■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第246章 トランプ政権の行方(中)/監視システム構築中

(2025年5月26日)

迫る世界恐慌

トランプ・ショックに、世界の大混乱は続く。日本に影響が大きい25%もの自動車関税も、根拠不明のまま課税された。一連のトランプ政策の行き着く先は世界にとって破滅的に見える。最悪のシナリオでは、世界恐慌の再発と民主主義・米国の全体主義的監視国家への変質の可能性が浮かび上がる。

トランプ・ショックの手法は、大統領令を連発して過激な政策を命じ、これをDOGE(政府効率化省)率いるイーロン・マスクが強引に執行するところにあった。大統領令は就任後100日で米史上最多の約140本にも上った。中でも世界に衝撃を与えたのが、トランプ関税だ。
だが、その反動は報復関税や対米輸出減、米国の物価上昇などの形で表われ、米国自身の経済に重い打撃を与える。1930年の恐慌時、フーバー米大統領(共和党)が国内産業保護を目的に6月に署名したスムート・ホーリー関税法は、世界貿易をたちまち縮小させた。最大貿易先のカナダやフランス、スペインからの報復関税で貿易戦争に火が付いた。

1929年10月、米ウォールストリートに始まった恐慌は、高関税による貿易縮小から1934年には世界貿易を29年比7割近くも減少させた。恐慌は深まり長期化した。世界経済は保護貿易でブロック化し、対立を深めて第2次世界大戦につながっていく。
米誌ニューズウィークによると、米金融大手、JPモルガンはトランプ関税の平均引き上げ率を「(4月時点で)23%超だが、計画中のものや報復関税への引き上げで、さらに高くなる」と推計した。スムート・ホーリー法の引き上げ率約20%を上回る。
トランプ大統領は、「フーバーの大失敗」から何も学んでいないかに見える。

関税男の思い違い

「関税男(タリフマン)」の元祖とされるマッキンリー米大統領への理解も的外れだ。1月の就任時、トランプ大統領はマッキンリー関税を礼賛し、アラスカ州の北米最高峰を「マッキンリー」に再び改名した。マッキンリーは、米国の「金メッキ(Gilded Age)」時代の下院議員だった1890年、「マッキンリー関税法」の起草で知られる。平均関税を38%から49.5%に引き上げた。英国からの工業品流入阻止が、狙いだったとされる。
ところが、マッキンリーは大統領に就任後、通商への排他的な見方を変える。米国経済の力強い成長を背景に、従来の保護貿易はもはや時代に合わないと感じたようだ。当時、米国は技術革新と移民増による安価な労働力を得て、電気や電話、鉄道が普及し、大繁栄の途上にあった。マッキンリーは1901年、「友好的な通商関係がよい」と主張した演説の翌日、暗殺される。

トランプ大統領には、マッキンリーの「高関税」と大統領として実現したフィリピン、グァム、ハワイなどの「米国領土化」しか目に入らなかったのだろう。
トランプ大統領は、歴史に学ばない。歴史から勝手に自分の気に入った断片を取り出し、都合よく使うようだ。歴史の理解者ではないが、ユニークな解釈者かもしれない。

テスラの利益7割減

マスクは4月30日の閣議で、DOGEから身を引き、自身の本業(民間ビジネス)に専念したい旨表明した。背景にマスク自身の過激な言動が引き起こしたドル箱・テスラの業績急悪化がある。2大市場の米国と中国に加え、EUでも売上げが急落した。
米国ではDOGEが進める過激政策への反対デモが一挙に広がった。一部が暴徒化し、テスラ車や販売店への放火、打ち壊しが発生。EUでも、マスクの極右を支持する政治介入への反発が高まり、不買運動からテスラ車の販売は4月、前年同月比で英国が62%、ドイツが46%も減った。中国では、性能を高めたBYDなどの中国製EVが市場を席捲、テスラ車の販売は2月に前年比で半減し、低迷したまま。テスラの1〜3月期の純利益は前年同期比71%も減った。

マスクの本業復帰の告白に、トランプ大統領の発言は微妙だ。マスクに「好きなだけ政権にいてほしい」と述べ、引き止めたい意向をにじませた。マスクの今後の政権への関与は、ビジネスへの逆風が収まるまで一時、姿をくらます算段なのかもしれない。政権復帰後のトランプ・マスク共同プログラムは既に整った可能性がある。
マスクの再登場後の狙いは、米国民に対する監視システムの構築かもしれない。

監視デジタルシステムづくり進む

米紙ニューヨーク・タイムズによると、DOGEは政府機関から集めた情報を基に米史上空前の広範な監視デジタルシステムを急速に構築しつつある(5月2日付)。トランプ大統領は敵対者、あるいは単にうるさい批判者の居場所をただちに突き止められるツールをほどなく入手できる可能性があるという。実現すれば、民主主義を世界で先導した米国が、大統領の監視システムの恣意的運用で全体主義専制国家に変質しかねない。
トランプ政権は既に「税収調査」を通じて不法移民容疑者の住所を探り出す計画を公表した。連邦政府職員の話では、DOGEはさらに反トランプ・反マスクの感情を持つ職員の名をAIを使って炙り出そうとしている。
トランプ就任からわずか100日で、DOGEは悪用を防ぐため政府データを封じ込めてきた、これまでの政府機関の歴史ある「防壁」を打ち倒した、と同紙は指摘する。

DOGEは今や米国在住者の個人データを数10もの政府機関のデータベースから手に入れた。目下、それらのデータベースを一本に統合する作業が進行しているようだ。米民主党下院議員の話では、SSA(社会保障局)、IRS(内国歳入庁)、HHS(保健福祉省)などのデータベースが含まれる。健康、医療、年金、税金関連で、米住民全体にわたる個人データを収集できる。
「これはいつも恐れていたことだ」とAI統治に詳しい米民主運動弁護士のケビン・バンクストンは同紙に語った。「政府がすぐに使える全体主義のインフラになる」。政府の持つ個人データはGAFAMなど米巨大テックの持つ大量の情報よりも一層敏感な内容が含まれる。所得や銀行の口座番号、病歴など。これが政権の意のままに見られるようになれば、全体主義国家の手法と化す。
一方、DOGEチームは依然、データを集めるため幾つものラップトップをバックパックに詰め、せっせと政府機関を渡り歩いているという。米国の民主主義は果たして大丈夫か。 (敬称略)