■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第162章 「企業重視」に潜むリスク/重要性増す成長戦略

(2013年10月23日)

来年4月の消費増税に備える5兆円規模の経済対策は、社会インフラ投資と企業減税を柱に、東京五輪に絡めた交通網の整備など公共事業中心の予算配分となる見通しだ。 所得減税や食料品の軽減税率など家計の負担減らし策は外された。 消費税2%分に相当する大型経済対策は、消費増税による景気の下振れを緩和する措置。今後煮詰められる内容に復興特別法人税の1年前倒し廃止が含まれ、まずは「企業減税から」とする安倍政権の考えがにじむ。

家計向け減税なし

今回の経済対策が過去2回の消費税導入・引き上げ時と異なるのは、増税による8.1兆円もの国民負担増にもかかわらず、低所得者や住宅購入者など一部への現金給付措置を除き、家計向けに所得減税や個人住民税などの減税が行われないことだ。 国民の基礎生活の柱となる食料品や文化インフラの新聞・書籍などへの軽減税率の導入も検討されなかった。
この家計軽視が「政策の失敗」となる可能性がある。前回1997年度の3%から5%への引き上げ時は、所得税、個人住民税を合わせ3兆5000億円相当の減税が先行し、消費増税の家計への直撃を大いに和らげた。
軽減税率については欧米のほとんどの国で生活必需品への国民の税負担を軽くするため食料品を中心に導入されているが、日本ではまだなされていない。社会保障先進国の英国では標準消費税率20%に対し食料品、新聞・書籍・雑誌、上下水道サービス、医薬品、住居用建物建築、子供用衣類・靴などが生活必需品として0%と定められている。

来年4月の消費税率5%から8%への引き上げにより、家計の負担増は6.3兆円に上る、と内閣府は試算する。しかし負担増は増税だけでない。 電気代の値上げや過去の物価下落分を反映した年金額の削減、年金保険料の年々の引き上げ、円安による輸入物価の引き上げが重なる。大和総研の試算では「共働き4人世帯」、夫婦が税込みで年間500万円ずつを稼ぎ、子供2人は3歳以上中学生以下の場合、実質可処分所得の減少は2016年時点で2011年と比べ金額にして48万7400円、比率にして5.96%にも上る。
政府は復興特別法人税の廃止などで浮いた分を賃上げに回すよう経済界に要求する構えだ。しかし、大企業が応じても赤字企業が約7割を占める中小企業の多くは賃上げできる状況にない。「ボーナスを増やすのが関の山」と見られているのだ。 そうなると、非正規雇用者が全体の3分の1超を占める雇用状況下で、企業向けの減税シナリオだけでは消費の冷え込みを防げそうにない。

インフラ投資が前面に

その上、今回の経済対策のリスクは、2020年の東京五輪に向けた交通や施設インフラ整備を加えたところにある。道路やハコ物中心の公共事業に1兆円をゆうに上回る巨大投資が見込まれるが、公共インフラを整備しようにも建設現場に人手が足りない。 震災復興需要が盛り上がる中、人手不足から被災地の公共事業向け予算は12年度に約4割しか執行できていない。
今回の経済対策は、人材難と建設費高騰の現実を無視して、公共インフラ整備にさらに公費を突っ込もうというものだ。予算を付けても執行できる状況にないのだから、現実離れした官僚目線の愚策というほかない。
このバラマキが「政策の失敗」を引き起こす可能性がある。
消費増税を決断した以上、政府は「社会保障と税の一体改革」として増税の本来の目的だったはずの社会保障改革を明示する必要がある一方、消費増税のショックを乗り越える「第三の矢・成長戦略」も用意しなければならない。
ところが、首相直属の社会保障制度改革国民会議は8月、医療で70〜74歳の患者が窓口で払う医療費自己負担分の1割から2割への引き上げや子育て支援などは決めたものの、年金の抜本改革は先送りした。内閣府の昨年10月の調査でも、全国の20歳以上の70%が「年金に対する将来不安」を訴え、各種不安度のワースト1位となっている。
無年金者、低年金者が増える中、「給付減・負担増」を続ける公的年金制度のあるべき将来像を政権はなお示していない。社会保障の将来の不透明性が、若い現役世代の不安の根底にある。安倍政権はその将来像を国民に分かりやすく説明することが求められる。

成長戦略に多くの選択肢

「5兆円経済対策」を成長戦略につなげるには、旧来の公共事業手法を超えるモデルが必要となる。法人税の引き下げは大きな成長要因となるが、加えてとりわけ次の3つの要素が欠かせない。
1つは、国民の不安を静め、経済成長に連なる福島第一原発の汚染水処理の早期完了と新エネルギー開発支援だ。福島県を「国家戦略特区」に指定して取り組みを一気に早めるのも選択肢の1つとなろう。
2つめは、民間活力を解き放つ構造改革である「規制撤廃・緩和」だ。これまでの失敗の教訓から、関係官庁・業界団体とは無縁の民間有識者による第三者機関が、国民への完全情報開示を条件に議論を進め、結論を引き出すことが重要だ。
3つめは、財政赤字を改善するため民間企業にならい、世界最大級の国の資産を可能な限り整理・処分することだ。財務省が発表した「国の財務書類」によれば、国の資産総額は12年3月末時点で628.9兆円、独立行政法人(独法)などの政府系法人を加えた連結ベースで782.4兆円にも上る。 このうち公的年金の積立金など国民への直接給付分を除いた資産を処分し、年間100兆円を超えて急増する社会保障給付費への活用を図る。資産の中には、外国為替資金特別会計に眠る、円高時に円売り・ドル買いで購入した米国債券などの有価証券97.6兆円が含まれる。
国の金融資産の中身を見ると、貸出金と出資金を合わせて202.2兆円。この貸出金・出資金は独法や特殊法人、特殊会社など国の“子会社”向けだ。これらの政府系法人には、全て官僚が天下る。行政改革とも絡む、国の金融資産の精査・整理による“埋蔵金発掘”も重要だ。
2015年10月に予定される消費税再引き上げに傾く前に、安倍政権にはいくつもの成長戦略の選択肢がある。