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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第45章 公務員制度改革大綱 / 舞台裏で「裏チーム」が暗躍

公務員制度改革1      
(2002年6月27日)

  政府が昨年12月25日に閣議決定し、現在法制化に向け作業中の「公務員制度改革大綱」が批判を浴びている。日本行政学会の2002年度研究会に続き、民間有識者で構成する「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)がこの5月、改革大綱の内容を真っ向から批判しつつ、独自の公務員改革案を小泉純一郎首相に提言した。
 大綱のどこが問題なのか。一言でいえば、各省庁ごとに官僚を暴走させかねない、官僚に好都合な仕組みが問題なのだ。そうなった背景に、経済産業省出身の官僚グループと自民党の橋本龍太郎元首相が結託して事実上、密室作業で骨格をつくり上げた経緯がある。

人事院を有名無実化

 国家公務員の一般行政職を対象とする大綱(資料1)の柱は、次の三つから成る。
 1. 能力・業績評価制度を導入し、任用、給与、評価の新人事制度をつくる、2. 人事院が定めてきた等級別定数制度を廃止し各省の大臣に人事管理権を集中する、3. 人事院による再就職(天下り)承認制度を改め各省の大臣が承認する。

 こうして50年以上続いた人事院制度は有名無実化され、天下り承認などの人事権限が人事院から各省の大臣に移される。つまり実質の権限は、大臣官房秘書課のような各役所の人事部局が握るわけだ。
 他方、キャリア制度のもととなる採用試験沁合格による選別(資料2)と省庁別採用制は維持され、同期生の一人が事務次官になると共に退職して天下りする早期勧奨退職の慣行は手つかず。労働基本権についても、従来通り争議権は不可、団体交渉権も制約される(資料3)。
 なんのことはない。大綱の本質は、内閣の支配を受けない中立な人事行政機関である人事院の権限を大幅縮小してそのチェック機能を外し、干渉されずに自らの裁量で将来のエリート官僚を選び、育成し、評価・抜てきして、民間企業への天下りさえ難なく行えるようにした、ということなのである。
 この結果、官僚機構が人事院から人事管理権をもぎ取り、新人事制度のもと省・局が求心力を高めて省益・局益を一層追求するようになることは、火を見るより明らかだ。第三者機関のタガが外れて、縦割り行政と各省割拠性の弊害はむしろ強まる。
 これまで際限なく続発した官僚不祥事をみると、どこの省庁でも似たような問題が内包され、内部告発などをきっかけに国民があっと驚く事件となって表面化することに気付く。官の自制によって問題解決ができれば、それに越したことはないが、実態は各省庁がセルフコントロールできずに水面下で暴走しているから、どの役所からも問題が噴出するのである。この上に外部のチェック機能が弱まるなら、それを奇貨に官は自らの権力拡大と聖域づくりに一層奔走することは確実だ。官の自己増殖衝動の封じ込めと極小化こそが、国民のための行政に近づける道だが、大綱はその逆の「官の、官による、官のための」改革案になっているのである。

「大臣」を隠れミノに

 大綱の擁護派はこう反論するかもしれない。行政組織の人事・組織の設計・運用を行う「人事管理権者」は各省の大臣なのだ、と。天下りの承認も大臣が首を横に振ればできない、すべては選挙民が選んだ内閣の一員である大臣の責任において行われるから妥当なのだ、と。
 だが、実質をみれば、超多忙で在任期間も短い大臣が省内の人事の一々を把握して判断するのは不可能に近い。しかも人事に関する情報はすべて所属省庁の人事部局が握っているから、その官庁情報に依拠して判断するほかない。
 したがって大臣は官が不祥事を起こした場合、人事管理の最高責任者として詰め腹を切らされるのがオチで、貧乏クジを引くだけだ。
 この点で「21世紀臨調」の改革案では「審議官級以上の高級官僚の人事管理権は首相に移管、個別行政決定に従事する本省課長級以下の官僚の任免は、従来通り大臣官房人事部局の自律的な決定に委ねる」と現実的だ。
 天下りの承認を大臣の権限で行う制度も、官が同様に隠れミノと責任逃れに悪用する恐れがある。近年、世論の天下り批判を受け、人事院による官僚の民間企業への天下り承認件数は、ここ数年100件未満で推移している(資料4)。この承認を各省庁ベースで行うようになれば、現状の規制行政からみて天下りが乱発されるようになることは自明だ。企業への縛り(許認可、補助金、工事契約などの権限)につけ込んで、監督官庁がOBを送り込むのは必至だからである。
 これについて大綱は、次のような乱発抑止策を講じてあるとする。
 一つは、内閣の責任で天下りの承認基準を定める。
 二つめは、各府省共通の承認基準に基づき各大臣が承認する。
 三つめは、天下った官僚OBが出身官庁に職務に関し依頼した場合、罰則を科す(行為規制)―などである。
 だが、一番にらみを利かせるはずの罰則措置も、本人が部下などにやらせたり、あうんの呼吸で了解させたような場合は立件が難しい。しかも企業側は受け入れ官僚の出身官庁との関係を大切にするから、事は表面化しにくい。実効性が伴うとはとても思えない。

「規制強化」へ逆戻りも

 したがって、民間企業への天下りは、各省ベースで承認する限り歯止めが効かなくなる恐れがある。全体をコントロールする第三者機関のチェック機能がなくなるのだから、各省庁が暴走を始める危険が現実化する。
 天下りが急増すると、民間企業の自律的な活動に水を差す恐れがあるばかりでない。民間企業に天下りの受け入れを必要と感じさせる規制行政が、むしろ強化される方向に働いてゆく。「規制撤廃」による企業活動の自由化とは逆方向の「規制強化」へのモチベーションが官側に強まるからである。
 抜本対策は、天下り自体をどのように廃止するかだ。大綱は天下りの源となっている仕組み(早期勧奨退職の慣行など)に手をつけずに、天下りの受け皿を特殊法人、公益法人、独立行政法人を越えて一挙に民間企業に広げようとしているかにみえる。
 もう一つ、注意しなければならないのが、能力・業績評価制度の導入によるネガティブな影響だ。これは各省の「一家主義」がむしろ強化されるためである。
 戦前に米紙などの記者として25年も東京に在住したヒュー・バイアスはその著『敵国日本』(内山秀夫・増田修代共訳、刀水書房)で、「日本は個人から成り立つ国家ではなく、家族から成り立つ国家である」(58ページ)と書いている。
 状況は今でも変わっていないようだ。官僚に失望して有望な若手の離職者が相次ぐ中で、一家主義的に求心力を高める仕組みとして能力・業績評価主義が見直されたのは間違いない。能力・業績重視の方向性自体は悪くない。問題は、公務員の場合、企業人と違って評価方法が極めて難しいことだ。

「各省庁割拠性」が強まる恐れ

 企業だと利益創出にどの程度貢献したか、がまず問われるが、これは定量分析できるので評価しやすい。営業担当なら売上げ・利益の成果を一定期間にどれだけ上げたか。商品開発担当なら、研究開発した商品がどの程度市場で売られたか、などで評価できる。
 ところが、公務員の仕事は利益創出ではなく、サービスである。誰に対してかといえば、むろん本来は「国民に対して」なのだが、現実には省益優先、いや「局あって省なし」ともいわれる縦割り行政への奉仕である。建前は「長」である大臣の顔を立てながら、省・局・課の論理を優先する。
 そして能力・業績評価といっても所属組織の業務への貢献度が基準になるから、昇進昇格のフレキシブル化、民間企業への天下り保証とあいまって「一家主義的一体感」を強めないわけにはいかない。そして、上司に気に入られるかどうか、が評価の大きな分かれ目になるため、部下の目はますますヒラメのように上ばかり向きかねない。
 この点で能力・業績評価の基準をどう確立し適切に運用するか、が最重要課題となるが、各省ごとの一家主義・閉鎖的割拠性が強まるなど裏目に出る危険性のほうが高いのではないか。「国民のための公務員」ではなく、従来以上に「所属官庁のための公務員」になることが懸念される。

「この話は墓場まで・・・」

 だが、大綱が批判されているのは内容ばかりでない。大綱づくりの審議・策定過程も批判されている。大綱を作成したのは内閣官房行政改革推進事務局とされているが、実際には経済産業省から出向した参事官が経済産業省グループと大手電機会社からの人事管理専門家の出向者、自民党幹部らと協力・結束し、強引につくったとされる。大綱が発表される8日前に、時事通信は次のような記事を配信している。

◎アンテナ
★…密室作業(行革推進事務局)
 政府の行政改革推進事務局が進めている公務員制度改革大綱の策定作業が佳境を迎えた。既に 1. 労働基本権の扱いは現状維持 2. 人事院の機能縮小―などの骨格は固まった。しかし、これまでに示した改革の根幹部分は、経済産業省から行革事務局に来ている一部幹部がすべてを取り仕切る形で決定し、他府省からの出向組はほとんど蚊帳の外。あまりに独断的な“密室作業”に、行革事務局内は不協和音が響き、各府省からも批判の声が上がっている。(中略)
 改革案は各府省へのまともな調整もないまま、「人事院の試験で入った官僚が不祥事を起こし、私は頭を下げ続けた。責任をどう考えているのか」などと同院幹部を糾弾した元首相ら与党幹部にのみ根回しし、了承を取り付ける。
 12日に出した大綱原案についても、与党了解後に各府省に示したものの、意見照会をわずかその2日後に締め切るという強引な手法で終わらせた。(以下略)

 記事中に登場する元首相とは、橋本龍太郎・自民党行革本部最高顧問のことである。
 しかし大綱が閣議決定された後、行革推進事務局のメンバーによる内部告発文書が霞が関を仰天させる。『公務員制度放浪記』と題され、400字詰め原稿用紙だと約220枚にも及ぶ、大綱がまとまるまでの実録レポートだ。
 筆者は先の民間からの出向者で、政治家は実名で、官僚はイニシャルで表記されている。それは次のように始まる。

 「この話は墓場まで持っていってほしい」
 平成13年の3月になったばかりのある日の夕刻、事務所近くの喫茶店に私を呼びだしたT参事官は、そう切り出した。
 「君を見込んで頼みがある。どれくらい聞いているか知らないが、経済産業省に真犯人グループがいる。君にはこれから内密に彼らと共同で作業をしてほしい」
 その時まで何も知らされていなかった私は、「真犯人」という言葉に戸惑うばかりで、上司の指示に従うしかなかった。


 このあと、「私」は公務員制度改革案づくりの舞台裏で「裏チーム」の暗躍を知ることとなる。



(資料1)
公務員の種類と人数(人数は原則として2000年度末)
出所)行政改革推進事務局


(資料2)
出所)行政改革推進事務局


(資料3)
出所)行政改革推進事務局


(資料4)
出所)人事院


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