NAGURICOM [殴り込む]/東山明
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山寛の「ホームレス自立支援事業」奮戦記
12月23日(火曜)
ホームレスって何だ!

 いま、結果として「ホームレス救済事業」に取り組む羽目になった。ホームレスが好きな訳ではないし、と言って同情の念に駈られて取り組んでいる訳でもない。たまたま、プランし実現しようとしている事業で単純労働者を多数必要とし、それがホームレスであっても差し障りがない、というだけのことである。
 ただ、世の中ホームレスに無関心であることだけは痛感させられている。関心がないだけに、乞食やルンペン、あるいは、「ドヤ」と称される安宿に日単位で居を求める住人に対する新しい総称が「ホームレス」だと多くの人に思われている。定義も曖昧、実態も曖昧なまま、「とりあえず福祉」の対象者とされているのがホームレスと呼ばれる人たちである。
 言葉通りなら、住む家がないのがホームレスである。でも、ホームレスとして扱われている多くの人は、空色のビニールシートとダンボールで建てた我が家を持ち、太古の人間の如く竪穴(地下街)や横穴(公共建造物の軒先)式住居に暮らしている。現在の建築基準法が認めないだけのことである。この他、家の維持ができなくてマイカーをねぐらにして家族で彷徨っている人、事情があって家に帰れない人と、ピュアーなホームレスからテンポラリーなホームレスまで様々である。
 これに、リストラに怯えている人、我が家に居場所がない人など、ホームレス予備軍は幾らでもいる。まさに、「明日は我が身」といった世相である。
 しかるに、役所は大金を投じながら一時凌ぎの対策を続けている。病人や怪我人に痛み止めの薬や治療を施し、痛くなければ病気は治った、もう病人ではないとするが如くに。ホームレスは住む家がないからホームレスであるには違いない。何故住む家がないかと言えば、家を維持することができないからであり、何故維持することができないかと言えば職がないからである。
 ホームレス問題の解決は住む所を確保することではなく、安定的な仕事を確保することなのである。ただ現在のように、ハローワークに早朝から行列ができている社会環境の中で、既存の労働市場にホームレスを戻すのは至難である。どうしても、新規の雇用市場を創設しなければならない。
 周囲の人からの「無理だ」、「粗暴だ」、「蟷螂が斧だ」という警告やアドバイスを、誉め言葉であり、激励の言葉と受け止め、玉砕するまで只管前進しよう。



12月24日(水曜)
今日はクリスマスイヴ!

 穏やかに晴れ渡り、はや春かと思わせる暖かな一日・・・世の多くの一日クリスチャンは、ホワイトクリスマスにならなかったことを残念に思いつつ、クリスマスケーキを抱えて家路に急ぎ、あるいは、若者は群れて夜の巷を三々五々とそぞろ歩く。そこには、例年と変わらぬ日本のクリスマスイヴの光景が広がり、弾けている。
 小生はと言えば、ホームレス諸君のために、ホワイトクリスマスにならなかったことを感謝しつつ、上野と新宿の街を(いま何もできない故に)ただ歩き回ってみた。駅頭は普通の市民の溌剌たる喧噪で賑わっているのに、ホームレスの居住空間?の何時もと変わらぬ佇まいが静けさを際立たせ、交差することを拒絶する二つの時の流れが奇妙に共存している。
 過去に見たことのない不思議な空間がそこにはあった。多くの一般市民は、この対比の中で自らを慰め、政治の対応のまどろっこしさに堪えているのだろうか?
 久し振りに、職を求めて九州から上京したK氏に逢った。上京してはや5ケ月。未だに職は見つからないという。彼は何時も言う、「自分はホームレスではない。たまたま野宿しているだけだ」と。暮れも押し詰まりつつある今、残金は故郷に帰る最低の費用に近づきつつあるとか。この数日で、故郷に帰るか、最後の僥倖に賭けるか、あるいは、腹を据えてホームレスの仲間入りをするかの決断をしなければならない、という状況が顔に、言葉に滲んでいる。以前に逢った時、小生のプロジェクトの話をし、なまじ一縷の望みを持たせてしまったことの重さに胸が痛む。希望のみが状況に堪えるエネルギーを生むものと信じてはいるが、何時まで頑張れるだろうか?
 国は、自治体はK氏のような人たちをどのように分類・認識しているのだろうか?ホームレスなのか、はたまた普通の市民なのだろうか?彼らは、油に濡れた丸木橋を渡らねば対岸に至れない崖っ縁に立たされている。落ちてしまえばホームレスとして幾ばくかの支援が得られよう。しかし、落ちたくない人たちにとっては、渡るための手助けも援助も期待できない現実がそこにある。道行く人は目を合わさないように足早に通り過ぎ、自治体は見て見ぬ振り。できれば自分の管轄外への移動を願っているのが実態。先ず手を差し伸べるべきは彼らなのである。
 自然はある意味で残酷なもの。人の営みや個々の事情など何ら意に介さない。急がねば、例年に比べて遅れた冬が間もなく追いついいて来るだろう。
 何はともあれ、異国の神にでも、彼らが無事に歳を越し、春を迎えることができるよう祈りたい。



12月25日(木曜日)
特別措置法施行から1年半

 師走だと言うのにあまりにも暖かな好天!ホームレスへのクリスマスプレゼントか?何はともあれ、自然の恵みと、素直に喜ぼう。
 朝、外出のついでに日の出桟橋から水上バスで浅草まで足を延ばし、隅田川周辺の様子を見て回った。陽光に照らされ整然と並ぶホームレスの仮住まいの館は、前回見た時より明らかに増えている。水辺に集まるのは太古からの行動パターンであるとはいえ、異様な風景である。何か、終戦直後に見た、広島の太田川の通称「原爆スラム」や復興の兆しとともに出現した空色の瓦葺の文化住宅を思い出す。暖かな陽光は夜の帳以上に現実を包み隠してしまうようだ。
 ただの通りすがりの人間の目で見れば、あるいは兀坐し、あるいは陽光に身を委ねて横たわるホームレスの姿は、ただただ無気力な存在に見えよう。夜の闇が冷気とともに街を包み込むときが訪れる頃、欷歔の声が聞こえるかも知れないことに、思いをはせる人はどれぐらい居るだろうか?
 とかく普通の人は、病人は治療すれば治り、働く場はその気になって努力すれば何とかなる、と考えている。しかし、どうにもできない現実が此処にはある。何もできない今は、声をかけるのは止めよう。危うい期待感は失望を増幅するだけだろうから…。
 あと数日で多くの役所は御用納めを迎える。その日から御用始めの日まで、行政は理論的に正しい空白域に入る。しかし、ホームレスが生きていくための暦に休日はない。
 思えば、2002年8月、ホームレス自立支援を目的とした初めての法律となる特別措置法が施行された。あれから1年半にもなろうとするのに、何が進展したのだろうか。勢い込んで取り組み、数多の役所や団体に足を運んで少しは前進できたのだろうか。間もなく来年度の予算が明らかになるが、一体政府はどんな政策を実施するのであろうか。
 小生にとって2年余りに及ぶ悪戦苦闘が、ホームレス諸氏と同じように行政の対応を信じることを拒絶し始めた。自分の中で行政に対する疑念が孵化する感覚が生じ、それを追い払い、前進を続けるには相当の努力がいるだろう。
 ま、明日も夜が明ければ日が登るのだけは確か。失敗を恐れる年齢を越えていることを感謝して・・・



12月26日(金曜日)
暖かなねぐらがあることに感謝しつつ

 今日も暖かい一日だった。十年前なら10度を越えるような暖かい日にコートを着て出かけるなど考えられなかったのに、今はコートの他マフラーまで当たり前のように身に付ける。温度という、デジタルで解り易い指標で寒暖を判断するのは、必ずしも適当でない年齢になったようだ。暖かいと感じる今日も、路上で生きる人たちにとってはどうなのだろう?
 忙しい仕事の終わりは高田の馬場。時刻は7時半。帰りに丸の内のミレナリオを見に行く。仲通りを彩る光のページェントも見事だが、何より人の多さに驚かされた。そして、最初に考えたことは、「幾らぐらいかかるのだろうか?」であり「それだけあったら!」であった。それぞれに意義があり、価値があることは判っていても、遅々として進まないプロジェクトに焦りの心が芽生えたか?この年末年始には、いま一度プロジェクト全体を見直そう。どうも、他を羨ましがり、プロジェクトが進まないことの責任を他に転じているようだ。
 夜半からは雨の予報。路上で生活する者には厳しい天気。とりあえず、暖かなねぐらを持っていることを感謝しながら・・・



12月27日(土曜日)
一日千円生活をためしてみる

 未明から雪!8時、ごみを捨てるために表に出たけれど、既にその痕跡さえ残さず、東京の初雪ショーは終わっていた。路上で暮らしている人に初雪を愛でる心の余裕ががあるとは思えないが! 寒さが身に染みるであろうことは、容易に想像できる。ま、そんな現実をただ見て歩くくらいしかできない今の小生は、とりあえず表に出かけよう。強い北風は吹いているけれども・・・・
 そう言えば、以前K氏に聞いた折り、「1日千円以内で過ごせなければ、乞食になるだけ!」とか。今日、明日と1日を千円で過ごしてみよう。もしかしたら、何か感じるものがあるかも知れない。朝ご飯は済ませたから、取り敢えず今日は楽勝で過ごせるだろう。タバコもほぼ1箱が丸まる残っている。今日、明日の予定は、何ヶ所かの公園や街路樹の状況を見て歩き、その管理状況を写真に撮ること。ホームレスや路上生活者の動向を知ること。
 さて、本日の千円生活のスタート。先ず、青物横丁から歩いて品川へ。ポプラ並木がどこまでも続く。品川からJRで上野へ。上野公園では宗教団体の方がホームレスを集めて讃美歌を歌い、説教を聞かせている。それを横目に、駅で買ったパンと牛乳で遅めの昼食を。気が付けば、この段階ではや有り金が284円!
 自他共に認める超がつくヘビースモーカーが禍し、品川で買ったタバコが既に半分に!う〜ん、1日千円で過ごすと決めた以上、せめて今日だけでも千円で過ごさなければ!残る284円で、電車に160円の範囲で乗って晩飯用にパンかお握りを一個買う。上野から歩いて帰り、晩飯に牛丼を食べる。晩飯は抜いて、家まで歩いて帰り、タバコを1箱買うという最悪の選択肢。 結局、タバコを買い歩いて帰ることになった。ま、この際彼方此方この目で見て歩こう。家にさえ着けば何とでもなる。と言う訳で、5時間以上徘徊して9時過ぎに帰宅となった。そして、足が疲れるより腰が痛くなる年齢であることを痛感させられた一日が終わろうとしている。
 どんなに頑張ってみても、戻る所を持つ人間の疑似体験などほとんど役には立ちそうにない。自分が今やろうとしているのは、「ホームレス自立支援」の業務ではなく、ビジネスを遂行する中でホームレスの自立に寄与できる要素がある事業である。このことを明確に認識しておかなければ、愚かな決断をし、結果が悪い時、責任の転嫁を図りそうで! 流石に疲れた一日!重い瞼はほっとして下りるのに、この処の状況がもたらす重い心は休もうとはしない・・・



12月28日(日曜日)
人は手を差し伸べられて生きている

 朝のうち空を覆っていた雲も、何時の間にか何処へともなく立ち去り、霞んだような青い空が広がっている。それでも、空気は師走の冷たさと歳の終わりのざわめきを伝えている。2003年年もいよいよあますところ後4日!
 とりあえず、今日も街へ出る。
 テレビは、鉄道、道路、空港から帰省ラッシュの様子を伝えている。街の辻々には、正月のしめ飾りを商う俄か作りの小屋が立ち、いやが上にも新しい年がそこまで来ていることを感じさせる。ただ、そちこちで見掛ける門松は、心なしか一時の豪華な物が少なくなり、長く続く不況が影を落としているようだ。それでも日本人にとって、暮れから新年にかけての数日は特別なものであり、何とはなしに伝わってくるざわめきにそれが感じられる。彼方此方で交わされる挨拶にも、新しい年への期待が滲む。
 帰省するに帰省できず、新しい年の到来を、ただ日が昇り、そして沈むという太古から続く自然の営みとして捉え、社会の何時もと違うさわめきを何かの変化の兆しとしてしか感じられないのではないか、とすら思える人たち。それでも新しい年に、夢を、期待を感じるのだろうか?
 新宿西口で出会った初老と思しき2人のホームレスは、彼らのような境遇で生きることの厳しさを語った。昨年は1日8千円だった引越し作業の日当が、今年は6千円にしかならない。その上、若い者が幾らでも集まることから仕事にありつけるチャンスも少なくなった、と。正月は、別に準備がある訳ではないが、ま、何とかなるだろう。経験から来るものか、楽天的性格から来るものか、はたまた投げやりな、諦めからの言葉かは判らないが、この人たちが何とか新年に夢を繋いでいくことを祈りたい。
 職を持ち、家を、家庭を維持している人たちは、ホームレスたちに「欲を言わず、何でもやる気で努力すれば今の境遇になることはなかったろう」と考える。小生も、ほとんど同じように考えていた。しかし、自分の意志通りにことを行うことができる人間とは、何かをするのに自分の手に他人の手を継ぎ足す必要のない人だけだ。果たしてそんな人間がいるのだろうか?
 人間は、意識しているか否かに係わらず、自分を取り巻く人的環境から手を差し伸べられ、事を成している。何らかの事情で、そのような環境から離脱した人には、継ぎ足すべく手など望むべくのないのかも知れない。
 小生のプロジェクトが、自立へ向かう彼らの夢を果たすのに、継ぎ足す手になれると信じて・・・



12月29日(月曜日)
芝浦の運河沿いに路上生活者

 今日も快晴!
 多くの企業が仕事納め。明日から暫しの休暇三昧。手に手にカレンダーを抱え、少しアルコールが入り、何となく浮き立つような足取りの集団が賑やかに通り過ぎて行く。これも、何時もと同じ暮れの風景!
 何時の頃からか、芝浦の運河沿いの遊歩道に一人の路上生活者が暮らしている。早朝通りかかると、一般道に出る上り口の手摺に汚れた布団が干されている。もう既に一仕事終えてきたようで、空き缶を詰めたビニール袋が二つ、彼が占有するベンチの傍らに置かれている。当人は今日の成果に満足した様子で、コンビニの弁当をつつき、境遇を共有するかのような野良猫に幾ばくかの分け前を与えている。見渡したところ、彼の財産と思しき物は、先の布団一式の他、自転車1台、衣類や生活道具が入っているらしいカバンが二つのみ。
 食事を終えると、今日の成果の空き缶(アルミ缶のみの様子)を踏み潰し作業を始める。その様子は少しだけ楽しげに見える。これで一体幾らの稼ぎになるのだろうか?今はアルミ缶や古新聞の値段が上がっているそうだ。一度調べてみなければ。
 思えば、新しいビジネスを通じてホームレスの自立支援を目論んで早や2年になろうとしている。小生も既に還暦を過ぎた。初めは、つい指の先にあるかに見えた事業の成果も、追いついてゆけないのではないかと思われるような速さで逃げ去ってしまう。ようやく捉えたかと思えば、何時の間にか姿を変えて遥か彼方に現れる。これまで見ることが出来なかった、或いは、見過ごしていた障害を次々顕在化させ、更に行く手を阻もうとしている。
自分自身の中でも、求める夢の世界が絶えず大きくなり、広がっている。その内、自分が疲れ果て、目的地に着くことができないのではないか、との不安が湧いてくる。でも、不安なんてものは寒さと同じようなものだろう。体の力を抜いて対峙すれば、そう酷いものでもないだろう。さあ、後2日。最後の仕事に取り掛かろう・・・



12月30日(火曜日)
心がおどるような好天続き

 何となく心が躍るような好天続き!でも、対岸の火事のように思えた海の向こうのきな臭い硝煙の匂いが我が国をすっぽりと包み、嫌が応でも傍観者でいることを許さない状況。なにより、期待の高まりにも関わらず、景気の回復は足踏みのまま。そんな1年がようやく幕を引こうとしている最後の最後に届いた、アメリカからのBSE発生のニュース。早速吉野屋は、庶民の味方「牛丼」の販売を一時中止とか。残り一日とはいえ、何が起るか判らない。今年の十大ニュースを決めるのは明日迄待たなければ!
 時はもう12月30日。既にほとんどの企業が休みに入り、飲食業でも本格的な大掃除が始まり日頃とは違った忙しさが街を包んでいる。本来ならラッシュアワーの時間帯というのに電車はがらがら、道路はすいすい、彼方此方の建設現場も音を無くして静まり返っている。
 と言った世間の暮れの風景に関係なく、今日も事務所に集まる。今年やるべき仕事は未だ山をなし、時間だけが無常に流れる。こんな山水は来年からは願い下げにしたい。空しい願いか!?
 8時過ぎ、久し振りに暮れの賑わいに接しようと夜の銀座に出かける。流石に暮れ、酔客に代わって家族連れや恋人同士と思しきカップルの姿が目立つ。このところ銀座では、不確実な世相を反映してか占い師の姿が目立つ!中央(銀座)通りでは、ほぼ10メートルおきにその姿が見られ、若い女性に混じって男性客の姿もちらほらと!そして、暗くなるのを待ちかねたように、昼間には余り目立たないホームレスが財産の総てを引いて通り過ぎ、闇の中に溶け込んでいく。
 老舗の珈琲屋でちょっと贅沢な時間を過ごし帰宅。社会が2004年の活動を開始するまでに、プランの見直しをしなければ・・・
 以前、こんな話を聞いた。
 人間の病気で名前のついているのが約25,000、その中で治療法が解っているのが約5,000。医学に携わる人間にとって、古くからある病気の治療法を発見するより、新しい病気を発見する方が名をあげる近道になる。療法は見つけても、試験され、批判され、数年に渡って議論されるのに、新しい病気の発見は直ちに認められ、受け入れられる、と。
 ホームレスの自立支援にも、そのような側面がある。ホームレスの実態調査、意識調査、あるいは、そのメカニズムの調査には比較的容易に予算が付き、成果は評価され資料として即座に世間の耳目を集める。一方、ホームレスの自立支援や、ホームレスの増加を止めようとするプランは、相当額の費用を要することもあってか、批判され、否定のための論議が延々と行われる。ましてや、権威をパートナーとしないプランは尚更である。
 強気で、超が付く楽天家の小生も、時として自分の行動や考え方が、狂気の領域からさ迷い出たのでは、などと思うことすらある。



12月31日(水曜日)
プランをもう一度見直そう

 今日も晴れて暖かな一日が始まった。色も音も、日頃とは何かが違うと伝えているような大晦日。もう、時ならずして間違いなく2003年が終わる。
 正月用の買い出しを兼ねて、今一度上野を訪ねることにする。食品を商う店を中心に、ハーモニカさながらに小さな店が軒を連ねるアメ横の狭い通り。御徒町の駅を下りて見通せば、そこには人、人、人と、暮れのアメ横以外では決して見られそうにない大雑踏が広がる。男、女、オジチャンにオバチャン、年よりに子供、日本人に異国人。それらの人たちが、狭い通りを豪雨の後の川もかくやと押し合いへし合いしつつ流れている。ぞろぞろ、のろのろ、右の左に何かを求めて首を振り勝手気侭に揺れ動く。その流れに向かって塩辛声が、黄色い声が「センエン、センエン」と声を嗄らして呼びかける。庶民の活気を感じさせる何時もの暮れのアメ横が、何時ものようにそこにあった。年のせいか、奔流に飛び込む勇気が失せ、上野公園に足を向ける。
 ホームレスの上野ベースキャンプは、国立博物館の前、芸大の横。屋根型、カマボコ型、四角に三角、立ち木を巧みに利用した様々な様式の屋敷?が並んでいる。ここはアメ横の雑踏とは別世界。何時もと変わらぬ静かな時が流れている。テーブルを囲んで椅子に座り話しているグループ、洗濯物を干している人、暖かい光の中に眠りを求める人。本を読む人、新聞を読む人。所在もなげに佇む人。ここは間違いなく彼らの街。例え誰かが、不法占拠と言い立てようとも!
 最近、池之端の周辺にもテント村ができているとのことで、そちらに回って見ることにする。池之端では、動物園の塀際から忍ばす池を巡って相当数のテント村が並んでいる。公園側との違いは、開けた空間の所為か、池之端には定住していないまさに路上生活をしているであろう人の姿が目立つ。自転車に、リヤカーに、台車に、カートに全財産を乗せて日向に憩っている。穏やかな日差しが、却ってそこに暮らす人を無気力に見せる。後ろの動物園からアシカの野太い声が響いてくる。自由が少ないとはいえ、衣食住に不自由しない動物の声をどのように聞いているのだろうか?
 一定の年齢に達すると、我々は凡そその行き着く先が見えてくる。そして、守るべきものを持つ人間固有の弱さも。逆に、行き着く先が見えない路上生活者の本当の感情など知る由もない。解っているつもりの傲慢さ、自らが無意識に玩ぶ心の純粋さ!
 う〜ん、プランをもう一度見直さなければ・・・



<2004年>
明けましておめでとうございます。

1月1日(金曜日)
とりあえず初詣

 2004年元旦、とりあえず初詣!
 今年はあまり彼方此方に行かないで、先ずは近くの「品川神社」に詣でる。結構古い社で、江戸十神社の一つとか。何より社殿に向かう石段の横に大国様の石像があり、金運に繋がりそうな!
 考えてみれば、百万人単位の参拝者がある有名神社の神様は、全部の願いかなえられるのだろうか?それぞれの参拝者の願い事が一つということはあるまい。全部の願いに対応しようとするなら、千万件に及ぶだろうし、それを小銭のお賽銭で頼まれたのではたまったものではあるまい。
 ま、察するところ、いわゆる「氏神様」と言われる各地の神に下請けにでも出すのだろう。それより何より、年に1回訪れて5円、10円でてんこ盛りの願いごと。神様もお賽銭を返して、「キャンセル」と言いたいところだろう。何てことを考えながら、100円の賽銭で一つだけの願い事をして帰宅した。
 一眠りの後、7時半ごろ起床。今日は年に一度の「何もしない日」とする。
 テレビで「ニューイヤー駅伝」を見て、何冊かの本を読み、何となくテレビのお正月番組を見て、10時半さっさと床に就く。おやすみ!



1月2日(金曜日)
今年もひたすら前へ

 2004年、そろそろと始動。決め手のない、水夫も揃わず、海図も曖昧、何処がゴールか行き先すら曖昧なままの船出!
 最近、歳のせいか目が覚めるのが早い。今日も5時半には目が覚めた。外はいまだ闇。光も音も眠りを楽しんでいる様子。そうか、今日は新聞さえも休み。散歩に出ても灯かりがついているのは、交番と駅とコンビニと冷たい街灯ぐらい。うろうろしていると、「怪しいオジサン」と間違われそうなので早々と帰宅。メールをチェックし返事を書きながら、恒例の箱根駅伝を見る。2時、駅伝の終了を機に徘徊スタート。という訳で、先ずは上野へ。
 上野では、博物館、美術館、動物園・・・、すべて2日が2004年のスタート。暖かさに誘われた人、人、人の群れ。寛永寺への初詣のせいもあってか、初春の装いが、暮れと違いゆったりとそぞろ歩く。ホームレスはといえば、存在を感じさせないほど静まり返っている。どのような新春が訪れているのか知る由もないが!
 ぶらぶら歩いて浅草へ。さすがに観音様のおわす街、押すな押すなの大賑わい!そこは庶民のエネルギーに満ちていた。まだまだ日本は大丈夫! さらに歩いて隅田川の河川敷に。ここも正月休み?か静かな空間が広がる。さらに地下鉄で日本橋へ。日本橋から京橋にかけては、移動住宅(リヤカー)に暮らす路上生活者がそちこちで夢の世界に憩う。小さな公園には、旅行かばんを脇に薄暗くなったベンチで眠る人の姿も。横になって眠らないのは、自分はホームレスではないとの主張か?プライドのなせる技か。
プライド!趣味の合わない結婚式の引き出物のようなもので、捨てることを躊躇させる。でもプライドが維持できているうちは、どんな状況にあっても自分がホームレスとは信じない。こちらがどう思おうとも。彼らがプライドを捨てないうちに、・・・!
 銀座一丁目から中央通りを眺めれば、不況は何処の光の海が広がる。何時もに増して新春らしい華やかな世界、ホームレスには不似合いな空間がそこにはあった。そこからさらに新橋まで逍遥したが、一人の路上生活者と思しき人も見かけない。新春を迎えるために整えられた街の装いは、路上生活者の結界となったのか?
 何時の間にか、実現しようとしているビジネスプランの中で、「ホームレスの自立支援」という意味合いがだんだんと重くなる。ホームレス自立支援事業への取り組み!何か、アンソニー・ギデンズが「暴走する世界」で予見したような「コスモポリタン的寛容とファンダメンタリズムの対立」が自分の中に存在しており、未だに折り合いが着いていない。
 ま良いか!今はひたすら前に進もう・・・



1月3日(土曜日)
ホームレスにも「定着型」と「移動型」

 天候に恵まれた東京のお正月!平穏な一年の予感か、景気予報が好天に転ずる兆しか、それとも、単に天候の良い一年となる天の啓示なのか?
 ま、天気のことははお天道様にまかせ、大きなことは偉い人まかせ、今年も「小さなことだけこつこつと」を心掛けるとしよう・・・
 今日も朝から「箱根駅伝」のテレビ観戦。毎年のようにテレビで駅伝を観ているが、考えてみればこれぐらいテレビで放送するのに向かないイベントはない。変化には乏しいし、時間は長いし! でも、何かをしながら見られるのがある意味都合が良いのは確かではある。ま、何より台本のない、作られたのではないドラマが在るのが楽しさかも知れない。そして、必ず敗者のドラマが生まれ、多くの判官贔屓の感情を擽る。たぶん時間があれば来年も見るのだろうなー!
 昨日は気が付かなかったが、箱根駅伝のゴール前は日本橋を通っていたんだ。昨日、橋の歩道や周辺に憩っていた路上生活者は、今日はどうしていたのだろうか? そういえば、あの地区の路上生活者はほとんど移動を前提とした生活様式だったなー。う〜ん、ホームレスの分類形式には、農耕文化的「定着型」と遊牧文化的「移動型」を考慮する必要がありそうだ。
 さてさて、今日は家で過ごそうかと思っていたが、赤十字からの召集令状が年賀状とともに届けられたので、有楽町の献血ルームに出頭するとしよう。年末・年始はどうしても輸血用血液が不足するとか。ま、大した努力を必要としない社会貢献、体力が続く間は協力するか!
折角外出したのだから、この際皇居周辺から日比谷公園、新橋、芝公園の方面を逍遥してみる。日ごろあまり目を向けていない地域だから。 さすがに皇居周辺に路上生活者は見当たらない。日本人的感情なのか、はたまた警備体制のせいか? 通り過ぎただけの日比谷公園でも、路上生活者らしい人の存在を窺わせるものには出会わなかった。この辺りは路上生活者の生存環境には適していないのか?それとも時間帯の所為か? 芝に至ると、増上寺周辺には新年の賑わいが漂い、少し離れた芝公園や小さな公園には植え込みと同化するように、幾つかのビニール作りの屋敷が。そして、主が留守の区役所の軒下では質素な酒盛りも。
 そういえば、増上寺の前で一円玉が落ちているのを見かけた。誰に拾い上げられることもなくそこにあった。何時からあるのか?何故誰かに拾われないのか? 拾うことを躊躇わせるのは、拾得物隠匿の罪に問われるのを恐れてか、それとも身を屈めて拾うだけの価値が感じられないせいか?
 ホームレス問題は落ちている一円玉の価値と似ている。同じ人間であることは認めるが、社会にとってどうしても必要な存在であるとの認識は持たれていない。そして、行政の側から見れば、うっかり自立支援に積極性を持てば抜き差しならなくなる。つまり、誰にとっても、できることなら見て見ぬ振りをしたい存在・・・
 さてさてどうしたものか?一晩寝てから、またゆっくりと考えよう!



1月4日(日曜日)
正念場迎える行政側との交渉

 天気晴朗なれど風寒し!「気分が引き締まって良い」は負け惜しみか? 今朝はゆっくりと6時起床。7時まで待って、1週間分の洗濯開始。新聞を読みながらテレビを見る。たった数日で「ナガラ族」が身についたようだ。
 午後、TBSの「噂の東京マガジン」という番組の中で「ホームレスの宿泊所」という取材内容が放映された。その中には、小生が突きあたっているのと同じ問題が存在していた。
 一つは、ホームレスの宿泊所が突然出現したことに対する近隣住民の言い分である。そこには、事前に何の相談もなしに建てられたことへの怒りが充満していた。しかし、事前に話し合ったら、合意に達することができ得たのだろうか? その施設がホームレスの宿泊所でなかったらどうだったのであろうか? 何より、入居する前はホームレスでも入居した後は普通の住民ではないか?なのに、何故ホームレス住宅として反対や事前審議を要求するのか?などである。
 二つ目は、住居が決まりさえすれば生活保護の対象となること。そして、収入の道がなければ生活保護費が1ケ月に14万円弱支給されること、である。同じ収入の道がない人でも、永年に渡って国民年金を掛け続けた人と、年金に加入しておらず生活保護に救いを求める人とで、その支給される額にどの様な違いが在るのか?という点である。 「民間でできることは民間に」が小泉首相の民営化の方向である。その点では、福祉ビジネスとしてホームレスを収容する施設が次々と生まれ、その居住者が生活保護を申請するのは当然の成り行きかもしれない。既に、この分野における最大手業者の年商は19億円に達するという。
 小生が求めるのは、ホームレスを将来社会のインフラに戻すため正社員として雇用することに対する支援である。小生は福祉をビジネスにする意図はなく、あくまでビジネス遂行に必要な要員として自立を目指す現ホームレスの雇用を考えているだけである。ただ、プランは基本的に行政の協力を必要としており、この点においても行政側に期待せざるを得ない。
 法令はすべてが完璧ではない。ハイテクがこれほど急速に進展するとは予測されていなかったために、起っている各種の混乱と同様に、ホームレス問題もまた新しい社会現象である。今既に、現行法令での対応の難しさや法令相互の矛盾が随所で顕在化している。住居を定めなければ、憲法で保障されている生存のための生活保護の対象とならない。自立を目指して僅かな就業のチャンスを目指すには住居を定める必要が在る。住居を定めれば、ホームレスに対する支援は得られない。働けば生活保護は受けられない。中途半端に働くより、生活保護の方が生活が安定する。法の運用を曖昧にしろとは言わないが、イージス艦からミサイルまで保有していても憲法第9条に反しない、あれほどの私学助成金を直接支出していても憲法に抵触しないと判断する政府が、何故にホームレス問題には厳密な対応をするのだろうか?既に、数万人に達すると言われるホームレス問題に、立法府も行政ももう少し目を向けて欲しいものだ。 何れにしても、今年は行政側との交渉が正念場となろう。



1月5日(月曜日)
今年こそは、の思いふくらむ

 さあ、いよいよ仕事始め!静かな佇まいから一転して街に活気が漲る。今年の正月、門松はちらほら。何より、自動車はもちろん、自転車にまで付けられていた注連飾りが見られない。連綿と続いた正月が、地域や街、家という単位から、個人という単位に移行したのか?祝うのも楽しむのも個人が単位。全体主義が良いとは言えないが!少し寂しい気もする。
 何となく、いろいろなことに対して日本人が無関心となったのか? そういえば、自衛隊派遣を始めとするイラク問題、核にミサイルに拉致と盛り沢山な北朝鮮問題、道路公団・郵政事業の民営化問題、今にも起るかと心配される東海地震対策、多発する少年犯罪、と内外に問題山積。なのに、多くの人が無関心。あるいは、無関心を装っているだけか。
 直接自分の、あるいは、家族の身に降りかかって来さえしなければ、と多くのことを他人まかせに!ホームレス問題もこんなところかも知れない。
 昨日は、アメリカから火星探査機の着陸成功の知らせ。今日は中国から新型肺炎患者発生のニュース。今年は一体どんな年になるのか? 何てこととは無関係に「おめでとう」の連発、大安売り。一体何回「おめでとう」と言っただろうか?井沢元彦氏なら「言霊信仰」のなせる業と言われるだろう。もしかしたら「そうかも」と、思いたくなるような条件反射的行動。何れにしても、松の内はこんな状況が続くだろう。
 一昨年、去年と、中央省庁、自治体と多くの役所を訪問した。そんな中で、「本当にやる気があるのだろうか?」という疑念が自分の中で孵化する感覚が生じ、それを追い払うのに結構努力を要した。今年は、「ホームレス自立支援」のための予算も定まろう。昨年のような思いをしないですむことを祈りたい。



1月6日(火曜日)
役人たちは自らを守る砦を築く

 寒の入りらしい朝の冷気が、一日の始まりを告げる。人間社会の思惑などお構いなしに季節は移ろう。今日は寒くなりそうだ。
 報道によれば、年が改まってもイラクの治安は危ういままで、何時になったら復興に向けて動きだすのだろうか。
 イラクの安定とホームレス問題はどこか似ているようである。イラクでは就業機会が拡大し、イラク国民一人一人が職を得て、自らの力で生活できる基盤が整備されなければ、食料を始めとする物資の援助は根本的解決にはならないと思われる。ホームレス問題も同じだと思う。個々のホームレスが職を得、自らの力と努力で自ら立って歩けるようにしなければ、膨大な税金を投じて行われる施策も根本的解決には繋がらないと思われる。
 ホームレスと呼ばれる人たちが自立し、特異な存在としてではなく、普通の市民として社会に同化するには、本人の意欲、活動するフィールド、そして、それを支える人、あるいは組織の存在が不可欠である。どれが一番重要か、どれが先かは問題ではない。少なくとも、順番を違えると対応しない行政の硬直化した対応が変われば、より速やかに、より容易に前進できるのではないかと考えられる。
 あらゆることが行政の責任であると言いたい訳ではない。ただ、今の行政の対応は、法に乗っ取って、対岸に取り残された人を此方側に渡そうとはしているが、いろいろと条件を付けて、それを実行しようとする。曰く、渡す手段はこうでなければならない、手段の材質は、強度はこうでなければならない。対象者の緊急性は、その行き着く場所は、と。まるで、対象者をなくそうとするかの如くに、役人たちは自らを守る砦を築く。 今年も、新年のご挨拶にみえた方々と、小生の進めているプロジェクトについて話をした。意見の大勢は、どうやってビジネスとして成り立たせるのか?どうやって(小生が)生きて行くつもりか?何でそんなにむきになるのか?などなどである。
 正直に言って自分でも良く解らない部分もある。ただ、これまで生きて来た流れから、自分の最後の仕事としてこれをやると決めた。自分が信じていることを途中で止めたら、何か嘘の人生を生きて来たことになる。そして、これからも嘘の人生を生きることになる。少なくとも、これまでの自分の生き方は理想的とは言い難いかもしれないが、間違っていたとは思わない。だから、道化と言われようともやり続けるしかあるまい。



1月7日(水曜日)
人間は考え過ぎると不安を増幅させる

 終日晴れ。東京の最高気温8度、最低気温3度。
ようやく季節が暦に追いついたようだ。朝7時半、芝浦の運河沿いの遊歩道に住みついているらしい路上生活者が、ベンチで毛布に包まれてまどろんでいる。この気温の中で!人間の生命力、対応力は結構凄いと感心させられる。
 今日までは松の内、来客が多く、一日中事務所で過ごす。
 今まで個別に推進していた第一プロジェクト「中古事務用家具リサイクル支援システム」と第五プロジェクト「全国植物園化プラン」を合わせ、「ホームレス自立支援プロジェクト構想の概略」資料作成に着手する。さて、これで「御上」に理解して頂けるだろうか?
 今年は、研究会のようなもので具体化のための詳細プランを作り、机上のプランから抜け出し、支援を受け易い構造を構築しなければなるまい。そして、持続的に存在できるようなビジネス計画を確立しなければならない。
 考えたり、調べたりすればするほど、法の矛盾が浮かび上がってくる。住処を定めなければ正社員として社会復帰ができないし、ホームレスから抜け出せない。逆に、住居が定まるとホームレスとしての支援は得られない。給与の安い仕事に就くより、仕事をしないで生活保護を受ける方が身入りが多い。基準や規定が曖昧なホームレスとしての公的支援を受けようとするより、生活保護の申請の方がはるかに容易である。役所の「平等」に根ざした対応では、自立が可能な人だけを選別できない。もし、民間組織が自立可能な人だけを選別して雇用を図っても、この人達がホームレスに該当するか否かが不明朗であるとして、行政の助成を受け難い。などなど、上げればきりがない。
 無定義のままホームレスと呼ばれる人たちに対する一般の認識は、見方を変えれば、中国古代の中華思想で、周辺の民族を蔑視して狄(てき)、戎(じゅう)、夷(い)、胡(こ)、蛮(ばん)などと呼んだのと似ている。一般のこのような認識が変わらなければ、ホームレスは救済の対象ではあっても、決して自分たちの仲間として社会に受け入れらるとは思えないからである。
 さて、この点を今後どうしたものか?考えれば考えるほど悩みは尽きない。



1月8日(木曜日)
北風吹奏楽団初演の日

 快晴。最低気温4度。最高気温9度。
 早朝、北風が電線を楽器に奏でる空気を切り裂くような音と、鍵のかかっていない窓を揺らすカスタネットの音で目覚める。今日は一日中北風が強く吹くとか。街を歩けば、北風がビルの谷間を駆け巡る。枯れ葉を、新聞紙を、ビニール袋を、束の間の空の旅に導きながら。人は皆、コートの襟を立て前屈みに早足で通り過ぎていく。
ホームレスには極めて辛い一日になりそうである。
 何はともあれ小生も、今年を生き抜くためには先ず活動費を稼ぎ出さなければ、早晩助ける側から助けを待つ側にワープしかねない。今年も資金確保のために、多くのエネルギーを費やすことになりそうな予感がする。
 プロジェクトの概要を説明するための資料作成を完了した。夕方から、支援事業の説明や支援依頼をするためアポイントメントを取る。彼方此方に電話をすれど、担当者がつかまらない。避けられているのか?厚生労働省の担当者に、ホームレスの現状調査の結果と対策の現状を問い合わせるため、メールを送信する。時を置かずして、メールの送信先アドレスに該当する宛先がないとの通知が戻って来た。既に、移動か転勤をされたのか?それともリタイアされたのか?これまで逢った中で最も熱心に対応してくれ、アドバイスをしてくれた人だけに、何とも言い難い思いが過ぎる。また、本省の中で、ホームレス対策の新しいチャネルを見つけなければならないのか?気が重いことだ。
 平成14年、ホームレス自立支援に係わる特別措置法にもとづき、政府は平成14年度にホームレスの実態調査を行い、平成15年度に実行プランを立て、平成16年度から実行に移すと発表している。
 しかし、今日までその調査結果もプランの内容も目にしていない。うっかり見過ごしたのか?自分では、彼方此方と見て歩いているつもりだが、全体像が掴めてはいない。何としても、全体像を把握し、政府の方向を見定めた上で我々のプランの手直しがしたい。
明日は今日以上に冷え込むとか!?



1月9日(金曜日)
同情するより・・・

 晴天。最低気温3度。最高気温10度。
 今日は一日中外出予定。北風は昨日ほどではないが、それでも体感温度を寒暖計の数値以上に低下させる。少しでも暖かいところをと、日向を選んで歩いていると、北風が日向に入る小生の行動に腹を立てたかのように、一層強く吹き付けてくる。コートにマフラー、手袋にホカロンと、歳相応の重装備。う〜ん!それでもやっぱり寒い。なにより、寂しくなった頭髪が北風と呼応して、一昔前には想像すらできなかったような行動に出て管理者を困惑させる。美しい受付嬢に、ちょっとした見栄を張る暇すら与えてはくれない。
 今日は資金調達のために3社を訪問し、同じような話を繰り返す。たいてい話は聞いていただけるが、ま、実現への期待は待たないほうが良さそうだ。共通するのは、他にはどんな会社に訪問されていますか?他の反応はどうですか?といつたことである。それと、決して正面切って駄目とは言わない。いつも、後に可能性だけは残しておきたい、という思いが感じられる。
 灯ともし頃、最後の訪問先を辞去し、東日本橋から日本橋、京橋、銀座を経由して新橋まで逍遥する。お正月に日本橋の辺りで見かけた路上生活者の姿が見えない。自ら立ち去ったのか、それとも居辛い何かが起ったのか?京橋の路上生活者は、いつもの場所でいつもの通り。
 既に路上生活のベテランと思しき人を見ていると、時として彼が哲学者ででもあるかのような錯覚に陥ることがある。浮世の煩わしさから開放された故か、あるいは諦観か?それとも、見る側が彼らに、自分達を束縛している社会常識という名の鎖から解き放たれていると感じるからか?多くの人たちが、ホームレスに対して同情とともに反感を持つのは、彼らが手に入れた自由に対する羨望か。何となく、昔見たソニーの「哲学する猿」のコマーシャルが目に浮かんだ。
 さ、徹夜をする羽目にならないように。事務所に帰って資料を作成し、送らねば。



1月10日(土曜日)
中央区のホームレスの行方

 晴れ。最低気温4度。最高気温11度。
 結局徹夜。7時過ぎ、外に出ると外気が待ってましたとばかりに体温を奪い去って行く。駅に着くまでの10分ほどで、寝不足の頭は再び活動モードに復帰。反面、体は完全に冷えきり、暖かさを求め、道を急かせる。 そう言えば今日は土曜日。多くの会社はお休み。なのに、改札口は次々と人を吐き出し続けている。何をする人たちなのか、何処へ向かうのか。土曜日の早朝だというのに、電車内は多くの人で満たされている。
 帰宅し、仮眠の後、12時前に起き出し、予定していた勝鬨橋に向かう。中央区には隅田川があり、運河があり、小さな公園が多数ある。あるいは、ホームレスが増えているのではないか?一昨年訪ねた頃は、ダンボールハウスはそう目立たなかった。区の担当者も、比較的余裕を持った対応であったのだが。
 日溜まりの公園には、親子連れが目立つ。遊具や砂場のある公園は、なりきっていないホームレスには住み辛いのかも知れない。これまでの見分から推測すれば、ダンボールとビニールシート製の家に住む人たちは、多くの場合「村」を形成している。反面、全財産を持って、定住せず移動しながら生活している人たちは、比較的孤独な生き方をしているようである。彼らは、昼間の公園では、ベンチに座り新聞を読んだり本を読んだり、弁当を食べたりまどろんだりしている。見かけもこざっぱりとしており、一見しただけではホームレスなのか、定年退職で悠々自適に時間を過ごしている人なのか、あるいは、リストラで行き場を失った人なのか、判然とはしない。所在なげに時を過ごしている人も彼方此方で見かけられる。
 周囲からそれほど奇異な目で見られていないらしく感じるのは、いまのところ衣食が足りているからだろう。しかし、今の段階で此方側に招き入れなければ、時を経ずして彼らもピュアなホームレスになるだろう。
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