NAGURICOM [殴り込む]/北沢栄
■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第20章 米FBIも電子メールを盗聴
 米国の情報機関、NSA(国家安全保障局)がスパイ・システム「エシュロン」を英国などと組織し、電話や電子メール、ファクスを地球規模で通信傍受していることが欧州議会の調査で発覚したのに続き、今度はFBI(米連邦捜査局)がコードネームで「カーニボア(Carnivore=肉食獣の意味)」と呼ぶ傍受システムを使って、犯罪と関係のない個人の電子メールを傍受している疑いが浮上してきた。「カーニボア」は最近その存在が暴露されるようになるまで、当局の秘密のベールで覆われていた。「エシュロン」に続く「カーニボア」の発覚で、米政府が“ネット盗聴”をひそかに推進してきた実態が明るみに出た形だ。

 米プライバシー擁護団体の「エレクトロニック・プライバシー情報センター(EPIC)」は8月、プライバシー侵害の疑いがあるとして「カーニボア」の詳細情報の即時公開を求める訴えを米連邦地裁に起こした。他方、別の市民団体「米市民自由連盟(ACLU)」は、7月にオンライン・プライバシー保護法の改正を米下院に呼びかけている。犯罪捜査に名を借りて、FBIが無関係市民の個人情報を傍受してこれを悪用する恐れがある、と市民団体が立ち上がったのだ。
 これに対しFBIは「犯罪捜査に限定して一部の事件の関連で使っただけ」と弁明している。「カーニボア」は特注ソフトを用いて捜査対象の電子メールを傍受するシステムで、「ウィンドウズ2000」が使われているといわれる。
だが、FBIが全米を張り巡らすメール傍受システムの存在を認めたことで、世界中の電気通信を傍受するNSAの「エシュロン」と併せ、米政府が日本を含む米国以外の外国と自国双方の通信傍受を行うネットワークを既に完成し、活用していたことが、これで明らかになった。世界中の電気通信のすべてについて、米国の二つの情報・捜査機関が知りたければいつでも知ることのできる危険性が高まったといえる。

 サイバーテロやマネーロンダリング、麻薬取引などインターネットを利用した犯罪の急増を背景に、米クリントン政権は「e犯罪」に対応するためとして通信傍受システムや警察のデータベース拡充の予算を2001会計年度(2000年10月-2001年9月)に大幅に増額しているいる。ネット通信のワイヤード・ニュースによれば、連邦と州が通信傍受を容易に行えるよう電話会社がネットワークを整備し直す予算は今年度の十六倍に上る二億四千万ドルに増やしている。同様に、司法省の捜査向け情報収集予算、軍の情報・通信活動向け予算も大増額した。明らかに、米政府は情報を手に国民をコントロールする方向に突き進んでいるのだ。
 NSAが「米国外」、FBIが「米国内」の通信傍受を通じ情報コントロールを狙う中で、米国を代表するもう一つのスパイ機関、CIA(米中央情報局)はどんな“ネット盗聴”を行っているのか。まだ秘密のベールに閉ざされているが、過去にピッグズ湾侵攻作戦(1961年)やウォーターゲート事件(72年)で明るみに出たように、特定の対象を狙った盗聴や隠蔽の工作はCIAのお家芸だ。元CIA長官の証言からも、外国の政府要人に対し贈収賄に関連した盗聴を日常行っている事実が明らかにされている。

米政府の二面性

 米国が世界に先駆け情報公開法を施行したのが、ケネディ大統領暗殺三年後の1966年。74年には、ウォーターゲート事件を教訓に情報公開法が改正され、個人のプライバシーの権利を保護しつつ、市民が容易に政府文書を閲覧できるようになった。
 しかし、こうしたいかにも米国らしい「情報公開」政策の反面で、CIA、FBIといった情報機関は「法」と「正義」の名の下に、特定の対象についての情報を盗聴によってつかみ、弱みを握るなどして密かに政治工作に関与するゲシュタポ的な行動を長い間とってきた。米国史の「光」に対する「陰」の部分である。

 今回、FBIが「カーニボア」に絡んで「エシュロン」が発覚したときと違って米市民から厳しい目を向けられるのも、米国史の暗部とも言われる「フーバーのFBI」を市民が不気味に、苦々しく思っていることと無関係ではない。「FBIの育ての親」とされるジョン・エドガー・フーバー元長官(1895-1972年)は、1930年代にフランクリン・ルーズベルト大統領の「国家の安全保障(ナショナルセキュリティ)」の要請に沿って、単なる「捜査局」の名称を「FBI」に改めるとともに、組織の大拡充を行い、指紋採取の技術を導入するなどしてギャングを一斉摘発した。第二次大戦中はナチの協力者やシンパの逮捕、戦後は“赤狩り”を全米で展開した。ケネディ大統領や黒人解放運動家のマーチン・ルーサー・キング牧師に対しても個人情報を握って意のままにしようとした、とも伝えられる。
 そのFBIが、インターネット時代に今度は犯罪と関係ない市民のeメールも傍受しようとしている?こう米国民の多くはとらえて、反対運動に動き出したのである。「エシュロン」を米国民以外の海外に向けたスパイ活動と“対岸の火”とみていたのに対し、「カーニボア」は自分たちに向けられたスパイ活動、と警戒心をあらわにしたのだ。

「政府」対「市民」

 米政府は先にふれたように、情報関連予算を大幅に増やして「情報支配」を押し進めてきた。
 その技術的成果として、遠方からパソコンをスパイできる、コードネーム「テンペスト」と呼ばれるシステムがある。NSAウォッチャーによれば、すべてのコンピューターが発する電磁信号の波動を傍受して、解読するという。
 この「テンペスト」についても、詳細は明らかにされていない。今後、米国の市民団体が訴訟などによってどこまで傍受システムの真相に迫れるか。?

 こうした政府と国民の情報支配を巡る攻防は、米国だけでない。監視カメラをロンドンの目抜き通り、ピカデリーサーカスにも設置している英国でも、政府対民間の攻防は激しさを増している。英国では民衆が行き来する広場や通りなどで、50万台もの監視カメラが作動しているといわれる。そうだとすれば、文字通りジョージ・オーウェルの「1984年」が描く監視社会である。
 その英国で、政府のごり押しする“盗聴政策”に対し、英国民だけでなく保守的なはずの産業界も反発し始めた。  電子メールの傍受を捜査当局に認める新法がこの10月に施行されるが、その運用のためメール傍受への協力を求めた英国の内務省に対し、英国産業連盟(CBI)など産業界が猛反発して実施の遅れが必至となったのだ。つまり、“ネット盗聴”を推進しようとする政府に、同盟者であるはずの産業界までが「ノー」と拒否したのである。
 このように、インターネットの普及で迎えた「ネット新時代」に、情報支配を通じて国民のコントロールをもくろむ米英政府に対し、当の市民側が危機感を強め、公然と反発・抵抗しだしたのだ。そこには、情報を武器にコントロールを狙う「政府」と情報支配からの自由を求める「市民」の対決の構図がある。


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