■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第51章 幻となった道路公団民営化案


(2002年11月28日)

 政府の道路関係4公団民営化推進委員会は、12月上旬に小泉純一郎首相に提出する最終報告の基本方針を11月15日までにまとめた。同委員会は、肝心の組織形態について高速道路を運営する新会社とは別に四公団の道路資産と債務を引き継ぐ公的機関「保有・債務返済機構」をつくる「上下分離」方式を導入する。料金収入で金利費用も賄えない本州四国連絡橋公団(本四)のお荷物については、「切り離し債務処理」を行う。道路建設に関しては、新会社の自主的判断に任せ、義務化しない、などが骨子だ。
 にもかかわらず、最終報告で国民をすっきり納得させる案がまとまる可能性は極めて小さい。なぜなら、1. 新会社が道路資産を保有して主体的に運営できる「上下一体」方式が棄却され、上下分離方式を採用した理由が依然わからない、2. 新規の道路建設に歯止めを掛ける仕組みづくりが至難、なためだ。

基本方針まとまる

 8月末の中間報告後、上下分離案に反対する田中一昭委員長代理(拓殖大教授)、川本裕子委員(経営コンサルタント)、大宅映子委員(評論家)ら3委員と上下分離案をとる4委員との議論は平行線をたどり、混迷を深めていった経緯は、前回第50章で報じた。10月末、石原伸晃行革担当相と協議した小泉首相は、自民党内調整を理由に年末の最終報告提出期限を11月中に前倒しするよう指示し、審議を急がせている。
 結果、首相に背を押された今井敬委員長(新日本製鉄会長)は、11月の大詰めで「審議公開」の原則を自ら破り、非公開の秘密会を前半までに5回重ねた。事前調整して公開審議を一気にまとめようと図ったのだ。12日には秘密会が長引いて公式会議の開催が1時間以上も遅れている。

 こうして15日にまとまった高速道路建設についての「基本的な考え方」によれば、「第一優先順位は約40兆円に達する道路関係4公団の債務の確実な返済(長期固定)」と明記された。
 そのうえで、1. 道路建設は新会社(特殊会社)の自主的な判断に任せる、2. 新会社は料金収入などの自己資金で建設し、建設しない道路は国と地方の財源で建設、3. 道路建設に歯止めを掛けるため、基本原則として債務は総額を減少させつつ、一定の期間内に削減する、4. 民営化の果実を国民に還元するため、民営化と同時に料金を引き下げる ― などで合意をみた。
 これ以前に、上下分離方式による「機構」の創設、本四の3兆8000億円の債務を一部切り離し、国の道路特定財源を使った処理、道路4公団を地域別に再編し、新会社を全国で4―7社設立、などが合意されている。
 この結果、民営化に向けた骨格部分ができ上がってきたかにみえる。少なくとも新聞を読めば、分裂していた議論が一本化し、意見がいい方向に集約されてきたような印象を受ける。たとえば、本四の債務の切り離し処理や世論の批判に応えて新会社による道路建設の義務化排除・自主的判断による建設を打ち出したことは「前進」と評価されよう。中間報告にあった明らかな欠陥の多くが、修正され、穴埋めされた。

実体なき民営化案

 にもかかわらず、この民営化スキームでは、小泉首相の方針だった「上場を目指す民営化会社」には到底なり得ない。仮に松田委員の提案が採用され、「10年以内に保有・債務返済機構は解散し、新会社がその保有資産を買い取り、残余債務を引き受ける」ことが決まったとしても、上場できる民営化条件がこれによって整ったことにはならない。
 理由は、その時になっても新会社は巨額の借金に首が回らず、経営に四苦八苦している公算が極めて大きいからだ。上場できるようにするには、その時点で債務の重荷を一挙に軽減する税金投入が必要になるだろうが、これは世論の反発を恐れて政治的にできまい。
 そこで、最終報告で作文上は「機構の解散と道路資産の新会社による買い取り」を盛り込んだとしても、10年後の実際は新会社は巨額の道路資産(約24兆円、道路公団提出資料による)を買い取りできる状況にないことは確実だ。
 つまり、10年たっても民営化の展望が立たない「幻の民営化案」になるわけである。
 他方で、今井委員長は閣議決定をタテに「償還最大50年」のスキームを変えないだろうから、不採算性が高まる今後の道路建設に新会社が参画すれば償還期間はさらに先に延びる。道路四公団の現状と全く同じ構図になるわけだ。
 「機構」から首尾よく道路資産を買い取り、各新会社が「上下一体」で道路事業の乗り出せるようになった時点でも経営困難にある、とみる理由は、現在の道路四公団の財務実態は民間会計手法を適用するとかなり悪いからである。

 10月初め、朝日新聞と日本経済新聞は4公団中最も財務内容がよいとされる日本道路公団さえ、民間会計ベースでみるとそれぞ7兆円から5兆円規模の債務超過に陥っている、と報じた。ところが、この報道に委員長と猪瀬委員らが激怒し、道路公団にニュースソースの犯人割り出しを要求する一方、真偽を調べもせずに「誤報」と片付けた。
 「上下分離」派が怒ったのは、自分たちの民営化案の主張が全面的に覆りかねない財務分析だったからである。
 「上下分離」派のリーダー格である猪瀬委員は一年前の行革断行評議会(石原伸晃行革担当相の私的諮問機関)委員当時から、4公団の債務を一体として「機構」に流し込んだ拡大プール制のもとで、道路公団の潤沢な利益で本四などの赤字を解消して十分やっていけるとの見方をとってきた。
 だから、道路公団が債務超過だとすると、上下分離案を決めた前提条件が音を立てて崩れ、自分たちのメンツを失ってしまうのである。

公団財務の惨状

 最終報告は、上下分離案を採用するが、このことは財務実態を巡る議論を尽くさずに「時間切れ」が迫るなか、委員7人中多数(4人)が押し切ったことを意味する。反対の3委員とも、上下分離案の賛成に無条件で回ったわけではない。
 11月12日に、「機構」の業務を(建設から切り離して)債務返済に限定し、将来解散することを条件に、賛成に転じたのである。そして、同月15日に新会社が建設を自主的に判断できるように事業の主体性を高めることで双方は折り合ったのだ。
 川本委員は12日に委員会に提出した資料のなかで、次のように述べた。「これまでも表明してきた通り、保有・債務返済機構を設立するという案が最もよいスキームとは思わない。ただし、保有・債務返済機構を以下のように『債務返済を唯一の業務とする会社』として設立し、10年以内の解散を前提とするならば、確実な債務返済と経営効率化のインセンティブを持つ新会社の設立という目的はある程度達せられると考える。また、いずれの場合にも、新会社による新規建設は、新会社の経営判断によるべきである。」
 「条件付き賛成」である。田中委員、大宅委員も同様だ。

 問題は、将来「機構」が解散され、道路資産が新会社に譲渡されたとしても、先述したように、完全民営化に向け、晴れて新出発とはいきそうにないことだ。
 川本委員が先の提出資料で「新会社の設立目的は、ある程度達せられる」と書いたのは、「〈十分に〉達せられる」とは考えにくいからだ。
 既報の通り、2000年度決算から特殊法人、認可法人の行政コスト決算書類が公表された結果、昨年秋の時点で、道路4公団が民間会計手法を適用した場合、財務内容は一段と悪化することが判明している。本四が債務超過に陥るほか阪神高速、首都高速の二公団とも赤字となり、大幅黒字のはずの日本道路公団も固定資産税(約4800億円見当)などの税金を支払い、返済の必要がない政府補給金を除けば、実質は黒字スレスレか赤字になる。
 だが、委員会の「上下一体」派は、道路公団を段トツの高収益法人とみる猪瀬委員をはじめ「道路公団の財務内容はいいはず」と頭から決めつけてきた。この財務認識に立って、10年以内に「機構」から道路資産を受け継げばよい、と松田委員は妥協案を出したわけだが、現実には新会社はとても資産を買い取れるような余裕のある財務内容になり得ないのだ。 建設の歯止め策として、猪瀬委員が強調するように、競争排除で巨額の道路利権を独り占めにしている公益法人とファミリー企業群から利益を吐き出させ、コスト削減などで新会社の収益を上げる方法はある。工法の工夫や規格ダウンによるコストダウンといった経営改善によるプラス効果もある程度見込めるだろう。

 しかし、「機構」にリース料の形で大借金を50年も払い続ける新会社の基本性格は変わらない。  
 しかも、委員会は「債務の確実な返済を最優先」としながら、猪瀬委員の「民営化の成果を国民にわかってもらうため、民営化と同時に1、2割の値下げをすべきだ」との主張を容れ、料金引き下げを決めている。先の原則に逆行して債務返済を遅らせ、新会社の「経営の自由」を縛る大衆迎合の決定というほかない。
 今後の最重要課題の一つは、道路建設に新会社がどのような形で関わるかだ。  
 これまで明快な提案をしながらことごとく退けられた川本委員は11月12日の委員会で、借金による建設が将来世代に負債をしわ寄せさせることから「必要な道路は税金によって建設する方式」を主張している。そして、現状では、新規建設の計画と新会社への監督とを同じ国交省道路局が行うようになってしまうため、新会社が意思決定の自主性を確保することは困難になる、と指摘した。
 そこで、監督を第三者機関が行い、新会社が経営判断を自主的に行うスキームを発表している。審議の最終局面に入って、ようやく投資家の注目を引くような具体案が登場してきたのである。  



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