■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第60章 年金積立金の管理もずさん

公的年金改革4      
(2003年7月31日)

 「年金危機」問題にアプローチするためには、言うまでもなく基本的視点をしっかりすえておく必要がある。そこで、本稿では時折り原点(そもそも論)に返りつつ、問題点を明らかにする手法をとる。
 これまでの年金シリーズ3回目まで、公的年金のうち改革論議の渦中にあるサラリーマンの厚生年金と自営業者や学生らが加入する国民年金を扱ってきた(このほかに公務員や私立学校教職員が入る共済年金などがある)。公的年金の給付は 1. 保険料(掛金)の積立金、2. 将来の保険料収入、3. 国庫負担(現在は基礎年金給付に必要な費用の3分の1)、4. 積立金の運用収入、で賄われる。

 したがって、仮に少子高齢化が進み年金財政が危うくなりそうでも、現在、厚生年金で約150兆円(約5年分)ある積立金を取り崩したり、多額の運用収益を上げれば、「保険料アップ・給付金ダウン」のシナリオを強行せずにしのげるはずだ。だが、当の厚生労働省は「年金危機」を叫ぶばかりで、積立金取り崩しの意思を明確に示さない。
 積立金の運用に至っては、2002年度までに6兆円超の累積損失を計上している。運用収入で積立金を増やすどころか、失敗の連続から大穴をあけているのだ。「年金不安」は、むろん将来の負担増と給付減への心配からくる。そして、この不安の中から目を凝らすと、「積立金の管理と運用」を巡る疑念が次第に浮かび上がる。


大臣だけがまとも?

 再び積立金の実態不明ぶりを取り上げる。
 厚労省が監修した厚生労働白書(平成14年版)。この418ページに年金積立金の累積額の推移が「詳細データ」と題して明記されている。
 それによると、厚生年金の累積積立金は2001年度で137兆3934億円、国民年金が9兆9490億円、合計が147兆3424億円。ところが、次ページの厚生年金の「財政見通し」をみると、厚生年金の積立金は2001年度末で181.3兆円、国民年金が12.4兆円、計193兆円超。厚生年金で44兆円、合計額でみるとなんと46兆円もの開きがある。
 これは、いったいどういうわけか、どちらかの数字が大きく間違っているのか?
 保坂展人衆議院議員(社民党)が、この数字の違いについてことし2月の衆院予算委員会第五分科会で追及した。そこで明らかになったことは、「見通し」のほうの数字には企業年金である厚生年金基金の代行部分(国に代わって厚生年金の一部を運用、給付している分)が含まれ、その分だけ金額が膨らんだことだ。
 だが、この統計ベースの違いからくる数字の計50兆円近い食い違いについて白書は何も説明していない。脚注もない。白書をみて違いに気付いた読者は困惑したに違いない。「実にでたらめでいい加減だ」と保坂氏は憤慨する。

 食い違いを追及した保坂代議士は、積立金残高の「本当の姿」を求めてさらに日銀と財務省にも当たってみた。日銀の資金循環統計では、公的年金の資産は共済年金を含むため多めに出る(2002年12月末時点で218兆円超)のは当然だとしても、財務省統計の「国の賃借対照表」中の厚生年金積立金は「代行部分」を除いて143.4兆円とあり、厚労省統計より6兆円も多い。
 こうなると、白書の信頼性はますます揺らいでくる。しかし、国会答弁をみる限り、官僚側に落ち度に対する反省のふうは全くみられない。どこ吹く風、の風情なのだ。
 これは官僚たちに「国民の預かり金」という意識が薄いせいでもあろう。答弁の中で、年金積立金は「納めた人たちのものだ」と明言したのは、坂口力厚生労働大臣だけであった。
 心ある官僚なら、国民が強制徴収されて老後のために国に預けた年金積立金についてウッカリ大ミスを率直にわび、以後しっかりとした統計を公表することを約束するのがスジである。だが、そうはしなかった。答弁した吉武民樹年金局長は、なぜ、数字が食い違ったかを説明したに過ぎない。


年金官僚の無責任施設運営

 累積で6兆円を上回る大損失を出した運用の無責任体制の問題は、2002年度実績の発表を待って次回以降に取り上げよう。今回は、最近表面化した年金官僚の無責任・無節操運営に焦点を当ててみる。
 年金積立金が国民の老後の生活に備えた大切な「預かり金」であること、これが年金行政当局者にとって行政の原点であるはずだ。被保険者はすべての国民が加入する仕組みとなっている「国民皆年金制」のもと、国民年金(全国民共通の基礎年金)が3340万人超、厚生年金が3157万人超(02年3月末現在)に上る。
 こうした国民の「預かり金」を預かっている意識が、そもそも年金行政官僚にあるのか?前述した積立金管理についてみても、国民が情報の拠り所とする白書の記述さえ、実にいい加減であることが判明した。
 厚労省が行う福祉施設事業をみれば、年金積立金の管理・運営のずさんさは、もはや救い難いことが読み取れる。大破綻して現在、売却交渉中や解体中のグリーンピア(大規模年金保養基地)はむろん、全施設の管理・運営がおかしいのだ。

 本論に入る前に、年金財源を使って行う福祉施設事業の法的性格について述べておこう。
 グリーンピアを建設し、管理・運営する主体が旧年金福祉事業団(現・年金資金運用基金)であること、政府(厚労省)は被保険者、受給権者らの「福祉を増進するため」必要な施設をすることができる、と厚生年金保険法79条に書かれてある。つまり、福祉施設事業そのものは(その良し悪しはともかく)合法的であり、年金官僚たちはグリーンピア事業は特殊法人に任せて、自らも福祉施設事業を合法的に推進できるわけである。
 問題は、この官の裁量による事業展開が特別会計から引き出された年金積立金を使って行われてきたことだ。第58章で報じたように、官の自己増殖衝動の促すまま、全国の「福祉」施設は健康保険、雇用保険関係を含め宿泊施設、ホール、会館などを合わせると、いまや約1800施設にも上る。そこの役員に仮に厚労省や特殊法人、公益法人のOBが2人強ずつ天下りしたとして、計4000人ほどが天下っていることになる。
 官僚たちは、国民の「福祉」と「健康」を表向きの謳い文句にしながら、われわれの年金積立金を使って自分たちの利権を追っているのだ。


財務省の調査が入る

 彼らの福祉施設事業の管理・運営ぶりがどんなにずさんなものか―。
 財務省がこの6月に発表した「平成15年度予算執行調査51事業」の結果を示しておこう。同省はその中で、厚生保険特別会計を財源とした厚生年金会館などの保健福祉施設事業を取り上げた。設置・運営に関して107施設調査し、次のように分析している。これらの施設事業に対し年金財源から支出される予算は、2002年度135億800万円、03年度127億6900万円に上る。
 調査結果は、被保険者などの利用状況に関しては、107施設の平均定員利用率は64.3%(2001年度、以下同じ)で、被保険者などの確認は利用者による事業所の申告などで把握している、としている。料金設定は、保養型の宿泊施設については「近隣の類似施設より2割から3割程度安くなっている」として、民業圧迫している可能性をうかがわせた。
 収支状況では、2001年度単年度の収支が赤字の施設が29(全体の27%)、累積赤字を抱える施設が57(同53%)と経営は総じてかなり悪い。売上高人件費率の平均は46.2%と民間の旅館・ホテルの26.9%(『法人企業統計季報』による)に比べ一段と悪く、経営効率が劣っていることを示している。
 財務省は国民年金を財源とする福祉施設事業についても59施設調査したが、同様の結果を得ている(例えば売上高人件費率の平均は42.7%)。


「独立採算運営」を勧告

 つまり、官業特有のムダの多い非効率性・非採算性が改めて証明されたわけである。しかし、実情はこれら全施設の整備・運営に年金の保険料が使われているのである。
 この調査結果を踏まえて、財務省は「今後の改善点・検討の方向性」として次のように指摘している。

 至極、もっともな指摘である。福祉施設事業は本来、年金積立金を使ってやるべきではなかったのだ。「国民の預かり金」なのだから、年金財源に手をつけることには慎重のうえにも慎重を期さなければならない。
 だが、現実には政府が福祉施設事業を年金被保険者などのために行うことが法律で認められ、この法の承認の下で官僚たちは勝手なことをやってきた。

 このように政府が推進した施設事業に、われわれの年金資産が使われてきたことの是非については、別途、検討しなければならない。



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