■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第152章 10年代後半から超重税国家へ/新年金制度のあるべき姿

(2012年7月5日)

消費増税の成否がかかる社会保障と税の一体改革関連法案が、衆院で可決された。最大の焦点は「消費税の引き上げで国の財政がよくなり社会保障財源が確保できるか」である。野田佳彦首相が確信するように、消費増税が「財政好転・将来の社会保障不安解消」の決め手となるか、である。
消費税の現行5%からの引き上げ自体はいずれ不可避とみられる。急速な少子高齢化に伴う社会保障費の毎年の増大、これに対応して安定財源を手当てするには、ほかに選択肢が限られるからだ。
問題は、消費増税のタイミングである。現状の経済状況下で大丈夫か、である。

歴史の示すところ、デフレ不況下での消費増税には大きなリスクが潜む。現状の景気は11、12年度の2年間で18兆円に上る震災復興予算効果で東北を中心に上向いてきたが、一時的に過ぎない。国内総生産(GDP)の6割を占める個人消費が低調なところに消費増税の打撃が加われば、個人消費をさらに冷やし、デフレ不況をむしろ悪化させてしまう恐れがあるからだ。
需要喚起策を講じずに消費増税が実施されれば、肝心の財源捻出効果すら疑わしい。いや、経済を一層デフレ不況に押しやれば、消費税収は上がっても、ほかの基幹税収である所得税、法人税が落ち込む結果、税収総額は減少する可能性の方が大きい。
野田首相ら政府の増税派は、財務省が描いた「消費増税シナリオ」に乗り、消費税の引き上げ効果を確信し、それが唯一の財政危機の解決策であるかのように喧伝してきた。しかし、足元のデフレ経済下の消費増税は以下にみるように、最悪のリスクを孕んでいる。

最悪のシナリオ実現か

歴史の教訓が、この危険性を指し示す。消費税を3%から5%へ引き上げた前回、97年4月当時、97年度の税収総額は消費増税の効果から53.9兆円へと大幅に増えた。ところが、翌98年から日本経済はデフレ不況の泥沼に入り込む。以後、デフレは長期化し、これに伴い税収難に陥っていく。
結果、消費税収は引き上げ以前より増え、毎年10兆円前後と「安定財源」になったものの、税収総額は97年度水準をこれまで一度も上回ったためしはなく、低迷が続いた。消費増税が一因となったデフレ不況で、税収最大規模の所得税と、好況時には最大級ともなる法人税の税収が揃って下落したためだ。
リーマン・ショックが襲った09年度の国の一般会計税収でも検証しよう。同年度の国の一般会計税収(決算ベース)をみると、総額37兆6655億円と40兆円台を大幅に割り込んだ。リーマン・ショックで景気が急悪化したことによる。この中で消費税収は前年度に比べ0.2兆円減の9.8兆円にとどまったが、所得税収は2.1兆円減の12.9兆円、法人税収はなんと3.6兆円減の6.4兆円に急落している。デフレ不況下では消費税収は比較的安定しているものの、ほかの基幹税の減収から税収総額は減少し、財政事情はむしろ悪化することを裏付けた形だ。

このことから、経済活動を刺激もしくは国民負担を軽くする経済・金融政策を併用せずに消費増税を実施すれば、経済を悪化させるばかりか目的とする税収増自体の実現が困難になることは明らかだ。
昨年3月の東日本大震災・原発事故以後、31年ぶりの貿易赤字が示したように、日本経済は超円高も加わって一段と厳しさを増している。名目GDPは、08年9月のリーマン・ショック前まで毎年500兆円の大台を超えていたが、大震災・原発事故などに見舞われた11年度は468兆円に急落、12年度は回復したものの470兆円台にとどまる見込みだ。
デフレ下の企業業績の悪化に伴い、サラリーマンの収入も低下、家庭の預貯金も減少傾向にある。これに伴い家計の可処分所得は07年から毎年縮小し続け、昨年は全四半期でマイナスとなった。つれて家計の最終消費支出も08年から落ち込んだ。補助金がもらえるエコカーのような“お買い得”には消費は盛り上がるが、全体としては低調だ。

財務省シナリオを鵜呑みの首相

このような民間の“金欠事情”から、需要を盛り上げる経済政策が欠かせない。この政策なしに、消費税の10%への引き上げが実現した場合、デフレ下の国民経済に惨たんたる打撃を加える恐れが強い。
野田政権は、すでに震災復興の財源を「国民の負担」に求めた。5年間で総額19兆円に上る震災復興予算は、主に臨時増税と国債(復興債)から賄われたが、柱となったのは家計の負担増だった。投入する資金のうち所得税を中心とする臨時増税が10.5兆円相当を占めたのだ。
なぜ大震災の打撃から立ち直っていない中、増税中心の復興対応なのか。
これは、政権を握った民主党政権の“官僚接近・国民離れ”の帰結であった。民主党政権は、国民に説明しないまま変節し、官僚に政策を事実上、委ねたのである。

菅直人政権は、震災復興の財源を政府の特別会計に潜む「埋蔵金」を掘り出して充てることも、政府資産の売却からひねり出すこともしなかった。「予算を組み替え、ムダを排除する」と謳った民主党マニフェストを自ら踏みにじったのだ。
次いで野田首相は、財政危機の折り、膨らむ社会保障費に充当させるため、として「14年4月に8%」、「15年10月に10%」への消費増税を閣議決定した。しかし「社会保障と税の一体改革」を表明しながら、社会保障の全体像の方はいまなお示していない。消費増税さえすれば財政は好転する、とばかりに、取りつかれたように突っ走る。
この一連の民主党政府の決定は、むろん、窮乏化する国民生活を追い詰める。
野田政権は、これまで国民に「我慢を求める政策」しか取ってこなかった。「国民負担路線」である。国民の我慢強さに乗じて、国民への十分な説明なしに国民負担路線を進むのがその特徴だ。
これは野田首相ら増税派が、財務官僚が描いた「消費増税シナリオ」を頭から信じて鵜呑みにしているせいだろう。この政府の国民負担路線が見過ごされるようだと、今後も安易な消費増税が繰り返される恐れがある。

超重税国家への道

消費税の10%への引き上げが実現した場合、国民の負担が増えるのは税金ばかりでない。ジワジワと増え続ける社会保険料の負担がずっしりとのしかかる。実はすでに国税(一般会計)よりも社会保険料の負担の方が、ずっと重い。
年金などの社会保険料は月々の給与から天引きされるため、納付側からすると「強制徴収」という点で税金と変わらない。
消費税率が15年に10%に上がれば、ジリ高となる社会保険料と併せ日本は2010年代後半には「超重税国家」の様相を帯びる。
社会保険料は高齢化の進行を受けて毎年のように上がる。昨年来、国民年金や労働雇用保険のように未納問題や積立金状況から保険料がわずかに下がったケースもあるが、それらは例外に過ぎない。
昨年を例にとると、9月から厚生年金保険料率が本人負担分(以下同じ)で8.029%から8.206%へ引き上げられた。健康保険(協会けんぽ)料率が3月に全国平均4.67%から4.75%へ、介護保険第2号(40歳以上65歳未満)保険料率も3月に1000分の7.5から7.55へ引き上げられた。
厚生年金保険料率は5年後の17年9月には事業者負担を含め上限の18.3%にすることが04年の年金制度改革ですでに決まっている。このゴールに向け毎年9月に少しずつ引き上げられていく。保険料率はサラリーマンの標準報酬月額に応じて掛かり、保険料は企業と折半して源泉徴収される仕組みなので、サラリーマンの負担は確実に増えていく。
協会けんぽ(全国健康保険協会)の場合、今年も3年連続で引き上げられ、半分負担する中小企業の経営者から「またか」と悲鳴が上がった。東京都では、事業主負担分を含め3月分より9.48%から9.97%へ引き上げられた。
年々上がる同介護保険料も、今年5月から再び1.51%から1.55%に引き上げられた。

しかし、これらの引き上げは、ほんの“通過点”だ。年金はいまのところ、上限が5年後に設定されているが、それ以後、「上限」がさらに引き上げられる可能性がある。
将来、社会保障費はどこまで膨らんでいくのか―。
厚生労働省が今年3月に公表した「社会保障に係る費用の将来推計の改定について」。ここに厚労省の最新の将来見通しが描かれている。
これは従来の甘すぎた“見込み違い”を踏まえ、内閣府の経済財政の中長期見通しなどで「慎重シナリオ」を基に推計したものだ。

それによれば、年金、医療、介護、子育てなどから成る社会保障費負担は12年度の101.2兆円から25年度には44%増の146.2兆円に増える見通しだ。うち保険料の負担は25年度時点で85.7兆円、税負担は60.5兆円。負担比率は保険料の58.6%に対し税が41.4%。
保険料負担の方が、税負担より4割も重いことが分かる。
なかでも負担が大きいのが、年金保険料だ。見通しによると、これが44.1兆円と、社会保険料全体の半分強(51.5%)を占める。つまり、年金をはじめとする保険料負担で国民生活の方はやりくりが一段と厳しくなっていくわけだが、実現すれば消費増税の負担がこれに加わる。
こうして見ると、国民負担と受益の観点から公的年金制度の改革が最重要課題となるのは明らかだ。破綻しかけている現行年金制度に替え「国民にどの程度の保険料負担を求め、どういう公的年金制度を作り直すべきか」が改めて問われてくる。

生きがいと希望のイメージ

前出の「将来推計」から見る10年後の社会保障像は、いかにも重苦しい。社会保障の費用増で使えるカネ(可処分所得)がますます限られていき、働きがいが湧かずにすっかり活気を失った勤労者像が浮かび上がる。
では、これと対極の、生きがいと希望のイメージを持つ社会保障の将来像は描けないか―。
少子高齢化社会で社会保障の中核となる、あるべき公的年金制度像について考えてみる。

まず、現行の公的年金制度が時代の流れから大きく取り残され、欠陥だらけとなっている現状を見よう。
年金不信が端的に表れている国民年金保険料の未納率。11年度の納付率が過去最低だった前年度の59.3%を更新するのは確実だ。保険料が払えない、収入の低い非正規雇用の若者の未納が増えているためだ。これで6年連続の納付率の低下となり、未納率は3年連続で4割台となる。
だが、事の真相はもっと深刻だ。収入状態などから納付免除が認められる「免除者」を合わせると、納付率は42.1%(10年度末)にまで落ち込む。つまり実質の未納率は6割弱にも達するのだ。
国民年金は会社員や公務員以外の自営業者や農漁業従事者、非正規雇用者、学生、無職者らが加入する公的年金。会社員が加入する厚生年金では保険料が給与から天引きされるが、国民年金では自ら保険料を納める仕組みだ。ところが、いまでは収入の低い非正規雇用者が全雇用者の3分の1超に増えたことから、未納率が上がるのも当然であった。

しかし、厚労省の未納者に対する2008年実態調査によると、「経済的に支払うのが困難」が64.2%(複数回答)と最多を占めるものの、「年金制度の将来が不安、信用できない」が14.3%、「社会保険庁が信用できない」7.0%と深い不信感をのぞかせた。
この不信感は、公的年金制度が職業によって厚生年金、国民年金、共済年金と3種に分かれ、公務員の共済年金の優遇ぶりがひと際目立つなど、制度への不公平感と結び付く。
さらに国民年金の場合、12年度の保険料は月1万4980円。保険料を40年も払って、ようやく満額でもらえる年金が月6万5541円に過ぎない。これでは老後の生活はおぼつかない、と年金制度への不安、不信が広がっているのだ。
年金制度への不公平感を抱かせる最たるものは、夫(妻)が厚生年金や共済年金制度に加入している専業主婦(夫)の優遇だ。約1000万人いる第3号被保険者の専業主婦は、夫への“内助の功”が認められ、就労しなくても国民年金を貰える資格を得ている。ところが、いまでは非正規雇用の半分以上を女性が占める。就労する女性から見れば、専業主婦の年金受給には不公平感を覚える。

このように現行制度は職種、ライフスタイルで加入が分けられ、受給条件などで公平性、中立性に欠ける。この不信感もあって国民年金保険料の未納者が増え、制度の空洞化が進んでいるのである。
そこで公平・中立な新たな制度改革に向け、厚生、国民、共済の3年金制度を一元化することが出発点となる。
無年金、低年金、生活保護者が増える状況下で、「国民皆年金」の仕組みとして「万人の基礎年金」を考える必要がある。誰もが老後に最低限の生活に足りるだけの基礎年金を受給できる仕組み作りが重要となる。
筆者はその財源を、制度施行から4年間は国の特別会計などに隠されている「埋蔵金」と、すでに09年度から制度化されている財源の「国庫負担2分の1」で賄うべきと考える。
「税プラス埋蔵金方式」である。これを4年間の時限とし、5年目以降は全額を「消費税方式」に改める(図表1)。
埋蔵金は、国会で特別委員会を立ち上げ、国民監視の中、超党派で探査し、掘り起こせば、成果を期待できる。探査対象はまず特別会計(特会)の積立金(182兆円=09年度決算、以下同じ)、剰余金(30兆円)であるべきだ。剰余金のうち翌年度に繰り越される繰越金(14兆円)、使い残しの不用額(17兆円)を集中的に精査する。

会計検査院は今年1月発表の特別会計検査報告書の中で、多くの積立金で「その保有すべき規模、基準等が具体的に示されていない」などと問題を指摘した。余剰資金を抱えながら不透明な会計処理が多いのだ。
特会は10年10月、政府の「事業仕分け」で取り上げられ、世論の期待が高まったものの、仕分け開始1週間前に菅首相(当時)が突然「埋蔵借金もある」と発言し、風向きが変わった経緯がある。焦点だった財務省所管外国為替特会の20兆円超に上る積立金は仕分けで「実は借金」と認定され、腰砕けとなった。
この特別会計を今度は国会の俎上に乗せるのである。
埋蔵金はこのほか政府の遊休不動産、出資金、貸付金などの形で埋もれており、これらの政府資産(647兆円=09年度決算)もむろん、探査の対象となる。要は民主党政権の挫折した事業仕分けを国会の特別委員会に舞台を移して今度こそやり遂げるのだ。
特別会計などの埋蔵金から50兆円規模を発掘し、これを基金に4年間にわたり年額10兆円規模の基礎年金財源に充てる。従来の「2分の1国庫負担」分と併せ、4年分の基礎年金財源とするのである。
この新制度の利点の1つは、国民と企業の年金保険料の基礎年金部分の負担が一切なくなることである。年間10兆円相当の負担がなくなることで、企業と個人の可処分所得は増え、停滞している経済の需要エンジンを一気に動かし、活性化させることができる。

この制度改革により、国民の将来の「安心・安全」が確保されるばかりでない。経済の大いなる活性化が実現する意義がある。経済的な余裕を得た個人は年金保険料に相当する“余裕資金”を思うように活用できる。企業は負担軽減分の資金を新規投資や借入金の返済、雇用の拡大などに転用できる。
年金保険料をすでに納付し終えたか、納付中の現役世代に対しては、どう対応するか。
まず、年金積立金(厚生年金と国民年金で計150.6兆円=2010年度実績)による金利付き払い戻しが考えられる。あるいは旧制度に基づく給付の希望者には、公的給付機能だけ残し、給付を継続する選択肢も考えられる。保険料負担減で余裕の出る富裕層には、年金の返還や年金課税の強化を検討する。
基礎年金の給付水準は、これまでの政府の生活調査をベースにすると、単身世帯で「7万円+α」、夫婦世帯「13万円+α」が目安となろう。(図表2図表3)(PDF)
新制度は、基礎年金の2階部分は積立方式とし、「働き世代の時に自ら積み立てた分を高齢になって受け取る仕組み」に改める。これに伴い国と企業の保険料徴収義務はなくなるため、徴収事務の廃止による行政改革および企業の事務負担と労働コストの削減が実現する。つまり、国民負担、企業負担、行政実務負担の大幅軽減が可能となるのだ。さらに積立金の管理・運用は「公営プラス民営」とし、民業の一層の活性化を実現する。
個人は老後の生活を考え、自らの自由意思で2階部分の積み立ての計画を決める。この積立金分を引退後に基礎年金に上乗せして受け取るのである。
このような骨格の新制度で、国民に将来の「生きがいと希望」を注入し、萎縮したデフレ社会を一挙に活性化させることが可能となる。



(図表1)