■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第205章 ビジョンなき衆院選/経済成長 主張乏しく危機感薄く 
(2021年11月4日)

衆院選に向けた与野党の主張は、経済成長への言及がほとんどないままで終わった。そのことは、長期停滞する日本経済への危機感が薄く、改革意思が弱い「政治のお寒い現実」を映した。
各党の主張は「分配」重視で、改革を強調したのは「大胆な規制改革による成長戦略」を公約に掲げた日本維新の会くらい。選挙の結果、公明党を抜き第3の政党に躍進したのも、「改革」の主張がアピールしたからだろう。 岸田文雄首相(自民党総裁)は「成長と分配の好循環」を説き、「成長戦略を総動員」と述べたものの、キャッチフレーズだけで、戦略の具体的な中身は言わずじまい。当初主張した「金融所得増税」も引っこめ、実質なき主張に終始した。 総選挙戦という各党主張の絶好の機会なのに、国民の「政治は将来この国を一体どこへ?」という疑問に答えることができなかったのだ。

追い抜かれるばかり

日本に長い経済の低迷からの脱出が必要なのは、自明の理だろう。そもそも国民一般の所得が増えていない。ここ30年にわたりサラリーマンらの平均賃金はほとんど横ばいだ。日本の平均賃金はOECD(経済協力開発機構)加盟35カ国中なんと22位。 2020年で3万8514ドル(1ドル=113円で435万円)。1位の米国との差は350万円ほども開いた。急伸する韓国にも2015年に追い抜かれた。

背景にGDP(国内総生産)の超低成長がある。この30年間に中国は37.5倍と爆発的に成長し、世界トップの米国も3.5倍伸びたのに、日本は1.6倍とドンジリだ。 「アベノミクス」が期待された第2次安倍政権は、成長戦略を金融緩和、財政出動に次ぐ「第3の矢」と位置付けたが、内容に欠け成長力を生まなかった。株価は急伸したものの、企業の稼ぐ力は伸び悩み、企業間・労働間の収入格差を広げたのだ。
コロナ禍で日本企業の経営苦境は深まった。ワクチン接種の遅れなどから、企業全体の7割超が、最終減益か赤字の状態だ。業績回復は先行する米欧とは対照的にようやく始まったところ。主要国に比べ日本の経済回復はコロナでさらに遅れをとり、欧米との差を広げた。

先端技術に勝ち、事業で敗れる

もう一つ、日本経済の危機的な衰えを示すのが、国際競争での相次ぐ敗退だ。
1980年代、日本は世界市場の約5割を制し、「半導体王国」とも呼ばれていた。しかし以後、急成長した韓国、台湾、中国に圧倒されていき、2020年はわずか6%のシェアに。 太陽光パネルも同様だ。日本は2000年代前半に5割前後の世界シェアを占めたが、ドイツに抜かれ、2007年頃には急伸するコスト安の中国に国内市場も奪われた。今では中国が世界シェアの7割を占める。 液晶、有機ELもシャープやソニーが世界に先駆け製品化した先端技術だが、後発の韓国サムスン電子などとの競争に敗退した。

脱炭素の世界的な流れの中、電気自動車(EV)を動かす車載用リチウムイオン電池。これも強力な手を打たないと、同じ運命となりかねない。 2013年当時、先端を走るパナソニックは、米テスラのEV開発に呼応してEV向け電池で世界の4割近いトップシェアを握っていた。しかし、その後テスラが電池を中国や韓国企業からも調達すると共に自社製造にも乗り出したため、首位から転落。 20年のパナソニックの世界シェアは、中国の最大手CATLの26%、韓国のLG化学の23%に次ぐ3位の8%とされる。

型を脱せず視野広がらず

こういう険しい現実が見えないのか、軽視したのか、衆院選ではほとんどの政党が成長問題に踏み込まなかった。「成長」と「分配」は不可分の関係なのに、だ。 経済弱体化のしわ寄せは、非正規や女性従業者、個人事業主ら弱い立場の人たちが受け、収入を減らされやすい。コロナ禍でこの傾向は強まり、困窮者が急増した。
「分配」の是正は、富の偏在と不公正を正す政策として重要なのは言うまでもないが、これだけではバランスを欠く。経済力を高め、社会全体に分配するパイを大きくする「成長」の実りが、必要不可欠だ。

日本の現状を踏まえ、どういう成長の仕方、性質を選ぶのか―これが各党の大きな関心であって、当然であろう。 たとえば、国際公約した2050年にゼロカーボンを実現する目標に向け、化石燃料に代わる水素エネルギーへの転換を機に成長のあり方を主張するような政党があってもよい。だが、そういう場面はついに現れなかった。 社会の多様性が重視されながら、日本の政治は依然、世界的視野に欠け型にはまった主張から脱け出ていない。