■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第253章 虚偽情報の世界(上)/真実をSNSから取り返せ

(2025年11月26日)

ソーシャルメディア時代の到来

ソーシャルメディア(SNS)が勢いを増すと共に、ウソ、ニセ情報や中傷、陰謀論の拡散も勢いづいてきた。SNSの社会的影響力を利用する政治の選挙工作も活発化の一途だ。SNSを駆使した世論操作が、今年7月の参院選でよもやの“異変”をもたらした。参政党の大躍進が、とりわけ目を引いた。自民党と立憲民主党は10月、参院選の敗北を踏まえSNSによる情報発信の強化をそれぞれ申し合わせた。
注目しなければならないのは、SNSに独特な発信機能の性質だ。SNSにはウソ、ニセ、誤情報、誹謗中傷、ヘイト、陰謀論が必ずたっぷり含まれる。それらはSNSの画期的な技術革新の裏側に潜む“黒い影”と言える。この影は強い光(超利便性)によって生じ、薄らぐことも消えることもない必然的随伴物だ。

ソーシャルメディアは、それ以前のマスメディア時代と比べ巨大な情報革命をもたらした。アナログ時代、社会情報は一方通行だった。送り手(マスメディア)と受け手(一般国民)が2つに分かれ、人々は情報発信手段を握る新聞、テレビなど既成メディアが発する情報から世の中の出来事や動きを知った。
この情報の一方向性をインターネットが双方向性に変える。個人が発信も受信もできるようになり、情報流通の媒体がソーシャルメディアに移っていった。ソーシャルメディア時代の到来である。それにつれて既成メディアの影響力低下は不可避となった。
SNSの興隆で最も打撃を被ったのが、新聞であった。新聞の発行部数は24年に10年前と比べ45%も減った。

政治の風景変わる

SNSが俄かに問題化したのは、政治が選挙工作や世論操作にSNSを大々的に使うようになったためだ。選挙工作への活用は、米トランプ大統領が2016年に行った第1次大統領選挙で行い、世界に先駆けた。以後、選挙工作にSNSが使われるようになり、政治の風景が変わる。日本では24年7月、東京都知事選の「石丸現象」に始まり、同11月の兵庫県知事選、先の参院選へとネット戦は過熱していった。
参院選で自民党の選挙対策委員長を務めた木原誠二衆院議員が、選挙終盤でのネット事情を明かした。「YouTubeなどに配信を出すと、出した瞬間にわっと誹謗中傷のコメントが付く。これがずっと繰り返された」。外国、おそらくロシアからの介入を含む大量のボット(ネット上でタスクを自動的に行うプログラム)の可能性を指摘した。
SNSによる情報発信の頻度と伝え方が、選挙の勝負を左右するようになった。SNSを「魔法の杖」のように扱う政治リーダーや政党が、想定外の勝利を収め、実権を握るようになったのだ。

こうしてXやYouTube、TikTokなどのSNSが、スマホを媒介に日本でも主要な情報インフラになる。選挙工作ではショート動画がスマホ視聴者の目を奪った。
文言は短く単純化・極端化するほど、利用者の感情を煽りやすい。参院選では、この流れに沿って「動画はYouTubeで、テキストはXで」が主流となった。そのYouTube動画の半分近くが政党の公式動画ではなく、第3者による「切り抜き動画」だったとされる。
米欧でも昨年と今年の選挙で、主な情報媒体はショート動画となった。欧州では極右とされるフランスの国民連合党首・バルデラや、イタリア首相のメローニが、TikTokでフォロワーをそれぞれ200万人、250万人規模に急増させた。誰もが発信者となれるソーシャルメディアが、世論操作に絶大な力を振るったのだ。

注意収奪マシン・スマホの恐怖

ここで新たな情報媒体、SNSの危険な特性にもっと注意を向ける必要がある。選挙や災害の際に、公共性の高い、ファクトに基づく情報が人々に十分届かずに、デマやニセ情報に惑わされてはならないからだ。システム化された虚偽情報は、民主主義政治をねじ曲げ、危険な扇動独裁者を生み出す恐れが強まる。
SNSの特性についてまず知っておかなければならないのが、人々は通常SNSをスマホで受信していることだ。
このスマホ受信が、固有の問題を引き起こす。人々が日常、持って使うスマホに、印象操作を狙う文言と動画、画像を盛ったSNSが、頻繁に現れる。これに人々が洗脳される構図が浮かび上がる。

iPhoneが2007年に登場して以来、その超利便性ゆえにスマホは世界的に普及した。日本でスマホの所有率は今、13〜59歳でほぼ100%に上る。スマホの多機能性の中心を占める情報通信分野で、SNSは特有の表現形態をとる。ごく単純化された極端な主張の短い文言とそれに付けた画像、動画である。
SNS情報を受信した視聴者は、「釣り見出し―極端言論―ショート動画」に刺激され、つい「いいね」と賛同して拡散させる。これが重要選挙場面で、次々にケミストリーを起こし爆発したのである。
虚偽情報を注入したSNSによる工作が、民主主義国の選挙や政局に及ぼす影響は計り知れない。ノーベル経済学賞を受賞した反トランプ派経済学者ジョセフ・スティグリッツは、市場経済の民主主義国で最も懸念すべき影響として「政治のニセ情報」を指摘する。

スマホの「考えさせない仕組み」

しかし、SNSを超えた広い視点から「スマホと人」の関係性を見ると、一層恐ろしい風景が現れる。それはスマホには、「考えさせない仕組み」が作られていることだ。
スマホのプラットフォーマーと広告事業者にとって、経営の収益増の秘訣は、ユーザーの目をスマホに“クギ付け”にするところにある。ユーザーの注意を奪い続け、視聴率を高め、洗脳して情報を拡散させることだ。ネット空間に繋ぎ止めれば、ユーザーの好みも分かり、ターゲッティング広告も十分な効果を挙げられる―。
このスマホの罠に嵌った利用者は、スマホに自由時間を奪われ、スマホ漬けとなる。その結果「考える時間」がなくなり、いつしか「考えない人」になる危険に陥る。

総務省などの調査によると、日本人は平均して「平日1日4時間半」をネットと過ごしていることが分かった。そのほとんどがスマホの使用だ。異常に過ぎる。筆者の試算では、1日の食事や睡眠、業務・学校、通勤・通学、トイレ・風呂・洗面など日常必要事に充てる時間のほかに、4時間半をネットと過ごすとなれば、睡眠や食事の時間を削るほかない。思考や想像を巡らす自由時間は到底持てない。
スマホの情報洪水と、注意を奪い続ける情報操作。「考えない人間」が増えていくのも当然だ。その真因は「注意収奪マシン」のスマホの仕組みにあり、AIの司令塔でアルゴリズムが秘かに働く。