■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第132章 「郵政」の裏切り/民主党政権、「民から官へ」逆走

(2010年5月27日)

政権には「コーナーストーン」(いしずえ)」と呼ぶべき政策の柱がある。民主党政権でいえば、それは「脱官僚」であり、「郵政民営化の見直し」、「高速道路無料化」などであったはずだ。ところが、それらの柱がどれも逆さまか、グラついて危ないのだ。

支持率下げ止まらず

政権の支持率は、各種世論調査で早くも20%台前半にまで急降下した。
この底知れぬ急落は、「政治とカネ」に加え、「普天間」にみられる首相の迷走、郵政民営化の官営への逆走と高速道路政策にみられる変節のせいだろう。「普天間」は、行き詰まりの打開は至難だ。
その先に7月の参院選挙がある。政権の先行き不透明さと参院選を見越した野党・自民党の分裂と新党の結成―政府・与党の基盤が揺らいだことから政局は一挙に流動化してきた。

これは、しかし、国民にとって「いい兆し」ではない。政治不信が再びはびこり、将来への希望がまたも怪しくなったことを意味する。せっかく選んだ民主党政権が「期待を裏切った」と国民の大半はみており、行き場のない政治への不信、不満がマグマのように渦巻いているのだ。
行き着くところ、若者らの間に社会への絶望とニヒリズムがさらに広がる。1998年以来、自殺者が12年連続で3万人を超えるほど“メンタル・デプレッション”はすでに深刻なのだ。

時代状況は、ヒトラーが台頭したドイツのワイマール時代末期の1930年代初めに似てきた。当時、ドイツでは首相はクルクル変わり、極右(ナチス)と極左(共産党)が勢力を伸ばして政治は著しく不安定化した。巷では世界犯罪史上に残るようなおぞましい犯罪が頻発した。「デュッセルドルフの怪物」と恐れられた強姦殺人鬼ペーター・キュルテンのような人物が出没した。

かのドイツと今の日本の共通点は、政権が指導力を欠いたままいたずらに右往左往することだ。国民からみて「政治のことはお任せします。われわれは仕事に安心して専念します」という安心・安全感を到底、抱けない政治不信である。民主党政権は約8カ月前、国民の期待を一身に集め、順風満帆で船出した。だが、みるみる支持者から見放されたのは、政策への失望が続いたためでもある。今回は、郵政民営化の逆走ぶりと、その民間経済に及ぼすリスクを取り上げてみたい。

“亀井内閣”で逆走決定

そもそも肝心の大臣ポストの人選に問題があった。郵政・金融担当相に亀井静香氏を選んだことである。
国民新党を率いる亀井氏が、郵政民営化路線を「再官業化」に向け、まっしぐらに逆送することは目に見えていた。郵政民営化の全面見直しは、国民新党の先の衆院選のマニフェストであり、その唯一の声高の主張であった。同党の支持基盤はむろん、全国に約1万8000ある旧特定郵便局(現・直営局)の局長らである。
ほどなく参院選がある。全国で50万票とも言われる郵便局関係者の支持は欠かせない。彼らの期待に反して、亀井氏が参院選を前に再官業化路線を曲げたり外れたりすることは考えられなかった。
ところが、鳩山首相はこれを承知で亀井氏を郵政改革担当相だけでなく、郵貯・簡保事業を監督する金融担当相に起用した。この段階で、民主党本来の「郵政民営化見直し論」は再見直しを余儀なくされる。

民主党は、野党時代の2005年10月に郵政改革法案を国会に提出している(否決され廃案)。その内容は、小泉政権が進めた郵政民営化を見直し、「郵便事業は公社化・郵貯は規模縮小・簡易保険は廃止」というものだった。郵貯の預け入れ限度額は、1000万円から500万円に半減させる、としていた。公営の形は残すものの、小規模化し、民業を補完する考えであった。
この民主党オリジナル版は、そっくり亀井案に書き換えられる。その骨子は、日本郵政グループに郵便・貯金・保険のサービスを郵便局を拠点に全国一律で義務付ける―というものだ。

政府が4月末に閣議決定した郵政改革法案によると、その実行を可能にするため「完全民営化」を放棄し、政府が親会社に相当する日本郵政の三分の一超の株式を保有する。収益部門となるゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の株式の3分の1超を日本郵政に保有させ、事実上の子会社として傘下に置く。日本郵政はこれらの持ち株会社であると同時に、郵便事業会社と郵便局会社を統合した事業会社に生まれ変わる。これにより、政府が持ち株を通じ日本郵政グループを間接支配できる仕組みができる(図表1)

しかも、ゆうちょ銀の預け入れ限度額は従来の「1000万円」から2倍の「2000万円」に、かんぽ生保の保障限度額も同様に「1300万円」から「2500万円」に引き上げる。新規事業に際しては、これまでの認可制から届け出制に変える。つまり、「実質国有化」へ逆走させ、しかももっと自由に事業をやらせて、事業を拡大させようというわけである。
さらに日本郵政グループ内の内部取引にかかる「消費税」の免税、日本郵政社員約43万人中20万人超を占める非正規社員を「6.5万人を対象に正社員化する」ことも推進する方針だ。

この郵政改革法案が成立すれば、民間経済にどんな影響を及ぼすか。
影響は大きく3つの形で表れる。一つは世界最大規模の国営金融機関が再現し、肥大化することによる民業圧迫。2つめは、ゆうちょ銀行、かんぽ生保に国民の資金が吸い上げられるため、その分、民間へカネが回らなくなる“資金循環不全”。3つめは、ゆうちょ側が集まった巨大資金で国債を買い、財務省が運用する財政投融資の復活だ。
つまり、「統制経済」へ舵を切ることで、この国の金融をねじ曲げ、民間企業の活力を削いでしまうのは明らかである。「民から官へ」時計の針を半世紀前に戻した時代錯誤のエセ改革案と言うほかない。
民主党政権は本来、2005年に作った改革法案オリジナル版をさらに磨いて「郵便事業のみ公社化・郵貯と簡保は分割・縮小ののち完全民営化」を打ち出すべきであったのだ。

民業圧迫

ここで、先述した郵政改革法案の「悪影響三つ」について、やや詳しく見てみよう。
第一の「民業圧迫」は、何より銀行、保険の金融分野で顕著となる。日本郵政グループが郵政三事業一体で全国一律サービスを続けるには、収益事業の金融二社(ゆうちょ銀行とかんぽ生保)が収益を伸ばして牽引していかなければならない。なぜなら、郵便事業は郵便の取扱量の減少が見込まれる経営環境下で、収益力の改善がきわめて困難なためだ。

グループが5月14日に発表した2010年3月期決算によると、ゆうちょ銀単体の純利益は2967億円超と、前期比29%も伸びた。同利益額はメガバンクトップの三菱UFJグループと肩を並べる。かんぽ生保も同701億円超と、前期比83%の増益だ。
これに対し、郵便事業会社は七年ぶりに最終赤字に転落している(図表2)。グループ全体が、一段と「金融事業頼み」の色合いを強めているのだ。こうした中で、前出の預け入れや保険金の限度額を二倍に引き上げる政府方針が決まった経緯がある。

「郵政三事業の全国一律サービス」を継続していくためには、金融二社に頑張って収益を上げてもらうほかない。となると、預け入れ限度額などを引き上げて国民から吸い上げたカネで、いずれは届出制のもと、規制を受け実現していない企業や個人向け貸付けや投資業務に参入・拡大していきたいところだ。
しかし、ゆうちょ側が新規事業を起こさなくても、国民のカネを集めること自体が、民業圧迫を引き起こすのに十分なのだ。なぜなら、資金が「民から官へ」流れるため、地域の中小金融機関にとっては預金の流出を招き、経営を悪化させる要因となるからである。
地域の中小金融機関は資金ショートの脅威に備え、地元の中小企業向け融資に慎重にならざるを得ない。結果、「意図しない貸し渋り」という事態も発生してくる恐れが強い。

資金循環不全と財投の復活

第二の、民間にカネが回らなくなる“資金循環不全”の影響も重大だ。これは、日本経済のカネの循環をいびつにすることで、カネが民間に回らずに官業に集中する「金融社会主義」をもたらす。
そこから、血液が全身を巡らなくなり、血流障害から末端の細胞(中小・零細企業)がことごとく壊死するような状態を引き起こしかねない。
民間に一種の慢性的カネ詰まり現象が起こるのだ。カネはあるのに官業に偏在するために、民間には回らなくなった企業の活力を削いでしまうのである。金融不安が続いた1997、8年頃の状況に似てくる。
日本経済の資金循環の歪みが、次第に企業の活力を弱めてしまう構図である。

第三の「財投の復活」の影響もまた、軽視できない。
かつて日本の官主導経済を象徴した財政投融資。それは、郵貯・年金の預託義務を廃止した、01年の財投改革で劇的に縮小に向かった。01年当時、400兆円規模だった財投特会からの財投資金の特殊法人や独立行政法人、第三セクター向け貸付額残高は現在、200兆円規模へと半減した(08年3月末時点で216兆円)。
ところが、ゆうちょ銀の資金運用実態は01年当時と全く変わっていない。運用資金の実に8割以上、有価証券購入のうち87%(10年3期)が国債の購入に充てられているのだ。

運用のノウハウがないため、今後、限度額引き上げで郵政マネーの流入が増えても、国債を買い増すのは必至だ。そうなると、国民から大量に集めたカネを国が運用する財政投融資の復活に道を開く。
すでに原口一博総務相ら閣僚は海外を含むインフラへの投資を提案しはじめた。もともと貯金残高を増やし、財政投融資を国内外に拡大することの是非は、軽々しく決めるべきではない。この国の金融・経済の方向を左右するだけに、慎重な検討が必要なことは、言うまでもない。
案の定、米通商代表部(USTR)は、閣議決定した郵政改革法案に対し、日米欧による世界貿易機関(WTO)大使級の協議を5月21日にジュネーブで開いた。日本郵政グループへの優遇措置が公平な競争を妨げる、としてWTOへの提訴もあり得る、としている。米欧の金融業界は、不公正競争、簡保の限度額拡大、税制優遇に反発を強めている。

郵政改革法案は、「政治主導」の名の下に大臣など政務三役が唐突として内容を決め、国民に対して十分に説明してこなかった。審議内容とその過程、決定理由が不透明で、国民の目に見えないのだ。
民主党政権が野党時代の“初心”に立ち帰り、政策を透明化しなければ、国民にとってリスクは余りに大きい。




(図表1)
(日本郵政発表資料をもとに筆者作成)

(図表2)
(日本郵政発表資料をもとに筆者作成)