■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第101章 「パートにも厚生年金」の落とし穴/取りやすいところから取ろうとする年金行政

(2007年2月19日)

  パートタイム労働者への厚生年金の適用拡大を目指す政府・与党の法案作りが揺れている。2004年の年金改革でいったん挫折した案を、安倍晋三内閣が「再チャレンジ支援策」の柱の一つとして再び打ち出したものだが、保険料の負担増を懸念する流通業界などが大反対。与党からも議論の先送りを求める声が出ているためだ。
  政府は開会中の通常国会での成立を目指す構えを崩していないが、仮に実現しても、事実上の“管理職”や勤続1年以上のパートに限定するなど、ごく一部の適用で妥協する可能性が高い。

人件費負担増を避けたい企業

  民間企業の正社員は厚生年金への加入を義務づけられ、保険料負担は本人と企業が折半する。だが、パートの場合は、労働時間が「週30時間以上」の場合のみ厚生年金が適用され、それ以外は国民年金に加入することとされてきた。この厚生年金適用対象を「週20時間以上」に拡大するのが、今回の年金制度改革関連法案の骨子だ。
  国民年金加入者だったパート労働者が厚生年金加入者になれば、保険料の半分を企業に負担してもらえるうえに、老後の年金額が大きく増える。安倍政権はそこに焦点を当て、正社員と非正社員の格差是正策として、「再チャレンジ支援策」の柱に位置付けたのである。

  だが、これによって保険料負担が増える企業、とりわけパートへの依存度が高い外食や流通・サービス業界は、猛反発した。
 バブル崩壊後の長期低迷下で、日本企業は経営立て直しのために大がかりなリストラを進めたが、その最大の柱が人件費削減だった。すなわち、正社員を減らし、その穴を非正社員、つまり、パート・アルバイトや派遣・契約社員などで埋めていったのである。
  厚生労働省『労働経済白書』によれば、1996年から06年までの10年間に、正社員は460万人減少。逆に、パート・アルバイト、派遣・契約社員・嘱託などの非正社員は620万人も増えた。06年現在、非正社員は1663万人と、全従業員の3分の1を占める。外食産業などでは、従業員の9割がパート・アルバイトという職場もある。
  そして、このように「非正社員の割合が上昇している要因」として企業の80.3%(05年、複数回答)が「労務コスト削減」を挙げている。
  終身雇用を柱とした日本型雇用システムの破壊によって、企業は固定費を大幅に削減。その成果が、02年以降の“実感なき景気回復”に表れているのだ。
  こうしたなかでのパート労働者への厚生年金適用拡大は、ようやく回復軌道に乗った日本企業に、新たな重荷を負わせることになる。

  多くの企業にとって、年金保険料の負担は法人税以上に重い。企業が負担する厚生年金保険料は03年度時点で計10.5兆円、法人税は計9.11兆円だった。しかも法人税は、赤字か繰越欠損の場合は納めなくて済むため、法人税を納めている企業は、景気回復が続く現在でも全企業の3割強に過ぎない。言い換えれば、7割弱の企業は景気回復の恩恵にあずかっていないのだ。これに対して年金保険料は、正社員を雇っている限り、業績に関係なく払わなければならず、負担は恒常的に重くなる。
  一方、労働時間が「週30時間未満」のため、厚生年金に加入していないパート労働者は、現在、全国に1000万人前後いるとされる。今回の適用拡大対象となる「週20時間以上」のパートは、約300万人と見積もられている。
  彼らの厚生年金保険料負担は、確かに企業にとって非常に重い。問題は、パートへの依存度が高い企業が、負担増を避けるための“対策”を打ち出す公算が大きいことだ。すなわち、厚生年金の適用対象となるパートのクビ切りや、対象者の労働時間を無理やり「週20時間未満」に抑え込むなどである。しわ寄せを受けるのは、パート本人である。

パート自身も「反対」

 パート自身も、多くが厚生年金適用拡大に二の足を踏んでいる。クビ切りや労働時間抑制による収入減の不安だけではない。現在の労働時間のまま厚生年金に加入したとしても、得をするとは限らないからだ。
 厚労省の試算もそれを裏付けている。厚労省は、1. 独身女性(21歳)、2. 自営業者の妻(41歳)、3. 会社員の妻(41歳)が、それぞれ月収8万円のパート勤務をしていて、1. が今後10年、2.3. が今後20年、勤務を続けると仮定。年金保険料負担と年金受給額が、厚生年金加入によってどう変わるかを試算した。

 それによれば、「保険料負担は減り、受給額は増える」というラッキーな結果に確実になるのは、1. の独身女性と2. の自営業者の妻。3. の会社員の妻は、現在は国民年金第3号被保険者(厚生年金被保険者の配偶者)として保険料を免除されているが、自らが厚生年金に加入すれば保険料(現在は月5700円だが年々上昇)を払わなくてはならなくなる。年金受給額は月8600円増える計算だが、年金制度が揺らぐなかで受給額が将来引き下げられる懸念もあり、得になるかどうかは微妙だ。
  筆者の知人で、パートをしている会社員の妻はこう語る ― 「たとえ厚労省の試算で有利になるといわれても、私は厚生年金加入を希望しない。将来、いくら受給できるかわからないのに、月々の手取りを減らすわけにはいかない」。
  将来の不確実な年金収入よりも、現在の確実な収入を重視する、というわけだ。

  厚労省の試算で「確実に有利になる」とされた独身女性や自営業者の妻にしても、現実は違う可能性がある。現在、国民年金保険料を払っている人であれば、厚生年金加入で保険料負担が減るが、国民年金保険料を払っていなければ、新たな負担が生じることになるからだ。
  しかも、将来の年金受給に不安があるとなれば、厚生年金加入をためらうのも無理はない。
 日本チェーンストア協会が06年11月にパート約2000人を対象に行ったアンケート調査によれば、厚生年金加入に「賛成」は18%、「反対」は25%、その他も「中身を見て考える」「よくわからない」と消極的だった。「反対」の人はその理由として、67%が「将来の年金制度に不安がある」、54%が「年金は当てにならない」(複数回答)と答えている。

「取りやすいところから取る」厚労省の陰謀

  企業も反対、労働者の多くも反対。では、政府はなぜ厚生年金適用拡大にこれほど執着するのか。
 「正社員と非正社員の格差」は表向きの理由であって、政府の本当の狙いは「取りやすいところから取る」ことにあるからだろう。
  国民年金保険料の未納問題は深刻だ。その上、未納金の取り立ては、現実には難しい。20歳以上の国民は国民年金に加入し、保険料を支払う義務があるが、現実には払っていない人が多い。会計検査院が04年度に発表した調査によれば、02〜03年度の2年間に1カ月以上の未納期間がある人は1130万人と、国民年金被保険者数の50.4%に上った。そのうち74%は未納期間が半年を超えた。
保険料を給与から自動的に天引きする厚生年金ならば、取りはぐれがない。サラリーマンの加入する厚生年金の大鍋にぶち込んでしまえばいいのだ。政府は格差問題の広がりを奇貨として、当てにならない国民年金保険料を確保する作戦に出たとみられる。
  年金制度は国民1人1人にとって重要な制度であり、その改善・維持は国民全体の課題だ。だが、年金制度への不信がこれだけ浸透したいま、政府・与党が企む目くらましの政策で問題は解決しない。年金制度設計を一からやり直し、抜本対策を打ち出すほかに、問題解決の道は見当たらない。