Saturday, February 28, 2004
2月27日(金曜日)
法は弱者の味方とは限らない
晴れ、最低気温3度、最高気温10度。
この処の、初夏をも思わす気温が、今日は一挙に冬に逆戻り。風の冷たい寒い一日が始まる。
午前11時、虎の門の弁護士事務所を訪問する。
最近、コンピュータソフトウエアの不正使用、つまり、著作権法違反に対する摘発行為を頻繁に耳のするようになった。その対象が、これまでのような大口の利用者から中小にまで波及し始めたようである。多くは、関係者の内部告発に基づき、ソフト・メーカーの代理人である弁護士が文書(通知書)を送致し、金銭の支払による和解に持ち込む、というパターンである。多分、中小のソフト会社のほとんどが何らかのソフトウエアを、違法にインストールしていると思われるので、中小企業経営者は戦々恐々の態であろう。
ソフトウエアの無断コピーも、その使用も明らかに犯罪である。ソフトウエア企業は、それらの行為が著作権法に抵触することは当然知っている。この点だけから判断すれば、実に悪質な所業と言える。しかし、中小ソフト会社の多くは、打ち続くソフト不況の中、作業単価は下がったままの状況が続き、止むに止まれぬ行為であったり、何処の会社でも、誰でもやっている行為であるとの認識から、駐車違反かスピード違反程度の認識で現場サイドの複製使用を黙認しているようだ。
違法であるからには、摘発されペナルティを支払わされても仕方ないことでは有るが、そのやり方には不満がある。何となく、「レ・ミゼラブル」のジャンバル・ジャンを思い出す。
この摘発方法に対する不満は二つある。一つは、最近の摘発の多くが内部告発に基づくと言われることであり、その告発者に報奨金・謝礼の名目で金員が支払われている点である。告発者の告発動機も、必ずしも社会正義や義憤に駈られたものではなく、会社への不満、リストラや首になったことへの私怨、といったものが多いとされる。
他の一つは、ある日突然代理人を名乗る弁護士から、違法行為を指摘し、訴えられたくなければ違法コピーの現状を自ら調査して報告せよ、という内容の「通知書」が送致されることにある。日頃、訴訟や弁護士と無縁な中小企業経営者は、ソフトウエアをコピーして使用することが違法であると知っているだけに、弁護士名の文書を受け取っただけでそうとうに驚くものである。ましてや、書かれている内容は、文面は柔らかいが、法律に疎い人間には恐怖感を与えるに十分である。ここまではまあ良いとして、問題は和解の内容である。不慣れな経営者の多くは、違法認識があることと弁護士費用に対する不安もあって、弁護士を立てることも無く、相手の要求のまま和解をしている。
コピーした本数の報告にしても、過去からの慣例で、万一のために作成したバックアップ用の物も対象にしなければならのか?支払わなければならない対価の算出は、1本ごとの正価に本数を乗じたものか、数量ディスカウントによるのか?それとも実勢価格か?オープン価格の商品の場合どうするのか?ペナルティはどの位になるのか?さらに、相手方の監査要求を承諾しなければ和解が成立しないのか?等々、相手側と交渉しなければならない要因は多い。そこで、謝って、要求をすべてのみ、早く終わらせようとしてしまう。
何年か前、医者宛に「脱税」「保険の不正請求」、あるいは、「女性関係」などを社会にばらされたくなかったら指定口座に金を振り込め、という脅迫詐欺事件が報道されていた。要求に応じてお金を振り込んだ医師が相当居たとか。ソフト業者への「通知書」の送致もこの類型、と言ったら言い過ぎだろうか。
帰宅したら、テレビのニュースが、オーム真理教教祖の麻原彰晃(本名、松本智津夫)被告に死刑の判決が下り、弁護団は即日控訴したと伝えていた。
最近の社会現象を見ていると、自分の持つ常識が役に立たなくなった気がしてならない。新聞は本当に、社会の木鐸の役割を果たしているか?医師は人間の生命を救い、健康を守ってくれるのか?弁護士は正義の味方なのか?警察は市民の安全を守ってくれるのか?政府は日本を正しい方向に導いているのか?国会議員は国や国民のためを考えているのか?行政は本当に国民のことを考えているのか?教師は子供のことを考えているのか?親は子供に愛情を注いでいるのか?一体どんな社会が訪れようとしているのだろうか。この様子では、法律ができようが、総理が指示しようが、行政のホームレス問題への取り組みも、大きな期待をしてはいけないのかもしれない。逆に、法を盾に、かつて新宿で起こったように、公共用地や施設を不法に占拠しているホームレスの強制立ち退きの方が、余程現実味がある。
考えれば考えるほど、自分の常識に自信が無くなりそう。ま、こんな日は早く寝るに限る。
法は弱者の味方とは限らない
晴れ、最低気温3度、最高気温10度。
この処の、初夏をも思わす気温が、今日は一挙に冬に逆戻り。風の冷たい寒い一日が始まる。
午前11時、虎の門の弁護士事務所を訪問する。
最近、コンピュータソフトウエアの不正使用、つまり、著作権法違反に対する摘発行為を頻繁に耳のするようになった。その対象が、これまでのような大口の利用者から中小にまで波及し始めたようである。多くは、関係者の内部告発に基づき、ソフト・メーカーの代理人である弁護士が文書(通知書)を送致し、金銭の支払による和解に持ち込む、というパターンである。多分、中小のソフト会社のほとんどが何らかのソフトウエアを、違法にインストールしていると思われるので、中小企業経営者は戦々恐々の態であろう。
ソフトウエアの無断コピーも、その使用も明らかに犯罪である。ソフトウエア企業は、それらの行為が著作権法に抵触することは当然知っている。この点だけから判断すれば、実に悪質な所業と言える。しかし、中小ソフト会社の多くは、打ち続くソフト不況の中、作業単価は下がったままの状況が続き、止むに止まれぬ行為であったり、何処の会社でも、誰でもやっている行為であるとの認識から、駐車違反かスピード違反程度の認識で現場サイドの複製使用を黙認しているようだ。
違法であるからには、摘発されペナルティを支払わされても仕方ないことでは有るが、そのやり方には不満がある。何となく、「レ・ミゼラブル」のジャンバル・ジャンを思い出す。
この摘発方法に対する不満は二つある。一つは、最近の摘発の多くが内部告発に基づくと言われることであり、その告発者に報奨金・謝礼の名目で金員が支払われている点である。告発者の告発動機も、必ずしも社会正義や義憤に駈られたものではなく、会社への不満、リストラや首になったことへの私怨、といったものが多いとされる。
他の一つは、ある日突然代理人を名乗る弁護士から、違法行為を指摘し、訴えられたくなければ違法コピーの現状を自ら調査して報告せよ、という内容の「通知書」が送致されることにある。日頃、訴訟や弁護士と無縁な中小企業経営者は、ソフトウエアをコピーして使用することが違法であると知っているだけに、弁護士名の文書を受け取っただけでそうとうに驚くものである。ましてや、書かれている内容は、文面は柔らかいが、法律に疎い人間には恐怖感を与えるに十分である。ここまではまあ良いとして、問題は和解の内容である。不慣れな経営者の多くは、違法認識があることと弁護士費用に対する不安もあって、弁護士を立てることも無く、相手の要求のまま和解をしている。
コピーした本数の報告にしても、過去からの慣例で、万一のために作成したバックアップ用の物も対象にしなければならのか?支払わなければならない対価の算出は、1本ごとの正価に本数を乗じたものか、数量ディスカウントによるのか?それとも実勢価格か?オープン価格の商品の場合どうするのか?ペナルティはどの位になるのか?さらに、相手方の監査要求を承諾しなければ和解が成立しないのか?等々、相手側と交渉しなければならない要因は多い。そこで、謝って、要求をすべてのみ、早く終わらせようとしてしまう。
何年か前、医者宛に「脱税」「保険の不正請求」、あるいは、「女性関係」などを社会にばらされたくなかったら指定口座に金を振り込め、という脅迫詐欺事件が報道されていた。要求に応じてお金を振り込んだ医師が相当居たとか。ソフト業者への「通知書」の送致もこの類型、と言ったら言い過ぎだろうか。
帰宅したら、テレビのニュースが、オーム真理教教祖の麻原彰晃(本名、松本智津夫)被告に死刑の判決が下り、弁護団は即日控訴したと伝えていた。
最近の社会現象を見ていると、自分の持つ常識が役に立たなくなった気がしてならない。新聞は本当に、社会の木鐸の役割を果たしているか?医師は人間の生命を救い、健康を守ってくれるのか?弁護士は正義の味方なのか?警察は市民の安全を守ってくれるのか?政府は日本を正しい方向に導いているのか?国会議員は国や国民のためを考えているのか?行政は本当に国民のことを考えているのか?教師は子供のことを考えているのか?親は子供に愛情を注いでいるのか?一体どんな社会が訪れようとしているのだろうか。この様子では、法律ができようが、総理が指示しようが、行政のホームレス問題への取り組みも、大きな期待をしてはいけないのかもしれない。逆に、法を盾に、かつて新宿で起こったように、公共用地や施設を不法に占拠しているホームレスの強制立ち退きの方が、余程現実味がある。
考えれば考えるほど、自分の常識に自信が無くなりそう。ま、こんな日は早く寝るに限る。
Friday, February 27, 2004
2月26日(木曜日)
ごみ持ち去り禁止とホームレスの生存権
曇り後晴れ、最低気温7度、最高気温20度。
詳細は不明であるが、横浜市は「すべてのごみの持ち去りを禁止」することを決定した、というニュースが流れた。資源ごみの持ち去りを禁止する条例は、既に幾つかの自治体で制定されているが、「すべてのごみ」を対象にするのは初めてである。
日頃何気なく使っている「ごみ」と言う言葉が妙に気になる。広辞苑のごみ(塵芥)の項を見れば、?ちり。あくた。ほこり。また、つまらないもの。無用のもの。?濁水のとけてまじっている泥。?挽茶(ひきちゃ)の粉に湯をさして練ったもの。とある。
ここで言う「ごみ」は、当然?のことである。この内、ちり、あくた、ほこりは、一般的認識としてほぼ共通に「ごみ」といえよう。しかし、つまらないもの、無用のものとなれば、個々の人間の価値観によって大きく異なる。この、個人の価値観によってごみとされた物については、「リサイクル法」を待つまでも無く、我が国でも古の昔から再利用や再資源化が図られ、合理的とも言える仕組みができあがっていた。この古典的なリサイクル/リユースの仕組みは、経済成長にともなう狂乱とも言える消費文明の中で一部は崩壊し、一般社会からは忘れられているが、決してすべてが消滅した訳ではなく、今も生き続けている。
リユースを中心にしたリサイクルは、空き瓶回収業者、古着屋、古道具屋、最近では、リサイクルショップと呼ばれるものなどが該当しよう。一方、資源化のリサイクルは、くず屋、鉄屑回収業、ちり紙交換の名で親しまれていた古紙回収業などにより、一時ほどではないが現在も機能している。その末端に位置していたのが、ひろい屋、ばた屋、屑拾い、などと呼ばれた人たちである。彼らは、物乞い、乞食、ルンペンなどとは一線を画くし、ある意味自立した生活を営んできた。この活動が現在も続いており、ホームレスと呼ばれる人たちの生活基盤の一つとなっているのである。
自治体がその政策として、「ごみの持ち去り禁止」を打ち出すことに敢えて異論を唱えるものではない。しかし、このような条例は、自治体のリサイクルシステムを悪用して、トラックを用い、有用な物だけを無断で大量に持ち去る悪質な業者を締め出すだけでなく、最底辺で生きざるを得ない人たちが、昔から行っている収入源を奪うことにもなる。当然のことでは有るが、これらの規制からホームレスを例外扱いにするのは、実際問題として不可能であろう。とすれば、ホームレスたちが僅かでも自尊心を持って生き延びようとすれば、一体どうすべきかを行政側は考えているのだろうか。自治体が打ち出すこのような規制は、まさにホームレスの生存権に係わる問題である。
少なくとも、行政側は、ホームレス向けに、空き缶や古紙回集に代わる生活手段を用意してから条例化すべきである。例え、運用面においてホームレスへの対応を区分したとしても、彼らの行為が違法である事実は変わらない。何年か前までは違法性の無かった行為が、行政や一般住民という、ホームレス側から見れば強者の論理で違法行為となる。そうでなくても、暮らしの拠点としている公園敷地や河川敷の利用という、明らかな不法行為を既に行っている。さらに、ごみ持ち去りという行為の違法性が明確になれば、ホームレスは紛れも無いアウトローとされてしまう。
「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が施行されて1年半が経過した。政府が発表した、実態調査、実施計画の立案策定の期間も間もなく終わろうとしている。内容の評価を別にして、「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」も策定された。なのに、未だに自治体から、具体的なプランが見えてこないのは何故だろうか?
ごみ持ち去り禁止とホームレスの生存権
曇り後晴れ、最低気温7度、最高気温20度。
詳細は不明であるが、横浜市は「すべてのごみの持ち去りを禁止」することを決定した、というニュースが流れた。資源ごみの持ち去りを禁止する条例は、既に幾つかの自治体で制定されているが、「すべてのごみ」を対象にするのは初めてである。
日頃何気なく使っている「ごみ」と言う言葉が妙に気になる。広辞苑のごみ(塵芥)の項を見れば、?ちり。あくた。ほこり。また、つまらないもの。無用のもの。?濁水のとけてまじっている泥。?挽茶(ひきちゃ)の粉に湯をさして練ったもの。とある。
ここで言う「ごみ」は、当然?のことである。この内、ちり、あくた、ほこりは、一般的認識としてほぼ共通に「ごみ」といえよう。しかし、つまらないもの、無用のものとなれば、個々の人間の価値観によって大きく異なる。この、個人の価値観によってごみとされた物については、「リサイクル法」を待つまでも無く、我が国でも古の昔から再利用や再資源化が図られ、合理的とも言える仕組みができあがっていた。この古典的なリサイクル/リユースの仕組みは、経済成長にともなう狂乱とも言える消費文明の中で一部は崩壊し、一般社会からは忘れられているが、決してすべてが消滅した訳ではなく、今も生き続けている。
リユースを中心にしたリサイクルは、空き瓶回収業者、古着屋、古道具屋、最近では、リサイクルショップと呼ばれるものなどが該当しよう。一方、資源化のリサイクルは、くず屋、鉄屑回収業、ちり紙交換の名で親しまれていた古紙回収業などにより、一時ほどではないが現在も機能している。その末端に位置していたのが、ひろい屋、ばた屋、屑拾い、などと呼ばれた人たちである。彼らは、物乞い、乞食、ルンペンなどとは一線を画くし、ある意味自立した生活を営んできた。この活動が現在も続いており、ホームレスと呼ばれる人たちの生活基盤の一つとなっているのである。
自治体がその政策として、「ごみの持ち去り禁止」を打ち出すことに敢えて異論を唱えるものではない。しかし、このような条例は、自治体のリサイクルシステムを悪用して、トラックを用い、有用な物だけを無断で大量に持ち去る悪質な業者を締め出すだけでなく、最底辺で生きざるを得ない人たちが、昔から行っている収入源を奪うことにもなる。当然のことでは有るが、これらの規制からホームレスを例外扱いにするのは、実際問題として不可能であろう。とすれば、ホームレスたちが僅かでも自尊心を持って生き延びようとすれば、一体どうすべきかを行政側は考えているのだろうか。自治体が打ち出すこのような規制は、まさにホームレスの生存権に係わる問題である。
少なくとも、行政側は、ホームレス向けに、空き缶や古紙回集に代わる生活手段を用意してから条例化すべきである。例え、運用面においてホームレスへの対応を区分したとしても、彼らの行為が違法である事実は変わらない。何年か前までは違法性の無かった行為が、行政や一般住民という、ホームレス側から見れば強者の論理で違法行為となる。そうでなくても、暮らしの拠点としている公園敷地や河川敷の利用という、明らかな不法行為を既に行っている。さらに、ごみ持ち去りという行為の違法性が明確になれば、ホームレスは紛れも無いアウトローとされてしまう。
「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が施行されて1年半が経過した。政府が発表した、実態調査、実施計画の立案策定の期間も間もなく終わろうとしている。内容の評価を別にして、「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」も策定された。なのに、未だに自治体から、具体的なプランが見えてこないのは何故だろうか?
2月25日(水曜日)
ホームレスは献体予備軍か?
晴れ、最低気温7度、最高気温16度。
このところ、「臓器移植法」の改正論議が再燃している。15歳以上であること、生前に本人が意思表示をしていること、家族の同意があること、などの条件が、積極的な移植の阻害要因となっているとか。改正に賛成論者は、「欧米ではごく普通に行われていることが、何故日本では行えないのか」と主張している。難しい問題である。どの状況を、どのような状態をもって「死」とするのか?人間が神の領域に踏み込んだ故に持ち上がった課題である。根源には、脳死をもって死とするのか、心臓の停止をもって死とするのか、という判断基準の明確化を求める意図がある。さらに、献体の場合も同様であるが、肉親の遺体を解剖に供するとかその臓器を提供することには、日本人特有の感情的抵抗感が付いて回ろう。諸外国の状況がどうあれ、例え法が脳死をもって死と認めたとしても、移植医療が常態化するには多くの時間が必要であろう。自分自身に置き換えるなら、骸と化す、あるいは、人間の尊厳をもって生きることが適わぬ状況に陥ったなら、後はどうにでも好きにしてくれ、といったところである。しかし、もし自分の娘が脳死と判断され臓器の提供を求められた場合、決して賛成しないことだけは確かである。心臓が鼓動しており、体が温かいのにも係わらず、「これは死体です」と言われて納得することなど有り得ない。
日本の現状に関するデータは持ち合わせていないが、アメリカにおいては医学部で必要とする解剖実習用の死体の相当数が、身元不明者やホームレスだと言われている。ある意味、彼らは自分の意志と無関係に死後献体をさせられているのである。まるで、持ち主の現れない落し物を処分するかのように。
ホームレスの自立を図り、ホームレスを無くす社会の仕組み作りを急がなければ、彼らにはその死後に、本人の意思とは無関係に社会貢献という名で「献体」の対象となる運命が待っているかも知れないのである。
午前中は顧問先企業で過す。午後は、依頼された調査の報告書作りに時間の大半を費やす。午後9時、事務所を出て、このところ日課となった感のある椿屋珈琲店に行く。お気に入りのコーヒーを飲みながら、ゆったりとした時間の流れを楽しみ帰宅する。今日は、最も好きな画家ルノアールの誕生日。ルノアールなら、上野公園や隅田堤のホームレスの姿をどのように描くだろうか?
ホームレスは献体予備軍か?
晴れ、最低気温7度、最高気温16度。
このところ、「臓器移植法」の改正論議が再燃している。15歳以上であること、生前に本人が意思表示をしていること、家族の同意があること、などの条件が、積極的な移植の阻害要因となっているとか。改正に賛成論者は、「欧米ではごく普通に行われていることが、何故日本では行えないのか」と主張している。難しい問題である。どの状況を、どのような状態をもって「死」とするのか?人間が神の領域に踏み込んだ故に持ち上がった課題である。根源には、脳死をもって死とするのか、心臓の停止をもって死とするのか、という判断基準の明確化を求める意図がある。さらに、献体の場合も同様であるが、肉親の遺体を解剖に供するとかその臓器を提供することには、日本人特有の感情的抵抗感が付いて回ろう。諸外国の状況がどうあれ、例え法が脳死をもって死と認めたとしても、移植医療が常態化するには多くの時間が必要であろう。自分自身に置き換えるなら、骸と化す、あるいは、人間の尊厳をもって生きることが適わぬ状況に陥ったなら、後はどうにでも好きにしてくれ、といったところである。しかし、もし自分の娘が脳死と判断され臓器の提供を求められた場合、決して賛成しないことだけは確かである。心臓が鼓動しており、体が温かいのにも係わらず、「これは死体です」と言われて納得することなど有り得ない。
日本の現状に関するデータは持ち合わせていないが、アメリカにおいては医学部で必要とする解剖実習用の死体の相当数が、身元不明者やホームレスだと言われている。ある意味、彼らは自分の意志と無関係に死後献体をさせられているのである。まるで、持ち主の現れない落し物を処分するかのように。
ホームレスの自立を図り、ホームレスを無くす社会の仕組み作りを急がなければ、彼らにはその死後に、本人の意思とは無関係に社会貢献という名で「献体」の対象となる運命が待っているかも知れないのである。
午前中は顧問先企業で過す。午後は、依頼された調査の報告書作りに時間の大半を費やす。午後9時、事務所を出て、このところ日課となった感のある椿屋珈琲店に行く。お気に入りのコーヒーを飲みながら、ゆったりとした時間の流れを楽しみ帰宅する。今日は、最も好きな画家ルノアールの誕生日。ルノアールなら、上野公園や隅田堤のホームレスの姿をどのように描くだろうか?
Thursday, February 26, 2004
2月24日(火曜日)
上野のホームレスの日常
晴れ、最低気温5度、最高気温12度。
何時もと変らぬ朝の訪れ。天気も良さそうだし、午後から上野周辺を訪ねてみることにしよう。しばらく訪ねていないし、何より平日の昼間、ホームレスがどのように過しているのかはほとんど見ていない。
午後、上野駅公園口から噴水の前を通って、東京都美術館前に向う。右手の木立の中に十数戸のビニールハウスが立ち並んでいる。以前は、イラン人が多かったが、今はその姿は見られない。ここの住人は物持ちらしく、磨き上げられた自転車やリアカーが見える。好天を利用してシートをたくし上げ、住処に風を通している。また、木と木の間に渡した紐には洗濯物が吊るされている。住まいの場所が公園の不法占拠、建材がダンボールとビニールシートという点を除けば、ここには普通の庶民と変らぬ暮らしの存在が伺える。
続いて国立博物館前の植え込み辺り。ここには、20ばかりのビニールハウスが並んでいる。この一帯の居住者には、何となく組織立った感があり、一つのテーブルを囲んで数人のホームレスが、缶コーヒーを飲みながら語らっている。既に一仕事を終えた様子で、ゆったりとした時間が流れている。この状態も、状況を知らない人間の目で見れば、「働きもしないで」と映り誤解の元になっているかも知れない。
不忍池の周辺も、平日とは思えない人で賑わっている。この周辺では、ビニールハウスの住人ほか、日向に憩うホームレスはかなりの数にのぼる。大体、大きな荷物を横に置いている者は、ほとんどホームレスの仲間と判断しても間違いはなさそうである。そういう目で見ると、ベンチや芝生、あるいは、敷石に坐る人の半分位はホームレスのようだ。
不忍池の辺を巡り、京成上野駅側に向う。交番横の桜は2本だけ既に満開に花開いている。この辺りは、誰かに危害を加えられる恐れがないせいか、何時もホームレスが集まっている。今日も、幾つかのグループが花の下でコップ酒を楽しんでいる。
結局、彼らには平日と休日という生活のリズムはなさそうである。
上野のホームレスの状況を見ていると、定まった住居を持たない新入りホームレスと、ビニールハウスに暮らし、彼らなりの自立した生活をしている定住型ホームレス、そして、古典的な乞食暮らしをしているホームレスに三分されており、お互いの接点はないようである。先日、東京都が発表した住宅提供プランの対象者は、定住型ホームレスということになりそうであるが、プランが彼らに喜ばれ、受け入れられるか否かは微妙なものがありそうだ。何か、日本が行っている海外援助の評価と重なるものがあるように感じる。
せっかく表に出たので、御徒町、有楽町、銀座と徘徊を続け、何時ものように最後は椿屋珈琲店で寛いだ時間を過し、自宅に直帰する。今日も良く歩いた。
上野のホームレスの日常
晴れ、最低気温5度、最高気温12度。
何時もと変らぬ朝の訪れ。天気も良さそうだし、午後から上野周辺を訪ねてみることにしよう。しばらく訪ねていないし、何より平日の昼間、ホームレスがどのように過しているのかはほとんど見ていない。
午後、上野駅公園口から噴水の前を通って、東京都美術館前に向う。右手の木立の中に十数戸のビニールハウスが立ち並んでいる。以前は、イラン人が多かったが、今はその姿は見られない。ここの住人は物持ちらしく、磨き上げられた自転車やリアカーが見える。好天を利用してシートをたくし上げ、住処に風を通している。また、木と木の間に渡した紐には洗濯物が吊るされている。住まいの場所が公園の不法占拠、建材がダンボールとビニールシートという点を除けば、ここには普通の庶民と変らぬ暮らしの存在が伺える。
続いて国立博物館前の植え込み辺り。ここには、20ばかりのビニールハウスが並んでいる。この一帯の居住者には、何となく組織立った感があり、一つのテーブルを囲んで数人のホームレスが、缶コーヒーを飲みながら語らっている。既に一仕事を終えた様子で、ゆったりとした時間が流れている。この状態も、状況を知らない人間の目で見れば、「働きもしないで」と映り誤解の元になっているかも知れない。
不忍池の周辺も、平日とは思えない人で賑わっている。この周辺では、ビニールハウスの住人ほか、日向に憩うホームレスはかなりの数にのぼる。大体、大きな荷物を横に置いている者は、ほとんどホームレスの仲間と判断しても間違いはなさそうである。そういう目で見ると、ベンチや芝生、あるいは、敷石に坐る人の半分位はホームレスのようだ。
不忍池の辺を巡り、京成上野駅側に向う。交番横の桜は2本だけ既に満開に花開いている。この辺りは、誰かに危害を加えられる恐れがないせいか、何時もホームレスが集まっている。今日も、幾つかのグループが花の下でコップ酒を楽しんでいる。
結局、彼らには平日と休日という生活のリズムはなさそうである。
上野のホームレスの状況を見ていると、定まった住居を持たない新入りホームレスと、ビニールハウスに暮らし、彼らなりの自立した生活をしている定住型ホームレス、そして、古典的な乞食暮らしをしているホームレスに三分されており、お互いの接点はないようである。先日、東京都が発表した住宅提供プランの対象者は、定住型ホームレスということになりそうであるが、プランが彼らに喜ばれ、受け入れられるか否かは微妙なものがありそうだ。何か、日本が行っている海外援助の評価と重なるものがあるように感じる。
せっかく表に出たので、御徒町、有楽町、銀座と徘徊を続け、何時ものように最後は椿屋珈琲店で寛いだ時間を過し、自宅に直帰する。今日も良く歩いた。
2月23日(月曜日)
調査結果は疑問だらけ
雨後晴れ、最低気温12度、最高気温17度。
雨は早朝には上がり、今年一番とも言える青空が広がる。テレビのニュースで、今朝は都心でも富士山が見えたと伝えている。今日は2月23日、「富士山の日」だそうである。特に意味がある訳ではなく、単なる語呂合わせ!表意文字を使うせいか、日本人は数字の語呂合わせが好きである。何しろ、電話番号はもとより、国家予算まで語呂合わせをする。本来、概念であり、厳密に大きさや量を表しているものを言葉に置き換え、結果として事実を覆い隠すのにも利用される。嫌なものを隠避し、喜びを増幅させようとする、日本人の精神構造なのだろうか?
数字と言えば、平成15年3月の「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」に記載されている数字が、事実を伝えているか?という点に対する幾つかの疑問である。一つは、視認できる範囲においても明らかに増えていると感じ、社会環境の現状からも増えているだろうと推測されるにも係わらず、ホームレスの数は前回調査に比べて1200人程度しか増えていないことである。そして二つ目は、12の政令指定都市のホームレスが12,238人、30の中核市のホームレスが1,476人。合わせると過半数を越える13,714人となる。他の628市には合計11,582人のホームレスが存在していることになる。大小の市があり、環境条件がことなるとはいえ、平均して1市当たり18.5人というのは納得のいかない数字である。そして、何より、調査の数値に疑問を感じるのは、調査の客体を「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場として日常生活を営んでいる者」とし、その調査の方法が「巡回による目視」で行われたことにある。この2年程、ホームレスを見てきた実感としては、一見しただけではホームレスとは思えないホームレスが相当数存在しており、実態は調査結果の数字の倍から3倍程度は居る、と思われる。さらに見逃せないのは、前回調査に比べて大幅にホームレス数が減少している自治体の周辺の自治体では、その数が大幅に増加している点である。各自治体間は、城壁や海で区切られている訳ではない。ホームレスが住み易さを求めて移動することは、当然考えられることである。法律ができたとは言え、隣接する市町村が協調して効果的にホームレス支援を行うと考えるのは、楽観的過ぎると思へる。
公にされた数字は、必ず一人歩きを始める。ましてや、行政が係わった場合は余程のことが無ければ、修正や変更をされることはない。この数字を基にして、各種のホームレス対策が行われるとすれば、自治体レベルの現場において必ずや新たな問題に直面することになろう。新年度からは、予算の裏付けもでき、いよいよ自治体を中心にしたホームレスの自立支援が実施に移される。各自治体が、自分の管轄区域へのホームレスの流入を阻止、あるいは区域外への移動を促す、または、実績を誇示するためのお役人らしい知恵を搾り出さないことを切に願いたい。
調査結果は疑問だらけ
雨後晴れ、最低気温12度、最高気温17度。
雨は早朝には上がり、今年一番とも言える青空が広がる。テレビのニュースで、今朝は都心でも富士山が見えたと伝えている。今日は2月23日、「富士山の日」だそうである。特に意味がある訳ではなく、単なる語呂合わせ!表意文字を使うせいか、日本人は数字の語呂合わせが好きである。何しろ、電話番号はもとより、国家予算まで語呂合わせをする。本来、概念であり、厳密に大きさや量を表しているものを言葉に置き換え、結果として事実を覆い隠すのにも利用される。嫌なものを隠避し、喜びを増幅させようとする、日本人の精神構造なのだろうか?
数字と言えば、平成15年3月の「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」に記載されている数字が、事実を伝えているか?という点に対する幾つかの疑問である。一つは、視認できる範囲においても明らかに増えていると感じ、社会環境の現状からも増えているだろうと推測されるにも係わらず、ホームレスの数は前回調査に比べて1200人程度しか増えていないことである。そして二つ目は、12の政令指定都市のホームレスが12,238人、30の中核市のホームレスが1,476人。合わせると過半数を越える13,714人となる。他の628市には合計11,582人のホームレスが存在していることになる。大小の市があり、環境条件がことなるとはいえ、平均して1市当たり18.5人というのは納得のいかない数字である。そして、何より、調査の数値に疑問を感じるのは、調査の客体を「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場として日常生活を営んでいる者」とし、その調査の方法が「巡回による目視」で行われたことにある。この2年程、ホームレスを見てきた実感としては、一見しただけではホームレスとは思えないホームレスが相当数存在しており、実態は調査結果の数字の倍から3倍程度は居る、と思われる。さらに見逃せないのは、前回調査に比べて大幅にホームレス数が減少している自治体の周辺の自治体では、その数が大幅に増加している点である。各自治体間は、城壁や海で区切られている訳ではない。ホームレスが住み易さを求めて移動することは、当然考えられることである。法律ができたとは言え、隣接する市町村が協調して効果的にホームレス支援を行うと考えるのは、楽観的過ぎると思へる。
公にされた数字は、必ず一人歩きを始める。ましてや、行政が係わった場合は余程のことが無ければ、修正や変更をされることはない。この数字を基にして、各種のホームレス対策が行われるとすれば、自治体レベルの現場において必ずや新たな問題に直面することになろう。新年度からは、予算の裏付けもでき、いよいよ自治体を中心にしたホームレスの自立支援が実施に移される。各自治体が、自分の管轄区域へのホームレスの流入を阻止、あるいは区域外への移動を促す、または、実績を誇示するためのお役人らしい知恵を搾り出さないことを切に願いたい。
Wednesday, February 25, 2004
2月22日(日曜日)
隅田川はホームレスの一等地
晴れ、最低気温9度、最高気温22度。
昨日は歩き回り、早めに寝たせいか今朝の目覚めは最高の気分。夕方から天気が崩れるとの予報。早めに今日の活動を開始する。
9時に自宅を出て、両国へ。両国橋から隅田堤を浅草まで歩く。桜はまだ固い蕾のままであるが、突然の陽気に驚いた慌てものの花が幾つか既に開いていた。
隅田川沿いのホームレス居住地は相変わらずの状態。初夏を思わせるような陽光に、ずらりと並んだブルーのシートが輝いている。暖かさが平穏さを演出し、ホームレスの実態を包み隠している。ここには、生きるためのホームレスの苦闘が横たわっているだろうに。
よく見れば、対岸にもブルーのシートが光っている。ここはホームレスの一等地の模様。居住者が増えているのだろうか。そろそろお花見の季節が訪れる。上野公園もそうであるが、隅田堤もお花見の名所。お花見は、少し距離のあった一般社会とホームレスとの仕切りが一瞬取り払われ、接近遭遇し混在する時期。どんな状況になるのだろうか。
浅草から日の出桟橋まで、水上バスを利用して隅田川下り。暑いと感じる陽気に、川面を渡る風が心地良い。30分ほどの船旅を終え、日の出桟橋から海岸道路を新橋に向う。以前はこの道筋でよくホームレスを見かけたが、高層ビル群の工事が続いていることと、余りにも人工的に整った空間の出現が、結果としてホームレスを駆逐したようである。新橋から銀座に向う路上には、数人の単独行動のホームレスに出会った。何れも、ピュアな乞食体のホームレスである。中央区と港区の間を行き来して暮らす彼らは、どの区の統計に載っているのだろうか?それとも員数外か?
銀座通りは、何故か警察車両が止まり、彼方此方に多数の警察官の姿が見える。この様子では、今日はホームレスは現れないだろう。
5時半、強い南風の中事務所に戻る。時間とともに風が勢いを増し、遮るもののない10階の事務所では、空間にあるあらゆるものを楽器に変えた、春の嵐の演奏を楽しむことを強制する。この風では、ホームレスのダンボール住宅の幾つかは吹き飛ばされるのではないか?少し気になる。帰りに見てみよう。
9時、事務所を出て、田町周辺のホームレスの状況を確認に向う。運河沿遊歩道の住人は留守の様子。荷物は厳重にベンチに固定されている。三田側の公園のダンボールハウスは、木立にしっかりと固定され、この強風にも毅然と立ち向かっている様子。駅で暮らす4人のホームレスは、雨風の心配は無い様で、既に白河夜船の態。
くっきりと中空に浮ぶ三日月が、人通りの絶えた道を照らしている。野良猫の微かな鳴き声が、植え込みの奥深くから聞こえてくる。今日は確か「猫の日」だったような?
降り出した雨の中ようやくたどり着いた我が家も、春の嵐に共鳴して建物が彼方此方で耳障りな音を立てている。明日は月曜日。明日に備えて早めに寝よう。
隅田川はホームレスの一等地
晴れ、最低気温9度、最高気温22度。
昨日は歩き回り、早めに寝たせいか今朝の目覚めは最高の気分。夕方から天気が崩れるとの予報。早めに今日の活動を開始する。
9時に自宅を出て、両国へ。両国橋から隅田堤を浅草まで歩く。桜はまだ固い蕾のままであるが、突然の陽気に驚いた慌てものの花が幾つか既に開いていた。
隅田川沿いのホームレス居住地は相変わらずの状態。初夏を思わせるような陽光に、ずらりと並んだブルーのシートが輝いている。暖かさが平穏さを演出し、ホームレスの実態を包み隠している。ここには、生きるためのホームレスの苦闘が横たわっているだろうに。
よく見れば、対岸にもブルーのシートが光っている。ここはホームレスの一等地の模様。居住者が増えているのだろうか。そろそろお花見の季節が訪れる。上野公園もそうであるが、隅田堤もお花見の名所。お花見は、少し距離のあった一般社会とホームレスとの仕切りが一瞬取り払われ、接近遭遇し混在する時期。どんな状況になるのだろうか。
浅草から日の出桟橋まで、水上バスを利用して隅田川下り。暑いと感じる陽気に、川面を渡る風が心地良い。30分ほどの船旅を終え、日の出桟橋から海岸道路を新橋に向う。以前はこの道筋でよくホームレスを見かけたが、高層ビル群の工事が続いていることと、余りにも人工的に整った空間の出現が、結果としてホームレスを駆逐したようである。新橋から銀座に向う路上には、数人の単独行動のホームレスに出会った。何れも、ピュアな乞食体のホームレスである。中央区と港区の間を行き来して暮らす彼らは、どの区の統計に載っているのだろうか?それとも員数外か?
銀座通りは、何故か警察車両が止まり、彼方此方に多数の警察官の姿が見える。この様子では、今日はホームレスは現れないだろう。
5時半、強い南風の中事務所に戻る。時間とともに風が勢いを増し、遮るもののない10階の事務所では、空間にあるあらゆるものを楽器に変えた、春の嵐の演奏を楽しむことを強制する。この風では、ホームレスのダンボール住宅の幾つかは吹き飛ばされるのではないか?少し気になる。帰りに見てみよう。
9時、事務所を出て、田町周辺のホームレスの状況を確認に向う。運河沿遊歩道の住人は留守の様子。荷物は厳重にベンチに固定されている。三田側の公園のダンボールハウスは、木立にしっかりと固定され、この強風にも毅然と立ち向かっている様子。駅で暮らす4人のホームレスは、雨風の心配は無い様で、既に白河夜船の態。
くっきりと中空に浮ぶ三日月が、人通りの絶えた道を照らしている。野良猫の微かな鳴き声が、植え込みの奥深くから聞こえてくる。今日は確か「猫の日」だったような?
降り出した雨の中ようやくたどり着いた我が家も、春の嵐に共鳴して建物が彼方此方で耳障りな音を立てている。明日は月曜日。明日に備えて早めに寝よう。
Tuesday, February 24, 2004
2月21日(土曜日)
横浜地区のホームレス
晴れ、最低気温5度、最高気温18度。
どうも寝起きの気分に爽やかさが欠ける。何となくぐずぐずして、結局6時半に寝床を離れる。窓ガラスを通して、暖かで明るい陽光が遊ぼうよと誘惑する。そうだ、仕事は忘れて鎌倉に出かけよう。もうそろそろ梅が見頃だろう。
鎌倉で梅といえば、真っ先に瑞泉寺を思い出す。先ずは瑞泉寺を訪れる。残念ながら時期が外れたようで、紅梅と白梅は、小生のような少しずれた感性の花が幾つかちらほらという状態。珍しい黄梅は5分咲き程度。代わって、ミツマタが不思議な形の花を付けて迎えてくれた。そう言えば、梅の古木には大抵幹に洞(うろ)が見られる。人間の施した支えがあるとはいえ、この状態で生き続け、毎年花を咲かせるのには感動を覚える。植物には、人間など足元にも及ばない生命力が有るようだ。
久し振りに訪れたので、花を求めて鎌倉を散策する。大塔の宮(護良親王)が祀られている鎌倉宮、萩の名所宝戒寺、鶴岡八幡宮、臨済宗の総本山建長寺と、好天のもとうっすらと汗をかきながらの気侭なぶらぶら歩き。鎌倉は実に良い所だ。
何よりの感動は、鎌倉を我が物顔で闊歩するおばちゃんたちの元気の良いことだ。寺社内で、茶店で、土産物屋で、道路で、一見傍若無人に広がりまた集まり、有り余るエネルギーを発散しているかのようだ。やはり女性の活力を社会に生かさなければ!おじさん任せでは日本は衰退する!
時間があるので、横浜地区のホームレスを訪ねることにする。このところ、何処に行ってもホームレスのことを考える。ま、職業病と諦めよう。
平成15年3月の調査によれば、横浜市には470人のホームレスが暮らしているとされる。前回の調査より132人減少している。自立したのか、他へ移動したのか、それとも自然減か、その実態は定かではない。横浜でホームレスが目立つのは、関内駅周辺である。関内駅の石川町駅よりの金網フェーンスには、荷物やダンボールが紐で括りつけられているが、ホームレスの姿は見えない。ぶらぶらと歩いて、横浜球場の方に向う。ここには、ホームレスらしき姿が十数人。いや、もっと多いかもしれない。見るからに乞食様の者から、あるいはホームレスか?と思わせる者までが、ベンチに、芝生に、道端に、三々五々。陽だまりの中で思い思いに憩う。ここでも、通りかかる人の多くは眼を合わさぬよう、あるいは気付かぬ振りをする。良くも悪くもこれが現実である。一般社会に対し、自立しようとするホームレスを受け入れさせるには、関係者が余程努力をしなければならないだろう。
ホームレス救済の抜本策は判らない。しかし、一人でも二人でも、とにかく自立させ、ホームレスの数を減らすこと、そして、彼らが自立への夢を持ち続けるようにすることが必要である。そして、何よりも、そんな彼らを受け入れる社会環境作りがもっとも重要であろうと思われる。
夜のテレビニュースで、国連のアナン事務総長が来日したことを伝えている。そして、日本の国際貢献への期待が語られる。日本が行っている海外支援の総額がどれ位なのかは判らないが、足元のホームレス問題を抜本的に解決するには、その何分の一かで済むのではないだろうか、とも思う。凡人である身には、彼我の重要性を比較し論じることはできない。しかし、何か、自分の家の内がごちゃごちゃなのに、清掃ボランティア精出しているように感じるのは、ホームレス問題に思い入れを持ち過ぎているせいだろうか?
横浜地区のホームレス
晴れ、最低気温5度、最高気温18度。
どうも寝起きの気分に爽やかさが欠ける。何となくぐずぐずして、結局6時半に寝床を離れる。窓ガラスを通して、暖かで明るい陽光が遊ぼうよと誘惑する。そうだ、仕事は忘れて鎌倉に出かけよう。もうそろそろ梅が見頃だろう。
鎌倉で梅といえば、真っ先に瑞泉寺を思い出す。先ずは瑞泉寺を訪れる。残念ながら時期が外れたようで、紅梅と白梅は、小生のような少しずれた感性の花が幾つかちらほらという状態。珍しい黄梅は5分咲き程度。代わって、ミツマタが不思議な形の花を付けて迎えてくれた。そう言えば、梅の古木には大抵幹に洞(うろ)が見られる。人間の施した支えがあるとはいえ、この状態で生き続け、毎年花を咲かせるのには感動を覚える。植物には、人間など足元にも及ばない生命力が有るようだ。
久し振りに訪れたので、花を求めて鎌倉を散策する。大塔の宮(護良親王)が祀られている鎌倉宮、萩の名所宝戒寺、鶴岡八幡宮、臨済宗の総本山建長寺と、好天のもとうっすらと汗をかきながらの気侭なぶらぶら歩き。鎌倉は実に良い所だ。
何よりの感動は、鎌倉を我が物顔で闊歩するおばちゃんたちの元気の良いことだ。寺社内で、茶店で、土産物屋で、道路で、一見傍若無人に広がりまた集まり、有り余るエネルギーを発散しているかのようだ。やはり女性の活力を社会に生かさなければ!おじさん任せでは日本は衰退する!
時間があるので、横浜地区のホームレスを訪ねることにする。このところ、何処に行ってもホームレスのことを考える。ま、職業病と諦めよう。
平成15年3月の調査によれば、横浜市には470人のホームレスが暮らしているとされる。前回の調査より132人減少している。自立したのか、他へ移動したのか、それとも自然減か、その実態は定かではない。横浜でホームレスが目立つのは、関内駅周辺である。関内駅の石川町駅よりの金網フェーンスには、荷物やダンボールが紐で括りつけられているが、ホームレスの姿は見えない。ぶらぶらと歩いて、横浜球場の方に向う。ここには、ホームレスらしき姿が十数人。いや、もっと多いかもしれない。見るからに乞食様の者から、あるいはホームレスか?と思わせる者までが、ベンチに、芝生に、道端に、三々五々。陽だまりの中で思い思いに憩う。ここでも、通りかかる人の多くは眼を合わさぬよう、あるいは気付かぬ振りをする。良くも悪くもこれが現実である。一般社会に対し、自立しようとするホームレスを受け入れさせるには、関係者が余程努力をしなければならないだろう。
ホームレス救済の抜本策は判らない。しかし、一人でも二人でも、とにかく自立させ、ホームレスの数を減らすこと、そして、彼らが自立への夢を持ち続けるようにすることが必要である。そして、何よりも、そんな彼らを受け入れる社会環境作りがもっとも重要であろうと思われる。
夜のテレビニュースで、国連のアナン事務総長が来日したことを伝えている。そして、日本の国際貢献への期待が語られる。日本が行っている海外支援の総額がどれ位なのかは判らないが、足元のホームレス問題を抜本的に解決するには、その何分の一かで済むのではないだろうか、とも思う。凡人である身には、彼我の重要性を比較し論じることはできない。しかし、何か、自分の家の内がごちゃごちゃなのに、清掃ボランティア精出しているように感じるのは、ホームレス問題に思い入れを持ち過ぎているせいだろうか?
Monday, February 23, 2004
2月20日(金曜日)
江東地区のホームレス事情
晴れ、最低気温5度、最高気温11度。
今日は「花の金曜日」。最近は無縁の言葉となり、ただ木曜日に次の日であり、土曜日の前の日と感じるのみ。このところ土日を休むことがほとんど無くなり、生活のリズムが狂ってしまったようである。
という訳で、気分だけでも変えようと、今日はカジュアルな服装で過すことにする。人間、ネクタイを締めず、スーツをジャケットに変えるだけでも気分が変わるものである。
事務所で、当社の「ひめくり」サイトを覗いて見たら、今日は「旅券の日」とある。1878年、「海外旅行規則」が制定されたことに因んだ記念日だそうである。海外旅行なんて言葉が、120年以上前からあるとは知らなかった。その時代、1ドルは何円位だったのだろうか?小生が初めて海外に出た1960年頃は360円の固定だったが!何にしても、いろいろな記念日があるものである。
外は暖かだし、せっかくラフな格好で出てきたのだから、午後から江東区の周辺を訪ねてみることにする。現在の状況は明らかではないが、江東区内には平成13年9月の調査で148人のホームレスが暮らしていると報告されている。江東区は下町の香りを強く残しており、繁華街も公園緑地もそれなりに豊富であるのに、ホームレスの数が比較的に少ない。何か原因が有りそうである。
以前、江東区役所を訪問した折、ホームレス担当として対応されたのが土木部の方だったので驚いた記憶がある。その節お会いした、土木部管理課監察指導係の渋谷氏の話では、江東区のホームレス対応は、区役所を訪ね保護の要請をする者はこども福祉部が、公園を始め屋外で起こることへの対応は土木部が行っている、とのことである。他の区とは明らかに異なった対応が印象的であった。
江東区のイメージは、江戸の香りを残す下町である。木場の移転を始め多くの工場が移転をし、その跡地が再開発の対象となり、高層ビルと仕舞屋(しもたや)が奇妙に共存をしている。高層ビルが立ち並ぶ地域の公園は余りにも整然と整い、ホームレスらしき人の姿を見かけることもない。深川周辺はまさに新旧が渾然としている。2時間ほど歩き回ったが、小さな公園がそこここにあるのに、ホームレスらしき人に出会ったのは二人きり。ブルーのシートはまったく見当たらなかった。江東地区のホームレスがどのように暮らしているのか、その分布も含めて調べなければならないようだ。それと、何故ホームレスが少ないのかも。ホームレスの数が少ないのは、必ずしも街の健全さを意味していない。多分、何か住みにくい要因があるのだろう・・・
花の金曜日は、江東地区のホームレス巡りで終わる。まだ8時を少し回っただけだが、今日はこのまま帰宅する。
江東地区のホームレス事情
晴れ、最低気温5度、最高気温11度。
今日は「花の金曜日」。最近は無縁の言葉となり、ただ木曜日に次の日であり、土曜日の前の日と感じるのみ。このところ土日を休むことがほとんど無くなり、生活のリズムが狂ってしまったようである。
という訳で、気分だけでも変えようと、今日はカジュアルな服装で過すことにする。人間、ネクタイを締めず、スーツをジャケットに変えるだけでも気分が変わるものである。
事務所で、当社の「ひめくり」サイトを覗いて見たら、今日は「旅券の日」とある。1878年、「海外旅行規則」が制定されたことに因んだ記念日だそうである。海外旅行なんて言葉が、120年以上前からあるとは知らなかった。その時代、1ドルは何円位だったのだろうか?小生が初めて海外に出た1960年頃は360円の固定だったが!何にしても、いろいろな記念日があるものである。
外は暖かだし、せっかくラフな格好で出てきたのだから、午後から江東区の周辺を訪ねてみることにする。現在の状況は明らかではないが、江東区内には平成13年9月の調査で148人のホームレスが暮らしていると報告されている。江東区は下町の香りを強く残しており、繁華街も公園緑地もそれなりに豊富であるのに、ホームレスの数が比較的に少ない。何か原因が有りそうである。
以前、江東区役所を訪問した折、ホームレス担当として対応されたのが土木部の方だったので驚いた記憶がある。その節お会いした、土木部管理課監察指導係の渋谷氏の話では、江東区のホームレス対応は、区役所を訪ね保護の要請をする者はこども福祉部が、公園を始め屋外で起こることへの対応は土木部が行っている、とのことである。他の区とは明らかに異なった対応が印象的であった。
江東区のイメージは、江戸の香りを残す下町である。木場の移転を始め多くの工場が移転をし、その跡地が再開発の対象となり、高層ビルと仕舞屋(しもたや)が奇妙に共存をしている。高層ビルが立ち並ぶ地域の公園は余りにも整然と整い、ホームレスらしき人の姿を見かけることもない。深川周辺はまさに新旧が渾然としている。2時間ほど歩き回ったが、小さな公園がそこここにあるのに、ホームレスらしき人に出会ったのは二人きり。ブルーのシートはまったく見当たらなかった。江東地区のホームレスがどのように暮らしているのか、その分布も含めて調べなければならないようだ。それと、何故ホームレスが少ないのかも。ホームレスの数が少ないのは、必ずしも街の健全さを意味していない。多分、何か住みにくい要因があるのだろう・・・
花の金曜日は、江東地区のホームレス巡りで終わる。まだ8時を少し回っただけだが、今日はこのまま帰宅する。
2月19日(木曜日)
どうなる吉野家
晴れ、最低気温4度、最高気温14度。
このところ、どうも朝の寝覚めに快適さを欠く。ぐずぐずして、つい無為な時間を過してしまう。6時、冷たいシャワーを浴びた体中の感覚機能が、不承不承活動を始める。
朝一番の予定のキャンセルが入る。今日に限っては、とても嬉しい知らせ。
10時過ぎ、北京から全馳通信息技術有限公司の権勇淳氏が来訪。中国の携帯電話事情やインターネット事情について話を聞く。日本とは桁が一つ違う市場は、そのほとんどがハイテクの未開拓分野だとか。実に魅力的に聞こえる。中国のホームレスについて聞いてみたが、知らないとのこと。共産主義から自由主義経済へと変化をしつつある中国。共産主義時代には存在するはずの無かった、ホームレス様の生活をする人が居るのか居ないのか、実に興味深い。
12時過ぎ、権勇淳氏を送り出して直ちに外出。合間に、遅れた昼食を五反田の吉野家で取る。狂牛病の影響でアメリカ産牛肉の輸入が止まり、牛丼の販売を一時中止した店内はがらんとして、スタッフも手持ち無沙汰の様子。「牛丼・吉野家」の看板を掲げながら「牛丼は販売していません」というのは、何とも奇妙な感じが拭えない。入店した客の一人は、牛肉のメニューが無いとの説明を聞いてそのまま出て行った。予測不能とも思える事態の出来。「牛丼の吉野家」というイメージの定着は、このような事態に置いてはマイナスに作用しそうだ。吉野屋さんも大変だろう。そう言えば、吉野家は昔、一度到産したことがあったなー。せめて、狂牛病問題を好機にして、アメリカを初めとする海外市場で頑張って欲しいものである。
午後3時半帰社。以降はひたすらパソコン画面とにらめっこ。
大きな動きの無い一日を終え、細い糸のような月を道連れに家路に向う。
どうなる吉野家
晴れ、最低気温4度、最高気温14度。
このところ、どうも朝の寝覚めに快適さを欠く。ぐずぐずして、つい無為な時間を過してしまう。6時、冷たいシャワーを浴びた体中の感覚機能が、不承不承活動を始める。
朝一番の予定のキャンセルが入る。今日に限っては、とても嬉しい知らせ。
10時過ぎ、北京から全馳通信息技術有限公司の権勇淳氏が来訪。中国の携帯電話事情やインターネット事情について話を聞く。日本とは桁が一つ違う市場は、そのほとんどがハイテクの未開拓分野だとか。実に魅力的に聞こえる。中国のホームレスについて聞いてみたが、知らないとのこと。共産主義から自由主義経済へと変化をしつつある中国。共産主義時代には存在するはずの無かった、ホームレス様の生活をする人が居るのか居ないのか、実に興味深い。
12時過ぎ、権勇淳氏を送り出して直ちに外出。合間に、遅れた昼食を五反田の吉野家で取る。狂牛病の影響でアメリカ産牛肉の輸入が止まり、牛丼の販売を一時中止した店内はがらんとして、スタッフも手持ち無沙汰の様子。「牛丼・吉野家」の看板を掲げながら「牛丼は販売していません」というのは、何とも奇妙な感じが拭えない。入店した客の一人は、牛肉のメニューが無いとの説明を聞いてそのまま出て行った。予測不能とも思える事態の出来。「牛丼の吉野家」というイメージの定着は、このような事態に置いてはマイナスに作用しそうだ。吉野屋さんも大変だろう。そう言えば、吉野家は昔、一度到産したことがあったなー。せめて、狂牛病問題を好機にして、アメリカを初めとする海外市場で頑張って欲しいものである。
午後3時半帰社。以降はひたすらパソコン画面とにらめっこ。
大きな動きの無い一日を終え、細い糸のような月を道連れに家路に向う。
Sunday, February 22, 2004
2月18日(水曜日)
ただただ多忙な一日
晴れ、最低気温5度、最高気温13度。
今日は多忙な一日になりそう。おまけに、スケジュールにダブルブッキングが発生。1件は何とかスケジュールの変更に成功した。出ては戻りの繰り返し。午後6時半、ようやくすべてのスケジュールを終えた。
お会いした一人の方から、当社の事業について「ホームレスのユートピア作りですか」と、何となく揶揄を交えてと感じられる感想を聞かされた。あえて反論をしなかったが、このプロジェクトが目指すものは、断じてホームレスのユートピア作りではない。ホームレスの自立を支援して、ホームレスの減少を図ろうとしているだけである。多少ビジネスとしての構想に問題なしとはしないが、あくまでビジネスである。
人はよく「ユートピア」という言葉を使うが、果たしてその意味するところを十分に知って使っているのだろうか?ユートピアとは、トーマス・モーアがギリシャ語の「ou(英語のNo)」と「topos(場所)」を組み合わせて造語したものである。日本語では「理想郷」と訳されるが、「どこにも存在しない場所」の意味でもある。このプロジェクトが創り出そうとしているのは、理想郷には程遠いただの仕事場である。もしかしたら、できる訳が無いとの意味を込めてユートピアと言われたのかもしれない。
ま、プロジェクトはユートピアを目指してはいないが、小生がユートピアンであることは確かである。
ただただ多忙な一日
晴れ、最低気温5度、最高気温13度。
今日は多忙な一日になりそう。おまけに、スケジュールにダブルブッキングが発生。1件は何とかスケジュールの変更に成功した。出ては戻りの繰り返し。午後6時半、ようやくすべてのスケジュールを終えた。
お会いした一人の方から、当社の事業について「ホームレスのユートピア作りですか」と、何となく揶揄を交えてと感じられる感想を聞かされた。あえて反論をしなかったが、このプロジェクトが目指すものは、断じてホームレスのユートピア作りではない。ホームレスの自立を支援して、ホームレスの減少を図ろうとしているだけである。多少ビジネスとしての構想に問題なしとはしないが、あくまでビジネスである。
人はよく「ユートピア」という言葉を使うが、果たしてその意味するところを十分に知って使っているのだろうか?ユートピアとは、トーマス・モーアがギリシャ語の「ou(英語のNo)」と「topos(場所)」を組み合わせて造語したものである。日本語では「理想郷」と訳されるが、「どこにも存在しない場所」の意味でもある。このプロジェクトが創り出そうとしているのは、理想郷には程遠いただの仕事場である。もしかしたら、できる訳が無いとの意味を込めてユートピアと言われたのかもしれない。
ま、プロジェクトはユートピアを目指してはいないが、小生がユートピアンであることは確かである。
Thursday, February 19, 2004
2月17日(火曜日)
東京都の新しいホームレス支援策
晴れ、最低気温4度、最高気温13度。
今朝、NHKのニュースで、東京都の新しいホームレスの自立支援策について報じていた。その概要は、民間住宅を都が借り上げて、生活費を賄う程度の収入はあるが、住居を維持するのが難しい人を対象に、3年間を限度に月3000円程度の負担で提供する、というものである。
詳細を見ていないので速了のきらいはあるが、このプランには数多くの問題点があると思う。曰く、入居対象者をどのように選定するのか?どういう基準でホームレスであると認定するのか?入居後収入が維持できなくなったらどうするのか?3年後に退去させて再びホームレスに戻すのか?という点が最も問題となろう。さらに、既存の住宅へホームレスが入居するのを、周辺環境が受け入れてくれるか?周辺住民の反対にあった場合、どう対処するつもりなのか?ホームレスが、提供した住宅で仲間と共同生活を始めたらどう対処するのか?社員として勤務し収入を得ているとは思えないホームレスの収入源は、日雇い作業員であり、古紙や空き缶の回収業務である。その人たちが、古紙や空き缶を居住場所やその周辺に大量に持ち込んだら、どう対処するのか?等々、いずれにしても課題山積である。自治体のやることにケチや難癖をつけようという意図は毛頭ない。これらの問題点や課題は、我々のプロジェクトにおいても同様に存在している。上手い対処や解決方法があるの、なら是非知りたいものである。
ホームレスの自立支援を実行あるものとするには、企業が新規に雇用市場を創生し、NPOが自治体や企業が行うには問題がありそうな事項に対応し、その両者を行政が支援する、という構造を作る必要がある。そうでなければ、それぞれが、それぞれの組織の持つ対応の限界が壁となり、いずれは行き詰ることになる。
ホームレスの自立支援を考えていると、更に新たな課題の存在が浮かび上がってくる。
仕事を創造して、現在ホームレスと呼ばれている人たちの雇用を促進し、もって、継続して自立した生活が営めるようにすることは良い。しかし、見忘れていた課題は「心のケア」をどのようにしたら良いのか、ということである。
平穏な生活を送っていた人が、ある日住処を維持できなくなり、数ヶ月以上も異質の空間に身を置いてのち、仕事を得て居住の場を得たら元の自分に戻れるのだろうか。
人間は、西田哲学的表現を借りれば、「身体は精神的身体であって、精神は身体的精神である」と言うことになる。簡単に言えば、体と精神は不可分な存在である。我々のプロジェクトで採用を予定しているホームレスたちも、自立した生活を営めるだけの収入を得、暖かい住処を確保し、社会保障制度という社会のインフラの中に再度組み込まれることで、自立した社会人といえる生活に戻れ、それを維持できるのだろうか、は疑問である。
プロジェクトの進捗と並行して、この点への対応を考えなければ「仏作って魂入れず」になりかねない。
東京都の新しいホームレス支援策
晴れ、最低気温4度、最高気温13度。
今朝、NHKのニュースで、東京都の新しいホームレスの自立支援策について報じていた。その概要は、民間住宅を都が借り上げて、生活費を賄う程度の収入はあるが、住居を維持するのが難しい人を対象に、3年間を限度に月3000円程度の負担で提供する、というものである。
詳細を見ていないので速了のきらいはあるが、このプランには数多くの問題点があると思う。曰く、入居対象者をどのように選定するのか?どういう基準でホームレスであると認定するのか?入居後収入が維持できなくなったらどうするのか?3年後に退去させて再びホームレスに戻すのか?という点が最も問題となろう。さらに、既存の住宅へホームレスが入居するのを、周辺環境が受け入れてくれるか?周辺住民の反対にあった場合、どう対処するつもりなのか?ホームレスが、提供した住宅で仲間と共同生活を始めたらどう対処するのか?社員として勤務し収入を得ているとは思えないホームレスの収入源は、日雇い作業員であり、古紙や空き缶の回収業務である。その人たちが、古紙や空き缶を居住場所やその周辺に大量に持ち込んだら、どう対処するのか?等々、いずれにしても課題山積である。自治体のやることにケチや難癖をつけようという意図は毛頭ない。これらの問題点や課題は、我々のプロジェクトにおいても同様に存在している。上手い対処や解決方法があるの、なら是非知りたいものである。
ホームレスの自立支援を実行あるものとするには、企業が新規に雇用市場を創生し、NPOが自治体や企業が行うには問題がありそうな事項に対応し、その両者を行政が支援する、という構造を作る必要がある。そうでなければ、それぞれが、それぞれの組織の持つ対応の限界が壁となり、いずれは行き詰ることになる。
ホームレスの自立支援を考えていると、更に新たな課題の存在が浮かび上がってくる。
仕事を創造して、現在ホームレスと呼ばれている人たちの雇用を促進し、もって、継続して自立した生活が営めるようにすることは良い。しかし、見忘れていた課題は「心のケア」をどのようにしたら良いのか、ということである。
平穏な生活を送っていた人が、ある日住処を維持できなくなり、数ヶ月以上も異質の空間に身を置いてのち、仕事を得て居住の場を得たら元の自分に戻れるのだろうか。
人間は、西田哲学的表現を借りれば、「身体は精神的身体であって、精神は身体的精神である」と言うことになる。簡単に言えば、体と精神は不可分な存在である。我々のプロジェクトで採用を予定しているホームレスたちも、自立した生活を営めるだけの収入を得、暖かい住処を確保し、社会保障制度という社会のインフラの中に再度組み込まれることで、自立した社会人といえる生活に戻れ、それを維持できるのだろうか、は疑問である。
プロジェクトの進捗と並行して、この点への対応を考えなければ「仏作って魂入れず」になりかねない。
2月16日(月曜日)
今日は天気図の日
晴れ、最低気温4度、最高気温13度。
わが社の提供してサイトの「ひめくりごよみ」によれば、今日は『天気図の日』だそうである。ドイツ人の気象学者エルヴィン・クニッピングの指導で、1883年我が国で初めての天気図が作られたことを記念した日。あの見慣れた天気図が書かれるようになって、もう既に120年も経っているとは驚きである。しかし、スーパーコンピュータを初めとする最先端のハイテク機器を駆使している割には、天気予報がそれほどアタラナイと思っているのは自分だけか・・・
好天につられて、昼食は田町駅まで出向く。午後は来客1組のみ。
港区戦略事業推進室の杉本課長に再三電話をするが、相変わらず「会議中」との回答。本格的にホームレス対策への取り組み始めたために多忙なのか、それとも避けられているのか。近々アポなしで訪ねてみよう。
何だかんだで、今日も10時過ぎに事務所を出る。駅の近く以外は歩いている人もまばら。道連れは鎌のように細いお月様だけ。
今日は天気図の日
晴れ、最低気温4度、最高気温13度。
わが社の提供してサイトの「ひめくりごよみ」によれば、今日は『天気図の日』だそうである。ドイツ人の気象学者エルヴィン・クニッピングの指導で、1883年我が国で初めての天気図が作られたことを記念した日。あの見慣れた天気図が書かれるようになって、もう既に120年も経っているとは驚きである。しかし、スーパーコンピュータを初めとする最先端のハイテク機器を駆使している割には、天気予報がそれほどアタラナイと思っているのは自分だけか・・・
好天につられて、昼食は田町駅まで出向く。午後は来客1組のみ。
港区戦略事業推進室の杉本課長に再三電話をするが、相変わらず「会議中」との回答。本格的にホームレス対策への取り組み始めたために多忙なのか、それとも避けられているのか。近々アポなしで訪ねてみよう。
何だかんだで、今日も10時過ぎに事務所を出る。駅の近く以外は歩いている人もまばら。道連れは鎌のように細いお月様だけ。
Monday, February 16, 2004
2月15日(日曜日)
ホームレス社会も結構複雑な様子
晴れ、最低気温4度、最高気温15度。
今日は、我が住処の共同アンテナの工事が行われる。取敢えず、終わるまでは出かけられない。何時もより少しだけのんびりした時間を楽しむ。工事のお陰で鮮明さを取り戻したテレビから、昨日の強い南風が春一番であったとのニュースが流れる。この風で、花の蕾は開花の準備を始めるだろう。そう言えば、昨日、事務所への道すがら見かけた国道の植え込みの沈丁花も、幾つか赤く膨らんだ蕾を付け自らの出番を待っていた。花の季節の訪れを感じるのは、何とはなく心楽しい。
足の調子が思わしくないので、久し振りに電車で事務所に向う。日曜日の電車はゆったりと坐われ、料金並みのサービスが得られた気がして少し嬉しい、は歳のせいか。
田町駅に住まうホームレスたちは、既に仕事に出かけたようで荷物だけが積み上げられている。何時もと違い、荷物の山は2メートルばかり離して置かれ、それぞれ布団が数枚含まれている。暖かさを確保したのは喜ぶべきだろうが、何故わざわざ離して荷物を置いているのだろうか。ホームレス社会にも、複雑な人間関係が有りそうだ。
芝浦運河沿い遊歩道の住人は今日も見当たらない。植え込みの陰に置かれていた荷物は、何時の間にか何時ものベンチの横に移動している。ここを拠点にしていることは変らないようだ。
休日の事務所は、何となく時間の流れがゆったりとしている。
思えば、ホームレスの雇用を図ろうと事業に取り組んでから、早くも一年半の時が流れた。一体何が、どの程度前進したのか?周りの多くの人を巻き込み、それなりに迷惑を掛けている。幾人かのホームレスにも、プランについて話をし、淡い期待を持たせてしまった。ヨーロッパの諺に、「地獄への道は、善意の石で敷き詰められている」とあったのを思い出す。それだけに、ホームレスに対しては善意ではなくビジネスとして考えるようにしてきた。それでも、わずかな期待を持たせたことが、結果として落胆と言う地獄を見せるかも知れない。何より最近は、チャレンジャーとしての無謀さが欠けているようだ。責任を、動きの悪い行政に転化して・・・
午後9時過ぎ、当座の食料を仕入れて帰宅。何気なく手に取った『聖書』の、「先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。見よ。私は新しい事をする。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、私は荒野に道を、荒地に川を設ける」(イザヤ書43章)との一文が目に付いた。思えば、神ならぬ個人の力など知れたものである。ここまで来たら、あれこれ思い悩むより、ただただ前に進んでみよう。
ホームレス社会も結構複雑な様子
晴れ、最低気温4度、最高気温15度。
今日は、我が住処の共同アンテナの工事が行われる。取敢えず、終わるまでは出かけられない。何時もより少しだけのんびりした時間を楽しむ。工事のお陰で鮮明さを取り戻したテレビから、昨日の強い南風が春一番であったとのニュースが流れる。この風で、花の蕾は開花の準備を始めるだろう。そう言えば、昨日、事務所への道すがら見かけた国道の植え込みの沈丁花も、幾つか赤く膨らんだ蕾を付け自らの出番を待っていた。花の季節の訪れを感じるのは、何とはなく心楽しい。
足の調子が思わしくないので、久し振りに電車で事務所に向う。日曜日の電車はゆったりと坐われ、料金並みのサービスが得られた気がして少し嬉しい、は歳のせいか。
田町駅に住まうホームレスたちは、既に仕事に出かけたようで荷物だけが積み上げられている。何時もと違い、荷物の山は2メートルばかり離して置かれ、それぞれ布団が数枚含まれている。暖かさを確保したのは喜ぶべきだろうが、何故わざわざ離して荷物を置いているのだろうか。ホームレス社会にも、複雑な人間関係が有りそうだ。
芝浦運河沿い遊歩道の住人は今日も見当たらない。植え込みの陰に置かれていた荷物は、何時の間にか何時ものベンチの横に移動している。ここを拠点にしていることは変らないようだ。
休日の事務所は、何となく時間の流れがゆったりとしている。
思えば、ホームレスの雇用を図ろうと事業に取り組んでから、早くも一年半の時が流れた。一体何が、どの程度前進したのか?周りの多くの人を巻き込み、それなりに迷惑を掛けている。幾人かのホームレスにも、プランについて話をし、淡い期待を持たせてしまった。ヨーロッパの諺に、「地獄への道は、善意の石で敷き詰められている」とあったのを思い出す。それだけに、ホームレスに対しては善意ではなくビジネスとして考えるようにしてきた。それでも、わずかな期待を持たせたことが、結果として落胆と言う地獄を見せるかも知れない。何より最近は、チャレンジャーとしての無謀さが欠けているようだ。責任を、動きの悪い行政に転化して・・・
午後9時過ぎ、当座の食料を仕入れて帰宅。何気なく手に取った『聖書』の、「先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。見よ。私は新しい事をする。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、私は荒野に道を、荒地に川を設ける」(イザヤ書43章)との一文が目に付いた。思えば、神ならぬ個人の力など知れたものである。ここまで来たら、あれこれ思い悩むより、ただただ前に進んでみよう。
Sunday, February 15, 2004
2月14日(土曜日)
一見そうは見えないホームレスの見分け方
晴れ、最低気温4度、最高気温15度。
陽射しは紛うことなき春。暖かいけれども強い南風が吹き荒れて、鋭い音を響かせ、事務所の窓を震わせている。隣に建設中のマンションの工事現場では、剥き出しの鉄骨の上で職人さんが動き回っている。もう既に、相当高くなったようだが、怖くはないのだろうか。
今日はバレンタインデー。女性が男性にチョコレートを送るのは、チョコレート・メーカーの販売促進策が定着したもので、日本だけの習慣だとか。何時の間にか「義理チョコ」などと言う言葉もでき、サラリーマン社会ではその数を競い、貰うことより貰えないことの方がより意味を持つようにすらなっている。そう言えば、昨日歩き回った田町の駅前でも、有楽町の駅周辺や銀座でも、いろいろなチョコレートを山積みにして売っているのを見かけた。女性とは義理の関わりすら薄れた今は、チョコレート業界の販売戦略の成功に敬意を表するのみである。
この1,2ケ月に出会ったホームレスについて思い起こすと、幾つかの発見が有った。街中や駅周辺で見かける、一見そうは見えないホームレスにも、明らかに二つのタイプがある。働くホームレスと、働いていないホームレスである。働いているホームレスは、大体が身奇麗で、明るく生き生きとしている。そして、何より足回りがしっかりとしているのが特徴の一つと言える。最大の収入源の空き缶を集めて廻り、それを踏み潰すために、多くの場合しっかりとした丈夫な靴を履いている。一方、働いていないと推測されるホームレスは、身嗜みや衣服にそれほど不潔感が漂っていなくても、履いている靴は相当痛んでいたり、サイズが合わないためか後ろを折り曲げ踏んでいるケースが多い。このタイプのホームレスは、大抵がカバンか紙袋を手に持ち、駅の切符自動販売機や、至るところに設置されている飲料やタバコの自動販売機のつり銭口に片端から指を入れて、取り忘れのつり銭を持ち去ろうとする行動が見られる。前者は、定住する家を持たないことからホームレスに分類されるが、チャンスさえあれば容易に普通の市民生活に戻れるだろう。一方、後者は、見掛けはどうあれ既に自尊心を捨て去っており、れっきとしたホームレスと言えよう。この人たちが、本当に普通の市民生活に戻れるかどうかは疑問である。何とか、この段階に踏み込む前に救い上げることが必要である。
午後8時過ぎ、我が家に向って品川駅辺りを歩いていたら、今夜もまたまた霧のような雨が落ちてきた。暖かいねぐらを持つ者にはからからの空気を潤す恵みの雨も、ホームレスにとっては容赦なく暖かさを奪っていく大敵。本降りにならないことを願う。
家の郵便受けに、小さな包みの郵便物が二つ。もうチョコレートを貰うことがないだろうと哀れんだ、女友達からのプレゼント。嬉しい心遣いに感謝!
一見そうは見えないホームレスの見分け方
晴れ、最低気温4度、最高気温15度。
陽射しは紛うことなき春。暖かいけれども強い南風が吹き荒れて、鋭い音を響かせ、事務所の窓を震わせている。隣に建設中のマンションの工事現場では、剥き出しの鉄骨の上で職人さんが動き回っている。もう既に、相当高くなったようだが、怖くはないのだろうか。
今日はバレンタインデー。女性が男性にチョコレートを送るのは、チョコレート・メーカーの販売促進策が定着したもので、日本だけの習慣だとか。何時の間にか「義理チョコ」などと言う言葉もでき、サラリーマン社会ではその数を競い、貰うことより貰えないことの方がより意味を持つようにすらなっている。そう言えば、昨日歩き回った田町の駅前でも、有楽町の駅周辺や銀座でも、いろいろなチョコレートを山積みにして売っているのを見かけた。女性とは義理の関わりすら薄れた今は、チョコレート業界の販売戦略の成功に敬意を表するのみである。
この1,2ケ月に出会ったホームレスについて思い起こすと、幾つかの発見が有った。街中や駅周辺で見かける、一見そうは見えないホームレスにも、明らかに二つのタイプがある。働くホームレスと、働いていないホームレスである。働いているホームレスは、大体が身奇麗で、明るく生き生きとしている。そして、何より足回りがしっかりとしているのが特徴の一つと言える。最大の収入源の空き缶を集めて廻り、それを踏み潰すために、多くの場合しっかりとした丈夫な靴を履いている。一方、働いていないと推測されるホームレスは、身嗜みや衣服にそれほど不潔感が漂っていなくても、履いている靴は相当痛んでいたり、サイズが合わないためか後ろを折り曲げ踏んでいるケースが多い。このタイプのホームレスは、大抵がカバンか紙袋を手に持ち、駅の切符自動販売機や、至るところに設置されている飲料やタバコの自動販売機のつり銭口に片端から指を入れて、取り忘れのつり銭を持ち去ろうとする行動が見られる。前者は、定住する家を持たないことからホームレスに分類されるが、チャンスさえあれば容易に普通の市民生活に戻れるだろう。一方、後者は、見掛けはどうあれ既に自尊心を捨て去っており、れっきとしたホームレスと言えよう。この人たちが、本当に普通の市民生活に戻れるかどうかは疑問である。何とか、この段階に踏み込む前に救い上げることが必要である。
午後8時過ぎ、我が家に向って品川駅辺りを歩いていたら、今夜もまたまた霧のような雨が落ちてきた。暖かいねぐらを持つ者にはからからの空気を潤す恵みの雨も、ホームレスにとっては容赦なく暖かさを奪っていく大敵。本降りにならないことを願う。
家の郵便受けに、小さな包みの郵便物が二つ。もうチョコレートを貰うことがないだろうと哀れんだ、女友達からのプレゼント。嬉しい心遣いに感謝!
Saturday, February 14, 2004
2月13日(金曜日)
今年も人事異動の季節が訪れる
晴れ、夜半より小雨、最低気温5度、最高気温12度。
暦にシンクロさせようとするかのように、春を思わせる暖かい日が続く。南国沖縄からは、早やくも桜の便りが届く。都内では、寒緋桜といえども堅い蕾のままなのに!狭いようでも日本は広い。
そう言えば、今日は13日の金曜日。災いが起こるジンクスの日として、キリスト教国を中心に結構広く信じられている。キリストが捕われる前夜に行われた、最後の晩餐に集まった人数が13人であり、キリストが十字架に架けられたのが金曜日と伝えられていることから、13日の金曜日には災難が起こり易いと言われている。反面、今日は陰陽道で暦の六輝の一つである大安でもある。日本の暦では、「万事進んで良し」という吉日に当たるとされている。ま、こてこての日本人であり、先祖代々の仏教徒。ここは、大安を信じて前向きに過そう。
午前10時半、三浦亮三郎氏の来訪を受ける。三浦氏は、70歳にしてエベレストへの登頂を果たした三浦雄一郎氏の弟さんで、建築家である。付き合いは古く、もう30年ほどになる。最近の悪い癖か、今日もホームレスの話を延々と聞かせてしまった。
午後、顔見知りの港区戦略事業推進室事業推進課長である宮内氏を久し振りに訪ねたら、既に移動されていた。後任の杉本課長は会議中とのこと。役所との付き合いでは、1年以上間を空けると浦島太郎にされてしまう。うーん、抜かったか!しかし、それほど頻繁に移動させる必要があるのだろうか、と素朴な疑問を感じる。ホームレス問題などは、できるだけ同じ人に担当してもらいたいのに!
間もなく新年度。彼方此方で人事異動が行われよう。またまた、一から人脈作りか?
帰路、三田図書館に寄る。この数年という範囲では、ホームレス対策に関する報告書や資料を作った痕跡は残されていなかった。また、区議会の議事録にもそれらしきものはない。何もしていないのか、それとも見落としたのか?何れ、近いうちにもう一度ゆっくりと訪れる必要が有りそうだ。
午後6時過ぎ、事務所を出て銀座に向う。小生は、アルコールはまったく駄目であるが、それでも銀座が大好きである。銀座周辺には、華やかさと侘しさが、煌きと闇が、暖かさと冷たさが同居した不可思議な空間の存在が感じられる。何よりここは、時代を敏感に写し出すスクリーン。ただ歩いているだけでいろいろと訴えて来るものがある。
何時ものように、椿屋珈琲店で暖かいコーヒーを味わい、本を読みながら1時間ほどの無駄という贅沢を楽しんで辞去する。もう20年近く通っているが、ここは何時も落ち着く空間を提供してくれる。外は何時の間にか小糠の雨。本降りにならないうちにと、急ぎ我が住処に向う。
ホームレスの自立支援に手を染めて早や1年半を経過した。今日までに、いまだ前進したと思える成果を上げていない。それでも、不安定な液体のようであったプランが、少しづつではあるが固体になり始めたように感じられる。甘いかもしれない、独り善がりかもしれないが、前進していると信じよう。
今年も人事異動の季節が訪れる
晴れ、夜半より小雨、最低気温5度、最高気温12度。
暦にシンクロさせようとするかのように、春を思わせる暖かい日が続く。南国沖縄からは、早やくも桜の便りが届く。都内では、寒緋桜といえども堅い蕾のままなのに!狭いようでも日本は広い。
そう言えば、今日は13日の金曜日。災いが起こるジンクスの日として、キリスト教国を中心に結構広く信じられている。キリストが捕われる前夜に行われた、最後の晩餐に集まった人数が13人であり、キリストが十字架に架けられたのが金曜日と伝えられていることから、13日の金曜日には災難が起こり易いと言われている。反面、今日は陰陽道で暦の六輝の一つである大安でもある。日本の暦では、「万事進んで良し」という吉日に当たるとされている。ま、こてこての日本人であり、先祖代々の仏教徒。ここは、大安を信じて前向きに過そう。
午前10時半、三浦亮三郎氏の来訪を受ける。三浦氏は、70歳にしてエベレストへの登頂を果たした三浦雄一郎氏の弟さんで、建築家である。付き合いは古く、もう30年ほどになる。最近の悪い癖か、今日もホームレスの話を延々と聞かせてしまった。
午後、顔見知りの港区戦略事業推進室事業推進課長である宮内氏を久し振りに訪ねたら、既に移動されていた。後任の杉本課長は会議中とのこと。役所との付き合いでは、1年以上間を空けると浦島太郎にされてしまう。うーん、抜かったか!しかし、それほど頻繁に移動させる必要があるのだろうか、と素朴な疑問を感じる。ホームレス問題などは、できるだけ同じ人に担当してもらいたいのに!
間もなく新年度。彼方此方で人事異動が行われよう。またまた、一から人脈作りか?
帰路、三田図書館に寄る。この数年という範囲では、ホームレス対策に関する報告書や資料を作った痕跡は残されていなかった。また、区議会の議事録にもそれらしきものはない。何もしていないのか、それとも見落としたのか?何れ、近いうちにもう一度ゆっくりと訪れる必要が有りそうだ。
午後6時過ぎ、事務所を出て銀座に向う。小生は、アルコールはまったく駄目であるが、それでも銀座が大好きである。銀座周辺には、華やかさと侘しさが、煌きと闇が、暖かさと冷たさが同居した不可思議な空間の存在が感じられる。何よりここは、時代を敏感に写し出すスクリーン。ただ歩いているだけでいろいろと訴えて来るものがある。
何時ものように、椿屋珈琲店で暖かいコーヒーを味わい、本を読みながら1時間ほどの無駄という贅沢を楽しんで辞去する。もう20年近く通っているが、ここは何時も落ち着く空間を提供してくれる。外は何時の間にか小糠の雨。本降りにならないうちにと、急ぎ我が住処に向う。
ホームレスの自立支援に手を染めて早や1年半を経過した。今日までに、いまだ前進したと思える成果を上げていない。それでも、不安定な液体のようであったプランが、少しづつではあるが固体になり始めたように感じられる。甘いかもしれない、独り善がりかもしれないが、前進していると信じよう。
Friday, February 13, 2004
2月12日(木曜日)
親友の歓送会
晴れ、最低気温3度、最高気温13度。
今朝は、直接、高田馬場の企業を訪問するため8時半に家を出る。この時間になると、陽の当たる場所は春を思わせるほど暖かい。何時もの時間と違い、国道の上り車線は車で埋め尽くされ、はるか彼方まで車列が続いている。品川駅周辺では、街路樹のポプラが作業員の手で丸裸にされつつあり、何とはなしに漠として寒寒としたものを感じさせる。やはり樹というものは、枝を一杯に張った姿が似合うと思う。何より、「この程度の作業なら、ホームレスと言われる人でもできるのではないか」は、勝手な思い込みか?
昼過ぎ、高田馬場を辞し事務所に向う。
芝浦運河沿い遊歩道のホームレス氏は、今日も姿が見えない。ふと見れば、何時ものベンチの上は既に何も置かれておらず、荷物はビニールシートに包まれ植え込みの陰に移されている。ホームレス暮らしから抜け出せたのか?それとも、何かの事情でこの場所を離れたのか?荷物は捨てられた様子に見えないところを見ると、また帰って来るつもりなのであろう。それにしても気になる。
午後5時、親友の歓送会に出席のために渋谷に向う。小生と同様に還暦を越えたというのに皆意気軒昂。我が友は、新しい事業を行うために上海に新会社を設立し、来週早々には現地に赴くという。久し振りの同年代の集まりは、気分を一気に出逢った頃の青春時代に引き戻す。若かりし頃と違うのは、メニューを始め、文字の書かれたものを見る都度皆が老眼鏡を取り出すこと位だろうか。酔いに任せて、「ホームレス支援事業」の話をとくとくとする。その無謀さを皆から称賛され、励ますべき相手から逆に励まされる。友とは良いものだとつくづく感じる。
何にしても、久し振りに楽しい時間が持てたことが無性に嬉しい。そして、還暦を過ぎても、夢を追い続けているのが自分だけでないことが心楽しい。さあ、明日からも頑張ろう!
親友の歓送会
晴れ、最低気温3度、最高気温13度。
今朝は、直接、高田馬場の企業を訪問するため8時半に家を出る。この時間になると、陽の当たる場所は春を思わせるほど暖かい。何時もの時間と違い、国道の上り車線は車で埋め尽くされ、はるか彼方まで車列が続いている。品川駅周辺では、街路樹のポプラが作業員の手で丸裸にされつつあり、何とはなしに漠として寒寒としたものを感じさせる。やはり樹というものは、枝を一杯に張った姿が似合うと思う。何より、「この程度の作業なら、ホームレスと言われる人でもできるのではないか」は、勝手な思い込みか?
昼過ぎ、高田馬場を辞し事務所に向う。
芝浦運河沿い遊歩道のホームレス氏は、今日も姿が見えない。ふと見れば、何時ものベンチの上は既に何も置かれておらず、荷物はビニールシートに包まれ植え込みの陰に移されている。ホームレス暮らしから抜け出せたのか?それとも、何かの事情でこの場所を離れたのか?荷物は捨てられた様子に見えないところを見ると、また帰って来るつもりなのであろう。それにしても気になる。
午後5時、親友の歓送会に出席のために渋谷に向う。小生と同様に還暦を越えたというのに皆意気軒昂。我が友は、新しい事業を行うために上海に新会社を設立し、来週早々には現地に赴くという。久し振りの同年代の集まりは、気分を一気に出逢った頃の青春時代に引き戻す。若かりし頃と違うのは、メニューを始め、文字の書かれたものを見る都度皆が老眼鏡を取り出すこと位だろうか。酔いに任せて、「ホームレス支援事業」の話をとくとくとする。その無謀さを皆から称賛され、励ますべき相手から逆に励まされる。友とは良いものだとつくづく感じる。
何にしても、久し振りに楽しい時間が持てたことが無性に嬉しい。そして、還暦を過ぎても、夢を追い続けているのが自分だけでないことが心楽しい。さあ、明日からも頑張ろう!
Thursday, February 12, 2004
2月11日(水曜日)
自治体の動き出す気配は未だ見えない
晴れ、最低気温2度、最高気温8度。
体調が優れず、8時近くまで布団の中で過す。生来の医者嫌いもあって、50歳を過ぎてからは、「体調不良はすべて歳のせい」として対処してきた。それでもさしたる問題がないところを見ると、人間の身体は結構丈夫にできているようである。
午前10時過ぎに事務所に到着。
今日は「建国記念日」。建国を祝い、国を愛し、発展を期するために制定された国民の祝日。とは言え、小生もスタッフの一人も事務所で仕事をしている。事務所の隣では、100メートルを越えるビルの建設の槌音が響いている。祝日に働くのは自分だけではないことに、少しだけ安堵する。
そう言えば、まだ小生が若かりし頃、2月11日を「建国記念日」として祝日にすることについて、推進する側と、これに反対する側との間で、激しい対立があったことを思い出す。当時は単純に、休みが増えるのに何で反対するのか。建国の根拠を古に求めれば、その日にちの根拠なんてものは曖昧に決まっている、などと考えたものである。もともと戦前に、神武天皇という実在に疑問の残る天皇が即位したと推定される西暦紀元660年2月11日を紀元節としていたことと、明治22年のこの日に大日本帝国憲法が発布されたということもあり、戦前への回帰を不安視する向きもあり、現在も反対派と賛成派の対立は今なお続いているようである。しかし、今日が建国を記念する日とする根拠に疑問があるとして、建国を祝うことはともかくとして、国会の場において多数の賛成を得て議決され、法律が制定され施行されてしまえば、誰が何と言おうが2月11日は「建国記念日」という名の国民の祝日である。事実、休むのを拒否して働くという人の話を聞かないところをみると、取敢えず国民の多くに受け入れられているものと言えよう。
このように、多くの場合政府は、民主主義の大原則である「多数決」により物事に対処している。もちろん、自治体レベルについても同様である。しかし、その対象はあくまで自らの発案である事象が中心で、それ以外、特に民間からの要請・要望などは何時の間にか途中で消えてしまい、討議されることすらないのが現実である。
当プロジェクトにおいても、ホームレス問題を担当する部門に、「多数存在している廃校をホームレスの作業場として借用できないか」と問い合わせれば、管理元が教育委員会や管財部門であることを理由に相談すら拒絶される。教育委員会や管財部門に問い合わせれば、ホームレス問題は担当外であり、廃校の用途は「今後の有効活用を検討中である」「教育目的以外には貸せない」との回答が返って来る。ホームレス対策は、自治体の責務であり、一担当部局の問題ではないはずである。政府が新たに法律を作ってまで取り組む姿勢を見せていても、実際に行動すべき自治体は容易に動こうとはしない。確かに廃校は区民の共有財産である。その財産を区民のために有効活用を図ろうとするのは、自治体の責務であることは否定できない。その財産を、元ホームレスの自立事業の作業場としての使用を容認すれば、区民から反対の声があがるのは言われるまでもなく承知している。しかし、何故それが必要なのかを説き、民意を問えば、必ずしも賛成者が少数派とは限らないだろう。
法に基き、有効なホームレス自立支援対策に本気で取り組む気があるのならば、そろそろ実行可能な事項から検討をしなければ、早晩、手には負えない問題となろう。願わくば、全組織を横断して動ける部局を設けて、対応を急いで欲しいものである。
午後9時帰宅。疲れた!今日はこのまま、夢の世界に遊ぼう・・・
自治体の動き出す気配は未だ見えない
晴れ、最低気温2度、最高気温8度。
体調が優れず、8時近くまで布団の中で過す。生来の医者嫌いもあって、50歳を過ぎてからは、「体調不良はすべて歳のせい」として対処してきた。それでもさしたる問題がないところを見ると、人間の身体は結構丈夫にできているようである。
午前10時過ぎに事務所に到着。
今日は「建国記念日」。建国を祝い、国を愛し、発展を期するために制定された国民の祝日。とは言え、小生もスタッフの一人も事務所で仕事をしている。事務所の隣では、100メートルを越えるビルの建設の槌音が響いている。祝日に働くのは自分だけではないことに、少しだけ安堵する。
そう言えば、まだ小生が若かりし頃、2月11日を「建国記念日」として祝日にすることについて、推進する側と、これに反対する側との間で、激しい対立があったことを思い出す。当時は単純に、休みが増えるのに何で反対するのか。建国の根拠を古に求めれば、その日にちの根拠なんてものは曖昧に決まっている、などと考えたものである。もともと戦前に、神武天皇という実在に疑問の残る天皇が即位したと推定される西暦紀元660年2月11日を紀元節としていたことと、明治22年のこの日に大日本帝国憲法が発布されたということもあり、戦前への回帰を不安視する向きもあり、現在も反対派と賛成派の対立は今なお続いているようである。しかし、今日が建国を記念する日とする根拠に疑問があるとして、建国を祝うことはともかくとして、国会の場において多数の賛成を得て議決され、法律が制定され施行されてしまえば、誰が何と言おうが2月11日は「建国記念日」という名の国民の祝日である。事実、休むのを拒否して働くという人の話を聞かないところをみると、取敢えず国民の多くに受け入れられているものと言えよう。
このように、多くの場合政府は、民主主義の大原則である「多数決」により物事に対処している。もちろん、自治体レベルについても同様である。しかし、その対象はあくまで自らの発案である事象が中心で、それ以外、特に民間からの要請・要望などは何時の間にか途中で消えてしまい、討議されることすらないのが現実である。
当プロジェクトにおいても、ホームレス問題を担当する部門に、「多数存在している廃校をホームレスの作業場として借用できないか」と問い合わせれば、管理元が教育委員会や管財部門であることを理由に相談すら拒絶される。教育委員会や管財部門に問い合わせれば、ホームレス問題は担当外であり、廃校の用途は「今後の有効活用を検討中である」「教育目的以外には貸せない」との回答が返って来る。ホームレス対策は、自治体の責務であり、一担当部局の問題ではないはずである。政府が新たに法律を作ってまで取り組む姿勢を見せていても、実際に行動すべき自治体は容易に動こうとはしない。確かに廃校は区民の共有財産である。その財産を区民のために有効活用を図ろうとするのは、自治体の責務であることは否定できない。その財産を、元ホームレスの自立事業の作業場としての使用を容認すれば、区民から反対の声があがるのは言われるまでもなく承知している。しかし、何故それが必要なのかを説き、民意を問えば、必ずしも賛成者が少数派とは限らないだろう。
法に基き、有効なホームレス自立支援対策に本気で取り組む気があるのならば、そろそろ実行可能な事項から検討をしなければ、早晩、手には負えない問題となろう。願わくば、全組織を横断して動ける部局を設けて、対応を急いで欲しいものである。
午後9時帰宅。疲れた!今日はこのまま、夢の世界に遊ぼう・・・
Wednesday, February 11, 2004
2月10日(火曜日)
増加傾向にあるホームレス
晴れ、最低気温1度、最高気温8度。
この3、4日、芝浦運河沿い遊歩道のホームレス氏を見かけない。荷物は何時ものベンチの上でビニールシートに包まれている。何処かへ移動した様子はない。昨日は、港区が指定する資源ごみの回収日。大抵、獲物の空き缶を笑顔で踏み潰している姿が見られる筈なのに。何か事情有って出かけたのか?はたまた、病気にでもなったのか?妙に気になる。
よほどの事態にでも至らなければ、救いの手など期待できない彼らの暮らし。事件や事故死ででもなければニュースとして扱われることは少ないが、北でも南でも毎年何人ものホームレスが孤独な人生の終焉を迎えているという。同じ人間であり、同じ日本人でありながらこの現実。ここは貧困に喘ぐ途上国でもなければ、独裁者の支配する国でも戦乱の続く紛争地域でもない。不況とはいえ、世界有数の海外援助を行っている国である。ただの小市民の小生が感じる矛盾は、特別な思いなのであろうか?
午前中は、取敢えず生き残るための仕事に精出す。午後は、打ち合わせのための来客3組を迎える。
雑談の中で、「何故、そんなに向きになってホームレス事業に取り組むのか?」と問われた。自分の中に明確な答えはない。性格から来るものかも知れないが、何より今自分が置かれている現状であろうか。両親は既に他界し、失うものとてない一人暮らしの身。人生の最後に取り組む仕事としては悪くないだろう。すべてを失ったとしても、既に還暦を過ぎ年金の受給年齢には達している。多分これが自分向きの仕事なのであろう。かのファーブルは、「学問は誤っても、本能は誤りを犯さない」と言っている。自分の中にある本能の部分が、「やれ、やれ」と言っている以上、取敢えず前に進むことに決めよう。
午後11時帰路につく。ふと見れば、駅を根城にするホームレスが何時の間にか3人に増えている。移動して来ただけか、それとも新規の参入者か?
何時ものように、一人だけが布団に包まり、後の二人はダンボールの上で丸まっている。ホームレスの階級社会もそれなりに厳しいようである。
増加傾向にあるホームレス
晴れ、最低気温1度、最高気温8度。
この3、4日、芝浦運河沿い遊歩道のホームレス氏を見かけない。荷物は何時ものベンチの上でビニールシートに包まれている。何処かへ移動した様子はない。昨日は、港区が指定する資源ごみの回収日。大抵、獲物の空き缶を笑顔で踏み潰している姿が見られる筈なのに。何か事情有って出かけたのか?はたまた、病気にでもなったのか?妙に気になる。
よほどの事態にでも至らなければ、救いの手など期待できない彼らの暮らし。事件や事故死ででもなければニュースとして扱われることは少ないが、北でも南でも毎年何人ものホームレスが孤独な人生の終焉を迎えているという。同じ人間であり、同じ日本人でありながらこの現実。ここは貧困に喘ぐ途上国でもなければ、独裁者の支配する国でも戦乱の続く紛争地域でもない。不況とはいえ、世界有数の海外援助を行っている国である。ただの小市民の小生が感じる矛盾は、特別な思いなのであろうか?
午前中は、取敢えず生き残るための仕事に精出す。午後は、打ち合わせのための来客3組を迎える。
雑談の中で、「何故、そんなに向きになってホームレス事業に取り組むのか?」と問われた。自分の中に明確な答えはない。性格から来るものかも知れないが、何より今自分が置かれている現状であろうか。両親は既に他界し、失うものとてない一人暮らしの身。人生の最後に取り組む仕事としては悪くないだろう。すべてを失ったとしても、既に還暦を過ぎ年金の受給年齢には達している。多分これが自分向きの仕事なのであろう。かのファーブルは、「学問は誤っても、本能は誤りを犯さない」と言っている。自分の中にある本能の部分が、「やれ、やれ」と言っている以上、取敢えず前に進むことに決めよう。
午後11時帰路につく。ふと見れば、駅を根城にするホームレスが何時の間にか3人に増えている。移動して来ただけか、それとも新規の参入者か?
何時ものように、一人だけが布団に包まり、後の二人はダンボールの上で丸まっている。ホームレスの階級社会もそれなりに厳しいようである。
2月9日(月曜日)
追い詰められるホームレス
晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
朝、テレビから、埼玉県戸田市で資源ごみの無断持ち去りに罰則を果たす、という市条例の改正案が議会で可決された、というニュースが流されていた。古紙の取引価格が上昇を始めた平成14年春ごろから、自治体が回収している資源ごみが業者によって持ち去られるケースが彼方此方で発生し、その対応策として一部自治体では、従来の条例を改正し罰則を果たせるようにしようとし始めている。昨年は、11月に東京の世田谷区が違反者に20万円以下の罰金を科して持ち去りを禁じる条例改正案を発表し、12月には奈良の桜井市が違反者に3万円以下の罰金を科す改正条例を施行している。
確かに、自治体と住民が協力して、リサイクル目的に資源の回収を行っているのに、回収業者が置き場から黙って持ち去るのは許し難い行為である。そのために、リサイクルへの取り組み意欲が低下することは看過すべからざることである。
しかし、多くのホームレスが、回収置き場から無断でアルミ缶を主とした資源ごみを持ち去り、糊口を拭っているのもまた事実である。トラックを利用して大量に持ち去る廃品回収業者と異なり、自転車程度の運搬手段しか持ち得ぬホームレスが持ち去る量はしれているが、罰則付きの条例が施行されれば、ホームレスだけは別扱いと言う訳にはいかないだろう。ただ、条例違反に問われても、20万円はおろか3万円の罰金すら支払えるホームレスは居ないと思われる。その時、行政は彼らをどのように扱うつもりなのであろうか。このような条例改正が彼方此方で行われるようになると、ますますホームレスは暮らし難くなるだろう。
午後4時半、池袋に赴く。打ち合わせ終了後は、池袋駅周辺を一巡りする。
平成13年9月末の「ホームレス概数調査結果」によれば、23区で6番目に多い183人のホームレスが暮らしているとされる。都内有数の繁華街でもある池袋。会社の退け時とあって、駅や地下街への出入り口は、人の波を引っ切り無しに飲み込み、吐き出している。
肩が触れ合う中を1時間ほど徘徊したが、見かけたホームレスは乞食様の7人のみ。少し意外な感じがした。多くが駅以外を拠点としているのか、たまたま時間帯のせいか、あるいは、ホームレスらしくない見かけのホームレスが多いせいか?
その内、明るい時間に来て駅以外の場所も見て歩いてみなければならないだろう。
追い詰められるホームレス
晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
朝、テレビから、埼玉県戸田市で資源ごみの無断持ち去りに罰則を果たす、という市条例の改正案が議会で可決された、というニュースが流されていた。古紙の取引価格が上昇を始めた平成14年春ごろから、自治体が回収している資源ごみが業者によって持ち去られるケースが彼方此方で発生し、その対応策として一部自治体では、従来の条例を改正し罰則を果たせるようにしようとし始めている。昨年は、11月に東京の世田谷区が違反者に20万円以下の罰金を科して持ち去りを禁じる条例改正案を発表し、12月には奈良の桜井市が違反者に3万円以下の罰金を科す改正条例を施行している。
確かに、自治体と住民が協力して、リサイクル目的に資源の回収を行っているのに、回収業者が置き場から黙って持ち去るのは許し難い行為である。そのために、リサイクルへの取り組み意欲が低下することは看過すべからざることである。
しかし、多くのホームレスが、回収置き場から無断でアルミ缶を主とした資源ごみを持ち去り、糊口を拭っているのもまた事実である。トラックを利用して大量に持ち去る廃品回収業者と異なり、自転車程度の運搬手段しか持ち得ぬホームレスが持ち去る量はしれているが、罰則付きの条例が施行されれば、ホームレスだけは別扱いと言う訳にはいかないだろう。ただ、条例違反に問われても、20万円はおろか3万円の罰金すら支払えるホームレスは居ないと思われる。その時、行政は彼らをどのように扱うつもりなのであろうか。このような条例改正が彼方此方で行われるようになると、ますますホームレスは暮らし難くなるだろう。
午後4時半、池袋に赴く。打ち合わせ終了後は、池袋駅周辺を一巡りする。
平成13年9月末の「ホームレス概数調査結果」によれば、23区で6番目に多い183人のホームレスが暮らしているとされる。都内有数の繁華街でもある池袋。会社の退け時とあって、駅や地下街への出入り口は、人の波を引っ切り無しに飲み込み、吐き出している。
肩が触れ合う中を1時間ほど徘徊したが、見かけたホームレスは乞食様の7人のみ。少し意外な感じがした。多くが駅以外を拠点としているのか、たまたま時間帯のせいか、あるいは、ホームレスらしくない見かけのホームレスが多いせいか?
その内、明るい時間に来て駅以外の場所も見て歩いてみなければならないだろう。
Monday, February 09, 2004
2月8日(日曜日)
末端のお役人には同情の余地あり
晴れ、最低気温0度、最高気温10度。
日曜日だというのに5時半には目覚める。暖房設備のない室内の寒暖計は0度5分辺りを示している。それでも、屋外で暮らすホームレスよりは恵まれていよう。冷たい水で顔を洗うと体全体が一度に目覚め、取敢えず壮快な一日が始まる。寒い部屋で暮らす人間の特技で、3分も有れば身支度は完了する。新聞はまだ届いていない。暖かい珈琲を飲んで朝の散歩に出かける。休日の早朝は車の行き来もまばらで、あちこちから鳥の声が聞こえる。都心とはいえ、ここが人間だけの占有空間ではないと主張するように!
国道に掛かる歩道橋には、東京国際マラソンのために交通規制が実施される、との横断幕が風にはためいている。午後になれば、アテネを目指す若いランナーのしのぎを削る姿が見られるだろう。
この辺りは、旧東海道の品川宿。その昔には、東海道という主要な街道沿いの宿場町として栄え、今もその面影を残している。狭い道の両側には、昔ながらの商店が軒を連ね地域の生活を支えている。そして、やたらと寺院が多いのもこの地域の特徴である。
小一時間の散歩を終え自宅に帰る。テレビをつけ、新聞を読みながら食事をしつつ洗濯機のスイッチを入れる。今日も、何時の間にか身に付いた、「ながら族」の休日の時間が何時ものように流れる。
午前10時事務所に到着。やらなければならない作業が山積み状態。大きめな机の上も、わずかな作業スペースを残して、今にも崩れんばかりの書類の山ができている。時として、見なかったことにしてすべてを捨ててしまいたい衝動に襲われる。
しかしながら、自分がコンピュータには向き不向きがあるとつくづく感じる。コンピュータに関わって、それを活動の主体としてから既に34年になるのに未だ馴染まない。厄介なことは周りの誰かの手を煩わせ、あらゆる情報を一度は紙に打ち出す。未だに、ディスプレイ画面とキーボードを使って思考を纏めることができな。我が友人たちの多くも大体似たりよったりのようではある。「メールで送ったけど、着いた?」と電話で確認し、メールで連絡すれば電話で回答してくる。ま、これが日本のIT社会の現実なのかも知れない。
午後9時過ぎ帰宅。何気なく見ていたテレビから、イラクでのキャンプを設営する自衛隊の先発隊がサマーワに到着したとのニュースが流れる。指揮官から「行け」と命令が出されれば、一般社会がどう反応しようとも行かざるを得ない自衛官。大変だろうなー。
同じように、ホームレスの自立支援に直接関わる、末端に位置するお役人にもまた大変さがあるだろう。どう考えても、真意もゴールも方法論さえ不明確な中で、ホームレスも住民も納得できる解決策を模索し、実行しなければならない。こちらも、人の心配をしている余裕はないのだが、それでも同情を禁じえない。
末端のお役人には同情の余地あり
晴れ、最低気温0度、最高気温10度。
日曜日だというのに5時半には目覚める。暖房設備のない室内の寒暖計は0度5分辺りを示している。それでも、屋外で暮らすホームレスよりは恵まれていよう。冷たい水で顔を洗うと体全体が一度に目覚め、取敢えず壮快な一日が始まる。寒い部屋で暮らす人間の特技で、3分も有れば身支度は完了する。新聞はまだ届いていない。暖かい珈琲を飲んで朝の散歩に出かける。休日の早朝は車の行き来もまばらで、あちこちから鳥の声が聞こえる。都心とはいえ、ここが人間だけの占有空間ではないと主張するように!
国道に掛かる歩道橋には、東京国際マラソンのために交通規制が実施される、との横断幕が風にはためいている。午後になれば、アテネを目指す若いランナーのしのぎを削る姿が見られるだろう。
この辺りは、旧東海道の品川宿。その昔には、東海道という主要な街道沿いの宿場町として栄え、今もその面影を残している。狭い道の両側には、昔ながらの商店が軒を連ね地域の生活を支えている。そして、やたらと寺院が多いのもこの地域の特徴である。
小一時間の散歩を終え自宅に帰る。テレビをつけ、新聞を読みながら食事をしつつ洗濯機のスイッチを入れる。今日も、何時の間にか身に付いた、「ながら族」の休日の時間が何時ものように流れる。
午前10時事務所に到着。やらなければならない作業が山積み状態。大きめな机の上も、わずかな作業スペースを残して、今にも崩れんばかりの書類の山ができている。時として、見なかったことにしてすべてを捨ててしまいたい衝動に襲われる。
しかしながら、自分がコンピュータには向き不向きがあるとつくづく感じる。コンピュータに関わって、それを活動の主体としてから既に34年になるのに未だ馴染まない。厄介なことは周りの誰かの手を煩わせ、あらゆる情報を一度は紙に打ち出す。未だに、ディスプレイ画面とキーボードを使って思考を纏めることができな。我が友人たちの多くも大体似たりよったりのようではある。「メールで送ったけど、着いた?」と電話で確認し、メールで連絡すれば電話で回答してくる。ま、これが日本のIT社会の現実なのかも知れない。
午後9時過ぎ帰宅。何気なく見ていたテレビから、イラクでのキャンプを設営する自衛隊の先発隊がサマーワに到着したとのニュースが流れる。指揮官から「行け」と命令が出されれば、一般社会がどう反応しようとも行かざるを得ない自衛官。大変だろうなー。
同じように、ホームレスの自立支援に直接関わる、末端に位置するお役人にもまた大変さがあるだろう。どう考えても、真意もゴールも方法論さえ不明確な中で、ホームレスも住民も納得できる解決策を模索し、実行しなければならない。こちらも、人の心配をしている余裕はないのだが、それでも同情を禁じえない。
Sunday, February 08, 2004
2月7日(土曜日)
魂のこもらない法の実効性を疑う
晴れ、最低気温3度、最高気温9度。
朝9時に家を出て九段に向う。今日は、法政大学で行われるe-Learning学会の特別研究会に参加する日。法政大学九段校舎のITセンターがその会場。久しく大学を訪れていないせいか、これが今の日本の大学かと驚きと戸惑を覚える。自分のイメージの中にある大学とは余りにも異なっており、古の姿はおろか香りさえ感じられない。歴史を引きずり、雑然としていれば良いと言う訳ではないが、自分がこの中で教えたり学んだり、あるいは、思考を拡大するのは無理なことだけは確かである。
法政大学アメリカ研究所との間で行われる遠隔教育による講座は、アメリカと日本をリアルタイムで接続し、巨大なディスプレイ画面を通じて英語によって行われていた。人間の体温が感じさせる暖かさと、個々の人間の放つ香りがない点を除けば、合理的で近代的な仕組みである。この風景に何とはなしに違和感を覚えるのは、羨望か、はたまた歳のせいか。
2時過ぎ、事務所に帰って昨日の続きのデスクワーク。午後4時、本日唯一の来訪者。
一人になって、e-Learningについて考える。そして、教育とは何であろうかと。
最先端の教育システムに対して、医学が直面しているのと同質の疑問が拭えない。今、医学は、神の領域に踏み込んで(迷い込んで)しまった。全地球よりも重いとされる一個の生命の尊さを盾に、一部では、微妙な自然界のバランスさえ無視しようとしている。教育とはもともと、教えることではなく伝えることであり、覚えさせることではなく学ぶことではないだろうか。ロシアの心理学者ヴィゴツキーは、学習・発達に関わる理論の中で「人間の学習・発達は、本来的に社会・文化との関わりの中で、またそのような関わりとして営まれること、(以下略)」と提唱している。最先端の教育の仕組みに、最先端技術(コンピュータ)ありき、と感じるのは自分だけであろうか?
哲学の裏付けなしに、一心不乱にひたすら前進を続けようとしている科学は、早晩制御不能の段階に至るだろう。一方で博愛主義を唱え、一方で大量破壊兵器を次々と生み出す。一方で不老不死を模索するかのごとき医療行為を施し、一方で第二次大戦の戦死者を越える堕胎が行われる。自然を破壊しつつ自然を求める。人間の所業とは、何と矛盾に満ちたものであることか。
ホームレスの自立支援や救済のために、多分、今後数千億円の税金が注ぎ込まれることになろう。特に、多数の高齢ホームレスは生活保護や医療保護の対象となろう。それが一定の数字に達したとき、年金の支給額が減額されることが現実となった年金受給者との間で、当然発生するであろう軋轢に、行政はどう対処するつもりなのだろうか。大体において、日本のシステムには、スタートボタンは設定されているが、ストップボタンが設定されることは少ない。企業内部で行われている稟議制度も、どんな状況に至ったら一時中止、あるいは、終了するが設定されていない。イラクに派遣される自衛隊も、どの状況をもって任務完了とするのか、どんな状況に至ったら撤退するのか明らかにされていない。ホームレスの自立支援も、どのような状況をもって完了とするのか、どんな状況が起こればストップするのかが、まったく見えない。法律が施行されて早や一年半になろうとしている。まさか、10年と設定されている法の、失効の日を待っているのでは?は疑いすぎか?
魂のこもらない法の実効性を疑う
晴れ、最低気温3度、最高気温9度。
朝9時に家を出て九段に向う。今日は、法政大学で行われるe-Learning学会の特別研究会に参加する日。法政大学九段校舎のITセンターがその会場。久しく大学を訪れていないせいか、これが今の日本の大学かと驚きと戸惑を覚える。自分のイメージの中にある大学とは余りにも異なっており、古の姿はおろか香りさえ感じられない。歴史を引きずり、雑然としていれば良いと言う訳ではないが、自分がこの中で教えたり学んだり、あるいは、思考を拡大するのは無理なことだけは確かである。
法政大学アメリカ研究所との間で行われる遠隔教育による講座は、アメリカと日本をリアルタイムで接続し、巨大なディスプレイ画面を通じて英語によって行われていた。人間の体温が感じさせる暖かさと、個々の人間の放つ香りがない点を除けば、合理的で近代的な仕組みである。この風景に何とはなしに違和感を覚えるのは、羨望か、はたまた歳のせいか。
2時過ぎ、事務所に帰って昨日の続きのデスクワーク。午後4時、本日唯一の来訪者。
一人になって、e-Learningについて考える。そして、教育とは何であろうかと。
最先端の教育システムに対して、医学が直面しているのと同質の疑問が拭えない。今、医学は、神の領域に踏み込んで(迷い込んで)しまった。全地球よりも重いとされる一個の生命の尊さを盾に、一部では、微妙な自然界のバランスさえ無視しようとしている。教育とはもともと、教えることではなく伝えることであり、覚えさせることではなく学ぶことではないだろうか。ロシアの心理学者ヴィゴツキーは、学習・発達に関わる理論の中で「人間の学習・発達は、本来的に社会・文化との関わりの中で、またそのような関わりとして営まれること、(以下略)」と提唱している。最先端の教育の仕組みに、最先端技術(コンピュータ)ありき、と感じるのは自分だけであろうか?
哲学の裏付けなしに、一心不乱にひたすら前進を続けようとしている科学は、早晩制御不能の段階に至るだろう。一方で博愛主義を唱え、一方で大量破壊兵器を次々と生み出す。一方で不老不死を模索するかのごとき医療行為を施し、一方で第二次大戦の戦死者を越える堕胎が行われる。自然を破壊しつつ自然を求める。人間の所業とは、何と矛盾に満ちたものであることか。
ホームレスの自立支援や救済のために、多分、今後数千億円の税金が注ぎ込まれることになろう。特に、多数の高齢ホームレスは生活保護や医療保護の対象となろう。それが一定の数字に達したとき、年金の支給額が減額されることが現実となった年金受給者との間で、当然発生するであろう軋轢に、行政はどう対処するつもりなのだろうか。大体において、日本のシステムには、スタートボタンは設定されているが、ストップボタンが設定されることは少ない。企業内部で行われている稟議制度も、どんな状況に至ったら一時中止、あるいは、終了するが設定されていない。イラクに派遣される自衛隊も、どの状況をもって任務完了とするのか、どんな状況に至ったら撤退するのか明らかにされていない。ホームレスの自立支援も、どのような状況をもって完了とするのか、どんな状況が起こればストップするのかが、まったく見えない。法律が施行されて早や一年半になろうとしている。まさか、10年と設定されている法の、失効の日を待っているのでは?は疑いすぎか?
2月6日(金曜日)
ホームレスのコミュニティーは闇の中
晴れ、最低気温4度、最高気温12度。
目覚めると、窓越しに明るさを感じる。慌てて時計を見ると5時半。ついこの間までは、夜が支配していた時間なのに、既にこの時間は朝に引き渡されてしまったようだ。6時20分、事務所まで1時間の散歩。柔らかな朝の陽射しの中、行き交う人も何とはなしに楽しげな様子。そうか、今日は花の金曜日か。休みなしに仕事をしていると、曜日の感覚を失ってしまう。ま、別に不便さも不都合もある訳ではないが・・・
出歩くたびに仕事が溜まる。余り電話が掛かって来ないことを祈りながら、終日デスクワークと覚悟を決める。還暦になって悟るのもどうかと思うが、小生は事務処理能力が余りないようだ。大した成果を上げ得ないまま、今日も1日が終わる。
夜11時、何時もの駅構内のホームレス二人は既に眠りについている。この二人のホームレスの関係はどうなっているのだろうか。何時も、一人はダンボールの上で身体を丸めて眠り、一人は敷布団に加えて掛け布団二枚で眠っている。たまたま一緒に居るだけなのか?仕事仲間なのか?はたまた、仕事上の上下関係があるのだろうか?せめて布団を一枚貸してやれば良いのに、は傍観者の浅はかな思いなのだろうか。
そういえば以前、新宿の中央公園のホームレスに仲間入りして、ダンボールハウスを建てるのはそれなりに大変なのだ、と聞いたことがある。もともとが不法占拠であり、お役所の許可を得るのが大変という訳ではなさそうなので、後から既存のコミュニティーに参加することが大変ということなのであろう。
一定の時間が経過するとコミュニティーができるのは当然のことであるが、今後行政が行なおうとしている自立支援策にとって障害になりそうな気がしてならない。ホームレスのコミュニティーの状況や実態について、「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」では一言も触れていない。少し調べておこう。こちらにとっても、事業推進の際の阻害要因となる可能性がなくもないだろうから。
ホームレスのコミュニティーは闇の中
晴れ、最低気温4度、最高気温12度。
目覚めると、窓越しに明るさを感じる。慌てて時計を見ると5時半。ついこの間までは、夜が支配していた時間なのに、既にこの時間は朝に引き渡されてしまったようだ。6時20分、事務所まで1時間の散歩。柔らかな朝の陽射しの中、行き交う人も何とはなしに楽しげな様子。そうか、今日は花の金曜日か。休みなしに仕事をしていると、曜日の感覚を失ってしまう。ま、別に不便さも不都合もある訳ではないが・・・
出歩くたびに仕事が溜まる。余り電話が掛かって来ないことを祈りながら、終日デスクワークと覚悟を決める。還暦になって悟るのもどうかと思うが、小生は事務処理能力が余りないようだ。大した成果を上げ得ないまま、今日も1日が終わる。
夜11時、何時もの駅構内のホームレス二人は既に眠りについている。この二人のホームレスの関係はどうなっているのだろうか。何時も、一人はダンボールの上で身体を丸めて眠り、一人は敷布団に加えて掛け布団二枚で眠っている。たまたま一緒に居るだけなのか?仕事仲間なのか?はたまた、仕事上の上下関係があるのだろうか?せめて布団を一枚貸してやれば良いのに、は傍観者の浅はかな思いなのだろうか。
そういえば以前、新宿の中央公園のホームレスに仲間入りして、ダンボールハウスを建てるのはそれなりに大変なのだ、と聞いたことがある。もともとが不法占拠であり、お役所の許可を得るのが大変という訳ではなさそうなので、後から既存のコミュニティーに参加することが大変ということなのであろう。
一定の時間が経過するとコミュニティーができるのは当然のことであるが、今後行政が行なおうとしている自立支援策にとって障害になりそうな気がしてならない。ホームレスのコミュニティーの状況や実態について、「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」では一言も触れていない。少し調べておこう。こちらにとっても、事業推進の際の阻害要因となる可能性がなくもないだろうから。
Saturday, February 07, 2004
2月5日(木曜日)
憲法はホームレスの生存権も保障しているはず
晴れ、最低気温4度、最高気温12度。
今日は「プロ野球設立記念日」だそうである。1936年2月5日、日本工業倶楽部で、日本職業野球連盟の総会が開かれたことを記念して設けられたそうだ。少し調べてみたら、1年の半分以上が何かの記念日になっている。これが全部祝日になったら、働く日がなくなるのか?それとも休日出勤が増えるのか?どっちだろう。
今日は多忙な一日。朝一番は、またまた高田馬場。午後は新宿。一度帰社して、次は新川崎。6時の来客予定に合わせて急いで帰社。年齢の割には良く働いている。
夜は、プロジェクトの行方に立ち塞がっている法の壁に立ち向かう準備にと、先ずは憲法から読み直してみることにする。
日本国憲法の第25条の1項には「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。また、第27条の1項には「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」と明記されている。普通に読めば、ホームレスといえども日本国民である以上、健康で文化的な最低限度の生活を営み、勤労する権利がある、としか読めない。となれば、国・行政にはこれを保障する義務があるはずである。では、実態はといえば、不況という社会経済環境があるとはいえ、25,000人を超えるホームレスとその何倍かは居ると思われるホームレス予備軍に対して、行政側が十分に機能し対応しているとは思えない。むしろ、各種の法令が互いに矛盾し、実効を縦割り行政が阻害している観さえある。ま、行政の眼から見れば、ホームレスの現状が「最低限度の生活はしている」と映っているのかもしれないが。
思うに、実は日本国憲法は暗号文になっているのではないか、と考えればある程度納得ができなくもない。政治家や行政に携わる人間だけが解読し理解できる暗号文なのだ。第9条も、一般の人間には「戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認」としか読めないが、暗号を解読すれば、実は呼び方さえ変えれば憲法には抵触しないと定められているのかも知れない。過去にも同じようなことが有った。戦争を事変と、撤退を転進、全滅は玉砕、敗戦は終戦と。今の自衛隊もその活動も、戦争ではない自衛権の発動だ、軍隊ではない自衛隊だ、戦力ではない自衛力だと。
さらに、第89条についても同じことが言える。「公金その他の公の財産は、(中略)公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業対し、これを支出し、またはその利用に供してはならない」と明記されていても、多額の私学助成金がばら撒かれている。憲法学者も多数居るであろう学会は、この支出の違憲性について論議したことがあるのだろうか。この条文も、暗号解読を行えば、「学の独立は校歌の中だけのことで、私学といえども実態は文部科学省の支配下にある」或いは「実行に際しては、特殊法人を設立して行うべし」とでも読めるのであろう。
一昨年施行された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」も、それに基づいて昨年作成された基本方針でさえ、漠然とし具体性に欠ける記述が並んでいる。これも暗号解読すれば、何を実行するのか?どのようにやるのか?あるいは何もしないのか?その実態が見えるのかも知れないが、生憎と手元に暗号解読のための資料が無い。判っていることは、どのような結果となっても、政治家もお役人も誰一人その責任を負うことが無いことだけは確かである。
夜11時帰宅。晴れわたった空には大きな月がかかっている。そう言えば今夜は満月か!さあ、寝る前にもう一仕事・・・
憲法はホームレスの生存権も保障しているはず
晴れ、最低気温4度、最高気温12度。
今日は「プロ野球設立記念日」だそうである。1936年2月5日、日本工業倶楽部で、日本職業野球連盟の総会が開かれたことを記念して設けられたそうだ。少し調べてみたら、1年の半分以上が何かの記念日になっている。これが全部祝日になったら、働く日がなくなるのか?それとも休日出勤が増えるのか?どっちだろう。
今日は多忙な一日。朝一番は、またまた高田馬場。午後は新宿。一度帰社して、次は新川崎。6時の来客予定に合わせて急いで帰社。年齢の割には良く働いている。
夜は、プロジェクトの行方に立ち塞がっている法の壁に立ち向かう準備にと、先ずは憲法から読み直してみることにする。
日本国憲法の第25条の1項には「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。また、第27条の1項には「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」と明記されている。普通に読めば、ホームレスといえども日本国民である以上、健康で文化的な最低限度の生活を営み、勤労する権利がある、としか読めない。となれば、国・行政にはこれを保障する義務があるはずである。では、実態はといえば、不況という社会経済環境があるとはいえ、25,000人を超えるホームレスとその何倍かは居ると思われるホームレス予備軍に対して、行政側が十分に機能し対応しているとは思えない。むしろ、各種の法令が互いに矛盾し、実効を縦割り行政が阻害している観さえある。ま、行政の眼から見れば、ホームレスの現状が「最低限度の生活はしている」と映っているのかもしれないが。
思うに、実は日本国憲法は暗号文になっているのではないか、と考えればある程度納得ができなくもない。政治家や行政に携わる人間だけが解読し理解できる暗号文なのだ。第9条も、一般の人間には「戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認」としか読めないが、暗号を解読すれば、実は呼び方さえ変えれば憲法には抵触しないと定められているのかも知れない。過去にも同じようなことが有った。戦争を事変と、撤退を転進、全滅は玉砕、敗戦は終戦と。今の自衛隊もその活動も、戦争ではない自衛権の発動だ、軍隊ではない自衛隊だ、戦力ではない自衛力だと。
さらに、第89条についても同じことが言える。「公金その他の公の財産は、(中略)公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業対し、これを支出し、またはその利用に供してはならない」と明記されていても、多額の私学助成金がばら撒かれている。憲法学者も多数居るであろう学会は、この支出の違憲性について論議したことがあるのだろうか。この条文も、暗号解読を行えば、「学の独立は校歌の中だけのことで、私学といえども実態は文部科学省の支配下にある」或いは「実行に際しては、特殊法人を設立して行うべし」とでも読めるのであろう。
一昨年施行された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」も、それに基づいて昨年作成された基本方針でさえ、漠然とし具体性に欠ける記述が並んでいる。これも暗号解読すれば、何を実行するのか?どのようにやるのか?あるいは何もしないのか?その実態が見えるのかも知れないが、生憎と手元に暗号解読のための資料が無い。判っていることは、どのような結果となっても、政治家もお役人も誰一人その責任を負うことが無いことだけは確かである。
夜11時帰宅。晴れわたった空には大きな月がかかっている。そう言えば今夜は満月か!さあ、寝る前にもう一仕事・・・
Friday, February 06, 2004
2月4日(水曜日)
奇形の自由と民主主義の国
晴れ、最低気温4度、最高気温11度。
今日の仕事は高田馬場からスタートする。相手のあることゆえ、そう早くからの訪問も適わず、お陰でゆったりとした一日が始まる。高田馬場の駅前には、放置自転車が多い。ボランティアか臨時の職員か定かではないが、片付けや撤去作業をする姿を時々見かける。このところ、週に2回は通っているが、すっきりと片付いていることは希である。幾つもの警告の立て看板が立てられており、目の前には交番があるというのに・・・
時代は時として妙な方向に変っていく。終戦直後の一時期を除けば、例え混乱と貧困が支配した時代であっても、「人様の迷惑になるような行為をしてはならない」と教えられ、その実践を心掛けた。戦後日本に駐留したGHQも、阪神大震災の際に世界の通信社は、極限とも言える状況にあっても暴動も略奪も起こらない日本人の国民性を、驚きの眼をもって伝えていた。
しかし、今はどうであろうか。民主主義は自分本位主義と同義語となり、義務というパートナーを置き去りにした権利が大手を振って歩いているようだ。
もっとも、日本人の言う「自由」も「民主主義」も、頭に「日本的」を付けなければならないのは昔からである。言論の自由。何を発言しても良いが、状況を判断して、和を乱すような発言は控えるのが当然である。忘年会、新年会、歓送迎会などの集まりで、「今日は無礼講で・・・」と言われても、言葉を文字通り受け取ると顰蹙を買うことになる。「無礼講とは言っても、社会人としての常識の範囲のことであり、自ずと節度を守るのは当たり前のことではないか」という暗黙の了解事項を強要される。奇形とも言える日本的自由や民主主義。良くも悪くもこれが日本なのである。
こんな日本の民主主義であるが故に、行政が行う「ホームレスの自立支援策」に対しても疑念が拭い去れない。逆に行政側にとっても、法を厳格に運用すれば「冷たい、血も涙も無い」と言われるし、状況に合わせて柔軟な運用をすれば「何で彼らにそこまでするのか」「人の世話にならないように頑張るより、ホームレスの方が余程待遇が良い」などという反応の板挟みになることは避けられないだろう。少しだけお役人に同情の念を感じる。
午後、事務所で面接をする。東京工業大学の博士課程で、人工知能をテーマとした研究で博士号を取得した、日系二世でブラジル国籍の男性。見掛けは紛うことなき日本人。ポルトガル語もスペイン語も英語も自由自在なのに、日本語だけが流暢とは言えない。それと、読むのはともかく日本語の記述が今一つとか。日本人では有るが、日本国民ではない。見掛けは日本人なのであるが、日本語が得意とは言えないし、考え方もブラジル人そのもの。何となく、ホームレスと呼ばれる人たちと同じような立場にあると言えなくもない。
今日は立春。暦の上では寒があけて春に入る日。ま、実際に春らしくなるのは1ケ月ほど待たなければならないが、気持ちの上では春への期待が膨らむ。二十四節気の一つ立春には、七十二候から次の三つの候が割り当てられている。第一候、東風解凍。第二候、蟄虫始振。第三候、魚上氷。何れも、暖かさとともに活力が漲る時節の到来を表している。
今までは今までとして、現状打破に向けての活動を始めなければ・・・
奇形の自由と民主主義の国
晴れ、最低気温4度、最高気温11度。
今日の仕事は高田馬場からスタートする。相手のあることゆえ、そう早くからの訪問も適わず、お陰でゆったりとした一日が始まる。高田馬場の駅前には、放置自転車が多い。ボランティアか臨時の職員か定かではないが、片付けや撤去作業をする姿を時々見かける。このところ、週に2回は通っているが、すっきりと片付いていることは希である。幾つもの警告の立て看板が立てられており、目の前には交番があるというのに・・・
時代は時として妙な方向に変っていく。終戦直後の一時期を除けば、例え混乱と貧困が支配した時代であっても、「人様の迷惑になるような行為をしてはならない」と教えられ、その実践を心掛けた。戦後日本に駐留したGHQも、阪神大震災の際に世界の通信社は、極限とも言える状況にあっても暴動も略奪も起こらない日本人の国民性を、驚きの眼をもって伝えていた。
しかし、今はどうであろうか。民主主義は自分本位主義と同義語となり、義務というパートナーを置き去りにした権利が大手を振って歩いているようだ。
もっとも、日本人の言う「自由」も「民主主義」も、頭に「日本的」を付けなければならないのは昔からである。言論の自由。何を発言しても良いが、状況を判断して、和を乱すような発言は控えるのが当然である。忘年会、新年会、歓送迎会などの集まりで、「今日は無礼講で・・・」と言われても、言葉を文字通り受け取ると顰蹙を買うことになる。「無礼講とは言っても、社会人としての常識の範囲のことであり、自ずと節度を守るのは当たり前のことではないか」という暗黙の了解事項を強要される。奇形とも言える日本的自由や民主主義。良くも悪くもこれが日本なのである。
こんな日本の民主主義であるが故に、行政が行う「ホームレスの自立支援策」に対しても疑念が拭い去れない。逆に行政側にとっても、法を厳格に運用すれば「冷たい、血も涙も無い」と言われるし、状況に合わせて柔軟な運用をすれば「何で彼らにそこまでするのか」「人の世話にならないように頑張るより、ホームレスの方が余程待遇が良い」などという反応の板挟みになることは避けられないだろう。少しだけお役人に同情の念を感じる。
午後、事務所で面接をする。東京工業大学の博士課程で、人工知能をテーマとした研究で博士号を取得した、日系二世でブラジル国籍の男性。見掛けは紛うことなき日本人。ポルトガル語もスペイン語も英語も自由自在なのに、日本語だけが流暢とは言えない。それと、読むのはともかく日本語の記述が今一つとか。日本人では有るが、日本国民ではない。見掛けは日本人なのであるが、日本語が得意とは言えないし、考え方もブラジル人そのもの。何となく、ホームレスと呼ばれる人たちと同じような立場にあると言えなくもない。
今日は立春。暦の上では寒があけて春に入る日。ま、実際に春らしくなるのは1ケ月ほど待たなければならないが、気持ちの上では春への期待が膨らむ。二十四節気の一つ立春には、七十二候から次の三つの候が割り当てられている。第一候、東風解凍。第二候、蟄虫始振。第三候、魚上氷。何れも、暖かさとともに活力が漲る時節の到来を表している。
今までは今までとして、現状打破に向けての活動を始めなければ・・・
Wednesday, February 04, 2004
2月3日(火曜日)
ホームレスにも行政のばらまく豆が届くか
晴れ時々曇り、最低気温5度、最高気温12度。
今日は節分。テレビでは,彼方此方の有名社寺で催された節分祭、追儺(ついな)式の模様を伝える。アイドルに俳優、歌舞伎役者に相撲取り、はては政治家までもが「鬼は外、福は内」と、豆やお守りを集まった善男善女に向かってまく。家々でも、夕刻ともなれば、父親の帰りを待ちわびた子供たちの「鬼は外、福は内」の声が彼方此方から聞こえてくる。冬の終わりを告げる伝統の行事が、今も息づいている。ただ、現代風にアレンジされ過ぎたたようで、もともとの行事の形式も意味も、今では知る人も少ないようだ。節分は中国から渡ってきた風習で、もともとは立春、立夏、立秋、立冬の前日を指し、年に四回あったが、現在では大寒の終わる日、立春の前日だけを節分と呼ぶようになった。小生の子供の頃は、(ド田舎のせいか?)家々の戸口に鰯や柊など悪臭の強い物を挿して、邪鬼が家に入らないようにした。そして、一家の主が正装して「鬼は外、福は内」と唱えながら豆を撒き、それを歳の数だけ拾って食べ、その年の健康を祈ったものである。
この風習、無くならないだろうなー!邪気も鬼も未だに健在のようだから・・・
実際の季節とは無関係に、暦の上での季節は正確に変化する。冬の終わりの大寒が過ぎ去れば,翌日から春に変る。さて、節分が立春の前日なのか、立春の前日が節分なのか?
税収不足を叫ばれながら、新年度の予算でもまたまた助成金・補助金のばらまきが行われる。何とか、拾える幸運に恵まれたいものである。
現在ホームレスと呼ばれている人たちも、その前は普通の人であったはず。そこには、季節の変化と同じように、行政の区分ではホームレスであるが、本人は自分がホームレスだとは思っていないし、一見したところでもホームレスには見えない、多くの人たちがいる。実は、この点が重要なのに何となく曖昧にされ、見過ごされているのではないだろうか。暦が春を示したとしても、生活形態を春にシフトする人は居ないだろう。普通の人と、明らかにホームレスと区分すべき人との間に、どちらとも言えない人が多数存在している。もし、行政の目的が、ホームレスと呼ばれる人たちの自立を図り、ホームレスの一掃は無理でもできるだけその数を減らそうとするなら、法の基準や規定にばかり囚われずに現実的な対応を図ることが不可欠である。法や基準の上でホームレスと認定できないので、彼らが、誰からも文句の出ない完全無欠のホームレスになったら支援をしょう、などという対応をしたのでは「仏作って魂入れず」の施策になってしまうだろう。
何としても、行政に柔軟な対応をして欲しいものである。
ホームレスにも行政のばらまく豆が届くか
晴れ時々曇り、最低気温5度、最高気温12度。
今日は節分。テレビでは,彼方此方の有名社寺で催された節分祭、追儺(ついな)式の模様を伝える。アイドルに俳優、歌舞伎役者に相撲取り、はては政治家までもが「鬼は外、福は内」と、豆やお守りを集まった善男善女に向かってまく。家々でも、夕刻ともなれば、父親の帰りを待ちわびた子供たちの「鬼は外、福は内」の声が彼方此方から聞こえてくる。冬の終わりを告げる伝統の行事が、今も息づいている。ただ、現代風にアレンジされ過ぎたたようで、もともとの行事の形式も意味も、今では知る人も少ないようだ。節分は中国から渡ってきた風習で、もともとは立春、立夏、立秋、立冬の前日を指し、年に四回あったが、現在では大寒の終わる日、立春の前日だけを節分と呼ぶようになった。小生の子供の頃は、(ド田舎のせいか?)家々の戸口に鰯や柊など悪臭の強い物を挿して、邪鬼が家に入らないようにした。そして、一家の主が正装して「鬼は外、福は内」と唱えながら豆を撒き、それを歳の数だけ拾って食べ、その年の健康を祈ったものである。
この風習、無くならないだろうなー!邪気も鬼も未だに健在のようだから・・・
実際の季節とは無関係に、暦の上での季節は正確に変化する。冬の終わりの大寒が過ぎ去れば,翌日から春に変る。さて、節分が立春の前日なのか、立春の前日が節分なのか?
税収不足を叫ばれながら、新年度の予算でもまたまた助成金・補助金のばらまきが行われる。何とか、拾える幸運に恵まれたいものである。
現在ホームレスと呼ばれている人たちも、その前は普通の人であったはず。そこには、季節の変化と同じように、行政の区分ではホームレスであるが、本人は自分がホームレスだとは思っていないし、一見したところでもホームレスには見えない、多くの人たちがいる。実は、この点が重要なのに何となく曖昧にされ、見過ごされているのではないだろうか。暦が春を示したとしても、生活形態を春にシフトする人は居ないだろう。普通の人と、明らかにホームレスと区分すべき人との間に、どちらとも言えない人が多数存在している。もし、行政の目的が、ホームレスと呼ばれる人たちの自立を図り、ホームレスの一掃は無理でもできるだけその数を減らそうとするなら、法の基準や規定にばかり囚われずに現実的な対応を図ることが不可欠である。法や基準の上でホームレスと認定できないので、彼らが、誰からも文句の出ない完全無欠のホームレスになったら支援をしょう、などという対応をしたのでは「仏作って魂入れず」の施策になってしまうだろう。
何としても、行政に柔軟な対応をして欲しいものである。
Tuesday, February 03, 2004
2月2日(月曜日)
ホームレスの居住条件
曇り後雨、最低気温5度、最高気温8度。
朝9時過ぎから、東京は久し振りの雨。これだけカラカラの天気が続くと、何時もは嫌な雨も何とはなしに嬉しさすら感じる。人間とは身勝手なものだとつくづく思う。
午後5時、当面の作業を終えたので、雨の日のホームレスの暮らしの一端を知るため街に出掛ける。外は、吐く息が白く見えるほど冷え込んでいる。今の気温は5度前後か?
芝浦運河の遊歩道に暮らすホームレスは、何処でこの雨と寒さを凌いでいるのか、姿が見えない。
田町駅の一角を占拠しているホームレス2名は、荷物をきちんと整理して積み上げ、まだ仕事に出掛けたままか姿が見えない。古雑誌の回収で日毎の糧を得ている彼らの仕事場は駅構内。雨に濡れる気遣いはなさそうである。何より、この時間帯は稼ぎ時なのかも知れない。
渋谷駅周辺は、わらわらと集まったホームレスが無目的に佇む。一人で、あるいは何人かが固まり、雨と寒さに耐えている。複雑に入り組む地下鉄に続く階段や通路の彼方此方で、荷物を枕に眠り、あるいは所在なげに漫画を読んでいる。その多くが、一目でホームレス(というより、乞食かルンペン)と判るファッション。行き交う人の眉をひそめさせる。広いガード下もまた、ホームレスの溜まり場と化している。何人か集えば酒盛りが始まる。賑やかに見える侘しい酒盛り・・・
続いて新宿へ向かう。新宿は地下街が八方に広がっており、ホームレスに快適な空間を提供しているようである。本来の目的とは無関係に。東口から南口周辺、西口から高層ビル街への通路に、ホームレスが点在している。広さの故に密度は低いが、相当な人数が居る模様である。渋谷のホームレスと異なり、一時的野宿者に見える者が多いのも、新宿のホームレスの特徴である。中央公園に足を伸ばしてみる。無数のビニールシート掛けのホームレス住宅が、何時ものように無規律に並んでいる。多くのホームレスが暮らしているはずなのに、雨と闇が彼らの存在を一般社会から覆い隠す。雨の中央公園は、ホームレスの生活臭すら感じさせない、一種異様な空間を作り出している。
これまでに、ホームレスの暮らす場所のすべてを見て歩いた訳ではない。それでも、ホームレスが暮らすための立地条件が少しだけ垣間見えた気がする。彼らは、何処にでも住む訳ではないし、暮らしていける訳でもない。また、そのグループによっても、彼らの求める最適居住条件は異なっているようである。
先ず,ビニールシートとダンボールで住居を構え、それを生活拠点として暮らす、定住型ホームレスのグループ。彼らの居住条件は、近くで飲み水や洗濯等に使う水が容易に確保できる場所。トイレ設備があること。建物の支えに使え、プライバシーの維持を可能にする樹木や植え込みがあること。近くに、豪雨や台風などのときに、一時避難できる場所や施設があること。近くに、繁華街や商店街があること。民家に隣接しない場所であること、等々である。
ホームレスになって日の浅い、逆に言えば、自分がホームレスの仲間であることを拒絶する、いわゆる野宿生活者に属するグループが拠点とするのは、もっぱら駅の施設である。駅には広大な空間が有り、飲み水にもトイレにも基本的に不自由はしない。何よりも、最低区間の切符さえ買えばお客としての権利を行使できる。彼らは大体同じ場所をねぐらにしており、半定住型ホームレスと言えよう。
非定住型のホームレス、いわゆる乞食やルンペンと目されるグループに分類される者は、当然のことながら確たる居住条件はないようである。例外はあるが、昼間は風を避けられる日向や暖かい場所を選んで眠り、日が落ちると食を求めて徘徊する。夜は商店のシャッターの前や公共建造物の軒先で眠る。徘徊するルートは大体定まっているようで、食べ物が手に入ることと、迫害を受けにくいことが条件といえば条件である。古典的な乞食との大きな違いは、物乞い行為をしないことのようである。
一回りして帰宅したらはや11時。一日がほんとに24時間あるのか疑いたくなる。最後にメールのチェックを済ませたら、早く寝よう。明日も多忙が待っているから・・・
ホームレスの居住条件
曇り後雨、最低気温5度、最高気温8度。
朝9時過ぎから、東京は久し振りの雨。これだけカラカラの天気が続くと、何時もは嫌な雨も何とはなしに嬉しさすら感じる。人間とは身勝手なものだとつくづく思う。
午後5時、当面の作業を終えたので、雨の日のホームレスの暮らしの一端を知るため街に出掛ける。外は、吐く息が白く見えるほど冷え込んでいる。今の気温は5度前後か?
芝浦運河の遊歩道に暮らすホームレスは、何処でこの雨と寒さを凌いでいるのか、姿が見えない。
田町駅の一角を占拠しているホームレス2名は、荷物をきちんと整理して積み上げ、まだ仕事に出掛けたままか姿が見えない。古雑誌の回収で日毎の糧を得ている彼らの仕事場は駅構内。雨に濡れる気遣いはなさそうである。何より、この時間帯は稼ぎ時なのかも知れない。
渋谷駅周辺は、わらわらと集まったホームレスが無目的に佇む。一人で、あるいは何人かが固まり、雨と寒さに耐えている。複雑に入り組む地下鉄に続く階段や通路の彼方此方で、荷物を枕に眠り、あるいは所在なげに漫画を読んでいる。その多くが、一目でホームレス(というより、乞食かルンペン)と判るファッション。行き交う人の眉をひそめさせる。広いガード下もまた、ホームレスの溜まり場と化している。何人か集えば酒盛りが始まる。賑やかに見える侘しい酒盛り・・・
続いて新宿へ向かう。新宿は地下街が八方に広がっており、ホームレスに快適な空間を提供しているようである。本来の目的とは無関係に。東口から南口周辺、西口から高層ビル街への通路に、ホームレスが点在している。広さの故に密度は低いが、相当な人数が居る模様である。渋谷のホームレスと異なり、一時的野宿者に見える者が多いのも、新宿のホームレスの特徴である。中央公園に足を伸ばしてみる。無数のビニールシート掛けのホームレス住宅が、何時ものように無規律に並んでいる。多くのホームレスが暮らしているはずなのに、雨と闇が彼らの存在を一般社会から覆い隠す。雨の中央公園は、ホームレスの生活臭すら感じさせない、一種異様な空間を作り出している。
これまでに、ホームレスの暮らす場所のすべてを見て歩いた訳ではない。それでも、ホームレスが暮らすための立地条件が少しだけ垣間見えた気がする。彼らは、何処にでも住む訳ではないし、暮らしていける訳でもない。また、そのグループによっても、彼らの求める最適居住条件は異なっているようである。
先ず,ビニールシートとダンボールで住居を構え、それを生活拠点として暮らす、定住型ホームレスのグループ。彼らの居住条件は、近くで飲み水や洗濯等に使う水が容易に確保できる場所。トイレ設備があること。建物の支えに使え、プライバシーの維持を可能にする樹木や植え込みがあること。近くに、豪雨や台風などのときに、一時避難できる場所や施設があること。近くに、繁華街や商店街があること。民家に隣接しない場所であること、等々である。
ホームレスになって日の浅い、逆に言えば、自分がホームレスの仲間であることを拒絶する、いわゆる野宿生活者に属するグループが拠点とするのは、もっぱら駅の施設である。駅には広大な空間が有り、飲み水にもトイレにも基本的に不自由はしない。何よりも、最低区間の切符さえ買えばお客としての権利を行使できる。彼らは大体同じ場所をねぐらにしており、半定住型ホームレスと言えよう。
非定住型のホームレス、いわゆる乞食やルンペンと目されるグループに分類される者は、当然のことながら確たる居住条件はないようである。例外はあるが、昼間は風を避けられる日向や暖かい場所を選んで眠り、日が落ちると食を求めて徘徊する。夜は商店のシャッターの前や公共建造物の軒先で眠る。徘徊するルートは大体定まっているようで、食べ物が手に入ることと、迫害を受けにくいことが条件といえば条件である。古典的な乞食との大きな違いは、物乞い行為をしないことのようである。
一回りして帰宅したらはや11時。一日がほんとに24時間あるのか疑いたくなる。最後にメールのチェックを済ませたら、早く寝よう。明日も多忙が待っているから・・・
Monday, February 02, 2004
2月1日(日曜日)
一日中、井沢元彦三昧
曇り後晴れ、最低気温3度、最高気温11度。
今日から2月。昨晩から徹夜で井沢元彦三昧。すべてを読み終えるのに23時間を要した。タバコを買うために外出した以外、久し振りに一日中引き篭もり状態で過ごした。
23時間の読書の結果、我々の調査の過程で顕在化した、ホームレスが触れた物は「汚い」とか「気持ちが悪い」といった感情が、「穢れ」に対する嫌悪感に由来する可能性があるのではないか、との思いを強くした。したがって、住民からホームレス対策への協力が得られたとしても、排他的な視点に立ったものになることは避けられないかもしれない。つまり、ホームレス対策は必要だし可哀相には思うが、自分の暮らす環境以外で行って欲しいというのが本音であろう。考えてみれば、こんな中でホームレス対策に取り組まざるを得ない立場に置かれたお役人も大変だろうと思う。ま、彼らは上手く行かなかった際の対処の仕方は心得ているだろう。我々のようにビジネスとして取り組む者には、不成功には倒産という結果が待っているが。さあ、もう寝よう。
一日中、井沢元彦三昧
曇り後晴れ、最低気温3度、最高気温11度。
今日から2月。昨晩から徹夜で井沢元彦三昧。すべてを読み終えるのに23時間を要した。タバコを買うために外出した以外、久し振りに一日中引き篭もり状態で過ごした。
23時間の読書の結果、我々の調査の過程で顕在化した、ホームレスが触れた物は「汚い」とか「気持ちが悪い」といった感情が、「穢れ」に対する嫌悪感に由来する可能性があるのではないか、との思いを強くした。したがって、住民からホームレス対策への協力が得られたとしても、排他的な視点に立ったものになることは避けられないかもしれない。つまり、ホームレス対策は必要だし可哀相には思うが、自分の暮らす環境以外で行って欲しいというのが本音であろう。考えてみれば、こんな中でホームレス対策に取り組まざるを得ない立場に置かれたお役人も大変だろうと思う。ま、彼らは上手く行かなかった際の対処の仕方は心得ているだろう。我々のようにビジネスとして取り組む者には、不成功には倒産という結果が待っているが。さあ、もう寝よう。
1月31日(土曜日)
行政のスタンスは住民の要求への対応
晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
朝起きて何時ものように鏡を覗くと、そこには見知らぬ老人の姿が見える。心の何処かで、それが自分であることを認めようとしない何かが、身支度を急がせる。そして、自分であることを認められる程度に変身した自分の姿を確認して、今日も一日が始まる。
土曜日は仕事をするのに最適な日である。電話が掛かって来ることは希であり、自分の意志以外で仕事を中断されることがない。仕事が嫌になれば、何処へでも出掛けられる。何時もと違い、縛られることのない自由な時間が流れていく。
時間が有れば何かと考えることが多い。巷には現在ホームレスと呼ばれる多数の人たちの存在している。これはバブルの崩壊がもたらした、一時的な社会現象なのであろうか?いやそんなことはあるまい。小生が上京した昭和36年頃の東京では、当時「乞食」とか「ルンペン」「浮浪者」と呼ばれる人たちが徘徊し、物乞いをする姿を彼方此方で見掛けた。さらに加えて、白衣に戦闘帽を冠り、寄付金を求める箱を首から下げ、アコーデオンの伴奏に合わせて「異国の岡」等を歌う、傷痍軍人と称する人たちの姿も鮮明に脳裏に焼き付いている。結構稼ぎになったせいか偽傷痍軍人も多かったようだが、彼らは人の集まるところなら何処にでも出没し、はては、電車の中ですら数多く見た記憶がある。「乞食は三日やったら止められない」などの言葉すらあった位だから、今のホームレスに感じるような悲惨さは薄かったのかもしれない。当時は朝鮮特需から続く好況の中に、敗戦の傷痕が未だ色濃く残っていた時代であり、彼らがどの位居たのかその数を知る由もない。多分、今より多くのホームレス達が街のそこここに暮らしていた筈である。
そうなると、今何故ホームレスの存在が問題になり、「特別措置法」まで作って行政がその自立支援に取り組もうとしているのか、に何となく疑問を感じる。いつの時代でもホームレス様の人間は居たではないか?何故、(行政の調査が正しいとすれば)約25,000人ほどのために、新法を作ってまで急ぎ対応する気になったのか?大して票に繋がるとも思えないのに?
独断と偏見のみで推測すれば、先ず「特別措置法」が議員立法として提案されたとき、各党にとって反対すべき明確な理由が無かった。住民から、駅や公園などに屯するホームレスに対して、「何とかして欲しい」との苦情が多数届いていた。といった辺りが実態だろう。現在の行政の対応を見ていると、こんな風にも考えたくなる。確かに一昔前は、今で言うホームレスたちは、地域の中に溶け込み、住民はそれを暗黙の内に容認し、彼らが生きていくための環境ができていた。しかし今は、住民にとっては、自らの求める快適な居住環境を維持する上での阻害要因であり、公園や河川敷、あるいは、公共建造物という共有財産の不法占拠者と位置づけられる。それと、「ケガレ信仰」に基づく嫌悪感であろう。ま、難しいことは学者先生に任せ、小生はただただビジネスとして取り組もう。
「ケガレ」という日本的な思想が妙に気になるので、8時には仕事を切り上げ、井沢元彦氏の著作を買いに銀座の書店に向かう。井沢元彦氏の著作には、これまでほとんど接することがなかった。取り敢えず、目に付いた「言霊」「穢れと茶碗」「逆説の日本史」(1巻から7巻)の9冊を買い求める。帰りは、久し振りに「椿屋珈琲店」でコーヒーを楽しみ帰宅する。さて、明日は自宅で一日中読書三昧か?
行政のスタンスは住民の要求への対応
晴れ、最低気温3度、最高気温12度。
朝起きて何時ものように鏡を覗くと、そこには見知らぬ老人の姿が見える。心の何処かで、それが自分であることを認めようとしない何かが、身支度を急がせる。そして、自分であることを認められる程度に変身した自分の姿を確認して、今日も一日が始まる。
土曜日は仕事をするのに最適な日である。電話が掛かって来ることは希であり、自分の意志以外で仕事を中断されることがない。仕事が嫌になれば、何処へでも出掛けられる。何時もと違い、縛られることのない自由な時間が流れていく。
時間が有れば何かと考えることが多い。巷には現在ホームレスと呼ばれる多数の人たちの存在している。これはバブルの崩壊がもたらした、一時的な社会現象なのであろうか?いやそんなことはあるまい。小生が上京した昭和36年頃の東京では、当時「乞食」とか「ルンペン」「浮浪者」と呼ばれる人たちが徘徊し、物乞いをする姿を彼方此方で見掛けた。さらに加えて、白衣に戦闘帽を冠り、寄付金を求める箱を首から下げ、アコーデオンの伴奏に合わせて「異国の岡」等を歌う、傷痍軍人と称する人たちの姿も鮮明に脳裏に焼き付いている。結構稼ぎになったせいか偽傷痍軍人も多かったようだが、彼らは人の集まるところなら何処にでも出没し、はては、電車の中ですら数多く見た記憶がある。「乞食は三日やったら止められない」などの言葉すらあった位だから、今のホームレスに感じるような悲惨さは薄かったのかもしれない。当時は朝鮮特需から続く好況の中に、敗戦の傷痕が未だ色濃く残っていた時代であり、彼らがどの位居たのかその数を知る由もない。多分、今より多くのホームレス達が街のそこここに暮らしていた筈である。
そうなると、今何故ホームレスの存在が問題になり、「特別措置法」まで作って行政がその自立支援に取り組もうとしているのか、に何となく疑問を感じる。いつの時代でもホームレス様の人間は居たではないか?何故、(行政の調査が正しいとすれば)約25,000人ほどのために、新法を作ってまで急ぎ対応する気になったのか?大して票に繋がるとも思えないのに?
独断と偏見のみで推測すれば、先ず「特別措置法」が議員立法として提案されたとき、各党にとって反対すべき明確な理由が無かった。住民から、駅や公園などに屯するホームレスに対して、「何とかして欲しい」との苦情が多数届いていた。といった辺りが実態だろう。現在の行政の対応を見ていると、こんな風にも考えたくなる。確かに一昔前は、今で言うホームレスたちは、地域の中に溶け込み、住民はそれを暗黙の内に容認し、彼らが生きていくための環境ができていた。しかし今は、住民にとっては、自らの求める快適な居住環境を維持する上での阻害要因であり、公園や河川敷、あるいは、公共建造物という共有財産の不法占拠者と位置づけられる。それと、「ケガレ信仰」に基づく嫌悪感であろう。ま、難しいことは学者先生に任せ、小生はただただビジネスとして取り組もう。
「ケガレ」という日本的な思想が妙に気になるので、8時には仕事を切り上げ、井沢元彦氏の著作を買いに銀座の書店に向かう。井沢元彦氏の著作には、これまでほとんど接することがなかった。取り敢えず、目に付いた「言霊」「穢れと茶碗」「逆説の日本史」(1巻から7巻)の9冊を買い求める。帰りは、久し振りに「椿屋珈琲店」でコーヒーを楽しみ帰宅する。さて、明日は自宅で一日中読書三昧か?