■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第68章 勤労者の保険財源が惜し気もなく注ぎ込まれる
          ― 2070に上る福祉施設の実態
雇用・能力開発機構     
(2004年1月28日)

 被保険者(国民)から徴収した厚生年金、国民年金、健康保険の保険料を使って、官が265カ所もの「箱モノ」(福祉施設)をつくり管理してきた実態について、第61章などで報じた。廃止となったグリーンピア(大規模年金保養基地)をはじめ、これらの官製施設事業は軒並み破綻し、後には国民が負担する「巨額の損失の穴埋め」だけが残された。こうした官業の廃止こそが、じつに特殊法人改革の要のはずだが、現実は「問題の特殊法人」は法律で「独立行政法人」に姿を変え、施設事業を営む。看板だけ取り替えて官業は継続されているわけだ。
 今回は、事業主と従業員が納める雇用保険料を財源に、厚生労働省が行ってきた2070施設にも上る「勤労者福祉施設事業」の実態を取り上げる。年金保険料のときと同様、ここでも雇用保険料を管理する厚生労働省の特別会計(「労働保険特別会計」)を使って予算が引き出される。特別会計は、税金から成る一般会計と違って使い途などが国会で審議されることもない。勤労者の保険財源が事実上、官の一存で惜しげもなく官業に注ぎ込まれるのだ。

「独立法人の機構」がカギ

  筆者は「小泉改革」の象徴とされた道路公団改革は完全に失敗した、と断じた。理由は、官僚が新会社をコントロールできる仕組みをつくり、これを永続化させることに成功したためだ。つまり、わざわざ道路資産・債務を保有し管理する独立行政法人の「保有・債務返済機構」をつくって40兆円に上る借金返済を進める建て前だが、機構は道路建設が任務の国土交通省の管轄下の天下り先として、国交省にいいように操縦されるのは必至だ。さらに、民営化推進委員会が「発足後10年をメドに機構は解散する」とした最終報告を「45年後の解散」と置き換え、超長期の存続を保証した。
 この「独立行政法人の機構づくり」こそが、政府が企む道路公団改革のキーポイントなのだ。
 だが、この官支配のスキームは、雇用保険料を使った厚労省の福祉施設事業にも当てはまる。
 施設事業の担い手は「雇用・能力開発機構」。この機構は99年10月に特殊法人の雇用促進事業団を廃止して設立された特殊法人だったが、業務を引き継いだため、実質は看板の付け替えだ。機構は2001年12月、小泉内閣の特殊法人等整理合理化計画を受け、特殊法人・認可法人計38法人(統合されて36法人)の一環として今年3月に独立行政法人に移行する。
 つまり、同機構は今後は独立行政法人として生き延びるわけだが、厚労省の天下り役員が雇用保険を元手に施設事業を行う点で特殊法人のときと何ら変わらない。いや、特殊法人よりも独立行政法人のほうが財務省の予算査定が甘いため、予算が付けられやすく、むしろ行革が後退した面もある。行革の有効な手法として期待された独立行政法人だが、国家予算の支出増と天下り状況からみる限り、既に「第二の特殊法人」と化している。

機構の全役員が官僚出身

 「雇用・能力開発機構」の経営体制をみてみよう。役員は計9人。澤田陽太郎理事長は厚労事務次官出身、角野敬明副理事長も旧労働省から雇用促進事業団理事などを経てきた。理事五人のうち3人が旧労働省OB、1人が雇用促進事業団から、もう1人が旧大蔵省OBだ。監事2人は会計検査院と同事業団の出身。つまり、役員全員が官僚OBで民間出身は1人もいない「官の聖域」である。
 独立行政法人化しても、役員報酬も退職金も、特殊法人の役員の計算式を準用されるだろうから、待遇は「特殊法人役員並み」になることは確実だ。「独立行政法人」とは名ばかりで、給与ひとつ決めるにも「国にオンブにダッコ」なのである。
 いや、機構はむしろ国の一部とみなしてよい。その証拠に、法律にこう明記されてあるのだ。 「(関係)法令については、政令で定めるところにより、機構を国とみなして、これらの法令を準用する」(独立行政法人雇用・能力開発機構法第23条)。
 となると、機構が雇用促進事業団の廃止と引き換えに設立された99年当時、勤労者福祉施設の新設が中止され、地方自治体などへの譲渡が始まったのも、「行け行けドンドン」式の国の施設整備が立ち行かなくなったためだ。つくるだけつくった挙句の施設事業の破綻を国が公然と責任を取らずに、「事業団の看板付け替え」の形で取り繕ったのである。雇用促進事業団の役員は廃止後も、前述した通り機構の役員に横滑りしている。
 この壮大な官業の失敗は、年金財源を使ってグリーンピア事業に乗り出し破綻した特殊法人「年金資金運用基金」の失敗とウリ二つだ。むしろ数の上では全国13カ所のグリーンピアとは別につくった年金関連福祉施設265を合わせたよりも7倍以上多い。旧社会主義国家ソ連を思わせる「勤労者福祉施設事業」とは一体どんなものだったのか。

1050円で施設売却

  旧労働省が1961年度から推進した「勤労者福祉施設事業」とは、雇用福祉事業として体育、研修、文化活動、レクリエーション用の施設を整備するものだ。2000年度までに計2070施設が約4500億円投じられて整備された。75年施行の雇用保険法で福祉施設事業ができる、と定められた。
 施設の種類は「スパウザ小田原」、「中野サンプラザ」、「いこいの村」などの宿泊施設を持つ大型施設と、体育館、運動場、研修所、会議室などの中小型の二種。財源は雇用保険の三事業(雇用安定、能力開発、雇用福祉事業)のための保険料(事業主と従業員が負担。料率は総賃金の3.5/1000)が充てられる。
 整備手法は、原則として地方自治体が土地を用意し、特殊法人が建物を設置する。このやり方で地方自治体の土地を借りて計2060施設、機構が自ら所有する土地に計10施設建設したのだった。施設の運営は、原則として地方自治体に委託するが、機構が土地と建物を保有する大型10施設については国所管の公益法人に運営を委ねてきた。
 カネはどのくらいかかったのか。先の雇用保険三事業の経費は毎年5000-6000億円かかる(2003年度予算は5770億円)。財源は前述した事業主と従業員が負担する保険料で、このうち福祉施設関係の予算(建設費、維持・修繕費、土地借料など)は〈資料1〉の通りだ。
 建設が行われた2000年度までは予算は年間100億円を大きく超えていたが、建設がゼロになった01年度以降は施設の譲渡を進めたため、予算は縮小してゆく(2002年度計67億円)。特殊法人等整理合理化計画が決まった2001年12月の閣議では、「勤労者福祉施設は、廃止期限を明確にし(遅くとも改革期間内の05年末まで)、特に自己収入で運営費さえも賄えない施設については、できるだけ早期に廃止する」とされた。施設事業の破綻が、閣議で認定されたわけだ。
 しかし、官業は大失敗しても、官は誰一人として責任を取らない。勤労者福祉施設事業は結局、修繕費、維持費、土地借料、施設の赤字補てんを含めると総額7264億円も費やしたのに、である。
 ところが、施設廃止後の譲渡処分が、思わぬ世論の反発を呼ぶ。455億円を投じて建てた豪華施設・スパウザ小田原を8億5000万円の超安値で小田原市に売却したり(小田原市はヒルトンに同施設を賃貸)、川越市内の武道場(2023平方メーター)をわずか1050円で川越市に売り払ったことが発覚したためだ。
 同武道場の場合、川越市所有の土地に設置され築27年たって劣化が進み、建設費の機構負担分が2割ほどしかないため、不動産鑑定で「資産価値ゼロ」とされたのが譲渡価格1050円の理由、と厚労省幹部は言う。だが、この説明で世論を納得させるのはムリな話だ。

新しい施設事業を開始

  福祉施設を売却する一方で、機構は若者に仕事を体験できる「私のしごと館」を京都に昨年10月、本格オープンした。機構直営の広大な人材開発施設で、敷地面積は8.3ヘクタール。「若者たちにやりがいのある仕事をみつけてもらう」のが目的だ。
 建設費580億円は雇用保険料から支出された。今後見込まれる年間20億円の運営費も入場料で一部を、雇用保険料で大部分を賄う。いまや目的を変えて、厚労省と機構は新たな施設事業に乗り出したのだ。失業手当の給付日数が減らされる(昨年4月から)厳しい状況下で、当初の博物館づくりを「夢づくり」の未来型に巧みに方向転換したのである。
 問題は、こうした官業の自己増殖の手口にある。雇用保険料を財源に、官の裁量で事業を決め、国会は全然関与していないのだ。つまり、自らが管理する特別会計を使って事業を起こし、突き進む ― 「私のしごと館」はその一例で、特別会計のカネで事業を行うため財務省のチェックはおざなり。事業開始に当たって国会で論議された形跡もなく、計画は一直線に実現している。
 「しごと館の場合、資金を本来、一般会計から出すべきだとの意見はあった」と厚労省職業安定局幹部は認めるが、実際は厚労省所管の特別会計から資金を賄うため、財務省と国会のチェックを難なくすり抜けられたのだ。
 そこから特別会計の透明性を高め、特別会計を使う官業のチェック体制を強化する必要が生じる。行くつくところ、不透明な特別会計(現在全部で32ある)自体を廃止しなければなるまい。官業に資金を供給する特別会計の弊害除去こそが、改革の着地点なのだ。

官業は破綻の運命

 もう一つ、官の施設事業の教訓は、「官業は失敗を運命付けられている」ことだ。これは官僚が自らの責任で経営に関与していないことによる。無責任体制こそが、官業が失敗に終わる究極の原因なのだ。
 「しごと館は修学旅行生など年間40万人の入場者を呼び込む」と厚労省側は皮算用するが、問題は新鮮さが薄れる10年、15年先を考えていない点だ。グリーンピアにしろ、スパウザ小田原にしろ、出だしは人気を呼んで華やかだったが、やがて利用者から飽きられ、収支が逆転した。
 スパウザ小田原の場合、バブル経済が絶頂に向かった87年にドイツの温泉保養地バーデンバーデンの大型施設をまねて構想され、89年に設置が決まった。官僚たちは官業の夢を追いかけたわけだが、巨大な建物の維持に関してはグリーンピア同様、深く考えなかった。官の大型施設事業は例外なく、時がたつにつれ多額の維持・修繕費に経営が圧迫されるようになる。
 官は予算をどう付けるかについてはすこぶる敏感だが、事業をどう経営していくか、のセンスもノウハウも持ち合わせない。これは官が「市場の規制者」として市場の外に存在するのと、自ら経営責任を負わないためだ。「官業」とか「公的経営」なるものは、全て国民の税金と資産(年金、保険、預貯金など)を当てにして行われる。だが、経営の結果、官の無責任体制から事業の破綻は避けられないのだ。
 福祉施設事業の総崩れは、官業が暴走し破綻した典型例といえるだろう。




〈資料1〉
勤労者福祉施設関係予算(建設費、修繕費等)の推移
出所)厚生労働省