■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第230章 2024年異変(上) / 新NISAが円売り・資本逃避を進める

(2024年2月26日)

2024年は1月から金融マーケットに不気味な変化が起こりつつある。個人マネーが大挙して海外投資に向かっている。円を売って海外資産を買う「資本逃避(キャピタル・フライト)」が、進みだした。政府主導の貯蓄から投資への申し子、1月に始まった新NISAが、これを加速させた。背景に、円安が止まらず物価が上がる中、持っていても金利を生まない円通貨への不安がある。
市場では日銀は3月にもゼロ金利解除に踏み切るとの観測が広がる。だが、そうなっても現行の日米の金利差5〜6%はほんの少ししか埋まらない。日銀は金融緩和をその後も維持するという。その上、日本の経済力低下と米国経済の隆盛を考えると、円安傾向は長期にわたり続きそうだ。

1月は2つの異変が、市場を襲った。1つは、驚くばかりの株価高騰だ。1月末には年末比2800円超アップ、3万6000円台に達した。さらに続伸し、2月22日には日経平均株価はバブル崩壊直前の1989年12月末に付けた史上最高値(3万8915円)を更新した。
もう1つは、円安・ドル高の進行だ。足元の円相場は1ドル=150円前後。23年末に比べ9円前後も円安に振れた。日米金利差は昨年末からほぼ変わっていないため、「金利差」以外の要因で円安が進んだ、とみなされる。

米国の市場でも1月に異変が進んだ。GAFAMを中心に米IT大手が23年10-12月期に過去最高の業績を上げ、米国経済を引っ張る構図が浮かび上がった。注目すべきは生成AI、クラウド関連が業績を急伸させたことだ。
主役は「スーパーシックス」と呼ばれる米テック6社。前年12月時点で「マグニフィセント・セブン」と呼ばれたテック7社から米中対立を背景に中国市場で締め出しリスクが生じたテスラは外された。
6社とは、GAFAM5社と、生成AI向け画像処理半導体(GPU)トップで業績急上昇し、株価高騰を主導したエヌビディアだ。6社は世界の株式時価総額ランキングトップ・セブン中に全社が入り、存在感を突出させる。しかし、そのことと日本の異様ともいえる 1月の「株高・円安」はどう関係しているのか―。

円不信から円売り加速

新NISAが1月の異変に果たした役割は大きい。小泉内閣以来、歴代自民党政権が引き継いだ「貯蓄より投資へ」の方針。岸田内閣が22年に発表した「資産所得倍増プラン」に組み入れ、具体化したのが新NISAだ。これが円安の演出者となった。米国株や世界株へ投資信託などを通じて投資し、円売り・ドル買いが増えて円安が進んだ。
年初来、加速した円売りで円通貨の対ドル下落率は2月はじめには5%に近づき、各国比最大となった。投資額が増えた新NISAの約8割は、海外に投資する投信が占めるとの証券会社情報もある。今後、関係者から詳しい調査結果が出てくるだろうが、これまでのところこの基調が続くと、円売り・外貨買いの年間規模は5兆円とか7兆〜9兆円にも達する、との予測が出てきた。

個人マネーが海外、とりわけ米国に向かう最大の理由は、円通貨に対する信頼の崩れだ。食品など生活必需品が平均4%以上も高騰する中、「安心できるおカネ」だった日本円の下落が一向に収まらず、金利は超低率で価値は減るばかり。勢いのいい高金利の米国経済と衰退する日本経済の将来。これも考えての個人の円売りが増えたとみられる。
GDPで世界3位だった日本は23年にドイツに追い抜かれた。
企業も弱体化した。1989年のバブル期当時、世界株式時価総額ランキングのトップ10のうち7社までNTTを筆頭に日本企業が占めた。ところが現在、同ランキングで世界のトップ100社中日本企業は27位のトヨタ自動車だけ。中国企業も大きく後退し、最高のテンセントで21位。トップ100社の大部分が米国企業で米経済の勢いを示す(23年12月12日時点。ブルームバーグ調べ)。

海外投資家の買いで株急騰

では年初来の日本の株価高騰は、何が理由なのか。新NISA運用の4割は、20代、30代が占める。若年層を中心に個人マネーが投信で海外株式買いに向かったのなら、一体誰が日本株を買ったのか。
海外の投資家である。金融筋によると、上昇した日本株の7割が米国をはじめ海外の投資家によるものだ。 日本経済のデフレ脱却、日本株の円安による割安感に加え、PBR(株価純資産倍率)向上の経営改革、自社株買いや海外企業の買収など株価引き上げへの評価が高まった。 さらに中国からの投資振り替えも日本株投資を急増させた。中国は不動産大手・恒大の経営破綻に象徴される不況の深刻化や不透明な政策運営から米欧の投資家や企業の投資縮小・撤退が相次ぐ。
日本の個人投資家は、日本株の高騰を機に利益確定に動き、高配当株を狙った買いを相殺した。個人投資家は結局1月は約1兆円売り越した。一方、海外投資家は1月に2兆以上買い越した。円安の加速は、新NISAをますます外国株投資に向かわせた。

新NISAが円安圧力になると、これを引き金に日本からの資本逃避が勢いを増すのではないか、との疑念が生じる。円安の主因とされてきた金利差と貿易赤字が今後縮小に向かったとしても、資本逃避が円高圧力をかき消してしまう恐れがある。
1月の日米双方の経済動向から当面、2つの懸案が急浮上した。1つは、物価上昇が安定目標の2%をとうに超え、インフレ状態になっているのに、未だゼロ金利解除に踏み切らない日銀の政策運営だ。物価・賃金動向を見極める姿勢を崩さないが、「石橋を何度も叩く」慎重さは新たな事態への対応を困難にする。
資本逃避は22年春に始まった円安化の長い期間に生長し、新NISAで歩みを速めたことが判明した。経済状況を把握し、的確に予測してタイミングよく決定するのが本来の金融政策のはず。過度な「見極め」が、遅きに失する機会喪失リスクをもたらすのは必然だ。 円安化による物価上昇を抑える必要が高まる。

2つ目の懸案は、デジタル技術と事業がGAFAMなど米IT大手に握られ、日本企業は収益を米企業に吸い取られてしまうことだ。
日本のデジタル関連サービス収支の赤字額は急増し、22年に4.7兆円超にも上る。日本企業や個人が使う海外のクラウドサービスやネット広告への支出が急増しているからだ。日本企業は相次いでDX(デジタルトランスフォーメーション)に乗り出している。が、懸命の努力をしても技術革新でプラットフォーマーに成長しなければ、豊かな収穫は難しい。
方向を見定めた金融・経済政策と企業戦略が問われる。