NAGURICOM [殴り込む]/北沢栄
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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第17章 USエコノミー輝きを増す
 米連邦準備制度理事会(FRB)が五月中旬に実施した0.5%の大幅利上げの結果、米国経済が「軟着陸」に成功し、長期的な安定成長が可能になった、とする楽観論が米国内に急速に広がってきた。8年目に入った経済の活況がIT(情報技術)革命を軸にインフレなき成長がさらに続くとの信頼感に支えられ、米国のニューエコノミーはいよいよ本格的な拡大局面に入ったとの見方さえ出てきた。

 利上げ後、注目された経済指標によれば、過熱気味だった米国経済がスローダウンする兆候が住宅分野に表れ始めた。シカゴ連邦銀行のマイケル・モスコウ総裁がUSAトゥデイ紙に語ったところでは、利上げに敏感に反応する建設業者と建設資材供給業者の受注が、好況局面に入って以来、初めて減り始めたことが確認された。一方、5月の失業率も、民間部門で11万6,000人が人員整理された結果、3.9%から4.1%へ悪化している。
 疾走する米国経済のペースを少し落とせば、転ばずに走り続けることができる。「軟着陸成功」の気配は市場を動かし、5月29日から6月2日までの週にハイテク銘柄中心の店頭市場のナスダック総合指数を週間として過去最大の608.27ポイント、19%も急騰させた。「市況は底を打った」との観測から、買いが一挙に広がったのだ。

「経済は安定軌道に乗った」との楽観論

 市場には、軟着陸ができたことで「これ以上の利上げはなくなった」と歓迎する向きと、過熱をもう一段冷やす必要から再利上げを観測する向きとが交錯している。しかし、いずれにせよ昨年6月から6回にわたり続いたFRBの利上げが最終局面を迎えた、とみる点では変わらない。
 いいかえれば、グリーンスパン議長の指揮するFRBがインフレを起こさずに経済を持続的な安定成長の軌道にスローダウンさせたのはほぼ間違いない、との感触が市場に浸透してきたのである。失業率の三十年ぶりの低下(99年=4.2%)と消費需要の危険なまでの旺盛さに利上げを重ねることで水を差してきたが、その適度な効果が五月の利上げによってようやく現れてきた、というわけだ。ある消息筋はこれについて「オーバーヒートしたエンジンを冷やすことで再び快調になる」と語っている。

 成長がスローダウンすることで「経済は安定軌道に乗った」とする楽観論が、「バブルがはじけるかもしれない」とする警戒論を圧倒してきたのである。いわば、ニューエコノミー論者がここにきて勢いを増してきた。
 だが、米国の経済活況が十年近く続いている理由は何なのか?その理由を分析すると、「ニューエコノミー」がごく一過性のものではなく「第二の産業革命」といえるほど、米国経済の構造を根本から変えている現実が浮かび上がる。行きつ戻りつしながらも一向に暴落しない米株式市場の動向は、こうした現実に即した見方が反映したものだ。当初は過渡的とも一過性ともみられたIT革命が、産業革命に匹敵する経済構造の変化を引き起こすことが、身近な生活の中で「事実」として米国民の間に次第に自覚されるようになってきたのだ。

ニューヨーク市民に「余裕と安心」

 初夏のまぶしい日差しを浴びた6月上旬のニューヨーク。ここを1年ぶりに訪問して得た印象は、街の外観から市民の生活実感に至るまで何もかもが「ベターオフ(良くなっている)している」というものだった。
 街はよりきれいに、全体に新鮮になった印象さえ受けた。マンハッタンの中心部マディソン通りの目抜きをバスに乗って驚いたことは、隣の中年女性が単行本の「スティーブン・ホーキンスのユニバース(宇宙)」を読んでいたことだ。数年前まではマンハッタンのバスの利用者はしばしば警戒の眼差しを周囲に投げながら、不安げに乗っていたものである。ところがくだんの女性は観光バスのような座り心地のよい青いシートに身を沈め、宇宙論に読み耽っているのだ。そこがまるで「自分の居場所」であるかのように。
 こういうニューヨーカーの「余裕と安心」が、市民生活のそこかしこに顔をのぞかせていた。クウィーンズのベイサイドにある米国最大手の書店チェーン「バーンズ・アンド・ノーブルズ」。ここでは夜11時の閉店直前まで多くの訪問者が店内のソファや肘かけ椅子に腰を下ろして書棚の本を読んだり、隣接したコーヒーショップで談笑したりしている。まるで静かなサロンの雰囲気なのである。
 クウィーンズにあるゴルフ練習場。100席はあろうかと思われる1、2階の打席のすべてが、平日の夜10時を過ぎても満杯で「待ち」の状態だった。数年前は考えられないことだ。連日の盛況からトークンでゴルフボールを引き出すマシンのいくつかが「アウト・オフ・オーダー故障中」と表示されてある。
 ニューヨーカーの弁護士である友人の話では、ニューエコノミーはいまではIT(情報技術)関連の職種に働く一部の人に対してだけでなく、ITとは無関係の分野の人々にまで収入増や雇用増をもたらしているという。明らかにIT効果が全産業分野に波及してきたのである。
 かつてニューヨークの代名詞のようにいわれた犯罪。これも銃を使った殺人のような凶悪犯罪から窃盗に至るまでことごとく減少し、街の治安がすっかり良くなった。東京で窃盗グループによるピッキング(特殊な工具で鍵をあける)窃盗が、昨年、5年前の60倍に激増したのと対照的だ。

官僚主導日本経済との格差広がる

 92年頃から始まった米国のIT革命は、マイクロソフト社が開発した「ウィンドウズ95」が発表された95年頃から加速し、爆発するように波及しているのは周知の通り。6月に発表された米商務省のデジタル経済に関する年次報告書によれば、昨年、ITの米国経済全体の生産高に占める比率は約8%だったが、経済成長に占めるITの割合は実に32%に上った。米国の経済成長のほぼ3分の1をITが担ったわけである。
 このIT革命は、生産・在庫・事務などを効率化することで、生産性を急激に向上させたばかりでない。IT関連の人びとの年収を大きく引き上げた(米商務省の同報告によれば、IT関連の職種の年収は平均5万8千ドルと民間企業全体の平均年収3万1,400ドルの二倍近い)。

 コスト面でも、在庫や流通コストの削減、コンピューター価格の下落などによるコスト減が社会全体にインフレ抑制作用をもたらす。いわば、企業システムはもとより社会構造をも改革してしまう変革力がある。「第二の産業革命」を引き起こし、経済社会をそれ以前の構造からより高次の情報化の構造へとパラダイム・シフトをもたらすのだ。
 このようにみたとき、米国のニューエコノミー論争の帰結もみえてくる。ニューヨーク株価の暴落はもはやなく、かつての日本経済のようにバブルが破裂することもありそうにないというニューエコノミー論者の主張が、現実の経過によって説得力を増してくるのである。

 このようにみたとき、日本の景気低迷の異常な長期化の原因も垣間みえてくる。明らかにその原因の一つは、IT革命の遅れによるのである。
 そしてこの遅れの要因に、官僚主導社会特有の前例主義が幅をきかせる“改革嫌い”、規制の多さと煩雑さ、社会の安定化(支配の恒常化)を重視するところからくる自由化・規制撤廃への政府の警戒心、戦後長く続いた成功体験とその基盤になった日本固有のシステムと慣行を挙げることができる。これらの経済・文化要因がささやかな変化にも抵抗する。日の中を遙かに快走し続ける米国と、いまなお日陰でウォーミングアップ中の日本。―キャッチアップするのは至難の業になってきた。 


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