■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第160章 年金改革、盛り上がらず/抜本改革は先送りへ

(2013年6月3日)

政府の社会保障制度改革国民会議の年金制度改革への関心が盛り上がらない。 会議の設置期限は8月21日。窮屈な日程からみて、制度改革には踏み込まず、「支給開始年齢の引き上げ」など、“制度内手直し”で幕を引く可能性が高まった。

医療、介護に議論集中

昨年11月の初会合以来、本格的な年金議論に入ったのは、ようやく5月半ばになってからだ。4月19日の第9回会合でそれまでの「主な議論」が紹介されたが、年金についてはほぼ素通りした。
事務局作成の資料には、次のようにごく簡単に紹介されただけだ。
「まずは、どのような年金の将来像を描いたとしても対応すべき現行制度の改善に取り組むべき」
「年金財政を健全化する改革に早く着手して、年金制度を長持ちさせ、将来世代に財政的なツケを残さないようにすべき」―。
つまり、現行制度の改善を優先して抜本改革など後回しにしろ、年金財政健全化を急いで現行制度を長持ちさせろ、というに等しい。
議論は4月一杯までは医療と介護問題に集中し、次いで少子化問題に移った後、5月17日に年金に着手した。しかし同日の議論では支給開始年齢の引き上げ意見が相次いだ。現行制度における「年金額支給減」が声高に主張されたわけである。

国民会議が年金制度改革に消極的になった要因として、3つ考えられる。
1つは、年金の現行制度の不備などを埋める年金関連法案が半年前から相次いで成立もしくは閣議決定されたことだ。
国民会議委員の権丈善一・慶応大商学部教授は、経済誌にこう書いている。「年金と子ども・子育てについては(衆議院の)解散直前に、すでに各種の法律が成立し、公費追加に具体的道筋が確保されている。それとは対照的に、消費税率引き上げで得られる財源を用いて医療・介護分野でどのような改革が成されるのかは、いまだ法的・制度的な道筋が立っていない」
権丈委員が指摘したのは、過去の物価下落時に支給額を引き下げず、本来より高い「特例水準」になっていた「もらい過ぎ年金」を段階的に解消する改正国民年金法などである。
安倍内閣は4月、今国会での成立を目指す年金関連法案を閣議決定し、年金の法的整備をさらに進めた。国から預かった厚生年金の積立金が足りなくなった厚生年金基金に、5年内に解散を促す内容などが盛り込まれている。
このような動きを受け、委員の間に「現行制度が持ち直した」との感触が強まったのは疑いない。そうなると、“抜本改革は後回し”となる恐れが強まる。

アベノミクス効果

2つめの要因は、アベノミクス効果だ。
日銀の黒田東彦新体制の発足で、アベノミクスは本格始動し、大幅な円安・株高をたちまち実現した。市中に出回る資金量を2倍にする量的金融緩和に加え、来年4月から予定される消費税の段階的引き上げにより、「2年内に2%上昇」の物価目標は達成される公算が高まった。
インフレ経済では、年金財政は安定化に向かう。その理由は04年年金改革で導入された年金給付を自動調整する「マクロ経済スライド」が働くようになり、年金給付の増大を抑えられるからだ。

マクロ経済スライドとは、厚生労働省の作った長期経済前提に基づき物価上昇率から毎年0.9%マイナスして年金を減額支給する(年金を初めて貰う人は賃金上昇率マイナス0.9%)仕組みである。「物価上昇分よりも0.9%低い水準に年金額を留める」仕方で納付水準の上昇を抑制しようという狙いである。
このマクロ経済スライドは12年度から発動される予定だったが、インフレどころか想定外の経済のデフレ化で実施が見送られた。
ところが、アベノミクス効果で「物価2%上昇」が実現する見込みがにわかに強まった。そうなると、休眠していたマクロ経済スライドがようやく働きだす。仮に2%の物価上昇率なら賃上げで現役世代からの保険料収入が増える半面、年金支給額は前年比1.1%増に抑えられる。インフレで年金額は実質減となる一方、株高による年金積立金の運用益の増大から、年金財政は潤いながら回り始めるわけだ。

政権が改革に消極的

3つめの要因は、肝心の安倍晋三政権が年金の抜本改革に否定的なことだ。国民会議はそもそも、「消費税の引き上げと一体で社会保障制度改革を推進する」との趣旨から発足したはずである。
しかし、安倍首相は5月10日の衆院本会議で年金制度について「必ずしも抜本改革を前提としたものではない」と答え、現行制度の手直しで十分、との考えをにじませた。田村憲久厚生労働大臣も歩調を合わせ、抜本改革は必要なら5年ごとに行われる年金財政検証時に行えばよい、との見方を示した。

現行制度の柱となる「100年安心」を謳った2004年年金改革は、民主党政権前の自公の与党時代に策定した。政権に返り咲いた今、「現行制度をできるだけ長持ちさせたい」と考えるのは当然かもしれない。
この保守的な思考が“抜本改革の否定”となって表面化してきたのだ。政権が現行制度の手直しで済まそうとするなら、「100年安心年金」を立案した厚労省が喜んでこれに従い、今後は現行制度の維持を前提に政策調整に精を出すことになろう。国民会議事務局の官僚が政権の意向を受け、年金論議の深入りを避けるのも当然の流れといえる。

こうした3つの要因から、年金論議は熱を失っていったと見られるのである。だが、自民、公明、民主3党が解決課題に掲げる「雇用形態の多様化と未納・未加入問題」「低年金・無年金者の増加」に対し、 “制度内改善”による効果には限界がある。これまでも弥縫策を重ねて欠点を取り繕ってきたが、解決にはほど遠い。
さらに、マクロ経済スライドで現行制度を長持ちさせた場合、インフレ下で実質年金額は長期的に下がり続ける問題も現実化する。
国民会議は、現行制度の限界を見定め、抜本的な制度改革のグランドデザインを提示する必要がある。