■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第169章 議論進まぬ軽減税率/適用対象、理念見えず

(2015年8月10日)

消費税10%への引き上げに伴い実施される軽減税率の適用内容が決まらない。 適用すべき生活必需品の筆頭は飲食料品分野だが、与党間の意見はまとまらず、税収減を警戒する財務省に対案を求める消極姿勢が目立つ。 これまでの議論では軽減税率を適用した場合の混乱や中小企業の事務負担増などマイナス面が強調され、必需品・サービスの負担軽減という「理念」は見えてこない。

欧州各国は導入済み

焦点は、2017年4月の10%への消費税引き上げ時に低所得層ほど重くなる消費税の負担を軽減するため、「どの対象品目をどの程度の軽減税で実施するか」である。 日本はこれまで消費税(付加価値税)に関し、先進主要国の中では例外的にゼロ税率も軽減税率も実施していない。 生活必需品・サービスとそれ以外とを税制上区分けして税負担を緩和する税制面の配慮で、日本は大きく立ち遅れていた。 今回、ようやく食料品をはじめ水道水、電力・ガス、新聞、雑誌、書籍など生活インフラが税軽減の検討対象に浮上してきた。

欧米のケースを見てみよう。軽減税制で進んでいる英国は、標準消費税率が20%だが、生活必需品や生活インフラに相当する分野はゼロ税率とし、生活者の負担軽減に配慮する。 食料品、水道水、新聞、雑誌、書籍、国内旅客輸送、医薬品、居住用建物の建築、障害者用機器などが「ゼロ税率」の対象となる。 家庭用燃料や電力料金には5%の軽減税率を適用している。
食料品ではアイルランド、オーストラリア、カナダ、メキシコも消費税を当初からゼロに抑えてきた。 国民の「知的インフラ」とされる新聞、雑誌、書籍も、欧州ではドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンなどほとんどの国でゼロ税率か軽減税率を適用している。

米国には国税としての消費税はないが、州や市、郡(カウンティ)がそれぞれ独自の「売上税(セールス・タックス)」の名で課税している。ニューヨーク市の場合、消費税は8.875%だが、未加工の食料品は非課税。 2012年4月から衣料品と靴について小売価格110ドルまでの商品に限りゼロ税率となった。1個110ドルまでの商品なら、いくつ買っても消費税がかからない。市当局による低・中間所得層への配慮だ。
半面、ニューヨークでは市中心部のマンハッタンで車を駐車すると税率加算され、駐車税は18.375%に跳ね上がる。税収増を図りつつ、中心部への乗用車乗り入れを抑え、交通混雑や大気汚染を緩和する狙いだ。

及び腰の与党

軽減税率導入の検討は、与党税制協議会(会長・野田毅自民党税制調査会長)が進めている。 2013年度与党税制改正大綱に基づき、軽減税率制度調査委員会を設置し、協議を重ねてきた。
しかし、与党である自民党と公明党の温度差は大きい。 先の国政選挙で軽減税導入を公約した公明党に対し、自民党はもともと導入に消極的だ。この与党間の意見の不一致が、合意を遅らせている。

調査委員会は13年11月に「軽減税率についての議論の中間報告」を発表。これに先立ち、6回にわたり実施した有識者や関係団体からヒアリングは賛否を二分した。
賛成派からは「消費者の食生活を守り、農業者の価格転嫁問題を解消するため、食料品、農産物に対するゼロ税率を導入するべき」とか「新聞は公共財であり、購読料は5%の軽減税率とし、書籍、雑誌、電子媒体についても同じ扱いに」「住宅へも軽減税率の適用を」などの意見が出された。
反対派からは「対象、品目の線引きが困難であり、課税の中立性が損なわれる」「複数税率の導入は特定分野に恩典を与えることとなり、政治的恣意性の問題がある」「特定分野への恩典が社会的不公平感を拡大させる恐れがある」といった主張がなされた。
実施した場合の「負の影響」を事業者団体が強調するケースも目立った。例えば「小規模な事業者ほど、日々の取引において税率の判断、記帳、請求書の発行等、複雑な事務負担が大幅に増加する」「軽減税率は何を対象にするかで線引きをするので、税抜き価格、税額、適用税率を明記したインボイスが必要になるが、インボイス導入に伴い小規模、零細事業者に大幅で複雑な負担増となる」など。

韓国はゼロ税率

こうした中、与党税制協議会でまずは飲食料品分野を対象に制度案を検討することとなり、今年5月、3つの具体案について協議に入った。 「酒類を除く飲食料品」「生鮮食品」「精米のみ」の3案を検討し、「精米」以外の案では欧州式にインボイスの導入が欠かせないことを確認した。
3案の中で消費者に喜ばれるのは「酒類を除く飲食料品」だが、事業者の事務負担増や代替財源の確保に難点がある、などとされた。
与党税制協議会は、今秋までに最終案をまとめる方向だが、「国民に不可欠な必需品・サービスについては国民負担を軽減する」という本来の政策理念の希薄感と審議スピードのノロノロ感は否めない。

この点で参考になるのが、標準消費税率を10%とする韓国の税制だ。昨年10月に現地を視察した公明党税制調査会の斎藤鉄夫会長によると、韓国では1977年の付加価値税の創設以来、基礎食料品に対し非課税(ゼロ税率)制度をインボイスを用いて導入している。
非課税の対象には、水道水や練炭・無煙炭、生理用品、医療(美容整形を除く)、旅客運送サービス、新聞、雑誌、書籍なども含まれる。ゼロ税率となる食糧品は、穀物、生鮮食品をはじめ食生活に欠かせないキムチ、豆腐など単純加工品だ。 ただし、焼く、ゆでる、味を付ける、など生産物本来の性質が変わるものには課税される。
韓国の大手スーパーの話では、課税、非課税の線引きに関して事業者、消費者の間で混乱はなく、複数税率はすでに定着しているという。
こうした海外のサクセス・ストーリーを基に、日本の制度案を組み立て具体化していく必要がある。