■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「最新・世界自動車事情」
 ☆番外篇『最新・世界自動車事情』      
(2002年1月24日掲載)

はじめに

 自動車は20世紀技術文明を代表する産物である。その消長は、現代技術と人間の関わりを映し出す。人がメカニズムを操って、自らの走る肉体能力を拡張する点で、自動車は比類のない技術だ。そう、それは足という「肉体の機能」の巨大な「拡張」なのであり、この「自らの力の拡張」を通じて人は自動車に絶えず憧れ、関心を寄せてきた。以下の小論は、自動車専門誌『テクノオート』創刊号(2001年6月号)に掲載した連載コラム「最新・世界自動車事情」をもとに編集したものである。


最新・世界自動車事情1

 本誌創刊号に最新アメリカ自動車事情をたっぷり盛ろうと、まずは2001年4月、シアトル市の大型書店を訪れ、自動車専門誌を次々にあけてみた。とくに目を引いたのは2つ、「オートスポーツ」と「コンシューマー・レポーツ」だ。「オートスポーツ」(3月29日号)のトップ記事は、ズバリ「トヨタF1始動へ」。「コンシューマー・レポーツ」(4月号)のほうは、「2001年クルマ特集」に、日本車が「おすすめマーク」を貰って続々登場しているのだ。

トヨタの野望

 「オートスポーツ」を開くと、F1テストドライバーのマックニッシュが、こう言い放ちながら不適な微笑を浮かべて君を見下ろしているはずだ。―「オレはF1にぴったりだし、トヨタは(レーサーとして)うってつけさ」
 このスコットランド男、アラン・マックニッシュこそ、トヨタがついに参戦する2002年にF1レース向けに確保した“切り札的存在”だ。31歳と、レーサーとしてのハンドルさばきと精神的タフネスさにいよいよ磨きがかかる盛り。
 1999年の「ル・マン24時間レース」で独フォルクスワーゲンの「アウディ」を操った。優勝こそ逃したものの、その果敢な戦いぶりがトヨタのF1チームのボス、オーヴ・アンダーソンらの目に留まり、トヨタ側に引っこ抜かれた。
 アランは現実主義者だ。自分が出来ること出来ないことを区別し、出来ることに専念する。他の同僚のドライバーが日本人であろうと誰であろうと意に介さない。「オレはオレなのさ」の哲学の持ち主だ。アランはこう語る。
 「(チームに誰が加わろうと)問題ないし、来年のことは大して考えていないよ。物事、力の及ぶこと、及ばないことがある。で、力の及ぶことについてだけ心配するんだ」
 こういうドライバーで臨む、トヨタの来季早々のF1デビューは、世界のオートファンの注視の的になるに違いない。はたして期待通り、フレッシュ・スタートが切れるかどうか。同誌によれば、トヨタのF1チームの要員数は全部で490人。参戦12チーム中、伊フェラーリの681人に次ぐナンバー2だ。着々と臨戦準備を整えているのである。

日本車が人気の的

 「コンシューマー・レポーツ」の記事内容は、米モーターファンの関心事を鏡のように映している。見出しを順に紹介すると、まず「どこが新しいのか」と題して乗用車とトラックの試乗結果だ。
 エクセレント車として10台紹介されているうち、6車までが日本車。内訳はホンダが「S2000」「シビックEX」「オデッセイ」、トヨタが「レクサスRX300」「プリウス」「タンドラ」「RAV4」。
 そういえば、シアトル郊外で大渋滞したときに車を降りて観察してみると「レクサス」や「アキュラ」がやたらに多いことに気付いた。「レクサス」系はアメリカ名で、日本では「セルシオ」とか「ハリアー」などと名付けられている。「トヨタ」の名が冠されていないから、一見してどこ製のクルマか分からない。「カローラ」のような大衆車だと、「トヨタ・カローラ」となるが、もっと高級車になると、大衆車のイメージを消すため「トヨタ」の名をあえて外している。「レクサスRX」とは「ハリアー」のアメリカ名だ。  そういえば、「アキュラ」からも「ホンダ」の名が外され、「シビック」などとは別格の高級車だというイメージを押し出している。
 見出しの次を行こう。「どのクルマがより安全か」。「安全性の評価」で伝統的な強みを発揮して、小型車部門でも最高点は、衝突テストに折り紙を付けられた独「フォルクスワーゲン・ゴルフ」がトップ。「ホンダ・シビック」がハンドルとブレーキの切れ味を買われて二位に入っている。
 ファミリーカー部門でも、安全性トップは「フォルクスワーゲン・パサット」。さすがにナチ・ドイツが1930年代に軍用をにらんで開発させた「国民車」がルーツになっているだけある。
 大型車部門では、さすがにスウェーデンの「ボルボS80」が一位。頑丈そのものに見えるアメ車の「リンカーンLS」は2位。
 次なる見出しは「スマートな購入作戦」。クルマ購買に際してのワンポイント・アドバイスだ。以後、「新車、その本当の事実」「カテゴリー別モデル分類」「2001年カーの格付け」と続く。
 さらに雑誌の柱となる「2001年カーのプロフィール」では、まずホンダの「アキュラ」が写真入りで5機種、冒頭に登場。うちラグジャリーカーの「RL」と「TL」に「おすすめマーク」が付けられてある。

アメリカ文明の象徴としてのクルマ

 これを見ても日本車、とりわけホンダ、トヨタの人気は抜群だ。アメ車の格付けは日、独の次という格好だが、最近の企業業績にもこの傾向が浮き彫りされている。ここにきて、ゼネラル・モーターズ(GM)とフォード・モーターの業績がアメリカの景気後退を映して急落しているのだ。
 世界最大手メーカーのGM4月の発表によれば、2001年第1四半期の純利益は前年同期の17億8000万ドルから2億3700万ドルへ87%も激減した。2位のフォードも、第1四半期の純利益が前年同期の20億8000万ドルから10億6000万ドルへ、49%も落ち込んだ、と発表した。
 比較の話でいえば、例えばフォードが北米で生産を約15%も減らしているのに、需要の底堅いトヨタ、ホンダは健闘している。クルマの性能、燃費、信頼性から安全性、スタイルに至るまで、トヨタ、ホンダ車の人気は根強いのだ。
 ところで、ブッシュ新政権下でいま、クリントン前政権とは異質の政治・経済状況がアメリカに現れつつある。それは史上最長だった空前の好景気が退潮しはじめると同時に、ブッシュ共和党政権のタカ派戦略外交が始動しはじめたからだ。
 国内では史上最低だった失業率が上昇しだした。海外では、米中軍用機の接触事故に続く台湾の李登輝前総統への査証(ビザ)発給問題と、台頭する中国との対決姿勢がにじみ出てきた。クリントン政権の「対中協調外交」からブッシュ政権の「対中強硬外交」へ。その延長線上に、日本を同盟として再び位置付ける対日戦略がある。
 そして、この対日戦略の軸となる両国協力のコアを形づくっているのが、日米自動車産業の競争と共存する形の「提携・協力関係」だ。
 アメリカ文明の本質を説き明かす鍵は「移動性」と「開放性」にあるが、それを可能にしたツールは最初は馬だったものの、20世紀に入ってから自動車がとって代わった。広大無辺の未開地だった西へ向かった開拓民が使った馬が、ヘンリー・フォードがチェーン・コンベアによる流れ作業の「T型フォード」組み立て工程を導入した1914年以降、自動車に瞬く間に置き換えられていったのである。
 この、馬から自動車への大がかりなツールの変換のプロセスで、馬がアメリカ人に対して持っていた格別な精神的、社会的意味はそっくり自動車に移転された。自動車はその意味で単なるモノではなく、フロンティアを切り開くアメリカ人の精神的な拠りどころとなるものであった。
 それはアメリカ文明の原型、いわば「象徴」ともいえるものだ。この意味に気付いたとき、アメリカ社会に占める自動車産業の役割の大きさを知る。同時に、アメリカの中に融け込み現地生産を拡大する日本車の「経済効果」ばかりでなく、その大いなる「親和力」にも気付くことになる。
 次回は、アメリカ文明の象徴としてのクルマの巨大な意味を、少し詳しく語ろう。

(本連載は、第5回目までほぼ1週間おきに掲載されます)



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