■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第73章 まやかしの道路公団民営化法/
              「国交省・財務省連合」の高笑い

(2004年7月1日)

 参院選が近づいている。選挙の焦点は、「小泉改革」を国民がどう判断するかだ。
 今回は「小泉改革」の内容を見極めるため、改革の目玉とされた「道路公団民営化」を再び取り上げる。道路公団の民営化法案は、6月2日の参院本会議で与党の賛成多数で成立した。法案は基礎になるはずの政府の道路関係四公団民営化推進委員会(以下「民営化委員会」)の最終答申で、議論の末に否定された代物だ。
 だが、法案成立に対し、奇妙なことに民営化委員会の最終答申をまとめた一人だった作家の猪瀬直樹委員は「画期的な改革」と持ち上げている。自主性なき特殊会社(特別の法令により設立される政府出資の株式会社)が、不採算道路の建設を続ける仕組みづくりに、首相と与党、反改革派委員が手を結んだ構図がここに浮かび上がった。
 まずは、具体的に、民営化法のどこに問題があるのか、を検証してみよう。

むしろ「改悪」

 民営化法は、道路公団改革の目的をすべて否定した。すなわち、1. 4公団で約40兆円に上る債務を減らさなければならないのに、不採算道路の建設を新会社(6社)が実質拒否できない仕組みをつくった、2. 新会社は経営の自主性を持たず、本業(通行料金収入)からの「利益」も認められない、3. その結果、公団同様、財務的にも自立できず「政府保証」を得て建設資金などを資金調達するほかない、4. 4公団の道路資産と債務を保有する独立行政法人(日本高速道路保有・債務返済機構)を設立して天下り先となる国の機関を増やし、機構の解散を借金返済が終わる45年後と半永久化した、5. 機構の設立により、行政は責任を隠せる一方、機構にコントロールされるため新会社の経営は無責任体制になる、6. 公団事業の失敗を隠した「プール制」(路線ごとの収支を全国一体化するドンブリ勘定)が事実上残り、採算管理が放漫になる、7. 最終答申にあった借金について「元利均等ベースの定額返済」を法律は明記していない ― などだ。

 以上の通り、法律は最終答申にあった、道路資産・債務を保有する国土交通省所管の独立行政法人と、建設・管理・運営を行う新会社に分割する、いわゆる「上下分離案」(ただし答申では税金を払わずに借金返済を進めるため、期間限定で機構の設立を容認)を使って、官と族議員に都合よくまとめた「めくらましのニセ民営化」だ。いや、より不透明で複雑なシステムにし、国の機関を増やし、新会社に自律性を認めない点で、むしろ「改悪」とさえいえる。
 「上場できる企業を目指せ」と首相が指示し、民営化委員会が半年かけて集中討議した結果がこれだ。こんな会社の株式を誰が買うだろうか。
 にもかかわらず、小泉首相は国会などで「画期的な改革」などと自画自賛しているのである。

「上下分離」を働きかけた政官

 「道路建設の続行可能」と「新会社の自主性抑圧」を最大の特色とする民営化スキーム。そのキーポイントが、「上下分離」の永続化にあることは言うまでもない。政府・与党は民営化委員会の最終答申にある「上下分離」のコンセプトを巧みに利用したのだ。
 では、民営化委員会はなぜ、この物騒な上下分離案を答申に盛り込んだのか。
 流れをたどると、2002年8月23日開催の委員会での「ティータイム」に行き着く。この密室での憩いのひと時に、国交省の息がかかった中村英夫委員(武蔵工業大学教授)から上下分離案の概念図が提出される。そして、その直後の会議で急に採用が決まったとされ、同30日にとりまとめた「中間整理」の結論に取り込まれたのだ。
 ここで一人の委員が、審議終了後の記者会見で中村案を「ほぼ満足だ」とほめ称え、以後「上下分離」への異議申し立てをことごとく封じる行動に出る。猪瀬氏である。
 だが、不思議なことに猪瀬氏は「(4公団民営化の)歴史を正確無比に追跡した唯一の記録である」と自賛した自著の『道路の権力』(文藝春秋刊)でも、この日のティータイムについては触れていない。
 重要なのは、この中村案が間違いなく「国交省・財務省連合」によって作成され、中村委員に持ち込まれたことだ。

 ここに二人の信頼できる証人がいる。その一人、B氏(と仮に呼ぼう)によれば、この数日前に大宅映子委員(評論家)のところに財務省理財局、主計局などの次長クラス三人がペーパーを持って訪れ、「償還(借金返済)は進んでいる。道路公団の採算はいい」などと説明した、と大宅氏が明かしたという。当時、「中間整理」に向け、「上下分離」派と「上下一体」派の双方とも説得工作を活発化させていた。上下一体論の川本裕子委員(当時マッキンゼー社シニアエキスパート)のところにも、4日前の8月19日に国交省道路局の係員が中村案に似た民営化案を持って説明に来ていたのである(櫻井よしこ著『権力の道化』新潮社刊より)。
 もう一人の証人、Cさんの話はこうだ。この頃、道路族の頂点に立つ自民党道路調査会長の古賀誠氏と保守党幹事長で衆院国土交通委員会委員の二階俊博氏(現自民)が、今井敬委員長(新日鉄会長)らの説得に動いていた。
 つまり、政官の道路族が「中間整理」になんとかして上下分離案をねじ込もうと、こぞって委員に働きかけていたのである。松田昌士委員(JR東日本会長)の当日の動きも不自然だった。Bさんは言う。
 「そういえば、JR東日本企画課のブレーンが、上下分離で決まる日の前まで『ボスは上下一体論だった。(あの時)もっと頑張ってくれればよかった』と言っていた」
 二人の話は事実と符合する。今井氏はその少し前まで公然と上下一体案への支持を表明していたのだ。一方の松田委員はなぜか、当日の発言は少ない。

 このようにして、「上下分離」の中村案が「中間整理」に盛られ、田中、松田、川本委員らがこれを盛り返して最終答申で「10年後をメドに新会社が機構所有の道路資産を買い取り、機構は解散」と辛うじて条件を付けたのである。
 ところが、その答申を無視するかのように約1年後の、昨年11月の国交省案(三案)提示、12月の政府・与党案の決定へと、つながるのだ。この間、公式には一度も完全な上下一体案は採用されていない。
 なぜ、国交省・財務省と与党は「上下分離」にこだわったのか?そして、上下分離論の中心になぜ、いつも猪瀬氏がいるのか?

「上下分離」にこだわる理由

 国交省と財務省が「上下分離」にこだわる理由は、簡単明瞭だ。新会社が「上下一体」のもとに完全民営化すれば、官の支配がすべて失われるからだ。逆に、上下分離して機構をつくって永続化させれば、国交省道路局が機構と新会社の双方を公団同様にコントロールできる。いや、発注権限が大きくなって道路局の言うことを聞かなくなった公団よりもずっと御しやすくなる。
 機構の設置は「第二の特殊法人」づくりにほかならないが、もう一つの官のメリットは、機構を隠れミノに責任回避ができることだ。道路4公団は財投に預託した「国民のカネ」(郵貯・簡保・年金資金)から巨額の借金をして不採算道路の建設に突き進み、事実上事業破綻したも同然である。だが、公団の経営責任と資金を貸し付けた財投の責任、道路行政の責任を機構のお陰で隠すことができるのだ。近藤剛総裁は昨年11月20日の総裁就任時の記者会見で本音をこう漏らしている。「4公団の財務は、最も優良とされた日本道路公団でさえ、会社更生法を適用する状態に限りなく近づきつつある」
 債務超過を示す「幻の財務諸表」を隠していた公団のトップが、初めて財務の真実を語ったのだ。
 4公団破綻の責任官庁は、建設しか念頭になかった国土交通省と、財投から建設資金を供給し続けた財務省である。「上下分離」なら機構の大袋に借金をいっしょくたに入れ、封をしてしまえば、問題は表面化しない。上下一体にして新会社が資産と債務を持てば過剰債務の責任問題が生じ、火の手が延びてくる恐れがある。・・・このように当局者らは不安を覚え、委員の説得に動いたのであろう。
 しかし、民営化委員会以前から「上下分離」を熱心に説いていた委員がいた。猪瀬氏である。
 石原伸晃・行革担当相の諮問機関・行革断行評議会の委員就任後の01年8月に、早くも上下分離による民営化プランを打ち出している。当時を回想して猪瀬氏は「この民営化プランは樫谷隆夫・公認会計士(評議会委員)とのフリーディスカッションがもとになっていた」(前出『道路の権力』)というが、同プランの実用的な具体性などからみて、財務省幹部らがこのディスカッションに加わってアドバイスした、と推理するのは不自然でない。猪瀬氏は政府税制調査委員会の委員として財務省と強いコネを持っているからだ。
 上下分離論の源流は、約3年前のこの時にさかのぼる。

猪瀬委員の“議事妨害”

 上下分離か一体か、を決める民営化委員会の議論が一向に深まらないうちに、中間報告の直前に突如として「分離」で決着した。議論が深まらなかった原因は主に二つある、と筆者はみる。
 一つは、猪瀬氏のフィリバスター(長時間演説)を思わせる事実上の議事妨害。
 もう一つは、議長として議事進行に失敗した、今井委員長のノラリクラリの議事采配だ。
 猪瀬氏自身は、自分がいかに一人で頑張り、委員会の議論を引き立てたか、経営者らを前にした講演でこう自慢している。

 「(自分は)鉄砲を撃っていろと言われて撃っていたのに、応援部隊も兵糧もこない。戦車軍団の官僚機構に対し、僕は何の権限もないのだからライフル一丁で戦っているようなものだった。おまけに各委員はそれぞれ組織の思惑で動いている。だから議事録を公開したり、メディアに説明することで世論を作るしかない。議事録を見てもらえば分かるけど、半分は僕が話している」(「清話会」例会での4月9日の講演)。

 「売名主義で、全部自分の手柄にする」 ― 筆者が、複数の猪瀬氏との接触者から直接聞いた猪瀬評だ。幼児的だとも、異常にハングリー精神、とも言われる。それはいいとして、問題は、その個性が抑制されずに公的活動の場で突っ走ることだ。委員会を代理しているかのように、フィクサーとなって調整役や妥協役を演じる。「ボクが、ボクが」と自分を押し出して議題を独り占めにするから、議事がスムーズに流れず、堂々巡りもする。
 逆に、自分の主張にさからったり異論を唱えようものなら、執拗な個人攻撃に出る。公団改革派の片桐(幸雄)氏攻撃がいい例だ。これが猪瀬氏固有の行動パターンであった。
 だが、そこから民営化委員会の議論の進め方に致命的な「欠落」が生じてしまったのである。
 その「欠落」とは、「基本作業の基本」に相当するもので、公団の財務実態を民間会計手法できっちり洗い直さなかったことだ。これには人一倍洗い直しに反対した猪瀬氏の影響がすこぶる大きい。なぜ反対したかと言えば、「日本道路公団は大幅黒字でキャッシュフローが豊か」とハナから信じ、民営化プランを組み立てていたからにほかならない。

 中村案が出る前日の8月22日に、川本委員は独自に試算した道路公団の財務資料を委員会に提出した。それは例えば公団のわずか5つの黒字路線が、大部分の赤字路線を支えている実態を示す資料だった。しかし、猪瀬委員は公団の財務実態が悪ければ税金投入につながるとの考えから、川本資料を無視するように主張して通したのだった。
 10月4日の委員会でも、同様のことが起こった。
 前日の日本経済新聞と朝日新聞が、公団は「民間基準なら債務超過」と報じたため、急ぎ議題に加えられた。猪瀬委員らがリークは公団の責任問題と反発、今井委員長も同調して、重大情報なのに“犯人探し”以外、何の調査にも入らなかったのだ。債務超過の疑惑は結局、委員会で究明されることはなかった。
 こうしてみると、小泉首相、石原行革担当相とともに猪瀬氏も「ニセ民営化法づくり」の共犯者であることは、もはや疑いない。