■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第252章 コメ騒動の真因、増産への備え/農業現場の声を聞け

(2025年10月26日)

鈍感行政

令和コメ騒動で、国民は当たり前と思っていたコメの安定確保を脅かされた。高騰し続けたコメの平均消費者価格がようやく下落したのは、国の備蓄米が出回り始めた6月以降だ。「新米が流通すれば価格は落ち着いてくる」と言い続けた農水省。「見通しを誤った」と謝罪したのは8月に入ってからだ。参院選前の6月時点では「コメ生産は足りている」「流通の目詰まりが要因」と明言していた。

コメ騒動の第1要因は、コメ所管の農水省がコメの生産現場を把握していなかったことだ。夏の高温によるコメの品質劣化が招いた主食用米の供給減は、既に23年産米から起きていた。他方、供給不安も一因となったコメ需要の跳ね上がりも、農水省はつかみ損なった。需給のうねりの大きな変化を見損じたのである。「鈍感行政」と言うほかない。
令和コメ騒動は、国民の日々の主食の調達を揺るがしたばかりでない。日本の食料自給率が4割足らず(24年度38%、カロリーベース)と心細い中、「先行き、安心して食べていけるか」という将来の生活不安を掻き立てた。食料安全保障問題がここに来て急浮上してきたのである。コメ騒動の真因とは何だったのか、食の将来にどんな教訓を残したのか―。

生産現場のリアルな実態を調査するため、筆者はコメ収穫期の9月、農業盛んな山形県のコメ生産現場を訪れた。ここで農家や関係者から直接話を聞いて分かったのは、コメ騒動の真因だ。
コメの価格高騰につながった夏の3年続きの異常な暑さ。日が照り続け、雨が降らない「高温・渇水」が長く続いた。結果、コメは発育不全から小粒化や精米歩留まりの減少をもたらす。
山形県の南部中央にある白鷹町。山岳地帯で、中央部を南北に貫流する最上川沿いに田園地帯が広がる。
ここで40ヘクタールの農地でコメ作りを営む船山隼人さん(41)が作況を明かした。

コンバインを操作する船山さん

最上川の恵み

「(今年は)ちょっといいくらい。おととしが、すごく悪かった」。異常高温から品質を相当に悪化させた2年前と、暑さ対策を打って切り抜けた今夏の対応をこう語った。地球温暖化がもたらした気候変動の影響をもろに食らったが、地域はどうにかコメの高温障害を克服した、との思いが滲む。
3年続きの高温が、コメの品質を劣化させ、市場への出荷減を招いた結果、供給不足を起こしたことは明らかだ。玄米ベースでは一定量生産されても、品質不良分は撥ねられて主食米としての供給量は減る。
異常な気候変動が、コメ騒動の背景にあった。2023年から続く夏のひどい暑さは、もはや平年並みに戻りそうにない。夏の高温とコメ作りへの影響は、来年以降も続くとみなければならない。

気象庁によると、日本の夏(6〜8月)の平均気温は2023年から今年まで3年連続で跳ね上がった。1991年〜2020年の30年間の平均気温を基準値とすると、23年と24年は各1.76度上昇、25年はさらに暑く2.36度も上がった。気候の構造的変化が起きたとみられる。23年以前で最も上がったのは2010年の1.08度。それまで上下していた気温が上昇トレンドに入ったのは2010年からで、地球温暖化の影響は明らか。ここ3年で「猛烈に暑い夏」となった。
農作物の育ちは気候に左右されるが、農水省は気候の大変化と作柄への影響を軽く見た。高温に渇水の影響も加わった。船山さんは農業のプロフェショナルとして、雨の降らなかった日数を憶えている。「今年は6月25日から8月5日まで雨が降らなかった」と断言した。

では、どうやって異常な高温・渇水を凌いだのか。最上川から水をポンプで揚げて供給した。水田が干上がらずに全てに水を張れた。首尾よく高温耐性のある山形ブランドの「つや姫」や「雪若丸」がうまく生育した。伝来の最上川の恵みである。
最上川の水が豊富だったのは、「冬に雪が多かったから」。過去には水を引けない時もあった。高温危機のピンチを大自然の力と品種改良で切り抜けたのだ。
しかし今回、高温に弱い古くからのブランド米「はえぬき」は「白未熟」と呼ばれるコメの白濁現象が現れた。農水省は「つや姫」「雪若丸」を高温耐性品種に挙げ、栽培普及を目指す。コメの高温障害を防ぐ重要課題は、高温耐性品種の開発と水の確保、と船山さんは指摘する。農政が事実上の減反政策から「コメ増産」に舵を切れば、山水、沢水を含む全国農地の「水路体系のインフラ整備」が必須となる、という。

需給一変でコメ増産

水田で汗を流すコメ生産者にとって、農水省は「現場を知らなすぎる」と映る。日本有数の米どころ、山形県北東部の庄内平野。農業関係者の口から行政不信の声が漏れる。「コメ増産?お上の考えることだから、後が心配…」といった具合だ。
「コメ不足には、インバウンドや買いだめに走る家計の消費増の影響も大きかった」との指摘も多い。農水省は9月、2025年産の主食用コメの需要が24年産の見通しより最大38万トン増えるとの試算をまとめた。従来の人口減少やコメ離れから毎年約10万トンずつ需要が減るとの見込みを改めた(図1)。小泉農相が8月「コメの需給見通しが誤っていた」と認め、農水省が需給の算出方法を見直した結果、「コメ需要は増加に転じる」と判断を修正したのだ。米価の先高観が市場に広がる。

(図1)需要実績と需要見通しの推移
(出典: 農水省)

この需要増に応じ、農水省は25年産の主食用米について生産量が728万〜745万トンになるとの見通しを示した。飼料用米を減らし主食用米の作付拡大などで24年産実績から最大10%増産する。
農水省によれば、インバウンド需要はここ1年で2年前の3倍の6.3万トンに急増。家計購入量も入手不安から2人以上の世帯で60.2キロと、2年前より6%相当の約13万トン増えた。
需給は一変した。「コメ増産」が必要との認識が、コメ生産現場にも広がる。しかし、懸案が多く一筋縄でいかない。コメ不足からスーパーでのコメ小売価格は、適正価格とも言われる「5キロ3000円台半ば」を一時超えるほど高騰した。コメ小売価格はピーク時の1990年代半ば、5キロ3000円台に乗せたが、その後下降。2000年代から2000円前後に低迷し続けた。「コメの値段は変わらない」と消費者に思われる一方、ロシアのウクライナ侵攻による肥料高騰などでコストが上がり、農家の経営はひどく圧迫された。
農家に不安がよぎる。「増産はいいが、コメ余りとなり、来年に価格が暴落しないか」「今年、収入が上がっても翌年(来年)支払う所得税の負担は大変になりそう。コメは売れなくなり、収入が細っているかも」と。

少子高齢化で全国の農家の担い手の平均年令は今や71歳。後継問題もあり休耕地・放棄地が全国で増加中だ。農業の持続性が危ぶまれる。地方から都市への人口移動から、所有者不明の農地も増えている。これを立派な農地として整備・再生できないか。
生産性を上げるには農地の集約化・大規模化が欠かせない。AIデジタル技術をもっと栽培データ管理や種まき・収穫・脱穀などに活用し、労働負担減・生産性アップを果たす必要もある。
これら重い課題にどう立ち向かうか―これがコメ増産政策の焦点となる。山形県の農業プロたちの「現場からの提案」が、大いなる示唆に富む。

離・起農のマッチングシステムを確立

「“農業離れ”を防ぐには、国が全国規模でマッチングシステムのデジタルネットワークを作り、離農希望者と参入希望者をマッチングさせてはどうか」。庄内の農業プロの1人、加藤直吉さんがこんな提案をした。
婚活マッチングネットの農業全国版である。「これはいい案にみえるが、難点がある」と、前出の船山さんが突っ込んだ。「農業をやりたい希望者は当然いい農地をほしがる。そういう条件の土地は限られる。いい農地に(取得)希望者は集まるから、よくない農地の『条件』をよくすることを考えなければ」。地勢的条件の悪い土地の購入に一定の条件を付けて補助金を支給することも対案となる。

コロナ禍でリモートワークの環境下、大都市から地方への移住が増えた。東京在住者の20代、30代の半数以上が地方移住に「関心がある」と答えた調査もある。高い家賃や混雑した電車、騒音、せわしさを避け、自然に囲まれてゆったり生活したい、という願望は若者らに広がる。
離農と起農のマッチングシステムの確立は、いいアイデアだ。うまくいけば、農業の若い担い手を次々に確保できる。この農業新世代に、土地の集約・大規模化とAI活用のスマート農業化の政策を組み合わせ、地域再生を図るシナリオが描ける。

生産性を高める上で欠かせない最新デジタル技術導入。高い壁になって阻むのが、農機のコスト高だ。「コンバインが例。メチャクチャ高い。買うには相当な自己資金が要る。が、使う期間は年にたったの1週間から2週間」。庄内から嘆きの声が上がった。稲の刈り取り・脱穀・選別を行うコンバインを1台買うのに2000万円ほどもかかる。
提案が出る。「これを国がレンタルして適時使用にできないか。公営レンタルなら資金力のない小規模農家(10ヘクタール以下)が大助かりとなる。懸案の中山間地農業も生産性を上げて活性化できる」
だが、ここにも農業特有の問題が現れる。コンバインを使うコメの収穫は地域ごとに同じ時期に重なることだ。レンタル需要は収穫時期に一斉に集中し、結局行き渡らない恐れがある。この農作業同時性の壁は、早稲と晩稲(おくて)の品種を利用して収穫時期をずらして調整するなどの工夫で乗り越えられる、との意見も出た。

「コメの食文化」輸出を拡大

AIデジタル時代、その技術進化の導入は必須だ。肥料や農薬散布に使うドローンの利用は普及してきた。山形県天童市の「おしの農場」では、ドローンによる肥料・農薬散布の作業を自分の水田ばかりか2年前から周辺農家のドローン委託作業を請け負う業務にも乗り出した。その管理面積は100ヘクタールに上る。「あなたの田んぼ、守ります」と呼びかける。高齢化や後継者不足で荒廃する農地が増えるのを見て「少しでもお役に立ちたい」と押野和幸社長は訴える。
最先端技術を誇る庄内の農業株式会社「まいすたぁ」は7月、田植えをせずに畑に直接、稲の種をまく「乾田直播(はん)」農地への追肥(植え付け後の追加肥料)の散布をドローンで行った。

もう1つ、コメ増産で浮かび上がってきたコメ農家の不安への対策にも触れておこう。「増産した挙げ句、供給過剰となって価格暴落を招くのでは」という不安は、市場原理から見てもっともだ。
政府は国策としてコメ増産を決めた以上、価格暴落を生産者が被った場合、その損害を補償する義務を国が負うのは当然だ。その場合、余剰米を国が買い取り、困窮国向けの食料援助に活用するスキームが考えられる。日本も戦後まもなく米国から小麦粉、ミルクの食料援助を受け、学校給食に用いた。

コメ増産に伴い、市場をどう開発していくか、の課題が突きつけられる。好調のコメ関連の輸出拡大を第1に図るのが進むべき道スジだろう。コメの輸出は2022年以降、7月までに42カ月連続で過去最高を更新し続ける(図2)。 24年、コメの輸出金額は前年比28%増の120億円に伸びた。海外で和食の人気が高まる。「おいしい、健康によい」との評判が、急増するインバウンドによってさらに広がる。寿司はいまや世界的人気だ。寿司職人が海外に移住して自分の店を開き、繁盛する成功ケースも増えた。
肝心なのは、コメ単体ではなく「コメの食文化」を輸出するというコンセプトだ。中食需要を支える「パックご飯」の輸出は、25年上半期に9.1億円に、前年同期比48%も急増した。うち米国が42%を占め、台湾の13%、香港11%、以下オーストラリア、シンガポール、ミャンマーと続く(24年)。

(図2)コメの輸出実績の推移
(出典: 農水省)

「食糧難」に備えて増産し、国内需要を満たして海外輸出を増やす―この戦略シナリオが至極妥当ではないか。そして寿司、パックご飯に加え「コメの食文化」輸出に視野を広げる。例えば冷めても柔らかさと粘りがある日本産米で作った「おにぎり」。その旨さと手軽さは、マックのハンバーガーに対抗できる世界的なファーストフードになりうる。香港ではおむすび専門店が人気を呼ぶ。コメ増産の行き先に付加価値を付けた「コメ文化輸出」のビッグイメージで取り組む。