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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> 大気汚染と中国経済の減速/国民による抵抗の兆候

(2016年1月18日) (山形新聞「思考の現場から」1月15日付掲載)

年明けから世界同時株安に歯止めがかからない。“火元”の上海株は年明け1週間で約10%値を下げた。世界的株安の主な背景に、悪化する中国経済への懸念がある。

中国経済の成長減速が目立ってきたのは、IMF(国際通貨基金)が昨年11月30日、中国の人民元をSDR(特別引出権)の構成通貨の1つに格上げすると決定してからだ。SDRとは、IMFが創設した国際的な外貨準備資産。 しかし、皮肉にもIMFから晴れて認定されたこの日を境に、人民元は対ドルで下落局面に入る。元安の理由の1つに、昨年12月半ばに米FOMC(連邦公開市場委員会)が実施した7年ぶりの利上げ決定による米中金利差の縮小が挙げられた。
だが、元安の最大要因は、中国経済の予想を上回る減速と、国民に広がる将来への不安が資金流出を加速させているためであろう。

中国の李克強首相はかつて「中国のGDP(国内総生産)統計は人為的で信頼できない」と発言している。中国政府は4半期ごとのGDP統計をそれぞれの期末のわずか2週間後に発表(日本では約1.5カ月後)しているが、これが常識では考えられない早さ。 加えて、各地方政府の発表するGDPの合計が中央政府発表の合計を大きく上回るなど、統計自体が怪しい、と海外から指摘されている。
李克強自身が信頼していると公言した経済指標は電力消費量、鉄道貨物輸送量、中長期の銀行貸出の3つだ。これは「李克強指数」と呼ばれるが、この指数で見ても最近はゼロに近い低成長かマイナス成長に落ち込んでいる可能性さえある、との観測がある。

経済の実態が公表されている以上に悪化している懸念が浮上しているわけだが、筆者が重視するのが微小粒子のPM2.5などによる大気汚染の影響だ。 これが広範な地域の住民を不安に陥らせ、中国経済、延いては人民元への不信感を募らせて海外流出を促していることは間違いない。日本など海外旅行先での中国人の“爆買い”も、この延長線上にある。
中国人経営者が海外取引でドル建てにこだわり、米ドルをなるべく多く確保しようとするのも、「ドルの方が信用でき、イザという時に役立つから」(中国市場筋)である。 ドル資金を海外事業展開や子どもの海外留学資金、自分たちの海外移住と住宅購入用などと考え、せっせと蓄えている経営者は数多い。
問題の大気汚染は深刻なだけに、住民の健康不安、将来も汚染が続き子や孫にまで影響が及ぶ心配、一時しのぎの対策しか講じない中央政府・地方政府への不満・不信は広がるばかりだ。マラソン大会で選手がマスクを付けて走る姿が、汚染の凄さを象徴する。

北京では昨年12月、大気汚染で最高レベルの「赤色警報」が出された。幼稚園や小学校の休校、工場の操業停止、自動車のナンバープレート番号による走行制限が続いた。
中国全体で最も大気汚染のひどいのが、工場が集中する「北京・天津・河北省」一帯だ。冬季には暖房のための石炭燃料の使用増や気流の影響から一段と悪化する。しかし、政府の動きは鈍かった。
北京で汚染状況が初めて問題化したのが2011年。北京にある米国大使館が独自に観測結果をウェブ上で公開し、PM2.5を最高レベルを超える「測定不能」とした。北京市が発表する評価は「中程度の汚染」だったため、住民を仰天させた。 2013年にはWHO(世界保健機関)の発表で、PM2.5は高い発がん性リスクがあることが判明。中国政府が発表した「濃い霧」どころではなく、強度の大気汚染と確認されたのだ。
その後、北京大学や環境団体の調査で、北京など4大都市でのぜんそくや心臓マヒ、肺がん発症率の異常な高さが報告される。PM2.5は微小で軽いため空気に乗って日本にまで飛来し、問題化したのは周知の通り。昨年12月から、中国発のPM2.5が黄砂と共に再び日本を襲うほど事態は深刻だ。

このようにここ数年、中国の住民の間に公害による生活危機感が一挙に高まった。そして、消費行動や通貨選好などに、その影響がじわりと滲透してきたのではないか。その底流には、不都合な事実を知らせない政府への不安・不信感があり、これが昨年12月以降、人民元流出の形で表に出てきたとみられる。
この変化はいずれ、経済的に豊かになった国民による政府への情報公開要求に結び付いていくと思われる。資本流出は一党独裁下で情報を封鎖され、沈黙を余儀なくされた国民による抵抗と不服従が始まった兆候、と言えるかもしれない。