| ■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「白昼の死角」 |
第262章 トランプ潮流、方向変わる(上)/ローマ教皇とアンソロピックの衝撃
(2026年7月26日)
イラン攻撃失敗から逆風続く
トランプ米大統領が強引に主導してきた世界の潮流が、ここ数カ月で方向を転じてきた。分岐点は、2月末の米国・イスラエルによるイランへの軍事攻撃だ。目標としたイランの「体制転覆」を実現できず、イランのホルムズ海峡封鎖を招いた。中東石油遮断の大混乱から同盟国の信頼失墜に加え、米国内でもトランプ支持者が大量離反、11月の中間選挙を前に大逆風に巻き込まれた。
今回取り上げるのは、収まりそうにない2つの逆風・変転要因だ。1つは、道徳・信仰の領域に属するローマ教皇レオ14世によるトランプ批判の反戦・平和メッセージ。2つ目は、政治・経済の領域に属する「アンソロピック・ショック」だ。
ローマ教皇は4月、訪問先のアフリカ・カメルーンで演説し「ひと握りの暴君によって世界は荒廃した」と反戦を訴え、名指しは避けたがトランプ批判を鮮明にした。さらに5月、教皇就任後初の回勅「マニフィカ・ウマニタス(ラテン語で『人間の尊厳』の意味)」を発表、AIの「武装解除」の必要性を強調した。戦争が常態化し、AI兵器の台頭で戦争は一層危険になった、と記した。
回勅は82ページに及び、急進化するAIによって人間の尊厳が脅かされる現状を強く警告した。紛争が当たり前のように戦争と化して長引き、そこにAIが登場して武器システムの殺傷能力を進化させた。このため、戦争でのAIの使用には「最も厳格な倫理的制約」が求められる。「戦争とあらゆる形の暴力全般に内在する悪の行き着く果て」に気付かなければならない、と諭した。平和とは、「単に戦争なき状態ではなく、正義が機能している状態を指す」とした。そこからAI自律型兵器に言及した。「AIは武装解除の必要がある」と強い表現を用いたのも、AIが人間の識別能力を低下させる、と考えるためだ。
教皇は、AIがますます「人間の声と顔」を精巧に模倣するようになり、その一方で良心、責任、友情、真理という面に深い問題を投げかけると指摘。AIは現実認識を歪め、人間関係を人間同士の交流を模倣したシミュレーションで置き換えてしまう危険性がある、とする。教皇の決然とした反戦表明は、米国内外に波紋を広げた。メローニ・イタリア首相が「(G7での一緒の)写真撮影は懇願されてやった」とのトランプ発言を「捏造」と反発し教皇支持を表明して、良好だった関係をご破算にした。
一方、米国内で住民の2割を占めるカトリック信者と、全米に25%ほど信者を抱える最大支持母体のプロテスタント・福音派からの支持も失った。トランプ支持率は今や4割を切り、初の30%台に低下。米中間選挙で少なくとも下院は「民主党勝利」の観測が高まる。
AI新興勢力が反逆
米企業アンソロピックがもたらしたAI「クロード(Claude)」の衝撃は、たちまち米内外に広がった。米政府は既に1月のべネズエラ大統領拉致作戦に高性能のクロードを使用していたが、軍事転用や一般の国民監視用途に反対するアンソロピックと対立。トランプ米大統領は2月、クロードの使用停止を連邦政府の全機関に命じ、アンソロピックをサプライチェーンリスクに指定。同社が「言論の自由を侵す違法な報復」と提訴し、法廷闘争に持ち込む。最先端AI技術を取り込みAI支配を狙う政権に、真向から立ち塞がった。
決着がつかない中、米政府は6月、公開された同社最新モデル「クロード・ミュトス(Mythos)5」と同等格の「クロード・フェイブル(Fable)5」に対し「全ての外国人への使用禁止」を指令する。が、この政府対応が新たな逆風を招く。多くの米企業が、性能は落ちるが格段に安価な中国製AIを使いだしたからだ。業務ソフトを中心に中国・ディープシークからのAI購入が急増した。
さらに7月、中国のAI新興企業「ムーンショットAI」が発表した最新AIモデル「Kimi K3」が、米国に衝撃を与える。米アンソロピックや米オープンAIの最新鋭AIに性能で肉薄したと評価されたためだ。中国製AIは米国製と異なりオープンソースモデルで技術を外部に公開している。これにより研究成果が共有され、コストも安上がりになり世界に普及しやすい。米国にとって中国の脅威が一段と増した形だ。
一方、アンソロピックは6月、米証券取引委員会(SEC)に新規株式公開(IPO)の申請書を提出した。26年秋にも上場が見込まれ、イーロン・マスクの「スペースX」に続く超大型IPOになると市場は予測する。
AIの安全性を巡る米政権との正面きっての争いと、26年1月の財務・法務タスクの自動化機能に始まるクロード技術革新。4月に登場した「ミュトス」は、従来のAIが見抜けなかった、サイバー攻撃に脆いAIの弱点を発見し一躍、脚光を浴びる。
同社のAI新機能の相次ぐ発表で、「アンソロピック・ショック」は各国にも波及した。AIの将来への期待が高まり、米国をはじめ日本、韓国、台湾でAI・半導体関連株価が急騰、史上最高値を更新し続けた。逆に既存の業務ソフト(SaaS)がAIエージェントに取って代わられる懸念から、SaaS関連企業の株価が下落。経済の構造変化が現実化してきたのだ。
AIの安全性、揺らいで止まらず
26年上半期を通じたAI騒動。その気骨の主役を、元オープンAI副社長でアンソロピック創業者、ダリオ・アモデイが演じた。AIの「安全性」を最重視し、経済価値創造を心がけて業務向けに集中し、娯楽性は追わない。
だが、アモデイが問題視するAIの安全性は揺らぎ続ける。サッカーの「ワールドカップ2026」。7月のFIFA発表によると、中傷・差別など悪質投稿が1次リーグ段階で前回「カタール2022」の13倍の8万9000件に上ることが判明した。AIが悪質投稿を自動的に不表示にしているはずだが、十分に働いていない。
もう1つ、AIの安全性を揺るがすのが、ディープフェイクだ。プロの鑑定家さえも、本物かニセ物か真偽を見分けられなくなった。米ニューヨーク・タイムズ紙によると、AIの偽造があまりに巧妙になった結果、デジタル法医学分野の第一人者で 20年以上のキャリアを持つ60歳の米エキスパートが、ここ6カ月で「もはや自分の目が信じられなくなった」と告白した(6月24日付)。鑑定内容は米国のイラン攻撃で米国製ミサイルが小学校を直撃し、小学生150人以上を殺したとされるインターネットビデオ。時速800キロのロケットが飛び込み爆破する。入念にチェックしたが、本物ともニセ物とも見え、サジを投げた。
アモデイはある対談で「AIがAIをつくる」と予測する。となると、自律化したAIは人間の手に負えなくなる。自律型AIロボットに支配される人間社会の将来風景が目に浮かぶ。
安全ままならないAIが、今後も米国をはじめ日本、世界の変転要因となる。