■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第143章 原発事故工程表に重大な欠陥/最悪想定し練り直しを

(2011年5月2日)

東京電力が4月17日に発表した福島第一原発の事故収束に向けた工程表は、“苦しまぎれの作文”の色が濃い。原子炉内部の状態がつかめないまま、作り上げたせいだ。しかも工程表には、「責任逃れ」が可能になるように工作したとみられる問題個所が2つある。

幻想的シナリオ

原発事故の発生から1カ月余り。収束へのロードマップ作成は「遅ればせながらようやく」の感があるが、高濃度汚染水の大量漏出など異常事態が相次ぎ、その対応に追われて後手に回った。
しかし、公表の必要に迫られたとはいえ、原子炉を制御できず内部の破損などの実態が把握できない以上、収束へのロードマップは想像によらざるを得ない。この点で、同工程表が大ざっぱなラフスケッチとなるのは避けられない。

ここで、同工程表のポイントを振り返ってみよう。それは2段階から成り、1. 原子炉の本来の冷却システムを約3カ月内に復旧させる、2. 原子炉の損傷部分を密閉できたら約6〜9カ月内に格納容器を水で満たす(水棺)、原子炉建屋をカバーで覆う―というものだ。
つまり、余震などによる新たな原子炉損傷や不安定要因が加わらず、作業が順調に進めば、約9カ月内に「冷温停止」という収束の状態に入る、というシナリオである。しかし、これはあくまで“最良のシナリオ”にほかならない。それも原子炉内部は、米国製の遠隔操作ロボットを駆使しても実態がはっきりとは把握できない状態だから、「絵に描いた餅」に終わる恐れがある。早くも工程表公表の翌18日には、2号機プールの使用済み燃料の損傷が見つかり、工程スケジュールに支障を来たしてきた。
「水棺」実現にしても、格納容器の水漏れ個所(穴)を見つけ出しふさぐことから始まるが、損傷の場所はまだ確認できていない。2号機は水素爆発で格納容器の損傷が疑われ、損傷部分を密閉する計画だが、現場に近づこうにも放射線量が異常に高く、作業は困難を極める。
「あまりに楽観的すぎる幻想的シナリオ」と言っても過言でない。実現性が限りなく危ぶまれるシナリオなのである。

しかし、最大の問題は「責任逃れ」を狙ったとみられる工作が2個所に施されていることだ。
1つには、解決の究極目標である「放射性物質の封じ込め」を明記していない。ロードマップに記された「基本的な考え方」をみると、「原子炉及び使用済み燃料プールの安定的冷却状態を確立し、放射性物質の放出を抑制する・・・」ことを目標としている。放出を「止める」のではない。「抑制」である。ということは、微量な程度なら放出はやむを得ない、ということだ。
これでは自分たちの業務上過失が疑われている大事故に対し、「放射能封じ込め」は事実上、不可能であることを告知し、政府もこれを承認したということにほかならない。このまやかし目標を即刻、「放出の完全防止」に改め、その実行時期を前倒ししなければならない。

「最悪の事態」へのシナリオなし

もう1つは、大いにあり得る最悪の大惨事に対するシナリオが全く用意されていないことだ。これは政府・東電が責任追及を恐れ、故意に黙殺して明記を避けたのだろう。
考えられる最悪の事態とは、松浦祥次郎・元原子力安全委員長ら16人もの原子力専門家が3月30日に発表した「特に懸念される事態」を指す。緊急提言を行った16人は、東京大学、京都大学、東京工業大学の名誉教授ら日本を代表する原子力推進派の学者で、内閣府原子力委員会や原子力安全委員会の歴代委員長や委員を務めた「原子力村」の重鎮たちだ。
今回の事故に衝撃を受け、国民に次のように謝罪して異例の緊急提言に踏み切った。

「原子力の平和利用を先頭だって進めてきた者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝する」。提言はこのように懺悔から始まり、起こりうる最悪の事態に言及した。
「特に懸念されることは、炉心溶融が時間とともに、圧力容器を溶かし、格納容器に移り、さらに格納容器の放射能の閉じこめ機能を破壊することや、圧力容器内で生成された大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである」と。

だが、東電の事態収束に向けた工程表はこの「起こりうる最悪のケース」を「想定」から外し、これに備えた対策に触れてもいない。工程表は、「原子炉の外から見た現状」から素描され、時間の経過による状況の悪化は全く考慮されていない。
しかし現実は、原子炉が一向に安定化に向かわず、問題が次々に発生し、対応に追われているのだ。状況はなお不気味に進行中で、「工程表の破綻」が早くも懸念されている。

緊急提言にある最悪の事態を現実化させないため、政府・東電はあらゆる手を尽くさなければならない。同時に、最悪ケースへの備えを周辺住民、国民、世界に知らせる必要がある。正確な情報がなければ不安は深まり、風評被害を広げる。とりわけ住む家を失った避難住民の不安の解消が重要だ。汚染水の放出の祭には、隣国の韓国などにも、水産業の最高責任者である日本の農林水産大臣にさえ事前連絡せず、突然踏み切った。情報隠しと政権内のコミュニケーション不足は深刻だ。
国際的にも日本政府に情報公開を求める動きが広がってきた。政府・東電は、最悪ケースに陥らないよう改めて防止と収束への詳細なロードマップを練り直すべきだ。

「想定外」とされた3月11日の巨大津波。対応の不備から全電源を失って起こった今回の原発事故に対しても、過ちを繰り返してはならない。最悪ケースを「想定外扱い」として問題解決のシナリオから除外し、周辺住民や国民、世界に対し「危険な情報」を隠蔽せずに公表するのは、政府・東電の義務である。
情報の危険度、安全度を判断する主体は、住民・国民・国際社会の側にある。