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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第178章 洋上風力と水素を復興の柱に/楢葉町や浪江町で進む事業化

(2018年5月1日) (「週刊エコノミスト」2018年5月8日号掲載)

かつての「原発のフクシマ」がいま、洋上風力と水素エネルギーで甦ろうとしている。
2011年3月に起きた東京電力福島第一原発事故からの復興に向け、国や福島県、地元自治体が一体となって進める「福島イノベーション・コースト構想」プロジェクトが、事業化に向け大きく踏み出した。
構想は、風力発電や水素エネルギーをはじめ、原発の廃炉に必要な技術やロボット、医療などの新技術や産業を福島県の太平洋沿岸の浜通り地域に根付かせることで、産業創出につなげる狙いがある。 実現すれば、洋上風力発電、水素エネルギーとも、それぞれ世界最大級の発電規模が見込まれる。
再生可能エネルギーはいま、原発に代わる電源として国内外で拡大を続けている。このうち洋上風力発電は、日本の風力発電が欧州並みに普及する上でカギを握る。

浮体式は世界初・世界最大

今年3月―。備えつけの望遠鏡で覗くと、沖合に肉眼では見えなかった洋上風車3基が遠く揺らいで見える。
ここ福島県楢葉町の海辺の公園は、事故を起こした福島第一原発から約18キロ南にある。町は2011年3月の大津波で沿岸の住民13人が死亡、直後に発生した原発事故で住民7108人が一斉避難を強いられた。
15年9月に避難指示が解除され、2年半が経つ。この間、住民の3分の1に当たる2390人が町に帰って来た。住民の6割が避難したいわき市にある13カ所の仮設住宅が、今年3月末に供与期限を迎える。これを機に、かなりの避難者が帰還すると見込まれている。
楢葉町役場の復興推進課の空気は明るい。渡辺敬・課長補佐は「これで帰って来る住民は3600人ぐらいになりそう。原発事故前の人口の5割は超えそうだ。楢葉小学校の生徒も68人、中学校43人になった。 町は若年者を呼ぶために『仕事』『教育』『住宅』の3分野で、支援事業に力を入れる。例えば、自宅を建ててここに居住する場合は、町から100万円を支援している」と語る。この支援金は、すでに7世帯に支給した。

楢葉町が将来の夢を描くのが、町の沖合約20キロで進む洋上風力の実証研究事業だ。渡辺氏は「町としても再生可能エネルギーへの転換を力強く進めていこうと考えている。経済産業省が主導し、丸紅を中心に企業や大学が協力して、運営は順調だ」と話す。
事業は、福島沖に世界最大規模となる出力7000キロワットをはじめ、同5000キロワット、2000キロワットの風車3基と洋上変電所を設置する。 世界初の「浮体式」の洋上風力だ。福島県浜通りの復興を目指す福島イノベーション・コースト構想の一環で、原発に代わる新たなエネルギー産業創出プロジェクトとして具体化した。事業化に向けて16年度から3年計画で実証運転を続けている。

資源エネルギー庁は、風力発電の利点について「大規模に開発できれば発電コストが火力並みに下がる」ところにある。「特に洋上では、陸上と比べ好風況で発電効率が高く、大規模な風車の設備が可能」な点を挙げる。
日本は風力発電の導入が遅れている。NPO法人の環境エネルギー政策研究所によると、16年度の国内の発電量に占める風力発電の割合は、たったの0.6%。 再生可能エネルギー全体の割合も、水力発電の7.5%を除くと7.3%にとどまる。このうち太陽光が4.8%分を占める。
欧州と比べると日本の遅れは歴然だ。15年の欧州連合(EU)の再生エネ発電の占める割合は加盟国平均で29%、このうちドイツは29%、英国は25%と、すでに「主力」の電源に育っている。 欧州の再生エネの柱は、日本のように太陽光ではなく、風力だ。日本と同じ島国の英国は、再生エネ25%中、風力が12%と太陽光2%の6倍に上る。ドイツも風力が太陽光に比べ2倍と際立つ。

そこで日本の経済産業省は遅ればせながら、洋上風力発電の普及を目指して「洋上風力新法案」(海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律案)を今国会に提出した。
日本の洋上風力は現在6基にとどまる。日本で洋上風力の普及が進んでこなかったのは、海域の利用についての統一ルールがなく、海域の占用期間も短かったことなどが理由だ。 新法案は、洋上風力の促進区域を定めたり、漁業関係者ら先行利用者との調整の枠組みを設けたりするなど、海域の利用に関する統一ルールを初めて定めた。
洋上風力発電には、海岸に比較的近い海域の底地に風車を設置する「着床式」と、比較的遠い海域に風車を浮かべる「浮体式」の二つのタイプがある。日本は浅瀬が少ないため、浮体式が有利だ。
楢葉町の沖合に設置が進む出力7000キロワットの大規模風車は、高さ約190メートル、羽根の長さ約80メートル。3基が稼働すれば、年間発電量は約1万2000世帯分の年間使用量に相当するという。2000キロワットの風車1基はすでに東北電力に売電している。

世界最大級の水素製造拠点

フクシマの復興が掛かる、もう一つの新エネルギーが水素ガスだ。福島第一原発が立地する大熊、双葉両町とともに、原発事故で最大の被害を受けた浪江町の産業団地で、「水素プロジェクト」が進められている。
同プロジェクトは、国立研究開発法人、新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)が主導し、東芝エネルギーシステムズ、岩谷産業と東北電力の協力を得て、世界最大級の出力1万キロワットの水素製造装置を備えた水素エネルギーシステムを構築する。
装置は、太陽光で発電した電気を使って水を電気分解し、二酸化炭素(CO2)を排出せずに水素を作り出す。発電から製造までCO2ゼロだ。
装置を使って製造した水素を使って、1日当たり約150世帯の電力を供給できる。 燃料電池車用の燃料に使えば、約560台分に相当する。水素の用途は、電力会社や燃料電池車のほか、車・バス向けの水素供給ステーションや、水素を原材料に用いるメーカー向けだ。

政府は、今夏にも改定するエネルギー基本計画で、再生可能エネルギーを「主力電源」に位置付けるとともに、水素エネルギーを「新たな選択肢」としてより重視する方針を打ち出す予定だ。 政府が昨年12月に発表した水素基本戦略では、福島で製造した水素を県内だけでなく、20年に開催予定の東京五輪でも利用する考えを示した。
水素技術は日本勢が先行する。トヨタ自動車は燃料電池車、パナソニックは蓄電池の開発で世界をリードする。
浪江町の児玉博史・産業振興課主幹は「18年度に土地の造成を終え(水電解装置などの)製造設備を作って20年度中に運用開始する」と言い切った。

原発事故が浪江町に残した傷跡はなお生々しい。帰還困難地域がまだ広く残る。それでも1年前の避難指示解除を経て避難先から避難した約2万1000人のうち、516人が帰ってきた。道路や水道など公共インフラはすでに整備した。コンビニ3店を含む商店、飲食店など30店近くが開業した。
環境省主導の除染が進めば、帰還者は増えていくはずだ。人が増えれば、不足する仕事、教育、医療などの環境も充実し、それがまた人を呼ぶことになる―と町役場は期待する。
その期待の頂点に、水素エネルギーがある。
筆者は、4月に開校した「なみえ創成小・中学校」に、生徒や児童がどの程度入学したかを尋ねた。小学校には8人、中学校には2人と、ごく少数だが、学校側が明かした教育理念にある種の感動を覚えた。
「教育環境が制約されるが、生徒が少人数であることで、教師と生徒が相対(あいたい)することができ、生徒に主役意識が育つ。個別対応によって、よい教育ができる」と明言したのだ。
将来の芽は確実に育っている。