するのは当然ではあるが、前述した通り族議員などに原則が悪用される危険がある。
 「資源活用原則」は「郵便局ネットワークという公社の資源が活用されるよう十分配慮する」という主旨だ。これも、郵便局の整理合理化を阻止する口実に成り得る。
 もう一つ、大きな問題は、「配慮原則」だ。「郵政公社の雇用には、十分配慮する」という主旨だが、28万人の公社職員の雇用維持が前提とも受け取れる原則である。構造改革に伴い人員整理は本来避けられないが、これを妨害する原則だ。
 こうしてみると、「竹中5原則」は自家撞着する「理念なき原則」といえる。改革を真摯に考えるなら、このような八方美人の作文は決して生まれないはずだ。
 仮にこの5原則に沿ってすべてを満たそうとするなら、改革は進まない。「民営化会社」の看板だけ付け、実質現状維持で問題を先送りするほかない。いや、一層悪いことに、「民営化」の衣をまとった官業が、新事業を広げて肥大化し、さらに民業を圧迫するという最悪の事態も起こりうる。
 麻生太郎総務相は4月30日、訪米先で記者会見し、郵政民営化について「(新会社が)新しい仕事にも取り組むことで、28万人の職員の雇用維持と利益確保が可能になる」と語っている。
 郵政改革の政府案をまとめる政府の経済財政諮問会議〈資料2〉には、小泉首相を議長に、竹中、麻生の両大臣もメンバーに加わる。民営化準備室には、元農水次官の渡辺好明室長をはじめ元高官が居並ぶ。会議のメンバー、準備室、中間報告、下敷きの5原則 ― どこを取って耳を澄ましても、改革の鼓動は聞き取りにくい。




〈資料1〉竹中5原則「郵政民営化の検討に当たってのポイント」(03年10月3日)出所/経済財政諮問会議
1 活性化原則  「官から民へ」の実践による経済活性化を実現する
2 整合性原則  構造改革全体との整合性のとれた改革を行う
3 利便性原則  国民にとっての利便性に配慮した形で改革を行う
4 資源活用原則 郵政公社が有するネットワークのリソースを活用する形で改革を行う   
5 配慮原則   郵政公社の雇用には、十分配慮する


〈資料2〉経済財政諮問会議メンバー
議長 小泉純一郎 内閣総理大臣
議員 細田 博之 内閣官房長官
同  竹中 平蔵 内閣府特命担当大臣(経済財政政策)  
同  麻生 太郎 総務大臣
同  谷垣 禎一 財務大臣
同  中川 昭一 経済産業大臣
同  福井 俊彦 日本銀行総裁
同  牛尾 治朗 ウシオ電気(株)代表取締役会長 
同  奥田 碩  トヨタ自動車(株)取締役会長
同  本間 正明 大阪大学大学院経済学研究科教授
同  吉川 洋  東京大学大学院経済学研究科教授