■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第71章 労災保険積立金でも「ハコもの」事業/
  年金・雇用・労災保険で建設した2427の「福祉施設」

(2004年4月30日)

 国(厚生労働省)が年金や雇用保険の財源を「ハコもの」づくりに投入し、経営破綻を招いて批判を呼んでいるが、労災保険の財源からも事業資金を引き出し、77施設を建設・運営している実態が厚労省資料から判明した。
 これにより、厚労省は年金や労働福祉の全分野で、国民から徴収した各種保険料を本来行うべき年金、保険給付以外の「ハコもの事業」に費やしていたことになる。
 今回、事業主が全額負担する労災保険を財源にした「ハコもの」を、厚生年金と国民年金、雇用保険を原資にした施設に加えると、「福祉施設」の総数は実に2427にも上る。施設事業の資金は、いずれも年金や保険の収支などを管理する厚労省所管の特別会計予算から引き出されている。

労災病院など77施設

 厚労省の資料から明らかになった労災施設事業の内訳は、労災病院が37、看護専門学校13、リハビリテーション大学校1、保健指導などの勤労者予防医療センター6、健康診断センター2、吉備高原医療リハビリテーションセンター1、総合せき損センター1、労災リハビリテーション工学センター1、労災リハビリテーション作業所8、海外勤務健康管理センター1、高尾みころも霊堂1、労災認定者向け宿泊休養施設五、産業保健推進センター47。
 合計124事業だが、うち産業保健推進センター(産業医の研修・相談業務などを実施)の47施設は都道府県の民間施設を借りて運営しているため、国が建設した施設数は計77となる。
 労災病院などこれらの施設事業を担う実行主体が、特殊法人の労働福祉事業団。ことし4月から独立行政法人に移行し、名称も「労働者健康福祉機構」に変えている。
 つまり、国は労災保険料を事業資金に特殊法人(現在は独立行政法人)を使って77の施設をつくり、別の賃借した47個所と共に運営に当たらせたのである。

 施設整備費は、一体どのくらいかかったのか?厚労省労災管理課によれば、人件費など事務経費を除く施設の建設・修繕費のここ5年間の推移は〈資料1〉の通りだ。
 これをみると、減少傾向にあるとはいえ、昨年度は196億円、今年度(予定)176億円と、なお年間200億円近い。減少している理由は、1. 支出の多くを占めた労災病院が91年度を最後に新設されず、増改修中心になった、2. 政府が01年12月に閣議決定した「特殊法人等整理合理化計画」で休養施設の廃止や看護学校の業務縮小などが打ち出され、予算支出にブレーキが掛かった―などによる。
 だが、支出のカラクリはまったく変わらない。年金や雇用保険と同様に、事業資金は特別会計(労働保険特別会計)から支出されているのだ。


〈資料1〉労働福祉事業における施設関連費(予算額)  出所/厚生労働省
2000年度 01年度 02年度 03年度 04年度
310億円 273億円 216億円 196億円 176億円


特別会計から引き出す

 ここでも特別会計が、官業への“資金供給ポンプ”として立ち現れる。一般会計から隔てられ、国会でも事実上審議されず、報道も滅多にされない特別会計が、府省庁の管理のもとで独自の役を演じるのだ。労災保険関連の施設事業も、その一つである。
 所管省庁の管理ゆえに、財務省の予算チェックも甘い。いわば各省庁がおのれの「官の聖域」を守り、官業を拡大するための「特別会計」なのだ。
 「年金福祉施設」の場合、厚労省は厚生・国民両年金を合わせ約150兆円に上る保険料積立金を管理する二つの特別会計(厚生保険特別会計と国民年金特別会計)から、グリーンピア(大規模年金保養基地)をはじめとする施設事業向けに資金を引き出した。その法律的根拠は、厚生年金保険法第79条(「政府は、被保険者、被保険者であった者及び受給権者の福祉を増進するため、必要な施設をすることができる」とある)と同じ趣旨の国民年金法第84条である。
 「勤労者福祉施設」のケースでも同様に、厚労省が雇用保険を管理する労働保険特別会計から事業財源を引き出している。
 労災保険関連施設も、この延長線上にあり、特別会計が丸ごと施設事業の面倒をみている。そしてこの労働福祉事業予算がどういう法人に交付されたかをみると、昨年度まで多い順に公益法人、特殊法人、認可法人に割り振られている(04年度から特殊法人に代わって独立行政法人)。
 これらの法人に交付された補助金や委託費が、公益法人などが設立した子会社や系列企業に流れ、広大な官業のすそ野を形成しているのである。
 労災保険の積立金を原資にした施設事業問題は、しかし、これまではひっそりと目立たず、国会でも追及されていない。「年金福祉施設」や「勤労者福祉施設」の巨大な問題の陰に隠れてしまっていたのだ。

増え続ける積立金

 労災保険の仕組みは、どんなものか。
 労災保険は、労災の危険度に応じ職種別に定められた保険料率(商社や小売業など料率が最も低い“安全職種”で年間賃金総額の1000分の5.5)をもとに事業主が全額負担し、徴収されて特別会計に積み立てられる。これを原資に、労災で障害を負った労働者や死亡した場合は遺族に対し将来にわたり年金の形で給付される。
 労災保険の収支状況をみると、保険料収納額と利子を含む収入(特別会計に入る)が02年度で1兆3892億円、支出が1兆1979億円。ところが、労災保険の給付費は9185億円だから、直接給付分を差し引くと4700億円相当が手元に残る計算になる。
 この余剰分が積み立てられ、労災事故の減少を背景に年々増えている。積立金は昨年3月末時点で4年前(98年度末)よりも1兆円以上多い7兆5863億円にも上った。厚労省は、この増え続ける積立金をハコもの事業に投じているわけだ。
 厚労省は労災病院について3月末、07年度までに5病院を廃止し、4病院を2病院に統合する、と発表した。
 政府の「特殊法人等整理合理化計画」に従い、事実上破綻した施設の後始末を余儀なくされたのだ。廃止病院は地元自治体か民間に売却される。
 労災病院の「統廃合」について、厚労省は「機能の再編強化を図った」と、体裁をつくろっているが、再建しようにも手がつけられないのが真相だ。廃止五病院のうち霧島温泉、珪肺、大牟田、岩手の4病院は赤字が続き、債務超過に陥っているのは間違いない。
 労災病院が粉塵により炭鉱労働者に多発した珪肺病の治療を主目的に設立された経緯からして、労災の専門病院としての機能は既に失われている、と大原一三元農水相は近著『官庁大改造』(扶桑社)で指摘する。「遅すぎた整理合理化」なのである。

福祉施設は全部で2427

 結局、厚労省が年金、雇用、労災保険料を使って建設した2427に上る「福祉施設」の内訳は、次の通りだ。
  1. 年金(国民年金、厚生年金)を財源に整備した施設(グリーンピア、厚生年金会館、サンピア、老人ホーム、厚生年金病院、健康保養センターなど)計280(うちグリーンピア13施設、老人ホーム2施設は廃止)
  2. 雇用保険料を財源に整備した施設(サンプラザ、スパウザ、いこいの村、福祉センター、体育館など)計2070
  3. 労災保険料を財源に整備した先述の施設計77(このほかに民間施設を借用して47個所で運営)
 「国民負担」の観点からこれらに共通する問題として、以下の4点を指摘したい。
  1. 年金など将来の保険料給付に回すべき「国民の資産」にほかならない積立金をそれぞれの特別会計から引き出して「福祉施設事業」に投じ、事業委託先の特殊法人や公益法人に大量に天下った。
  2. 結果は、グリーンピアなど施設事業の多くが破綻し、売却・譲渡や廃止、施設の解体に追い込まれた。
  3. こうした施設事業の経緯、事業計画、予算の付け方、運営実績、役員への天下り実態について国は情報公開を怠り、国民への説明責任を果たしていない。
  4. 行政当局の誰一人として、これまでに事業失敗の責任を取っていない。

ようやく明るみに出た全貌

 これら「福祉施設事業」の全容が明らかになってきたのは、ほんのここ1年くらいのことだ。とりわけ年金施設事業に関しては、厚労省は小出しに情報を開示したために、長い時を経てようやく全体像が薄闇から浮かび上がってきたのである。
 ことし2月末、自民党年金制度調査会の「年金資金運用・福祉施設改革推進ワーキンググループ」がまとめた調査資料には、厚労省が確認した重要情報が盛られてある。
 その一つは、「年金福祉施設」(グリーンピアを除く)の建設のため、年金財源から総額約1兆5700億円が支出されたことだ。これに経費として修繕費や維持費、事務経費、役職員の人件費(特殊法人「年金資金運用基金」向けなど)も上乗せされるから、予算のムダ遣いは一段と膨れ上がる。
 この年金財源以外に、雇用保険を財源に整備した2070施設(いずれも売却・譲渡の方針)などのムダ遣いが加わる。説明なき「国民資産の浪費ぶり」は計り知れない。
 二つめは、「年金福祉施設」は国が国有財産として設置し、公益法人が委託を受けて運営する「公設民営方式」がとられたが、これら265の施設を運営する公益法人は全国で94法人、役職員数は計約3万人の大部隊に上ることだ(グリーンピアの施設事業は特殊法人の年金福祉事業団〈現在の「年金資金運用基金」〉に任され、事業団が整備を行い、運営は公益法人と地方自治体に委ねられた。さらに地方自治体は運営を所管の公益法人に委託した)。
 うち国所管の公益法人は役職員約5000人の厚生年金事業振興団など5法人。残り89法人は都道府県所管の社会保険協会(44)と国民年金福祉協会(45)だ。
 ここに特殊法人(のちに独立行政法人)と公益法人を活用した「官業の多重構造」を垣間見ることができよう。

 もう一つ、長妻昭衆院議員(民主)の国会質疑に対する厚労省のことし3月に提出の答弁書にも触れておかなければなるまい。
 昨年1月、当時の保坂展人衆院議員(社民)の国会での追及の結果、社会保険事務所の庁舎や公務員宿舎の建設に、98年度から02年度までの間に厚生年金と国民年金の原資から126億7000万円超を充てていた事実が発覚した。
 同答弁書によれば、公務員宿舎の建設は毎年8個所前後行われ、5年間に全国で計40宿舎が建設されていた。

 情報を隠し、責任を何一つ負わない無責任行政と、これを放任した政治の責任が問われなければならない。