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<番外篇>南極でも相次ぐ危険な兆候/氷の融解が招く海面上昇リスク

(2017年7月27日) (「週刊エコノミスト」2017年8月1日号掲載)

地球温暖化の進行によって、北極だけでなく、南極の氷の融解も急速に進んでいる。

南極を観測する英国の研究グループは7月12日、「ラーセンC」と呼ぶ棚氷(たなごおり)の一部が分離し、海に浮かぶ氷山になったと発表した。 氷山の面積は5800平方キロと三重県とほぼ同じ大きさで、重さは1兆トン超に達するという。観測史上、最大規模だ。

この数年の各種調査によって、南極大陸で氷の融解が進んでいることが明らかになってきた。 棚氷と呼ばれる陸の氷河や氷床から海に張り出した氷の下底を、温暖化によって温度の上がった海流が融かしているためだ。
南極大陸でこのまま棚氷が融け続ければ、棚氷に加え、背後の氷河や氷床も崩壊する恐れが増す。 今回壊れた棚氷のように、南極大陸には巨大な棚氷が多い。主な棚氷だけで10を数える。主な氷河は46に上る。 棚氷や氷河が崩壊すれば、世界中の海水面が上昇し、島しょ国や沿岸部にある各国の大都市を水没させる恐れがある。

東側でも進行

南極の温暖化は、これまで南極半島など大陸の西側で進んできたことが確認されている。しかし、東側では抑えられていた。原因は不明だ。 それが最近の現地調査の結果、大陸の東側でも予想以上に進んでいる実態が判明した。
米ニューヨーク・タイムズ紙(国際版5月28日付)とナショナル・ジオグラフィック誌(7月号)が、1面トップや第1特集で南極の氷が崩れつつある様子を報じた。 いずれも、センセーショナルな写真や記者にょるルポルタージュでその状況に迫っている。
棚氷は、年月とともに少しずつ移動する大陸の氷河が海に流れ落ちるのをせき止め、安定させる役割を果たしている。 棚氷の「下からの融解」が進めば、棚氷が瓦解し、これまでせき止めていた氷河や氷床が支えを失い、海に崩落する可能性が高まる。

南極大陸は、日本の約37倍の広さだ。平均標高は2010メートルで、氷河や氷床に覆われており、降雪によってその厚みが維持されている。 氷床の厚さは平均1856メートルと言われる。さらに大陸の氷河・氷床によって押し出された棚氷が海に張り出している。
1970年代以降、世界的に地上気温の上昇が最も大きい地域は3力所ある。シベりア、アラスカから力ナダ北西部、および南極半島域だ。
南極半島にある英国ファラデー基地の観測によると、この50年間で現地の気温は2.5度〜3度も上昇した。 これに対し、大陸の北東沿岸にある昭和基地では温暖化が進んだ傾向はみられていない。内陸部の南極点では、むしろ寒冷化している。 これはフロンガスなどの影響で上空にあるオゾン層が壊されたことによってできた南極上空の「オゾンホール」が影響しているとの新説もある。 温暖化の影響は、南極には複雑に表れる。
2013年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)がまとめた第5次評価報告書も、南極の将来見通しについて「21世紀末に海氷面積と体積の減少が予測されているが、その確信度は低い」と温暖化の進行に慎重な見方を示す。

ただ最近になって氷河崩壊の「危険な兆候」が東南極を含め相次ぎ見つかっている。今年3月には、南極域の海氷面積が、78年の衛星観測開始以来最小となった。 6月には、冒頭の観測結果を報告した英国の研究グループが、ラーセンCに入っている亀裂が過去6日間で17キロに拡大し、亀裂が先端におよぶまで13キロに迫ったと警鐘を鳴らしていた。
ラーセンC全体が崩壊すれば、米デラウェア州並み(約6500平方キロ)の面積の氷が氷河から切り籬され、海に流れ出すという。 もともと半島には、三つの棚氷があった。最先端部分にあった「ラーセンA」は95年に、これより内陸寄りの「ラーセンB」は02年にそれぞれ崩壊した。
国立極地研究所の山内恭特任教授は「ラーセンBの崩壊を契機に、南極の研究調査が国際的に活発化した」と明かす。

ラーセンBは東京都(約2190平方キロ)を上回る面積だった。それだけ巨大な棚氷がほぼ1力月間で崩れたのだ。棚氷が支えていた背後の氷河は、海になだれ落ちた。
融解の進む西側では、アムンゼン海に面した「パインアイランド氷河」が崩壊の危機にあることも判明した。アムンゼン海は気象の変動が激しいことで知られる。 棚氷の先端から数十キロほど内陸にある氷河と棚氷の境界線(接地線)にまで暖かい海水が浸入した結果、棚氷が昨年、完全に崩壊したのだ。

さらに地球の氷の4分の3以上がある東南極でも、危ない兆候が確認されている。
オーストラリア調査チームの観測結果によると、東南極の最大の氷河「トッテン氷河」が薄くもろくなり、崩壊する可能性が出てきた。 トッテン氷河の崩壊は、世界の海面を平均4メートル上昇させると予測する研究者もいる。
最も恐ろしいのは、西南部にある日本の国土より大きく、フランス全土並みの「ロス棚氷」の崩壊だ。 ロス棚氷は南極最大の棚氷だ。気温上昇による上からの氷の融解に加え、暖まった海水にょる下からの融解が進めば、ロス棚氷も意外と早く崩壊する可能性がある。

増幅作用する北極温暖化

南極より早くから気候変動が指摘されてきた北極域も、引き続き地球温暖化の影響が表れている。
気象庁にょると、温暖化で北極域の海氷面積が減少傾向に入ったのは79年以降のことだ。 海氷面積の毎年9月ごろの年最小値の減少ぶりは顕著で、1年当たりの減少率でみていくと、毎年、北海道(約8万3456平方キロ)と同じくらいの面積が消失している。 海氷が急減した12年9月には、海氷面積が80年代の約半分になった。16年は年最大値、最小値とも、統計開始以来2番目の小ささを記録した。
北極域で海氷が縮小したことで、氷のない新航路が開通した。 ユーラシア大陸北のロシア沖を通って太平洋と大西洋を結ぶ「北東航路」(北極海航路)が05年に、北アメリカ大陸の北側を通って太平洋と大西洋を結ぶ「北西航路」が07年に、いずれも歴史上初めてふつうの商業船でも航行できるようになった。
新航路が二つ誕生したほど、北極の温暖化は進んでいるということだ。地球の平均地上気温は1906〜2005年の100年間で0.74度上昇した。これに対し、北極ではこの間、その2倍以上のスピードで温暖化が進んだ。

英国気象局によると、北極は1920〜40年代に地球の平均気温の10倍ほど気温が上昇。その後60年代までに地球平均並みに急降下した後 70年代から再び急上昇し、現在の上昇幅は地球全体の平均の3倍近い2度に達している。 専門家はこれを「北極温暖化増幅作用」と呼ぶ。
北極域の気温上昇は地球全体の気象を乱す原因となる。昨年11月の東京都心の積雪など、日本で最近増えつつある寒冬、大雪といった気象現象も、この作用が影響している。
北極温暖化増幅作用は、北極で温暖化が進み、海氷が減り出すと、温暖化がさらに進んで海氷が縮小する「正のフィードバック」(専門用語でアイス・アルベド・フィードバックという)が働くことによって引き起こされる。 太陽光を反射する雪や氷の融解が進むと、黒色に近い海面や地面の露出が増える。すると、こうした海面や地面が太陽光によって周囲よりも暖められ、気温をさらに上昇させる。それが氷の融解を一層進めることになる。

グリーンランドに異変

温暖化が進むデンマーク領グリーンランドの動向が、とりわけ注目される。日本の約6倍の面積を持つこの世界最大の氷の島に、大異変が起こっている。
グリーンランドでは12年7月、その約8割を覆う氷床の表面がほぼ全域にわたって融解した。16年には、例年5月下旬に始まる氷床表面の融解が早くも4月に南の沿岸部で始まった。 デンマークの地質調査機関が設置した自動気象観測装置の記録によると、4月11日に南西部の四つの観測地点のすべてで気温は0度を上回った。 なかには標高1480メートルの地点もあった。標高の低い地点の最高気温はじつに11.4度にも達した。

IPCCの第5次評価報告書は、不気味な警告を発している。世界の海面水位の上昇が「可能性の高い範囲を大幅に超えて引き起こされ得る可能性」を指摘したのだ。 そして、その引き金となる事象として、「南極氷床の海洋を基部とする部分の崩壊が始まった場合」を挙げた。 大氷床の突然の崩壊は、十分あり得ることなのである。




出所) エコノミスト編集部作成