■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第206章 日本経済の 「失われた30年」/成長を取り戻す新処方箋(上)

(2021年12月23日)

バブル崩壊後、日本経済の「失われた30年」をどう取り返すか―。岸田政権が標榜する「新資本主義」のあるべき究極の中身は、日本経済に成長エンジンを取り返すことではないか。
1990年以来、30年にわたる経済低迷下、平均賃金はほぼ横ばいで国民一般の収入は上がらなかった。したがって消費も伸びず、企業は儲からず、雇用は不安定化して経済格差は拡大した。その結果、国民の将来不安は広がり、深まった。
だが、このままだと現在も続くデフレスパイラルの悪循環から脱け出せそうにない。先進国で唯一日本だけが落ち込んで這い上がれない経済停滞の深淵―ここからの脱出には、従来にない新しい処方箋が必要になる。

金融の舵取りに失敗

30年間、何が機能しなかったのか。3つの視点が重要と思われる。1つは、失われた30年をもたらした主導役の金融システム。2つ目は、正規雇用者を激減させ、非正規雇用を今や4割にまで増やすに至った労働・雇用システム。3つ目が、退職後の高齢世代の生活を支える公的年金システムだ。この3システムの機能不全こそが、失われた30年の根本的な原因ではないだろうか。いずれも国民の経済と生活に欠かせない基幹システムだ。本号では、まず問題の金融システムから取り上げてみよう。

バブル経済の発生と崩壊、その後のゼロ金利に象徴されるデフレ。それを主導したのは日本銀行だが、その起点は1986年4月に発表の「前川リポート」に遡る。当時、中曽根康弘首相の私的諮問機関、経済構造調整研究会の座長を務めた前川春雄・前日銀総裁がまとめた報告書だ。その中であるべき経済政策の柱の一つに「金融自由化」が据えられた。背景に、米国のレーガノミクスがもたらした双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)と、各国中最大規模になった対日貿易赤字に起因した日本との貿易摩擦があった。日本に対する経済構造改革への要求が一段と強まっていた。
当時、日本経済は絶頂期にあり、最大の雇用を創出する基幹産業の自動車から最先端電子工業の半導体に至るまで米国を圧倒していた。筆者は米国が不況にあえいだレーガノミクス初期に、通信社の記者としてニューヨークに駐在した。その時のデトロイトでの自動車関係取材の記憶が蘇る。レイオフされた労組員が「なぜ日本はフェアな取引をしないのだ?」と詰め寄ってきたのだ。
こうした時代背景下で、80年代後半に日銀はマネーサプライ(通貨供給量、2008年に呼称を「マネーストック」に変更)を一挙に急増させた。バブルは限界にまで膨らんだ挙げ句、1990年に破裂する。

経済学の真贋

ここで重要なのは、バブル下で不動産や株式・金融投機への過熱を早めの金融引き締めで冷やせなかったことと、その後の誤った後処理である。「誤った」と記したのは、以後30年にも及ぶ経済失速を回復できず、今なお日本経済はデフレスパイラルの悪循環から脱け出せないためだ。
「新しい資本主義」を始めるからには、この負の悪循環の正体を究めなければならない。
原因解明のヒントと思われるのが、経済回復を見通せず、今なおゼロ金利を続ける日銀が拠って立つ経済学だ。これこそが「失われた30年」を貫いた主流派経済学であった。その羅針盤が不調であれば、方向性は自ずとずれざるを得ない。

羅針盤が正常に機能したかどうかをみる手がかりは、金融・財政政策の方向変化にある。主流派経済学が提案した金融の量的緩和、積極財政、ビックバン改革などが全て経済成長に役立たず、失われた30年をもたらしたとなれば、そもそも主流派経済学の正当性が疑われる。仮に主流派経済学がおかしいとすれば、近年台頭したMMT(現代貨幣理論)が正しいのだろうか―。政権が「新しい資本主義」を唱導する以上、われわれはその根拠となる経済学を確認しておく必要がある。
主流派経済学は2つの主柱から成るとされる。「新古典派経済学」と「ケインズ経済学」だ。新古典派経済学は、アダム・スミスを元祖とする自由主義経済を基本とし、市場の失敗を認めつつも自由競争市場の自己調整機能を信じる。ケインズ経済学は、1929年の世界大恐慌から脱出するために提案された経済理論。政府支出による有効需要の創出を説いた。自由放任では市場経済はうまく回らず、政策介入の必要性が主張された。
失われた30年の軌跡をたどると、政府・日銀はその経済政策を主流派経済学の流れに沿って決定し、運営してきたことが分かる。自由市場主義の理念を継いだ米国流金融自由化、金融危機への巨額の公的財政支出が、その象徴だ。この結果、日本の経済成長は、ここ30年に名目GDPで先進国中最小のわずか1.6倍と伸び悩んだ。この間、世界トップの米国は3.5倍成長している(図1)。

(図1) 名目GDP推移

資料: GLOBAL NOTE(出典:IMF)



経済停滞で税収が伸び悩むなか、財源調達のための度重なる国債発行で国の借金は増え続けた。国と地方の長期債務残高が、2021年度末にGDPの2倍を上回る1200兆円に膨らむ見通しとなったのは周知の通りだ。
コロナ禍で政府の借金の勢いはさらに加速した。借金を借り換えるための借り換え債の発行額は、2020年度には一般会計当初予算102.7兆円を大きく上回る107.9兆円にも上った。21年度の国債発行額は当初予算の5割増の65兆円超に膨らむ。21年度末の国債発行残高は、史上初めて1000兆円を突破する見通し。「借金地獄」とも言われるほどの財務状況だ(図2)。

(図2) 普通国債残高の累増

出典: 財務省


一方、日本経済の先端産業部分ICT(情報通信技術)の国際競争力が目に見えて落ちたのは、2010年代からだ。アベノミクスの8年余と重なる。この10年間に、日本のデジタル化や半導体技術の遅れが際立った。世界の脱炭素・エネルギー革命が幕を開けた新時代、日本は敏速かつ柔軟に対応できるか。経済政策を左右する経済学の中身と共に、政官業の熱量とアイデアと工夫が問われる。
次号では行き詰まった主流派経済学やMMTに取って代わりうると注目される、新たな貨幣システム「公共貨幣」について紹介しよう。