■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第153章 軽減税率が増税論議の焦点に/食料品、水などが俎上に

(2012年8月6日)

消費増税関連法案が衆院を通過し、参院での論戦では消費増税に伴う低所得者対策として軽減税率導入の是非、適用範囲が急浮上してきた。 消費税8%への引き上げ時から食料品や水が現行税率5%に据え置かれた場合、国民の負担感はかなり和らぐため、論戦最大の焦点となるのは必至だ。

負担緩和の国が多数派

野田佳彦首相は消費増税の是非を論議する7月19日の参院特別委員会で、消費税引き上げの際に低所得者対策が重要な課題になるとし、「軽減税率についても様々な観点から検討する」と明言した。 2014年4月に税率を8%に引き上げる時点から軽減税率の導入を求める公明党の松あきら副代表への答弁だ。
審議中の消費増税関連法案は、低所得者対策として8%引き上げ段階で低所得者に現金を支給する「簡素な給付措置」を盛り込んだ。 一方で、本格的な対策として「軽減税率」および減税と現金給付を組み合わせる「給付付き税額控除」の検討を挙げているが、具体的な時期には言及していない。

消費税では、低所得者ほど重くなる負担感を緩和する仕組みとして、海外では、食料品や水、医薬品などの生活必需品や新聞、書籍など「知的ツール」の税率を標準税率より低く設定してきた。 とりわけ、英国やアイルランド、オーストラリア、カナダ、メキシコは食料品の消費税率をはじめからゼロに抑えてきた。生活必需品とそれ以外とをくっきり分けて税負担を緩和する国の方が多数派で、欧州ではほとんどの国が軽減税率を採用している。
民主、自民、公明の三党合意による消費増税関連法案が「軽減税率」の導入に冷淡なのは、消費増税の実現に躍起の財務省が「庶民の生活感覚を無視して税収増にひた走ったため」(民主党国会議員)との見方がある。 そうだとすれば、財務官僚主導の三党合意だったと言える。
しかし、論議が参院に移されてから、民主、自民両党が軽減税に及び腰の中、公明党がこれを低所得者対策の“目玉”として押し出してきた。 同党は次期衆院選挙を視野に、参院審議で消費増税にどう低所得者対策を組み込むか、に力を注ぐ。

負のスパイラルの回避策

大和総研の試算によると、夫婦のどちらかが働き、子供2人、年収500万円の場合、消費税10%への引き上げにより負担増は16万7000円、これに復興税などを合わせると年間32万8900円にも上るという。この負担増では、家計消費を相当減らさざるを得なくなるのは明らかだ。
そうなると、消費を活発にさせる経済・金融政策を発動しなければ、現状のデフレ不況は一層深刻化する危険がある。個人消費が国内総生産(GDP)の6割を占めるからだ。 デフレ不況下では、消費税を引き上げても法人税、所得税など他の基幹税の税収減から肝心の税収全体が落ち込む恐れが出てくる。 現に1997年の消費増税で「負のスパイラル」が引き起こされた。 家計は、税金と保険料を差し引いた手取り収入(可処分所得)のマイナスが07年以来続き、やり繰りは相当厳しい。非正規雇用の増大から低所得者層も拡大の一途だ。

「負のスパイラル」を防ぐ上でも、消費増税に際し軽減税率の検討は欠かせない。しかし結局、軽減税率を「どの分野まで適用するか」は政治の判断領域であり、「軽減税の対象をどの分野に絞り、どこで線引きするか」は政治主導で行わなければならない。 低所得者をはじめ生活者が「税の負担感」の軽減を実感しやすいのが、軽減税率であることは間違いない。
スーパーなどで買う米やパンなど食料品の消費税が10%に引き上げられた場合、家計はたちまち追い詰められるケースも予想される。
逆に、食料品の負担が以前と変わらなければ、消費税の打撃はかなり和らぐ。消費支出の主要部分は従来通りとなるため、個人消費が落ち込んで国の経済を冷やすリスクも減る。

ニューヨークの対応参考に

海外では免税か軽減税率の対象となる商品・サービスは、食料品のほか水道水や子供用衣服、肥料、医療、家庭用電力、教育、金融、不動産取引、宿泊施設利用料など多岐にわたる。 欧州の主要国では「公共性」「文化的基礎」の観点から新聞、雑誌、書籍も免税か軽減税率を適用している。
新聞に対しては食料品にゼロ税率の英国をはじめベルギー、デンマーク、ノルウェー、フィンランドが免税。ドイツ、フランス、イタリアでは軽減税率を適用して低い価格に抑えている。 日本ではこのほかに購入単価が高い住宅や自動車への軽減税率適用が検討されるとみられる。

中でも、、米ニューヨークのメリハリを付けたきめ細かい対応ぶりに注目すべきだ。米国には国税としての消費税はない。州や市、郡(カウンティ)が、それぞれ独自の「売上税(セールス・タックス)」の名で課している。 ニューヨーク市の場合、消費税は8.875%だが、スーパーなどで売る未加工の食料品は非課税。今年4月からは衣料品と靴について小売価格110ドルまでの商品に限り免税となった。市当局が低所得者向けに配慮したものだ。
反対に、市中心部のマンハッタンで車を駐車すると税率加算され、駐車税率は18.375%にも膨れ上がる。 郊外に住む富裕層などが乗用車でマンハッタンに乗り入れた場合は高率の税金を掛け、税収増を計ると共に、交通ラッシュや大気汚染を緩和しようというわけだ。

一方、ニューヨーク市周辺の郡の消費税は、市よりも若干安く設定してある。市に隣接する高級住宅地ナッソウ郡では同税率を8.625%に抑えて郡独自の軽減税率を講じ、住民の期待に応えている。
住民に敏感な海外の先進国や地方自治体を日本の政府と比べてみると、税を課される側への配慮に雲泥の差を感じる。 しかも、日本の場合、政府は消費増税という負担を引き替えに行うはずの、受益部分に当たる社会保障のあるべき全体像を国民に依然示していない。 政府・与党と自民、公明両党は国民に重い負担を求める以上、その理由をわかりやすく国民に説明し、国民負担を最小に留める努力を続けなければならない。