■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第196章 国家はGAFAをなぜ規制するのか

(2021年3月31日)

世界的なデジタル経済権力対国家権力の新たな戦いが幕を開けた。
米巨大IT企業GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)の市場寡占に対し、欧州に続き米国の規制当局が昨年暮れ、相次いで反トラスト法違反で提訴に踏み切った。続いて中国当局も、電子商取引(EC)最大手のアリババ集団を独禁法違反の疑いで捜査に着手した。
この一連の流れは、プラットフォーム(交流サイトのSNSなどIT基盤)を握り、市場支配を強める巨大IT企業のパワーに国家が脅威を覚え、一斉に規制に乗り出した現実を示す。

買収で競争相手を潰す

昨年12月、米連邦取引委員会(FTC)と48州の司法長官が、フェイスブック(FB)を写真共有アプリ「インスタグラム」などの買収を例に「競争を制限し支配的な地位を築いた」として提訴。直後にテキサスなど10州の司法長官がグーグルの広告事業、コロラドなど38州・地域の司法長官が同社の検索事業に関し反トラスト訴訟を起こし、事業分離などを求めた。米ネット広告市場では、シェア首位のグーグルが3割、2位のフェイスブックが2割と、両社で約半分のシェアを握る(図1)。

(図1)GAFAの米IT市場別シェア(画像をクリックすると別ウィンドウでPDFファイルが開きます)
出所) *1 gs.statcounter.com(2021年2月) *2 Channel E2E *3 T4 *4 eMerketer *5 BuisinessofApps


米議会下院反トラスト法小委員会が20年10月、GAFAに関して発表した450ページに及ぶ調査報告書が独占事業の実態を明かしている。たとえばフェイスブック・グループに対してはユーザー数が世界で月々31億4000万人に上るとし、「ソーシャルネットワーキング市場の独占的パワーを持つ」と断定した。他の2社、アップルとアマゾンの扱いは、バイデン新政権の手に委ねられた(図2)。

反トラスト法の起源は、1890年に米国で制定されたシャーマン法に遡る。カルテルなど取引制限の共謀や独占の企てを防止する狙いで、のちにその強化を図るクレイトン法、FTC法などが加わった複数の独禁法を指す。日本の独禁法のモデルともなった。米当局によるIT大手の提訴は、1998年の米マイクロソフト以来だ。長い間独占に寛容だった米国の競争政策が大きく転回しだしたのだ。
欧州連合(EU)も動いた。GAFAを念頭に、プラットフォーマー(事業者)に自社サイトでの自社サービスの優遇を禁止するなど、二つの法案で禁止事項を定める「事前規制」に踏み込むと発表した。従来は問題発生後に制裁金を課す事後規制だけで、GAFAの暴走を放置したと批判されていた。違反した場合は、世界の売上高の最大6%の罰金を科し、事業分離も可能になる。

(図2)GAFA 批判される取引行為の例(画像をクリックすると別ウィンドウでPDFファイルが開きます)
出所)米議会下院司法委員会反トラスト法小委員会の報告書など


中国政府も警戒強める

EUの発表直後、中国当局もこれまでの急成長するネット企業を後押しする政策を一転させた。ネット通販で5割超のシェアを誇るアリババに独禁法違反のメスを加えたのだ。当局は、アリババが自社の通販サイトの出店者に競合サイトに出店しないよう圧力をかけたり、中小・零細業者を締め出す不当安売り容疑で捜査を進める。
中国当局からアリババに対し「順法意識が薄い」「強くなりすぎた」といった声が漏れる。アリババのオンライン決済サービス「アリペイ」の年間利用者は10億人、年間決済額は118兆元(約1900兆円)。中国の国内総生産(GDP)を上回り、日本のGDPの3倍を超える。グループの2020会計年度の売上高は7兆元余(約117兆円)。

しかし中国の場合、企業家は何より共産党政権への忠誠が問われる。アリババ規制の本当の理由は、政府に逆らう創業者の馬雲(ジャック・マー)を当局が懲らしめに一発食らわせた、とも言われた(写真)。20年11月には、史上最大規模の350億ドル(約3兆7000億円)の資金調達が見込まれたアリババ傘下の金融テック会社アント・グループによるIPO(新規株式公開)が、直前に突然の延期となった。馬の反政府的な発言に習近平が激怒し、延期させたとの情報が出回った。

(写真)アリババ創業者 ジャック・マー(馬雲)
出所)MEI JIN TANG


いまや中国の共産党政権もスーパーパワーを付けたネット大手を警戒し、規制に転じた。
日本の公正取引委員会も、GAFAなどの個人情報の不当利用や取引業者への不公正取引に厳しい姿勢で臨む方針に転じた。GAFAを想定した今年2月に施行の新法「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」で、事業の「見える化」を図らせる事前規制と共に独禁法と絡めた事後規制を強める。今後は独禁法違反の「優越的地位の乱用」に調査の焦点が当てられそうだ。

米社会に生じた「重要な変化」

いまや世界の株式時価総額ランキングのトップ10位までをGAFAと米マイクロソフト、中国のアリババ、テンセントでほぼ独占する。デジタル市場の「勝者総取り」式ビジネスの最強の勝者たちのスーパーパワーに、各国の政治リーダーや規制当局が揃って危機感を共有し、身構えだしたのである。これは、経済・社会における「重要な変化」にも対応したものだ。
バイデン米大統領は1月の就任演説で、米社会が直面するこの「重要な変化」を挙げ、それとの戦いを宣言した。「真実」の大切さを奪う「ウソ」との戦いを強調する。
「重要な変化」とは、トランプ前大統領が繰り出したフェイク情報と扇動を指す。1月の米連邦議会への乱入事件の背景に、前大統領のフェイク情報があった。「陰謀による不正選挙でトランプは負けた」との陰謀説が流れ、ついにトランプ氏の煽動演説が、群衆を民主主義の象徴である国会議事堂襲撃へと駆り立てた。「パーラー」のような極右系SNSがフェイク情報を煽り、内戦勃発の噂さえ飛び交った。そしてその通信の主役となったのが、スマートフォンを使ったSNSであった。
ここで、スマホが米国民にもたらす強烈な影響力に改めて注目が集まった。その力の中核にフェイスブックやツイッター、ユーチューブなどのSNSがある。

一体、国家を脅やかすほどのその影響力はどこから来るのか―。
トランプ前米大統領自身が、その威力を証言している。彼は2017年に英フィナンシャル・タイムズ紙に、こう本音を表明した―「わたしは、ツイッターがなければ大統領になっていなかったろう」
ところが、ツイッター社は米議会乱入事件を受け、トランプ大統領にツイッターの永久停止を決定。FBとユーチューブもトランプ・アカウントを閉鎖し、アマゾンもトランプ派の広告塔「パーラー」を自社サイトから締め出した。結果、トランプのツイッター使用の道は絶たれる。これで混乱はようやく収拾に向かう。
だが、このことは絶大な権限と影響力を持つ米大統領をSNS大手が追放した、と見ることもできる。デジタル経済権力による歴史的な大統領追放劇であると。

しかしなぜ、GAFAに象徴されるプラットフォーマーが、これほどの勢力を得たのか。
これを解くカギは、スマホの魔性にある。スマホは、誰もに毎日手離せなくなるほど、利用者である消費者(市民)を捕らえ、支配しているのだ。2010年代以降のその世界的普及が、それまでの社会秩序を大きく揺るがすようになった。

では、なぜスマホがこのような魔性を持つに至ったのか―。人類はかつて蒸気機関用の石炭や産業・家庭向けの電気のように、エネルギー利用で画期的な技術革新を果たした。いま進行中の技術革新は、それとは違う情報・知識に関するビッグデータを用いたデジタルICT革新だ。その中核ツールが、2007年にアップルが発表したiPhoneがモデルのスマホである。
スマホの特長はデジタル技術を使って従来のIT技術を統合して携帯できる多機能の小型デバイスにし、ソフトウェア・アプリを自由に追加できるようにしたことだ。これによって、利便性が急拡大し、2010年代に世界中にスマホが見るまに普及した。

スマホの魔性と「7つの罪」

だが、スマホの眩しいばかりの利便性の光には、濃い影が生じた。最新の知見によれば、スマホの利用で、少なくとも「7つの罪」が生じるとみられる。そこには、GAFAが市場支配に留まらず、国民の意識や生活に広く及ぼす影響力がある。GAFAの国民の経済・マインドに対する影響力がいまや国家を脅やかしているのだ。
その「7つの罪」とは―
  1. GAFAは、情報操作によって消費を誘導したり需要を囲い込み、独占的利益を拡大する→グーグル、FBなどのターゲッティング広告が好例。情報検索やSNSから利用者の好みや関心をアルゴリズム(計算手順)によってあぶり出し、各自を引きつける広告を掲示。消費者マインドを左右し、広告収入を独り占め。
  2. GAFAは、将来ライバルとなりうるスタートアップや会員企業に対し、買収や競争の排除によって市場支配。
  3. フェイク情報の発信・拡散が政治リーダーや団体により意図的に行われ、情報が歪められ真実が隠されて特定の目的に誘導される→嘘つき政治が支配する恐れ。
  4. 利用者はスマホの頻繁な使用から、常に気を散らして落ち着かない依存症状態となる→プラットフォーマーはユーザーを無料サービスで釣ってひっきりなしに情報サービスを繰り出す→利用者はこれらの情報操作に翻弄され、受け身の精神状態となって自分の頭で考えなくなるリスク。
  5. 情報の送り手はしばしばイエスかノーの二者択一を迫ったり、政治的主張をごく単純化して感情に訴え、相手から考える余裕を奪う→踏み絵を踏ませる形で、一種のマインドコントロール化。
  6. 情報発信の流れから、利用者を共感させるより憎ませ、敵対させる固有の傾向が生まれる→アピール力で見れば、人は憎悪や嫌悪に動かされやすい。単純な否定・排外メッセージの情報発信が影響力を持ち、広がりやすい→「いいね!」に見られる、自分を隠す匿名性と付和雷同性を引き起こす→いわれなきいじめ、中傷が頻発し、相互不信と社会的分断を増長。
  7. 体制(エスタブリッシュメント)がスマホを通じた情報統制・人心管理を行い、国民を監視する全体主義化のリスクが潜む→4億台ともいわれる監視カメラと、スマホの位置情報などで自国民を監視する中国モデル→2010年にチュニジアで始まった「アラブの春」は、FBにより改革機運が一気に高まって起こったが、これを学習した体制側が逆にSNSを使って民衆運動を抑圧。

窮地に立った国家権力

スマホを絶大なツールに、GAFAは国境を超えた多国籍パワーを持ち、国家権力を脅やかすようになった。その第1の脅威は、スマホのユーザーである国民の情報とコミュニケーションを牛耳ったことだ。
『スマホ脳』の著者アンデシュ・ハンセンによると、(スウェーデンでは)人は平均すると1日に3時間スマホを使っている。1日に2600回以上スマホを触り、平均して10分に1度スマホを手に取っているという。
しかもSNSからの発信情報は「何でもあり」で、フェイクやねじ曲げ、煽動が含まれる。結果、プラットフォームには嘘、偏見、ヘイト発言、デタラメ発言がはびこるようになる。「言論空間」はカオス化し、劣化してしまったのだ。
かつては言論や思想への政府の介入が民主主義を危うくすると見られたが、いまでは相次ぐ正体不明のフェイク情報も大いに警戒しなければならなくなった。最大権力者による言論空間の危険な操縦は、現に米国社会で起こった。言い放題の煽り発言が、憲法で「言論の自由」を保障する民主主義社会と相容れなくなり、衝突するようになったのだ。

GAFAが国家権力を脅かす二つめの要因は、世界規模で急成長を続ける超巨大な経済パワーである。
株式時価総額が計5兆ドル(約535兆円)を超えるGAFA。これにマイクロソフト社を加えた5社で東京株式市場の第1部上場会社の株式時価総額を上回る。
米議会下院は20年10月に発表した報告書で、米国人の85%がIT大手による個人データの収集を懸念している、と明らかにした。IT大手は各分野で無料サービスを手法に利用者から個人データを収集しビッグデータに活用して、巨額の利益を稼ぎ出してきた。ごく少数の寡占大手による個人情報と富の独り占めだ。
しかもその従業員数は、かつての産業大手に比べ「雇用は切り捨て」式手法でごく少なめに抑えられる。労働者は分け前を得られない。労働者収奪型で経済格差は広がるばかりだ。FBグループが雇う人員の数は、倒産したかつてのアナログ写真の雄、コダックの全盛期の10分の1以下。GAFA規制の背景に、こうしたデジタル経済の経済・雇用構造のいびつな変化がある。
このような背景から、巨大ITパワーの前に国家権力が立ちはだかる異様な展開となってきたのである。