■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
〈番外篇〉米大統領選、混沌 / 中身なき安倍首相訪米を米有力紙“無視”

(2007年5月21日)

  米国はいま、米大統領選に向けマスメディアの関心が高い。民主党候補に指名が確実視されていたヒラリー・クリントン上院議員(59)の支持率の急落と、バラク・オバマ上院議員(45)の急上昇が波紋を広げる。他方、安倍晋三首相の初訪米の内容を米有力紙ニューヨーク・タイムズは一行も報道せず、日本の存在感のかつてない低下ぶりをみせつけた。
 筆者は安部首相の訪米を機に、米大統領選挙戦の動向と同訪米への米国内の反応を知ろうと、5月の連休にかけニューヨークを訪れ、「米国最新事情」を追った。

4月にオバマ氏が急台頭

  ニューヨークの消息筋(複数)によると、4月に入って選挙戦に大きな異変が生じた。序盤から大幅にリードして「民主党候補に指名確実」とみられ、「米国史上初の女性大統領誕生」の可能性が取り沙汰されたヒラリー氏の支持率が急速にしぼんだ。代わって、黒人のバラク・オバマ氏の株が急上昇し、一段と混戦模様になった。
 共和党にも旋風が巻き起こる。前ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ氏(62)が大票田のテキサス州で圧倒的な資金を集め、断然の優位に立った。ジュリアーニ氏は2001年11月まで2期8年間の市長在任中、ニューヨークの治安と財政を著しく好転させた行政手腕で知られる。仮に共和党候補に指名されれば、ブッシュ共和党政権のイラク戦争に批判を強める米世論に乗って優勢が伝えられる民主党も、苦戦を免れそうにない。米大統領選の行方は俄然、混沌として見えにくくなってきた。
 とりわけ注目されるのは、オバマ氏の急台頭だ。米世論調査の一つによると、ヒラリー氏とオバマ氏の支持率は、30%対32%とオバマ氏が初めて上回った(4月26日時点)。別の「好感度調査」でも、ヒラリー氏は2月時点で58%を誇ったが、4月には45%と過半数割れ。明らかに「ヒラリー人気」は下降しているのだ。

「ヒラリー人気」急落の理由

  その原因は、「彼女の強烈すぎる個性にある」と米大統領選ウォッチャーの在ニューヨーク弁護士、アイラ・グリーン氏は語る。同氏がその“証拠”に示した5月2日付のニューヨーク・ポスト紙によると、ヒラリー氏は選挙遊説を兼ねた資金集めでワシントンDCとサウスカロライナ州を往復するため、24時間内に専用ジェット機をなんと3機も使い、さらに翌日、サンディエゴ(カリフォルニア州)に飛ぶために、別の1機を予約していた。「地球温暖化の脅威を説きながら、こういう行動パターンでは、有権者の反発は当然」とグリーン氏は指摘する。
  ヒラリー氏は、夫のビル・クリントン氏が大統領を退任して共にホワイトハウスを退去する際、備え付けの家具を運び出そうとして制止された、というエピソードも聞いた。選挙戦以来、この種のネガティブな話が政敵側などから流布されたことも「ヒラリー人気急落」の背景にある。
 とはいえ、キャリア形成を目指す全米の独身女性の少なくとも4分の1は「ヒラリー支持」といわれ、依然、大統領への「最短距離にいる一人」であることに変わりはない。
 では、もう一方のオバマ氏とはどんな人物か?

弱点を抱えるオバマ氏

  オバマ氏が輝きを増した理由は、黒人の権利主張を超えた視野の広い社会正義の主張、地元シカゴのキリスト者・ライト牧師の影響を受けた宗教的モラル、イスラエルを支持する現実主義に加え、母校のハーバード・ロースクールで鍛えたスピーチ力などによる。
 米誌「ニューヨーカー」はオバマ氏をひと言で「調停者」(Conciliator)と名付けたが、たしかに公民権運動を進めた過去の黒人の指導者とは異なる。むしろ、バランスの取れた保守主義者といってよい。
 目下、日の出の勢いをみせるオバマ氏。5月にはついにビル・クリントン氏が事務所を構えるニューヨーク市ハーレム地区の州上院議員が、これまでの「ヒラリー支持」を「オバマ支持」に鞍替えして話題を呼んだ。
 しかし、オバマ氏にも弱点がある。それは少数民族の黒人である上、ケニヤに住む叔母が信仰深いイスラム教徒でミドルネームが「フセイン」であることだ。これらが選挙戦に不利な影響を及ぼし続けることは避けられない。
 共和党のジュリアーニ氏の場合は、テキサス州の環境規制に反対する石油業者らから多額の献金(ことし1月〜3月で220万ドル=約2億6千万円超)を受け取っており、このことで“地球環境破壊者”のレッテルを貼られるのは必至だ。こうしてみると、「決定的な候補は一人もいない」(グリーン氏)状況で、混戦は続きそうだ。

「和解」の機会を逃す

  一方、安部首相の訪米に対し、米国内の反応はどうだったか?筆者は米ABCニュースなどテレビ、インターネット通信が訪米をごく簡単に伝えたことは確認したが、地元の新聞がどこも報道しなかったことに愕然とした。
 米国を代表するニューヨーク・タイムズ紙は、同訪米の翌4月27日版に詳しく報じると思ったが、これが一行も報じていない。次の日曜版の「今週のニュース(ウィーク・イン・レビュウ)」欄にも、何一つ載っていない。同紙「オピニオン」に目を転じると、日本関係記事では、GMを生産台数で抜いたトヨタのことだけで、訪米の記事はゼロ。
 これは訪米が、「形式」のみで取り上げるべきニュース・バリュウがない、と同紙が判断したからにほかならない。
 1980年代のレーガン政権時代に、筆者が共同通信記者としてニューヨークに駐在していた当時、ニューヨーク・タイムズに日本関連記事が載らない日はなかった。これをみて重要なネタを日本語に訳して転電するのが、夜勤の仕事だったのである。それが、日本国首相の公式の初訪問を伝えていないのだ。「存在の重み」を、すっかり失ってしまっているのである。
 従軍慰安婦問題で、安部首相が性奴隷化したことに対し「正式の謝罪をした」とみなしたなら、同紙はむろん取り上げただろうが、そうは受け取らなかったのだ。一体、何のための訪米だったのか?隣国とのせっかくの「歴史的和解」の機会を、またしても逃してしまった感が深い。首相が慰安婦への謝罪を1993年の河野洋平官房長官談話にとどめず、閣議での承認を目指すことを表明するなどすれば、「和解」をもたらすことは可能だったのだ。