■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全4回)「来襲した地球温暖化」(3)

 北極で気温急上昇/迫るティピング・ポイント

( 月刊誌『NEW LEADER』(はあと出版)1月号所収)

(2016年12月28日)

(2)から続く

氷がなくなり「新たな航路」 気温上昇幅は地球平均の約3倍

2020年以降の地球温暖化対策を決めた「パリ協定」の前途に、暗雲が垂れ込めてきた。トランプ次期米大統領が選挙戦で「地球温暖化はでっち上げ」「不必要な規制」と離脱を表明したからだ。 最近は「予断を持たずに考えている」と慎重な発言になったが、就任後、どうなるか世界は気をもむ。
パリ協定の早期発効を主導してきた米国が離脱をするようなことになれば、温暖化対策への影響は計り知れない。
その温暖化の進行は、実は北極域で著しい。北半球の高緯度の地域ほど温暖化が進む傾向にあるが、北極がその先頭を行く。

北極から世界を驚かすニュースが2005年夏に報じられた。北極海の氷の減少により、ユーラシア大陸北のロシア沖を通って太平洋と大西洋を結ぶ北東航路(北極海航路)で、氷のない新たな“道”が開通したのだ。 これまでは氷の壁に阻まれて砕氷船でなければ通過できなかった北極海をふつうの商業船が航行し、アジアから「北回り」でヨーロッパに到達できるようになった。さらに2007年9月、北アメリカ大陸の北側を通って太平洋と大西洋とを結ぶ北西航路が歴史上初めて航行可能となった。
運試しとばかりに、クルーザーに乗り込んで北西航路の航行に成功した男が、米ウォールストリート・ジャーナル誌に成功談をこう語っている。「氷はほとんどなかった」
事実、2007年に北極海に張る氷の量は過去最小となった。氷は2005年時のそれまでの最小記録より23%も減った。実にアラスカとテキサスとカリフォルニアを合わせた大きさの氷の広がりが海中に消えたのだ。 さらに2012年9月時点の海氷域の面積は1980年代の半分ほどに縮小した(図表1)。

気象庁によると、海氷面積が減少傾向に入ったのは、1979年以降。とりわけ年最小値の減少が顕著で、1年当たりの減少率でみると北海道の面積にほぼ匹敵する。毎年、北海道と同じくらいの広さの海氷が消えていく計算だ。
受難者は氷上でアザラシなどを狩って暮らすホッキョクグマだ。生活の場がますます狭まって繁殖力が弱まり、減り続ける。
北極海を航行するルートの開拓は、船乗りや商人たちによって試みられ、北東航路は19世紀後半に蒸気船により開拓された。より難しい北西航路は、20世紀初頭に南極点到達で知られるアムンゼンがようやく横断に成功したが、実用化にはほど遠かった。
それが、21世紀には、氷解によって二つの航路が労せず誕生したわけだ。いかに北極の温暖化が進んでいるかを示すデータがある。地球の平均地上気温は1906年から2005年までの100年間に(摂氏)0.74度上昇した。 これに対し、北極ではこの間、地球全体の平均の2〜3倍の速さで温暖化が進んだ。

温暖化と海氷縮小 進行する悪循環

英国気象局によると、1920〜1940年代には地球平均の10倍くらいも気温が上昇。その後、1960年代までに地球平均並みに急下降したあと70年代から再び急上昇し、現在の上昇幅は地球平均の3倍近い2度に達している。 専門家はこれを「北極温暖化増幅」と呼ぶ。
その北極温暖化増幅は、確実に地球全体の気象を乱しはじめているようだ。 2016年11月24日、関東甲信地方の広い範囲で雪が降った。東京都心では、11月として54年ぶりの初雪、しかも観測史上初めての積雪となった。 秋の積雪の背後には、ラニーニャの影響と並んで北極温暖化の影がちらつく。
国立極地研究所の山内恭特任教授は「11月の雪は北からの寒気が押し寄せたためだが、寒気の南下は偏西風が南へ蛇行したことで起こった。温暖化が偏西風の乱れをもたらしたと考えられる」という。 同研究所は2016年8月発表の「急変する北極機構システム及びその全球的な影響の総合的解明」と題する研究報告書の中で、北極の気候変動が寒冬や大雪を日本に招くメカニズムを次のように解析する。
「特に2000年以降のように北極のバレンツ海(北ノルウェー沖)とカラ海(北シベリア沖)で夏から初冬にかけて海氷面積が小さいと、海から大気中に多くの熱が放出される。 その結果、上空の大気の流れに乱れが発生し、シベリア上空の寒気を強める。さらに、この大気の乱れは上空数十キロの成層圏にまで達し、それが対流圏の下層に影響を及ぼし、シベリア上空にもともとある寒気を一層強める。その影響で日本に寒冬や大雪をもたらす」と。

重要なことは、北極で温暖化が進み海氷が減りだすと、一段と温暖化が進んで海氷がさらに縮小する「正のフィードバック」(専門用語でアイス・アルベド・フィードバックという)が働くことだ。 気温が上昇すると太陽光をよく反射する雪や氷の融解が進み、黒っぽい海面や地面の露出が増える。すると太陽光の吸収が増えて、さらに気温を上昇させ、雪や氷の融解を進める。
このフィードバック効果で、北極海やグリーンランドの雪や氷が融けだすと、温暖化が加速され、さらに融解→温暖化が進むという現象が起こる。これが北極温暖化増幅のカラクリだ。
北極域のデンマーク領グリーンランドに目を転じてみよう。日本の面積の約6倍、この世界最大の“氷の島”にも、大異変が起こっている。
2012年7月、グリーンランドを覆う氷床の表面がほぼ全域にわたって融解し、北極研究者を驚かせた。さらに2016年に入ると、氷床の融解は4月に南の沿岸部で始まった。 グリーンランドでは氷床表面の融解が始まるのが、例年5月下旬。異例の早さだ。観測衛星「しずく」によると、5月にはさらに広い範囲で表面融解が起きていることが確認された(図表2)。 デンマーク・グリーンランド地質調査所が設置した自動気象観測装置の記録によると、4月11日に南西部の四つの観測地点のすべてで気温は零度を上回った。なかには標高1480メートルの地点も含まれる。標高の低い地点では最高気温がじつに11.4度にも達した。

もう一つの極地 南極全体では抑制

ならば、もう一つの極域である南極は、どうなっているのか(図表3)。1970年代以降、世界全体で地上気温の上昇が最も顕著な地域は3カ所ある。シベリア、アラスカからカナダ北西部および南極半島域だ。
南極大陸は日本の約37倍の面積を持つ。平均標高2010メートルで、氷床の厚さは平均1856メートル。さらに大陸の氷床から押し出された棚氷(たなごおり)が、南極海に張り出す。 仮に氷が全て融けるようなことがあれば、世界の平均海面水位を57メートル押し上げる、との推定もある。
ただ、南極では南米に近い西側の南極半島や西南極では温暖化が進んでいるのに対し、東側では温暖化が抑えられている。 南極半島にある英国ファラデー基地の観測によると、ここ50年で気温は2.5度から3度も上昇している。しかし大陸の北東沿岸にある昭和基地では、有意な温暖化はみられていない。
そればかりか内陸の南極点ではむしろ寒冷化している。昭和基地などのここ30年間の気象データでは、上空の高度約4〜5キロメートルでは温暖化しているが、成層圏(中緯度で高度11〜50キロメートル)で著しい寒冷化が起こっている。 内陸部の寒冷化に伴い東部沿岸では、海氷面積は近年むしろ増大している。
これについて前出の山内教授は、「温室効果ガスの増加により地上や対流圏(大気圏の最下層で地表と成層圏の間に位置。 中緯度で高度0〜11キロメートル)は温室効果が増大して温暖化するのに対し、温室効果とはならない成層圏は逆に赤外放射(赤外線放出)の射出が増えて冷却する」と説明する。

温暖化が進む西の南極半島域と寒冷化する内陸部がコントラストを成している謎については、最近、新説が注目されている。 南極の温暖化が全体として抑えられているとの報告に対し、南極上空のオゾンホール(オゾン層のオゾンがフロンガスの影響などで壊された状態)の存在が関係しているというものだ。
山内教授も、「オゾンがなくなると冷却が進み、対流圏の大気循環にも影響を及ぼして極渦(きょくうず=極域の成層圏で発生する巨大な低気圧の渦)状態が強まり、強い西風が吹いて地上の寒冷化をもたらしている可能性がある」と語る。 昭和基地でここ50年、風速が強まっていることが、オゾンホール説を裏付けるという。

ただ、南極の寒暖の矛盾した状況については依然、未解明な部分が多く、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)も南極については「21世紀末に海氷面積と体積の減少が予測されているが、その確信度は低い」と将来見通しが不確かであることをにおわせる。
もっとも、南極西側の温暖化には不気味な兆候がある。 東側には高さ2000メートルを超える山が多いのに対し、西側では氷床を支える岩盤の大部分が海抜ゼロメートル以下だからだ。 氷床と棚氷が温暖化のせいで融解すれば、ある時一挙に崩壊して南極海に押し出され、漂いだす恐れがある。 幅が数十キロ、高さ100メートル以上もある巨大な氷山が海原を漂う姿は既にグリーンランド沖の北極海で見られるが、なかにはニューヨーク・マンハッタン島の4倍もの氷山も漂っているという。
南極でも西側の温暖化が進めば、予期しなかった突然の大氷床消失が起こり得る。その場合、海面水位の上昇や海洋循環変動、海洋の生態系への影響は計り知れない。

「北極温暖化増幅」の恐怖 不気味なティピング・ポイント

南極に対しては慎重な見方をするIPCCだが、北極に関しては、明快だ。最も温暖化が進んだシナリオの場合、21世紀半ばまでに9月の北極海で海氷がほとんど存在しない状態となる非常に高い可能性を示す。
一つ確かなことは、地球温暖化の起動力となる「北極温暖化増幅」の地球全体へ大きなダメージを与えることだ。 北極温暖化増幅は、まず海氷域を薄く小さくし続け、氷床と氷河を融解し続ける。この加速的な進行に伴い、北極海の海氷の分布や熱循環が変動する。これが気候や海洋システムに影響を与え、地球規模で異常気象を引き起こす。
氷河・氷床の融解で世界の海面水位が上昇し、北極海の温暖化で世界の海洋循環が弱まる。大気循環も乱れ、北半球の降雪量と積雪面積は減る一方、中緯度にある日本の寒波・大雪はむしろ増える。 大雨やゲリラ豪雨も増加する。海氷の減少などで北極海のCO2吸収が増える結果、海洋の酸性化が進み、プランクトンの種や分布、化学成分を変化させる。魚貝の生態も乱し、水産資源に影響を及ぼす。

ざっとこのような大異変が、全球的に起こる可能性が高まる。アメリカの気候学者で環境活動家のジェイムズ・ハンセンらは、地球温暖化が一定レベルを超えると湯が熱くなって100度になると沸騰するように、突然、環境は悪質な性質に一変する、と主張し、これを「ティピング・ポイント(Tipping Point=転換点)」と呼んだ。
このティピング・ポイントの目安は、世界の気温上昇が産業革命前に比べ2度に達することではないか。IPCCの第4次評価報告書では、1980〜1999年に対する世界平均気温が3度上昇すると、生物種の絶滅リスクは1度上昇の場合の「最大30%の種」から「地球規模での重大な絶滅」段階に進む。これは「40%以上の種の絶滅」を意味する。 同時に、昇温が2度を超えると低緯度域における穀物生産性の顕著な低下や広範囲にわたるサンゴの死滅など、次々に破滅的な事態が起こるとも。
「パリ協定」は産業革命前に比べ「2度未満の気温上昇」を目標に掲げる。しかし仮にこの目標を達成しても、人類はティピング・ポイントを踏み越え、地球の生態系に取り返しのつかないダメージを与えてしまうのではないか。 トランプ米大統領の登場で、せっかく積み上げられた国際社会の合意が、突き崩されるかもしれない恐怖が目前に迫る。


(次回は1月下旬掲載予定)




(図表1) 北極の海氷域面積の長期変化傾向
出典: 気象庁

(図表2) グリーンランド氷床 春の大融解

2016年3月11日、4月11日、5月11日のグリーンランド氷床雪氷面の輝度温度(白色が融解領域、緑色が非融解領域)

出典: JAXA

(図表3) 南極大陸
出典: 国土地理院