■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第148章 天下りシンクタンクが洗脳工作

(2011年10月19日)

野田佳彦内閣の大増税路線は、民主党の国民への公約を裏切るものだ。それは「特別会計を中心に予算を組み替え、国民生活が第一の政治を実現する」とした09年衆院選のマニフェストを自ら完全否定した。 デフレ不況を襲った東日本大震災と超円高―経済を成長軌道に乗せるには本来、消費者の可処分所得を増やし、個人消費を活発化させる減税こそが必要だ。 政権には、この減税議論すらなく、財務省指南の大増税へひた走る。

天下りは形を変えて復活した。事業仕分けもムダの削減にごくわずかしか切り込めなかった。特別会計改革に至っては、埋蔵金を発掘するどころか、財務省の振り付け通りに「埋蔵借金」なるものを掘り起こして幕を引いた。 「脱官僚」どころか官僚に骨抜きにされ、政策は財務省に頼り切る体たらくになってしまった。
政権はなぜ「財務省依存」に感染してしまったのか。大マスコミもなぜ、ひと頃に比べ批判精神を失ったのか ― 背後に、天下りシンクタンクの洗脳工作がうごめく。

「原子力発電は安全」と言われ、信じ切っていたのに、最悪の事故を引き起こした。原発の次の殺し文句「原発のコストは安い」も、事故対策費を考えればウソ八百だ。 国は正直で信じやすい国民を長い年月、だまし続けてきた。
原発神話を世に広め、甘言をささやき、金をバラまいて原発を推進した張本人が、国の別働部隊である天下り団体だ。 このうち国民を“洗脳”する役割を担ってきたのが、役人が天下るシンクタンクである。

「天下り団体」と聞くと、一般の国民は年金とか道路にまつわるカネや利権を連想することだろう。 だが、国民が知らされていない天下り団体のもう一つの役割が、国民をその気にさせたり、ニセ情報を信じ込ませる「洗脳工作」にあるのだ。 戦時中の大本営発表はウソで固められていた。これが戦後は国が直接にではなく、間接工作に変える。 それも、天下りシンクタンクを使って巧みに、論理的に、「もっともらしく」真実を曲げ、情報を加工し、国民を洗脳する“洗練された仕方”に衣替えされた。

だましのテクニック

「だましのテクニック」で国民にめくらましの情報を与えたり、根拠のない神話をこしらえて信じ込ませる政府系シンクタンク―。そのすべてに、幹部官僚OBが張り付く。
今年4月、シンクタンクの「みずほ総合研究所」の理事長に杉本和行元財務事務次官が就任した。民主党政権になって復権著しい財務省の天下りの勢いを象徴する出来事だ。 これで、みずほ総研のレポートや提言が、増税路線をひた走る財務省に歩調を合わせるのは間違いない。財務省はいま、自らの規律欠如が招いた財源不足に消費税増税分をあてようと躍起だ。

操業停止から真夏に停電の不安が強まっていた原発問題。ここでも天下りシンクタンクが暗躍する。
原発を管轄する経済産業省所管の財団法人「日本エネルギー経済研究所(IEEJ)」。同研究所は6月、定期検査に入った全国の原発が再稼働しない場合、その分の電力をすべて火力発電で補うとしたら、12年度の電気料金は標準家庭で1カ月当たり18%、1000円程度上がるという試算をまとめた。
本当にそうなのか。「原発のコストは安い」とする前提に立っているようだが、いまやこの前提が揺らいでいるのだ。
IEEJは、この「試算」で「原発を止めたら電気代が増えますゾ」と言いたいのである。「原発がいかに大事か、これでお分かりかな」と、国民をやんわり脅しているのである。

この研究所、思った通り所管の経産省からゴッソリ天下っている。典型的な官庁シンクタンクだ。24人の理事のうち、豊田正和・元経産省経済産業審議官が理事長に就任しているのを先頭に、常務理事(常勤)3人が大臣官房付など経産省OB。非常勤理事も5人までが経産省出身の3人をはじめ外務省、内閣官房からの天下り組で占められる(2011年4月1日現在)。残りの理事には、東京電力や中部電力、関西電力の元役員が連なる。
経産省の補助金は、約1億1500万円(09年度決算)。国から補助金を受け取って、原発のありがたみをPRしているのである。

シンクタンクは「官」の支配下

「シンクタンク」と呼ばれる有力調査研究機関。本来、客観的であるためには政治・行政権力から独立し、中立的でなければならないが、その多くが「官」の手中にあるのが実態だ。なかには、戦後まもなく中央省庁の改組直後に設立され、役所と一心同体で調査研究や広報活動に当たった「公正取引協会」や「通商産業調査会(現・経済産業調査会)」のような財団法人もある。
しかし、その後主流となっていくのが、会長、理事長などの要職を官僚OBが独占し、天下った「官庁エコノミスト」が調査研究活動・事業を推進する、役所と直結タイプのシンクタンクだ。その中に「日本経済研究センター」や「日本リサーチ総合研究所」のような社団法人がある。

さらに、国や特殊法人から受け取る調査委託費をもとに民間シンクタンクに委託するトンネル型の調査研究機関もある。
財団法人、旧「産業研究所」(現「独立行政法人経済産業研究所」)の場合、複雑形のシンクタンク活動で民間シンクタンクに資金を供給し、調査研究を委託してきた。財源の供給元が元特殊法人「日本自転車振興会」(現財団法人「JKA」)。 同振興会からの多額の補助金のほとんどを調査研究委託先の民間シンクタンクに振り向けてきた。委託先の民間シンクタンクは、三菱総合研究所、野村総合研究所、日本総合研究所、日本リサーチセンター、日本経済研究所など錚々たる名の大手の多数に上る。

ここでの委託事業の流れは、競輪施行者が車券の売上金に応じて日本自転車振興会に交付した金(一種の公的資金)を財団が補助金に貰い、その資金で民間シンクタンクに調査研究を委託して結果を役所に報告する、というものだ。
「産業研究所」は76年に設立され、一貫して旧通商産業省(現経済産業省)直属の、民間へ橋渡しするトンネル型シンクタンクとして機能してきた。その役員を通産官僚OBが占めてきたことは、言うまでもない。

似たようなトンネル型の研究機関に厚生労働省所管の「ヒューマンサイエンス振興財団」がある。同財団は広い意味でのシンクタンクではないが、先端的医薬品の開発研究を担い、国からの委託費を民間の研究機関に再交付して委託事業を実質「丸投げ」している。資金を得て事業を委託される側の民間の大学などにとって、この天下り財団はありがたい存在だ。

このように、天下りシンクタンクが経済や法令、政策関連の調査研究を手掛ける一方、民間シンクタンクに委託費を供給したり、役所とのパイプを背景に産業団体や企業に会費などの形で出資させ、影響力を行使している構図が浮かび上がる。生活をしていて人びとが実感する「景気」と政府の「景気判断」が食い違うのも、エコノミストの多くが「官庁エコノミスト」で、シンクタンクが官庁支配下にあることと無関係でない。
シンクタンクのもう一つの主流、金融機関系も、財務省の影響を免れず、マスコミの報道も官庁のレクと発表漬け、記者クラブを拠点とする官との過剰な接触から批判力が鈍り、「政府寄り」になりがちだ。
こうして、われわれの頭もいつの間にか天下りシンクタンクの手で洗脳され、反抗なき“現実順応人間”に堕する危険にさらされている。