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沢栄の「白昼の死角」
第225章 地球沸騰化時代 / 災害級熱波が精神冒す

(2023年9月27日)

極端気象の後ろに地球温暖化

今夏、連日続いた35度災害級熱波が精神冒す以上の災害級猛暑は、日本ばかりでなく北半球全体を襲った。極端な異常気象の背景に根本要因となる地球温暖化があり、今後も頻発して日常化するのは必至、と研究者らは警告する。
今年の夏の日本の平均気温は、1898(明治31)年の統計開始以来、最高の高温となった。日本近海の平均海面水温も最高で、8月は能登半島から山形県沿岸にかけ初めて30度以上になった。とくに北日本の気温は、平年より3度以上も高かった。札幌では観測史上最高の36.3度を記録した。

気温と海面水温の上昇から大雨の被害も目立つ。1時間の降水量が80ミリ以上の猛烈な雨が急増した。大規模な災害を引き起こす大雨の約3分の2は、線状降水帯による。強い上昇気流によって発達した積乱雲が、長さ50〜200キロ、幅10〜50キロの同じ地域で上空で冷やされて大雨になるもので、このメカニズムによる被害が増えている。
気象庁異常気象分析検討会の報告で注目すべきは、太平洋高気圧の張り出しが記録的に強い、などの今年特有の要因に加え、地球温暖化の影響が加わったため、としていることだ。
猛暑の被害報告は世界中で相次いだ。

7月から8月を通じ、連日40度以上の猛暑に見舞われた米アリゾナ州都フェニックス。砂漠の植物、サボテンが枯れ、車道に転んだ住民が熱さで三度のヤケドを負って死亡する事故まで起きたのが、世界的猛暑の典型例だ。
6月、カナダに発生した山火事は国境を超え、米ニューヨークの空にまで煙を広げて街の風景を暗くした。気候学者らは、カナダの山火事リスクは19世紀後半の2倍以上に高まったと分析、早い雪解けや森林の乾燥が延焼を起こした、とみて地球温暖化と関係づけた。
米フロリダ州南部のマナティベイでは7月、海面水温が過去最高の38度超を記録。風呂並みの水温に魚介や藻類が逃げ出し、サンゴ礁の白化が一挙に進んだ。猛暑による気温の上昇、強い日差し、雨と風の不足、熱の吸収を妨げる水中のゴミなどが要因、と指摘された。
南太平洋の赤道に近いキリバスは、海面上昇の影響でビーチや家屋の浸水、地下水源や土壌の塩害が広がる。干ばつも増え、水不足から農業を直撃して住民の間に食料不安が深刻化してきた。

<写真>英国・ランベスブリッジで気候変動を懸念する活動家
撮影: Alisdare Hickson

ハワイ山火事の教訓

米ハワイ・マウイ島で起きた8月の山火事は、地球温暖化の影響を最も象徴するケースとなった。115人の死者が確認され、行方不明者はなお66人。
犠牲者の遺族が9月、州や地元マウイ郡、電力会社「ハワイアン・エレクトリック」を相手取り損害賠償請求訴訟を起こした。山火事の危険性を認識していたのに送電を止めず、森林火災を発生させたと主張した。
出火原因については、防犯カメラの映像や目撃情報から強風で木製電柱が倒れ、送電線が乾燥した草に火花を散らして炎上させたとの疑いが強まった。しかし次第に、地球温暖化がもたらした環境要因が指摘されるようになる。

1つは、長年の少雨と気温上昇が引き起こした干ばつ続きだ。かつてはのどかだった農園風景は、干ばつと増える森林火災で荒廃していった。伝統的なサトウキビ農家は1990年代から廃業で消えていき、そのあとに乾いた雑草がはびこった。これが山火事をたちまち延焼させた。
2つ目の要因は、激しい強風だ。19世紀初めにハワイを統一したカメハメハ1世王朝が首都として建設したマウイ島のラハイナ。ここを廃墟に変えた山火事は、「炎の竜巻」と呼ばれた1000度を超える火の旋風が襲った。沖合からの猛烈な強風が火勢を煽ったのだ。

強風は折りからハワイ沖を通過したハリケーンがもたらした。米メディアによると、山火事発生当時、風速は35メートルにも上っていたという。ハリケーンや台風など暴風雨の強度は地球温暖化の影響で高まる、と気候学者は指摘する。人間活動が引き起こした気候変動が、米史上最悪の山火事事故に加担したのは明らかだ。

地球温暖化が、世界に頻発する異常気象の「影の主役」という認識がここにきて一気に広がる。国連のグテーレス事務総長は7月、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が来た」と表明するほど危機感を募らせた。
人間活動に起因する地球温暖化の影響が、極端現象を頻発させる―この観点から研究を進める英国の気候学者グループ(WWA)によると、極端現象のうち地球温暖化の影響を直接に受けているのが猛暑の元凶、熱波だ。世界的にいずれの熱波も強度と発生確率が高まっている、とし、ジャーナリストに対し熱波が温暖化の産物という確信をもって「報道に慎重になりすぎないよう」呼びかけた。

「気候苦痛病」も出現

気候高温の健康への影響は、考えられていたよりも重大だ。ここ5年ほどの間、熱波が激しさを増したことで精神面の症例報告が増えた。猛暑がメンタルヘルスにも著しい悪影響を及ぼすことが判明してきた。気候が人の気分にすぐさま影響するのは明らかだ。日本では往々にして挨拶する際や手紙の文面で、天候の話から始める。この夏は「暑いですねぇ」が決まり文句だった。

米ニューヨーク・タイムズ紙によると、気候の高温は自殺や暴行、攻撃性を引き起こしやすくする。研究者らは調査の結果、個人間の殺人を含む暴力行為をみると、気温が1度上がるごとに約4〜6%も増加したことを突き止めた。これは暑さがいら立ちや怒りを掻き立てるばかりか、心配や不安感を一層悪化させるせいという。
住宅に恵まれなかったり低収入だと、精神的に一層まいりやすく、さらに暑さに慣れていない寒冷な北方の人ほどメンタルヘルスを冒されやすいことも分かった。熱波は睡眠にも影響し、不眠状態が続くことで糖尿病や心臓病などの慢性疾患を悪化させる一方、精神的変調を起こし、記憶や知覚機能を鈍らせる。

精神病医が重視するのは、脳内の神経伝達物質で血管の緊張を調整して精神を安定させるセロトニンの機能変化だ。日照りの熱さと長さの影響から気分を動揺させ、心配や不安、いらだちを引き起こす。結果、暴力行為や自殺、うつ病、薬物依存症が発生しやすくなるという。米国で「気候苦痛病(Climate Distress)」なる新造語も現れた。
地球温暖化対策が、いよいよ地球住民の緊急課題となってきた。