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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第53章 めくらましの退職制度改革/依然大きい官民格差 

(2003年1月29日)

 天下りなどの弊害を生む国家公務員制度が批判を受けて昨年12月、退職手当と「早期勧奨退職(肩たたき)慣行」の両面で、是正に向けようやく動き出した。事務次官、長官クラスの退職金の約1割減と退職平均年令の3歳以上引き上げの政府方針が決まったからである。とはいえ、退職金についての官民格差は依然大きく、退職年令の引き上げも特殊法人などへの出向を前提にしているため、現状の天下りシステムをむしろ肯定・強化しかねない。一見、前進ともみえるが、内実は抜本改革からほど遠い「改革方針」を検証してみる。

2月の通常国会提出へ

 政府はこの二方針を法案化し、2月の通常国会に提出する方向だ。高級官僚が手にする退職金の超高額ぶりは昨年5月、一連の不祥事と外交の機能喪失の責任を問われる形で外務省の元事務次官3人が辞任・退官した際に明るみに出た。川口順子外相が受給者を匿名で公表した退職金は、勤続年数、キャリアなどから推定すると、林貞行・前駐英大使が約9500万円、川島裕元次官が約9100万円、柳井俊二・前駐米大使が約8900万円に上った。昨年1月に退官したBSE(狂牛病)問題発生時の熊澤英昭・前農水事務次官も、明確な責任を取ることなく8900万円近い退職金を得ている(次官の定年は外務省が63歳、他省庁は62歳)。
 この突出した高額退職金に国民の批判が強まっていた。これを約20年ぶりに引き下げることにしたのである。

 もう一つの早期勧奨退職慣行は、小泉首相自らが昨年7月、見直しを閣僚に指示している。現状は事務次官を頂点とするピラミッド型官僚組織を維持するために、I 種採用(いわゆるキャリア)の幹部職員の入省同期生を次第に選別し、エリートを絞り込んでいく。そして50歳代前半で大半を早期退職させ、役所が用意する「天下り受け皿」に再就職させる仕組みだ。こうして、特殊法人、認可法人、公益法人といった「官の聖域」のほかに、各府省庁の監督下にある民間企業を「受け皿」にして、働き盛りの退職官僚を毎年ポンプのように送り込んできたわけである。
 いわば早期勧奨退職慣行こそが、天下りを量産させてきた装置で、これを働かすため天下りの受け皿も不断に増やしてきた経緯がある。この退職慣行は、したがって、日本独特の天下りシステムと不可分の関係にある。
 特殊法人や公益法人が官の裁量で乱造された背景に、この古くからの慣行がある。同慣行を廃止して官僚たちが定年(職員は60歳)まで民間企業並みに勤められるようにすれば、たしかに大量天下りの弊害もなくなるはずだ。

退職金引き下げは小幅・小範囲

 まず、決まった政府方針の具体的な内容をみてみよう。
 昨年12月17日の閣議で総務相が発言した退職手当の改定方針は次の三本柱から成る。

  1. 国家公務員の退職手当の支給水準について民間企業従業員に比べ5.6%高い実態を踏まえ、調整率を100分の6ポイント引き下げる。当初一年間は経過措置として100分の3ポイント減とする。
    → この結果、具体的な退職金支給額は、59歳(勤続37年)で退職した事務次官の場合、昨年11月以前の8946万円に比べことし10月に10.2%減の8032万円、2004年10月以降は12.7%減の7807万円となる。56歳退職の局長クラス(勤続34年)で2002年11月以前の6758万円からことし10月に6195万円(8.3%減)、1年後に6021万円(10.9%減)。
    ノンキャリアの場合はどうか。60歳で退職した勤続42年の課長補佐(8級20号俸)のケースを試算すると、2002年11月以前の2897万円に対し、ことし10月には2760万円(4.7%減)、1年後に2682万円(7.4%減)となる。

  2. 総務省は勧奨退職する職員に退職金を割増支給する特例措置を設けているが、これについて指定職9号俸相当職(外局の長官クラス)以上の者を対象外とし、指定職7号俸相当(本省の局長クラス)と同8号俸相当(国立がんセンター総長)の一年当たりの割増率を2%から1%に半減する。
    → しかし指定職6号俸相当以下(局次長、審議官、外局の次長など)及び一般職員は、早期勧奨退職すると従来同様、「60歳定年」までの残年数につき「2%」を乗じた額を本人の最終俸給月額に加えた退職金を貰える。つまり、割増の特典を制限されるのは、ごく一握りの指定職トップクラスにすぎない。引き下げは小幅・小範囲で、一種のめくらましである。

  3. 国への復帰を前提に国家公務員を退職し、特殊法人、独立行政法人等の役員に就任した者に対し、法人では役員退職金は支給せず、国への復帰後の退職時に退職手当を一回限り支給する。
    → これは退職年令引き上げと絡む措置なので、のちに詳しく述べる。
 退職手当の引き下げは、こうしてみると、まだ生ぬるく中途半端で、官がなお民を大きく上回る水準にある。約20年ぶりの引き下げということは、言いかえればここに至るまで公務員の退職金の高水準を放置してきた当局の「不作為」を意味する。
 そして退職手当を扱う当局とは、総務省人事・恩給局である。奇妙なことに国家公務員の給与水準を決め、政府に勧告する第三者機関の人事院は、退職金に関してはカヤの外に置かれてきた。
 事は戦後まもない1953(昭和28)年に始まる。すべての国家公務員を対象とする退職手当法の施行に伴い、退職金の扱いは大蔵省が所管したのである。
 退職金は本来なら、勤続報酬、賃金後払いなどの性格を持ち、民間なら労使交渉の対象とされるものだ。労働基本権を制約された国家公務員の給与について同基本権制約の代償機能を果たす中立の人事行政機関・人事院が、退職金も所管するのは自然とみられる。が、人事院の職権は公務員の「給与」に限定された。
 その後、退職金の扱いは65年に大蔵省から総理府人事局に、84年には総務庁人事局に移管され、2001年1月の中央省庁再編で現行の総務省の所管となるのだ。
 こうしてみると、公務員の給与・退職金について官民の比較調査と制度設計から、郵政事業の実施機関でもある総務省の関与を外し、給与・退職金を一体として専門機関(人事院)に委ねるのがスジであろう。ともあれ、この総務省所管のもとで退職金の官民格差は長い間放置されてきたのである。

退職年令引き上げの罠

 もう一つの政府方針・早期勧奨退職慣行の是正についてみてみよう。これは同じ日の閣僚懇談会で申し合わせ、内容は次の二つの柱から成る。
  1. I 種幹部職員の平均退職年令を2008年度には3年以上引き上げる。この目標に向け、2003年度以降、5年間に退職年令を段階的に引き上げる。

  2. 勧奨退職年令の引き上げに当たっては、能力主義を徹底させ、年次主義やピラミッド型人事構成の見直しを進める。並行して、行政の複雑多様化・高度化・スリム化に対応して、複線型人事管理や職務経験の多様化を推進する。行政組織の肥大化や総人件費の増大は招かずに、新人事管理の制度・運用設計を行う―というものだ。
 幹部の平均退職年令の3年以上引き上げを、内閣官房と総務省は一体どのように行うのか。
 浮上し、固まってきた案は、特殊・認可法人、公益法人、独立行政法人などに3年間出向させる、という仕組みの導入だ。ただし、これらの法人に役員として勤務を終え、退職する段になっても退職金は払わない。退職金は、本省に戻ったあとの公務員退職時に「一回限り支給する」(退職手当の改定方針)こととする。  この仕組みを現状に当てはめると、次のようなシナリオになる。
 99年度でみると、I 種課長級以上の幹部職員のうち、全府省庁で53歳までに勧奨退職する割合は53.5%と過半数に上る。54歳までには64.4%、55歳までに73.6%が勧奨退職している。
 ところで、“働き盛り”(各府省の課長・企画官相当職以上の退職職員)の天下り(再就職)先は、最新データ(昨年8月までの一年間)によると、次のように散らばる。

 一番の吸収先が公益法人(財団法人と社団法人)で、全体の1273人中461人と36.2%を占める。次いで自営業に15.9%の202人、民間企業に14.4%の183人、特殊法人に5.3%の67人、認可法人に3%の38人の順で天下る。前年に比べ特殊法人への天下り比率は下がった半面、財務省を中心に専門知識を生かした自営業開業が目立つ。
 民間企業向け天下りは課長職以上の場合、人事院の承認を要するが、全省庁中、国土交通省(69人)と財務省(32人)が群を抜く。これは所管のゼネコンなど建設業者や金融機関にそれぞれ大量に天下るためだ。
 2001年4月に一斉に誕生した独立行政法人には、9人が天下っている。今後、独立行政法人に国立大学や国立病院・療養所をはじめ造幣局、印刷局、2001年12月の特殊法人等整理合理化計画で決まった36法人などが大挙して移行する。そこで、独立行政法人が天下り組と共に出向組の大規模な「受け皿」に膨らんでいくことは間違いない。早期退職慣行は、こうした広汎な「受け皿」のうえに成り立っている。これをどう活用するか、を官は考えるわけだ。

特殊法人などに出向させる

 この退職年令引き上げを各府省は特殊法人などへの「3年間出向制」で実現しようとの方向だ。これにより、出向する幹部が57歳前後に本省に復帰し、公務員を退職する際に、法人の役員時代の高額の退職金を公務員の退職金と併せて後払い式に受け取ることになるかどうか。もしそうなれば、出向を命じられるキャリア幹部にとっては申し分ない待遇、国民にとっては不快な税負担となる。退職時一回限りの退職金支払いに、法人役員としての退職金も加算されるか否か―今後の検討課題となるが、どう転ぶかは予断を許さない。
 この「三年間出向制」のアイデアは、経済産業省が提案し、総務省も乗り気になり、首相官邸の古川貞二郎官房副長官が採用したといわれる。仮に法人役員時代の退職金が支給されないとしても、この「腰掛け式出向」に特殊法人、公益法人、独立行政法人などが使われ、その人件費などに国民の税金や財投資金が費やされるようなら、天下りとは別の問題が発生する。早期退職慣行の是正と結び付いて特殊法人など「官の聖域」の利用がルーティン化してしまうことからくる腐敗だ。
 ルーティン化すれば、キャリア官僚は特殊法人に大手を振って行くようになる。それゆえ特殊法人は、廃止されるどころか「必要悪」として認知され、存続が当然視されてくる。結果、公然とこれら官僚の用具と化した法人はますます経済効率から遠ざかり、規律と士気をたるませ、経費を無駄遣いさせるのは必至だ。官の天下りシステムは「官の聖域」への出向ルーティン化でかえって堅固に、強力になる可能性もむしろ高まる。
 政府が「3年間出向制」でお茶を濁して公務員制度改革にまじめに踏み込まなければ、国民は再びエセ改革にごまかされることになる。



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