■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第263章 トランプ潮流、方向変わる(中)/中国AIの脅威、過大投資のツケ

(2026年8月26日)

中国AIモデルが米政権を揺らす

トランプ政権を戸惑わす逆風は7月、さらに中国から吹き荒ぶようになる。中国のAIスタートアップ「ムーンショットAI」が公開した最新生成AIモデル「Kimi K3」が、米アンソロピックやオープンAIの最先端モデルに肉薄する高性能を示したからだ。思い通りにならないアンソロピックの扱いに苦慮していたトランプ政権の前に突如、中国AIの脅威が立ち現れた。AI支配で経済覇権を狙うトランプ政権を震撼させた。
なぜ中国はこんなに早く追い付いたのか。AI業界で知られる「蒸留(distillation)」という手法を不法に使った、と突き止められた。その手法とは―アンソロピックの最新モデル「フェイブル」を先生役とし、数百〜数千の偽アカウントを持たせたAIを生徒役にして、先生から猛烈に学び取る。一斉に次々に質問を浴びせ、数知れない質疑応答を通じて先生を模倣した大規模言語機能を築き上げる。米ホワイトハウスは7月、「米国の技術情報が大規模に盗用された」と断定、ベッセント財務長官は中国の関係企業に対する制裁や米国内使用禁止など規制の必要に言及した。

米当局の懸念を深めたのが、中国のAIソフトコードが一般公開され、世界の誰もが自由にアクセスでき、利用・再配布できる「オープンソース」の仕組みであることだ。他者とも情報交換して改良したり、自ら手直しすることも可能だ。開発した技術情報を外部に明かさずに運営事業者が管理する「クローズド型」に比べ使いやすい。開発コストも安く上がり、普及して技術進化もしやすい。コスト安から中国製に切り替える米企業が続出した。中国製AIの普及が加速する。
米国ではAI最先端を走るアンソロピックとオープンAIが揃ってクローズド型。2社ともAIの扱い方針を検討する米政府に対し、オープン化反対を主張する。オープン化すればテロリストなどに悪用される危険が増す、と強調する。現にオープンAIは7月、自社の開発中のモデルが実験最中に勝手に判断して外部の米新興企業にサイバー攻撃したことが発覚。8月にはアンソロピックの「クロード・ミュトス5」などが性能評価実験中に人になりすまし、実存する個人や組織にニセの攻撃メッセージを送った、と英政府機関が発表した。 AIが、自律的に外部に出向いて不法行為を働いたのだ。

「このところAIの変化があまりに速すぎる」と米当局者は頭を悩ます。AIの取り扱い判断に、トランプ政権は揺れる。イノベーションと情報の安全性に向け政府管理をどう図るか―。米AI事業者に事情聴取した結果、米政府は8月、最先端モデルをオープン型とクローズド型の2つに分け、技術革新にオープン化は不可欠と主張するエヌビディアやメタ、マイクロソフトなどをオープン型に、オープンAI、アンソロピック、グーグルをクローズド型に分類して対応する、と報じられた。この指針に沿い、クローズド型AIには、国家安全保障上のリスクを事前審査するという。

一方、米国側の慌てふためきを横目に、中国政府はAI覇権への大胆な野心を世界に明かす。習近平国家主席は7月、世界AI協力機構が上海市で発足した、と表明した。グローバル・サウス諸国の要請に応えたという。中国は、発展途上国向けにAI発展と能力構築を支援するため、今後5年間でAI分野の研修・訓練枠5000人分を提供する。さらにASEAN、アラブ連盟、アフリカ連合(AU)、中南米・カリブ諸国共同体(CELAC)、上海協力機構、BRICS向けに「国際AI応用協力センター」を建設するとした。ガバナンス上の課題も生じているとして、グローバルAIガバナンス体制の構築も呼びかけた。
アフリカでは、AI評価で中国が米国をリードし始めた。ウガンダでは農産物の収穫情報を地域方言に翻訳するAIで、中国アリババが米グーグルやメタよりも好評だ。AI覇権で米国の黄金時代を企む米国第一主義のトランプ大統領。これに対し、AI技術と国際政治の両面から中国の挑戦が本格化してきた。

AI信仰で巨額の簿外債務

2026年4〜6月はAI・半導体投資と株高に沸いた。だが今後、過大なAI関連投資がツケとなって、経済の足を引っ張る。
未曽有のAI景気と過熱した株価も、いつかは冷める。トランプ政権に遠からず、予想外の経済危機が待ち伏せる可能性がある。AI時代に顕著になった「富の2極化」が一層進み、経済危機は従前よりも異形の様相で現れるかもしれない。中国のAI挑戦も加わり、米経済は過大AI投資の反動から大不況に陥る公算が高まる。

米巨大テックGAFAM5社の4〜6月期最新決算を見てみよう。5社は全て前年同期比で2ケタ増収となったが、株価反応は2つに分かれた。マイクロソフト、アマゾンは上昇、グーグル、アップル、メタが下落した。市場評価が分かれた主な理由は「AI投資の回収見込み」とされる。下落組は投資家から巨額投資を不安視されたのだ。
メタの場合、肝心の広告収入は急増したが、投資の回収不安が嫌気された。メタは7月、テキサス州で2.3兆円を投じたデータセンター事業を新設した共同出資会社に移すことを決めたと発表し、投資負担分を自社のバランスシート(BS)外に切り離した。巨額投資リスクが簿外に隠され、メタの26年のAI設備投資は帳簿上21.6兆円だが、簿外債務を加えると67兆円規模に。

こうした簿外債務を加えたビッグテックの実際の債務は総額3兆ドル(約480兆円)超に上るとも言われる。各社ともAI開発を推進するため数年先を読んだ画像半導体(GPU)やメモリー半導体の長期購入契約を結び、大規模なら数百億ドルにも上るデータセンターの建設に狂奔した。自社負担を軽くするため別のデータセンター運営会社とリース契約を結び、施設を長期で借りる手法も取った。いずれの契約もBSに載らない簿外債務となる。
ところが、この膨大な債務が収益によって無事に解消される確たる見込みはない。過大な投資は単純にAIの将来への「熱い期待」からもたらされた。巨大投資はAI時代の米富豪に蔓延した一種の感染症だろう。
今やAI信仰という現代版新興宗教が、異様な熱狂と自信を生み出す。その代表例がイーロン・マスクだ。宇宙企業スペースXが6月に史上最大の新規株式公開(IPO)を実施した時点で、創業者CEOのマスクは米史上初の「兆万長者(トリリオネア)」に。4〜6月期決算で売上高の2.3倍のAI投資が響き大赤字となったが、将来の成功に自信は揺るがない。だが、米政権とテック首脳らの目算とシナリオは、中国AIの一段の台頭と普及によって大きく狂いかねない。