■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第159章 物価2%目標、達成の見通し/脱デフレ後の成長政策を

(2013年4月15日)

日本銀行の新体制が掲げる「2年で2%」の物価上昇目標に対し、達成する可能性が強まってきた。 これは政策誘導のほかに来年4月から実施される消費税引き上げ、円安に伴う輸入品価格の上昇、インフレへの期待感から来る物価押し上げ効果などの要因が加わるためだ。

国債の制限撤廃

黒田東彦・日銀総裁、岩田規久男・副総裁の大胆な金融緩和への期待先行で市場は早くから動き出した。 黒田総裁は、就任の記者会見で「(目標達成まで)できることは何でもやる」と明言した。世論調査では、2人への期待の高さが6割を超えるが、「2年以内に消費者物価を2%に引き上げ」の目標の成否については「達成できる」と見る派と「できない」と見る未達成派は共に4割余りでほぼ拮抗している(日経サーベイ、3月8〜10日実施)。 しかし、その後の世論調査では、達成派が増えつつある。
日銀は4月4日の金融政策決定会合で、市場に供給するカネの量を2年間に倍増させるなど「異次元の政策」(黒田総裁)を決めた。市場はこれに急反応、一気に円安・株高が進んだ。 これまで日銀は満期まで3年以内の国債しか買わない上、買い取り量にも上限を決めるなど、金融の本格緩和に及び腰だった。

日銀の超金融緩和政策に加え、物価を引き上げる要因に、消費増税が挙げられる。来年4月には税率5%から8%へ、次いで2015年10月からは同10%への2段階引き上げが予定されている。 過去の消費課税による消費者物価への影響を見ると、3%初導入時の1989年に2.2%の消費者物価の上昇、さらに97年の消費税5%への2%アップ時には同年で1.9%(総務省統計局データ)上昇している。
来年4月から消費増税3%分が実施された場合、消費者物価はほぼ自動的に2%程度は上昇するとみられ、それだけでも日銀の「2年で2%」の目標は達成の可能性が高まる。

インフレ「期待」で動かす

さらに物価引き上げ要因として、円安に伴う輸入品価格の高騰が挙げられる。既に電力会社が火力発電用に使う液化天然ガス(LNG)や家計に直結するガソリンなどが高騰している。 円高時の為替予約が円安に切り替わるにつれ、小麦、食用油、マグロなどの輸入原材料価格が軒並み上がり、次第に末端価格に転嫁されていく見通しだ。結果、物価は半年内に上昇トレンドに変わってこよう。
加えて、インフレへの「期待」効果が物価上昇を促す。インフレ期待が投資や消費心理を刺激し、実際の消費増大、設備投資をもたらす経済成長効果が経験的に見込める。人びとの間に物価上昇への期待が高まると、早めに買ったり投資しておこうという心理が働くようになる。
いわゆる「インフレ心理」で、景気が良くなり将来物価が上がるようなら、価値ある資産を今のうちに買っておこうという心理だ。 最近、不動産やゴルフ会員権、宝石、高級腕時計などの高額商品が売れ出したのも、インフレ心理の表れと見られる。

米国の中央銀行に相当する連邦準備制度理事会(FRB)の場合、2008年9月のリーマン・ショック後、マネタリーベース(金融機関の中央銀行への当座預金・市中の現金)を大量に増やして予想インフレ率を2%台に維持し、実際のインフレ率もこの近くで安定した。
つまり、「デフレ予想」が人々の間に定着すると、日本が先例となったように家計や企業、銀行はデフレを予想して、消費や投資、資産選択を決めるようになり、デフレが実現する。 これが「インフレ予想」だと、逆に結果としてインフレが実現するというのだ。「予想」「期待」という感情の広がりが、実際にそれに近い消費、投資を実現していくというわけである。
だから、人々の「期待」の集合に沿って政策を決めれば、期待通りの結果を得やすい―。日銀新体制は、こうした楽観的な「期待」を広げて政策を実現させようという、米英で採用されているが日銀では異例の積極手法を導入する。 約15年続いたデフレ経済を打破するため、「期待起こし」から始めようと、2年で2%の「インフレターゲット」を宣言した形だ。

問題は金融目標達成後

このような諸要因から、政府と共有した日銀の物価上昇目標は達成の公算が高いと見られる。 とはいえ、問題はむしろ目標達成後だ。消費税が5%に引き上げられた1997年4月当時、増税に伴う値上げなどから消費者物価は2%程度上昇したものの、翌98年に景気は悪化し、以後長期にわたりデフレ経済の泥沼にはまり込んだ。 消費増税で国民負担が増え、個人消費を急冷させたのが一因だ。
現状も、インフレ期待から一部大手企業に賃金アップの動きが出てきているが、全体としては収益低迷から雇用・賃金抑制の傾向が続いている。 全勤労者に占める低所得層の非正規雇用者は既に3分の1を超える。
リーマン・ショック後、非正規雇用の拡大を背景にサラリーマンの所得は減り続けている。 半面、毎月給与から天引きされる社会保険料の負担は年々重くなっている。厚生年金の場合、2017年9月に保険料負担の法的上限18.3%に達するまで、景気にお構いなく毎年0.354%ずつ引き上げられる。 これが国民を節約に走らせ、消費拡大のブレーキ役になっていることは疑いない。

脱デフレに成功しても、自律的な経済成長の好循環が始まらなければ、消費増税による消費の冷え込みからいずれスタグフレーション(不況下の物価高)に陥る恐れがある。
その点で、雇用・賃金増、法人税や所得税の引き下げ・手直し、規制撤廃・緩和、質の良い移民の導入政策など、経済成長を引き起こす力強い経済成長政策の同時発動が欠かせない。
さらに景気回復を持続させるため、消費増税の一定期間の延期も政策の選択肢の1つとなろう。 その場合、来年4月実施予定分を1年半遅らせ、15年10月に消費税率10%への引き上げを一度で行うシナリオが浮上する可能性もある。