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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> 東芝再建 長く険しい道のり/経営哲学の源流へ返れ

(2016年3月14日) (山形新聞「思考の現場から」3月14日付掲載)

企業再建を急ぐ東芝は、ひっ迫する財政を立て直すため「虎の子」の医療機器子会社を競争入札で売りに出した結果、売却額は想定以上の7000億円超に上る見通しとなった。売却されるのは完全子会社の東芝メディカルシステムズ。CT(コンピューター断層撮影装置)で国内シェアトップ、世界シェア2位の最先端技術を誇る。売却先はキヤノンで、独占交渉権を与え、今月18日までに最終合意を目指す。
これにより東芝が2月に発表した今期予測の最終赤字7100億円は大きく改善される。債務超過に陥る恐れが指摘された火の車の資金事情に、ようやく余裕が生まれる。

とはいえ、不正会計事件の打撃は大きく、再建の道のりはなお長く険しい。
医療機器子会社の売却により当面の資金不足はかなり穴埋めされるものの、医療機器分野の稼ぎ頭がなくなり、将来にわたり優良な収益源(売上高年間4000億円規模)が失われる。この代償は大きい。東芝が営業収益を継続的に上げるためには、別の新たな収益源を確保しなければならない。
これは至難の業だ。というのは、東芝が中核事業と位置付けている原発、半導体メモリー、医療機器の3つのうち、原発事業の雲行きはすこぶる怪しく、当てにできない。残る半導体メモリーも最大収益源のNAND型フラッシュメモリーがスマホ向け需要の一巡から売価が低落し苦戦しているためだ。

原発事業は、じつは不振が続いていた。
2006年に6000億円を投じて買収した米原子力事業子会社ウェスチングハウス(WH)。WHの事業に関し東芝は「好調に推移している」とだけ説明して、情報開示をせずに実態を隠していた。しかし、累積赤字は約2億9000万ドル(約330億円)に上り、WH単体で約13億2600万ドル(約1500億円)の減損処理(稼ぐ力のなくなった資産の価値を減らす会計処理)を行っていたことが、昨年11月に調査報道から判明する。滑り出しは好調だったが、福島第1原発事故で状況が一変したのだ。
その後、国内で昨年から原発再稼働が始まった。だが、原発への住民の不安感は強く、原発ビジネスの行方は依然、不透明だ。
東芝は16年3月期決算で前出のWH単体の減損処理について監査法人による財務調査の結果、「連結決算ベースで減損は必要ない」と損失計上を見送った。しかし、投資家の間で「来期には減損しなければならないのでは」との声がくすぶる。減損となれば、東芝の財務内容を一段と悪化させる。

こうした手詰まりの中、容量を大幅に増やした3次元フラッシュメモリーは将来の需要増が見込まれ、有望だ。東芝は四日市工場を増産し、ライバルの韓国・サムスン電子に対抗していく構えだ。しかし、自己資金不足からその巨額の設備投資資金を銀行に頼らざるを得ず、再建は心もとない。
不正会計事件が発覚前、東芝は「ガバナンス(企業統治)の優等生」と言われた。2003年には商法改正により導入されたばかりの、社外取締役を活用する委員会等設置会社制度を採用。その後は指名委員会等設置会社としてトップを指名する「指名委員会」、仕事を監査する「監査委員会」、報酬を決める「報酬委員会」を作り、独立的なチェック機能を強化したはず。
だが、昨年7月、事件を調査した東芝の第三者委員会は、不正な利益水増しは歴代3社長ら経営トップが上から関与して行われた、と認定した。ガバナンスの器(体制)は立派だったが、全然機能しなかったのだ。
経営トップに、土光敏夫(故人)のような堅実な経営哲学と確かな手腕が、事件に関与した経営者には欠けていた。土光はかつて東芝の社長・会長を務め、のちに国鉄民営化など行政改革に尽力した。トップの「経営哲学の不在」が、事件の真因とみられるのだ。

「なんというざまだ。情けない。土光さんや石坂(泰三)さんの墓前で土下座しろ!」。昨年9月に開かれた東芝の臨時株主総会で株主の間から起こった怒声だ。「チャレンジ」という掛け声で「利益水増し」に社員を追い込んだ経営トップ。「メザシの土光さん」とのあまりの違いに、その株主は思わず声を張り上げてしまったのだろう。
土光さんは生前「権威は内から自然に身につく」として「企業の場でも、権力の殺人剣によらず、権威の活人剣によって、組織が生き生きと動いていくのが望ましい」と語っていた。東芝は、この経営哲学の源流に立ち返り、そこから再出発する必要があろう。