■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第232章 2024年異変(下) / 世界経済に3つの地殻変動

(2024年4月26日)

震源は米中、そして日本だ

1月に始まった24年金融異変は、一向に収まらない。3月に日経平均株価がバブル期を超える4万円台と史上最高値を更新、日銀の17年ぶりのマイナス金利解除、直後の34年ぶりの円安、と波乱が続いた。海外では経済大国1、2位の米国と中国で明暗を分ける大異変が生じた。今年1−3月に世界経済の局面が転回した可能性が出てきた。
1つの震源地は日本。「失われた30年」を経てようやくデフレ経済からの脱出が見込まれるようになった。デフレ経済は長期低迷した賃金が大きな要因だったが、多くの大企業が物価高水準を超える「5%超賃上げ」を実現した。中小企業も人手不足を背景に、賃上げの実現に向かった。
2つ目の震源地は米国。ダウ平均株価は高騰し3月、史上最高値を更新し、堅調を続ける。背景にあるのは、脚光を浴びる生成AIへの期待だ。AI向け半導体でトップシェアを握るエヌビディアがその象徴。AI主導で成長する米経済の強さが際立つ。
3つ目の震源地は中国。日米と対照的に不況が深まる。GDPの約3割を占める不動産業でバブル破裂。民間不動産企業は軒並み破綻の危険に直面する。

米経済復活が本格化

まず、世界経済を牽引する米国経済の絶好調の秘訣は何か。米金融大手ゴールドマン・サックスは3月、米国株式時価総額の世界シェアが50%に達した、と発表した。同社は繁栄の第一の理由に「強い米国経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)」を挙げた。デジタル経済を先導するAIにつながる先端技術産業が、世界のトップシェアを占める「米国1強」となった新局面が背景にある。
ナスダックを含む米国の株式市場の株式時価総額の上位10位は全て米国企業(4月1日現在)。うち7社までをITテック企業が占める。トップはマイクロソフト、2位以下がアップル、エヌビディア、アマゾン、メタと続く。AIの開発に必要な半導体やクラウドで米国の世界シェアは7〜9割にも達する。

ゴールドマン・サックスは米国の強さのもう1つの秘訣に「地政学的多様性」の成功を指摘する。対立する中国を除いた国際的なサプライチェーンの構築がうまくいっていることを指す。
米株価高騰を牽引してきたエヌビディアは3月、AI向け画像処理半導体(GPU)の新製品「H200」の出荷開始を発表。現行の急増する生成AI需要の大部分をさらう「H100」の処理速度を最大5割近く上回る。ケタ違いのスピードで技術革新を進める。「アメリカの復活」を連想させるシーンが続く。

中国の不況深まる

半面、中国の不動産不況は深刻の度を増す。筆者は3月、中国から訪日した中国人経営者から経済の現状を聞いた。「非常に深刻、不動産バブルがはじけている。若者の失業者が急増した。トップクラスの北京大学を卒業しても、就職できない者もいる。若者の失業率は20%くらいに上るのではないか」と言う。
中国不動産大手の中国恒大集団は破綻同然の状況にある。香港の高裁が1月、法的整理の開始を決めたのに続き、3月には11.7兆円相当に上る売上高の粉飾決算が発覚した。不動産民間企業の最大手、碧桂園(カントリー・ガーデン)は2月、香港高裁に債権者により法的整理を申し立てられた。同社は株価暴落と資金繰り難に見舞われた。これに連鎖して碧桂園に対し融資返済を求めていた不動産業などを営む香港上場企業が、香港高裁に清算を申し立てた。

不況の深まりから不動産業で黒字を維持しているのは大手の国営企業のみで、民営企業は相次ぎ赤字に陥った。結果、盛んだった土地・住宅開発が凍結され、地方政府の財政も土地使用権の売却収入減から悪化の一途をたどる。地方公務員の給与遅配も発生した。
不動産向け不良債権の急増から地方銀行の財政難も深刻化。貸し渋りが広がり、地方経済を冷やす金融不安に波及してきた。
外資企業の中国撤退や海外からの投資縮小も止まらない。いまや中国経済は、23年に日本を抜き輸出世界1にのし上がった電気自動車のみが照らされ、他は黄昏が広がる。
中国では低迷への悪循環が始まったかに見える。

日本は円安不安続く

日本はどうか。株式市場は大活況に沸いた。経営改革が目立つ銘柄や成長見込みの銘柄がまず海外投資家に選ばれた。やがて日本株の高騰に新NISAに乗り出した若者らの個人投資家も、日本株投資に向かう展開となった。東京エレクトロン、ファーストリテイリング、三菱商事、三菱UFJ、NTT、JT、KDDI、トヨタ自動車などが大商いで賑わった。
懸案だった大幅賃上げのバリアは大企業に限ってはひとまず乗り越えた。が、なお多くの重要課題が待ち受ける。その1つが、金利差と共に資本逃避が引き起こす通貨下落(円安)の抑止が問われる日銀の金融政策だろう。
日銀の公表された政策会合から、見えてこないものがある。「通貨の番人」として円安の持続的進行をどのように食い止めるかだ。通貨安定の重要ポイントだが、そのビジョンが見えてこない。

最近ではトルコ・リラの急落が目を引く。高インフレを背景に国民の自国通貨への不信が広がる。個人投資家や企業のリラ売り・外貨買いが進む。
金融は「経済の血液」であるゆえ、新鮮さを保つ必要があり、政策の不断の見直し・機動性が不可欠だ。実体経済は動き出した。金融政策がこの先、慎重に過ぎて超スロー運転になるリスクは大きい。「トルコのようになるはずがない」と安閑と構えていて大丈夫か。
日銀法には、国民経済の健全な発展を遂げるには「物価の安定を図ること」の重要性が明記されてある(第2条)。ここで注意すべきポイントは、22年はじめ以降2年余りで3割超も進んだ円安だ。GDPでドイツに世界3位の座を奪われる一因ともなった。先行きも円安が懸念される中、為替と輸入物価安定の方策をどう打ち出すか。

一つ、注目すべきは「悪い物価高」の存在だ。これは自国内で制御することができない必需の輸入品・サービスを指す。それが食料や原油・天然ガスなどエネルギー源の場合、国民の生活にたちまち響く。円安が長期にわたれば、その物価高圧力でGDP比55.5%(22年)を占める個人消費を冷やし続け、経済成長を抑え込むことは必至だ。
悪い物価高を封じる成長・金融政策の策定と機動的な政策運用が欠かせない。